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Ist  作者: こごえ
第一章
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プロローグ 現実主義者と合理主義者

「私も阿藤梨絵さんを探しています。良かったらお会いしませんか。連絡先は本文に……」

 宮史はそのタイトルを見て、閲覧するかどうか迷っていた。

 学校の裏サイトを見て回った宮史は、予想以上に多くの人間が「阿藤梨絵」の噂を避けたがっていることを知った。そんな中で、こうもあっさりと寄せられた回答を信用していいか決め難かったのだ。ポイント稼ぎのデマとも限らない。結局、開くか否かの判断を下す前に宮史は目的地に到着していた。さびれた敷地内に立つプレハブ小屋。その古びたドアを開け放つ。

「おー、来たか朝倉」

「こんにちは、所長」

奥からの間延びした呼びかけに定型文のような挨拶を返す宮史。ここは乙山市生活相談事務所。何を隠そう、宮史のバイト先である。

 元々は乙山市民の生活水準の維持向上に努める半公的組織、つまるところが便利屋だった。半公的というだけあってその維持費は市によってまかなわれており、それに加えて毎月市に提出する依頼解決報告書の内容に応じて報酬が支払われる仕組みとなっている。しかし今現在ここに勤務するのは所長一人にバイト一人。舞い込む依頼も探し物程度。一番多いのはただの愚痴を言って帰る依頼人という有様である。依頼主を全国規模に広げたところで、まともな依頼が増えることもなく、増えたのは聞かされる愚痴の数だけ。ついでに所長の愚痴まで増えたのは宮史にとって誠に悩ましい問題だった。

 現在では市からの資金も必要最低限に留められており、もはや壊滅寸前ともいえる状態なのだが……。それでもこの事務所が今日も存続しているのは所長曰く、過去の業績のおかげらしい。

その所長は正体に不明な点の多い美女である。といっても普段は飾り気のないワイシャツとタイトなパンツを着こなし、髪は面倒くさそうに後ろで束ねている。そのうえ度の強い眼鏡がレンズの奥にその美貌を押し隠してしまっていた。バイトとして通う宮史でさえ、その素顔を見たことは一度しかなかったりする。

「依頼でも持ってきたか?」

所長室は、使用者ゼロの事務員の机が並ぶ一室の奥にある。そこから現れた所長の問いかけ。その裏には、どうせないだろう、という嫌味が込められていた。出勤の際の挨拶代わりみたいなものである。いつもならここで、所長の期待通りにノーと答えざるをえず、宮史は歯噛みすることになるのだが……。

「いいえ。代わりにヤボ用が一つ」

今回はそうではない。そうではないのだが……。所長の思惑通りにならなくとも依頼がないことには変わりない、という事実が宮史は残念でならなかった。

「なんだ、金にならない話か。全く何だってマトモな依頼がうちには来ないんだろうな」

思惑通りにならなかったからか、はたまた金にならない話だからか、所長は不機嫌そうな顔でぼやいた。仮にも給料をもらっている身の宮史はその疑問について、現実的思考を以て真剣に考えることにする。……本来市民の生活を救済するはずの組織からまず救済しなければならない、という皮肉な事実にはこの際目を瞑ることにした。言ってもどうしようもないこともある、というのもまた現実である。

「もっと依頼人が足を運びたくなるような場所にすればいいんですよ」

「例えば?」

「室内を清潔に保つとか」

「この上なく清潔じゃないか」

所長は事務室を見渡しながら言う。

「そりゃ事務員がいなければ散らかりもしないでしょうね」

清潔感というよりは生活感の欠落した室内に宮史のため息が響き渡る。とりあえず条件クリアと判断したのか、所長は「他には?」と促した。引き続き宮史は依頼人増加のための手立てを模索する。

「あとは……。接客対応は常に丁寧かつにこやかにする」

「……それは物凄く難しいな」

宮史の提案に、所長は心底うんざりした顔で本音を漏らした。上司の怠慢に宮史は非難の声を上げる。

「そうでもしないと誰も頼ってくれないですよ」

こんな所、という言葉を宮史は辛うじて飲み込んだが、それを察した所長はムッとした顔をしていた。この表情を前にしたら依頼人も即Uターンして泣き寝入りした方がマシだと思うに違いない、と宮史は思った。

「……そうはいってもさ」

「合理主義者のくせにどうしてそういうところで面倒くさがるんですか、あなたは」

「合理主義者だからだ。そんなことするより実績を上げた方がよっぽど合理的じゃないか」

「実績を上げようにも依頼が無いんじゃ始まらないでしょうに」

「ならもう依頼人なんか来なきゃいい」

「現実逃避はやめてください」

年甲斐もなくごねる所長に宮史は容赦なく現実を浴びせかける。しかし所長も負けじと、宮史を見返し反論を始めた。

「大体な、お前のその不機嫌そうな顔だって丁寧かつにこやかな接客対応とは程遠いだろうが」

「目つきが悪いのは認めますがこれは俺の無表情です。決して機嫌が悪いわけじゃありません。そもそも、そんなことを言うのは所長くらいですよ」

所長の物言いにすかさず反駁する宮史。だがその声色に反感はなく、純粋に事実と異なる点を指摘しているだけのようだ。実際、宮史は感情の問題ではなく、ただ単に事実を述べているつもりだった。

「いいや、きっと依頼人が来たらどうして不機嫌そうにしているのかと思うだろうよ」

「まさか。大体、それは確認のしようがないでしょう」

自信たっぷりに言い放つ所長に対し、あくまで冷静に宮史は受け流す。それでも所長は不敵な笑みを崩さない。

「なら私が直接聞いてやろう。ああ、早く依頼人が来ないものか」

「さっきと言ってることが真逆ですね。……まあいいですけど」

先刻とはうって変わって愉快気な様子の所長に、淡々と言葉を返す宮史。その無表情が驚愕に変わる様を見届けてやろうと所長がほくそ笑んでいたそのとき。プレハブ小屋のドアを叩く音と共に

「ごめんくださーい」

という声が聞こえてきた。

「お、早速依頼人が来たな」

計ったようなタイミングにますます嬉々とする所長。そんな彼女に宮史は不変の無表情のまま

「さあ所長。丁寧かつにこやかな接客対応を実践するチャンスですよ」

冷や水を浴びせかけた。すると、意地悪い笑みから一変、冷めきった表情をした所長は逃げるように所長室へと閉じこもってしまった。

 これで依頼人に余計なことを訊ねられる心配はなさそうだ。不安要素を的確に排除した宮史は応対に向かうことにする。ドアを開けるとそこには、一人の女子の姿があった。

現「次は楽観主義者の出番ですね」

合「私もいるぞ」

現「所長室に籠ってるだけですけどね」

合「……次々回から本気出す」

現「所長の出番は次々々々々々回までありません」

合「…………もっとわかりやすく」

現「あと五回出番なしです」

合「合理的でわかりやすい」

現「……それでいいんだ」

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