現実主義者と享楽主義者(2)
放課後を迎えた宮史の元に、ようやく荻月梨穂から連絡がきた。
午後五時に図書館、三階自習コーナー右端にて
とのことだった。わざわざそんな場所を選ぶあたり、図書室の妖精の名は伊達じゃないらしい。
指定された通りに宮史は図書館三階、自習室コーナーを訪れる。数人の生徒が机に齧りつくようにして勉強する様子を流し目に見つつ、宮史は右端の席に辿り着いた。
が、そこには誰もいなかった。時計を確認すると丁度五時を回ったところである。隣席に落ち着き数分待ってみても、誰かが訪れることはなかった。見ると、隣の席の机上には一枚の紙が丁寧に折り畳まれて置いてある。
手持ち無沙汰の宮史はそれを手にとって広げる。そこには一文、
私はどこにいるでしょう?
とこれまた丁寧な字で記されていた。
状況を素早く呑み込んだ宮史は、元の形に畳んだ紙をポケットにしまってから歩き出す。どうやら阿藤梨絵より先に荻月梨穂を探さなくてはならないらしい。
困った、とは思わない。困るより考える方が先だからだ。
宮史の思考は既にスイッチしている。荻月梨穂の思惑を推測することなど全くの無意味。どこだと聞くのだから見つければいい。ただそれだけのこと。幸い荻月梨穂はこの大学内に確かに存在する人間である。阿藤梨絵などという実在しない人間を探すより遥かに気が楽だろう。
宮史は、つい昨日にコンタクトを図っただけの相手を無条件に信用してなどいなかった。したがってこうなることもある程度、考慮に入れていた。そのために今日一日、散々荻月梨穂について訊ねて回ったのである。
とはいえ、荻月梨穂については誰に訊ねてみても概ね似たような答えしか得られなかった。今現在、彼女について宮史が把握している情報はあまりに乏しい。
一つ、乙山鈴帝学園大学に在籍しており、宮史と同じ第二学年であるということ。
一つ、放課後の乙姫、図書室の妖精、屋上の天使、美術室の令嬢等、奇怪な二つ名を幾つか有していること。
一つ、学内のどこかにいて、見つけるだけでも幸運らしい。そのうえ悩みや愚痴など相談に乗ってくれたり、助言や助力をしてくれたりすることもあるということ。
一つ、一日に三回見ると不幸になるだの、大事件が起きる前触れに現れるだの、その他諸々の不可思議な噂もあるということ。
はっきり言って何もわかっていないに等しい。せいぜい宮史にわかったのは、荻月梨穂という人物が類まれなる変人だということくらいである。だが探すのが目的であるならこれだけわかっていれば十分だった。
彼女が放課後の学内のどこかにいるというのなら、心当たりから潰していけばいい。手始めに宮史は、屋上に向かうことにした。
キャンパス内にある建物のうち、屋上まで上がれるものは多くない。宮史は手当たり次第屋上に足を運んでみたが、天使どころか人っ子一人見当たらなかった。
その代わりに、大きく「はずれ」と書かれた紙が屋上の出入り扉に張り付けてあるのを見つけた。
となると、残る手掛かりは千弥子が最後に思い出した渾名、『美術室の令嬢』だった。
……問題は宮史が知る限り美術室なるものがキャンパス内に存在しないことである。だがまだ詰みではない。宮史の手には次なる一手が握られている。
美術室の場所を教えてください
ポイントを使い、質問を書き込む。開いたサイトは情報統合サイト、選んだのはもちろん大学のコミュニティである。この情報統合サイトの最大の利点は、回答者が善意ではなく利益から回答を寄せる点にある。我先にとポイント欲しさに書き込む連中のおかげで、情報の集まる速さに関してはある程度の信頼がおけた。瞬く間に回答は集まり、宮史はその中から一つを選んで閲覧。目当ての情報の入手に成功していた。
現「次回、やっと荻月さんと顔合わせです」
享「と、見せかけて?」
現「……本当にやりかねないところが怖い」
享「さて、どちらでしょう?」
現「続きをどうぞ」