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Ist  作者: こごえ
第一章
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現実主義者と享楽主義者(3)

 通称美術室、それは三番校舎一階最奥の教室のことだった。聞くところによると、かつてこの教室は美術系サークルの活動場所として使用されており、一部の学生の間では現在でも美術室の名で呼ばれているのだそうだ。知名度の低さにかけては第二図書室と両雄並び立つのではと宮史は思う。並び立ったところで誰も知らないのでは意味がないか、とも思うのだった。

 ちなみに宮史の管理する第二図書室があるのも三番校舎である。基本的に三番校舎には、何に使われているのかわからない部屋が数多く存在するらしかった。

 通称美術室のドアの前に宮史は立つ。ここにいなければ情報統合サイトで直接荻月梨穂の居場所を質問する等の手を講じる必要がある。宮史はそのあたりのことを考慮しながら小さく二度ノックする。

中から返事があった。ドアノブを回し、その扉を開け放つ。

 時刻は六時を回った頃。傾いた陽光が差し込む美術室の窓辺に、一人の女子が行儀よく佇んでいた。

「こんにちは。はじめまして、朝倉宮史君」

微笑みながら、女子は口を開いた。名前を知っていることからも、宮史はこの女子こそが荻月梨穂であると判断する。

 長く艶やかな黒い髪とそれに縁取られたうっすらとした微笑は、彼女がまるでこの美術室に置かれた芸術作品であるかのように思わせる。なるほど、美術室の令嬢の名に恥じない美しさだ、と宮史は率直にそう思った。その声と口調も、おっとりとしていかにも令嬢らしい。少なくとも、図書室に現れず、あまつさえあのような書き置きを残していったことを悪びれた様子は露ほども見られなかった。

「はじめまして。図書室の妖精さん。いや、今日は美術室の令嬢と呼んだ方がいいのかな」

「どちらでも構いませんよ」

揶揄するような宮史の応答にさえ梨穂はなお微笑を崩さずに返した。その表情に少々愉悦の色を加味して宮史に問いかける。

「それにしても、よくここがわかりましたね。ひょっとして美術室のことを知ってたんですか?」

「いいや、全く。わざわざ調べたよ」

殊更にうんざりした調子でこぼす宮史に梨穂はえらくご満悦である。きっと嗜虐指向があるんだろうなと宮史は思った。

「それはご苦労様でした」

「……最初からここだと教えてくれればご苦労もなかったんだけどね」

「だってそれじゃ面白くないじゃないですか」

宮史の嫌味にも、やはりどこ吹く風。梨穂はさも当然というように言ってのける。納得のいかない宮史はあくまで現実的見地から否やをあげる。

「面白くする意味がわからない。大体、俺がこの場所に辿り着けなかったら荻月さんは待ちぼうけじゃないか」

「それもまた一興です」

「いや、困るでしょ」

しかしながら現実主義者と享楽主義者とでは、とことん意見が食い違うのだった。宮史が二の句を継ぐより先に梨穂が口を開く。

「確かに困るかもしれないですけど、それは私にとってどうだっていいことなんですよ。だって私は、突然かくれんぼを始めた私の前に朝倉君がちゃんと現れるのかどうか、面白そうだから試してみようと思っただけですから」

今度ばかりは二の句が継げない宮史に対して、梨穂が続ける。

「それに、別に朝倉君が来なかったとしてもここで時間が過ぎるのを待つのはいつものことですから」

「その話本当だったんだ……」

多くの噂を話半分に聞いていた宮史が思わず漏らした呟きに、梨穂はにっこり微笑んで肯定の意を示す。この際であるから宮史は本日聞き知った噂について、その真偽のほどをいくつか確かめてみることにする。

「じゃあ愚痴や悩み事を聞いてくれるっていうのは」

「本当です」

「助言や助力をしてくれることもあるっていうのは」

「本当です」

「ときどき面白い話を聞かせてくれるっていうのは」

「本当です」

「なら一日三回見た人間を不幸にするっていうのは」

「それは嘘です。……けど本当なら面白そうですね」

最後に何やら不吉なことを言い出す梨穂に、宮史は今更聞くまでもない問いを投げかけていた。

「……なんでそんなことを」

対する梨穂も、言うまでもないと極上の笑みを浮かべたあとで

「そんなの面白そうだからに決まってるじゃないですか」

迷いなくそう言い放った。無駄に広い空き教室に残響する、確固たる思いが込められた一声だった。

「……享楽的なんだね」

「生まれつきなもので」

そんな梨穂をたった一言で評した宮史の言葉に、彼女はくすりと笑ってそんな言葉を返した。

 梨穂の性格をおおよそ把握した宮史は確認するように梨穂に訊ねる。

「それじゃあ荻月さんが阿藤梨絵を探している理由もやっぱり…………」

「ええ。面白そうだからです」

答えは予想通り。そんな梨穂に宮史は忠告の意味を込めて言う。

「面白半分で首を突っ込んで、痛い目に遭うかもしれないよ」

宮史の言葉に不思議そうに小首を傾げてから梨穂は聞き返す。

「呪いですか?」

首肯する宮史に梨穂は質問を返した。

「朝倉君は呪いを信じてるんですか?」

が、それがいけなかった。

合「出番がない」

悲「……私もです」

合「ついでに言えば私ら名前もまだ出てないからな」

悲「あ、私は……、ちゃんと名前ありますよ」

合「裏切り者め……」

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