表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ist  作者: こごえ
第一章
30/30

エピローグ 現実主義者と享楽主義者(2)

 美術サークルのメンバーに聞いてみたところ、借りられた本はおろか第二図書室の存在も知らなかった。意識を取り戻した祥子も「そもそもそんな教室聞いたこともありません」とあの時と同じ言葉を返すだけだった。

 事件解決後の二週間も調べ続けた宮史だったが、とうとう『この阿藤梨絵』を見つけることはできなかった。そして宮史が至った最後の可能性が、最初の阿藤梨絵である梨穂だったのだ。しかし

「いいえ。これは私じゃありません」

貸出記録に書かれた阿藤梨絵の名前を凝視した後で、梨穂は頭を振って答える。

「じゃあ一体誰が……」

最後の可能性さえ外しそんな呟きを漏らす宮史に、梨穂が愉しそうに笑みを浮かべて言う。

「ひょっとしたら、第二図書室を管理していたのは阿藤梨絵さんだったのかもしれませんよ」

その結論に、宮史は反論を掲げることが出来なかった。その可能性を否定する根拠は、『そんな幽霊じみたもののせいではない』という宮史のちっぽけな常識の他にはなかったからである。それでも現実的に解釈することを諦めきれない宮史に、梨穂は全く違う話題を持ち出した。

「そういえば。朝倉くん、あの十六個目の落し物ってやっぱり自分で書いたものだったんですよね」

それは二週間以上前の勝負に関する話だった。恐ろしい直感で宮史の八百長を見抜いた梨穂はその事実を改めて確認しているらしい。今更勝敗に拘ることもないと、あっさり肯定する宮史。

「そうだよ」

「じゃあ十五対十五ですよね」

「そうだね」

続く問いにも首肯する宮史に、梨穂は最初の阿藤梨絵の落し物であるノートを手に取って

「じゃあこれを加えれば十六対十五。私の勝ちですよね」

と言った。

「それは違うね」

と今度は即否定する宮史に梨穂は、どうしてですか、と不満顔である。

「だってそれも荻月さんが書いたものなんでしょ。俺が書いた落し物が無効ならそれも無効だろう」

「でも他人に拾われているれっきとした阿藤梨絵の落し物です。というよりも、いかさました朝倉くんに今更どうこう言う資格なんてないですからね?」

その言葉で返答に詰まる宮史。梨穂の言う通り、宮史がどれだけ正論を掲げようとも、いかさまの事実がある以上宮史に正当な権利が与えられることはない。今更ながらいかさまを認めたことを後悔する宮史に、今まで以上に満足げな笑みを浮かべた梨穂が本望を告げた。

「ということで、私と付き合ってくださいね」

「私に、でしょ」

「……もうどっちでもいいですけど」

最後の最後で宮史の現実的な指摘に気分を害された梨穂だったが、渋々ながらも律儀に宮史が承諾してくれたことがわかるとそんなことはどうでもよくなった。愉しい時間は、まだまだこれからである。そんな思いを込めて、笑顔を浮かべた梨穂は言う。

「よろしくお願いしますね、朝倉宮史くん」

その無邪気とは呼べない、しかし真っ直ぐな笑顔を前にして

「……仕方ないか」

と、宮史はあの時と同じ達観したような声で呟くのだった。

 ふと、宮史は今自分がどんな表情をしているのか想像してみることにした。千弥子によれば、梨穂といるとき不機嫌そうではない、どころか楽しそうなのだという。

 鏡がない以上、確かめることはできそうにない。そもそも確かめたところでどうするというのだろう。らしくもないことを考えたかと宮史は思い直す。

 だが、真摯に現実へと目を向けるなら。彼の表情は、少しだけ。ほんの少しだけ楽しそうに見えた。

 そして彼自身も、その現実を把握していた。

 千弥子の指摘はどうやら正しかったらしい。どういうわけかはわからないが、自分は荻月梨穂と共にある時間を楽しく感じている。そしてそれは、今までに無かった確かな変化だろう。

 だが、だからと言ってどうこうするとか、そういう小難しいことを考える必要はないのだろうと宮史は思う。

 何故なら、楽しいと感じる現実(こころ)を前にしてすべきことは、楽しそうに笑うことだけで充分なのだから。

「そういえば荻月さん」

「なんです?」

最後に一つだけ、宮史は問うことにした。

「なんで阿藤梨絵なんだい?こんな出来過ぎな名前」

それは、最初の阿藤梨絵しか答を持たない謎だった。問いかけに、最初の阿藤梨絵である梨穂が満を持して答える。

「ここ、美術室ですよね」

「うん」

宮史の相槌の後に、梨穂の説明は続かなかった。

「…………うん?」

言ったきり満足げに笑ったままの梨穂にしびれを切らした宮史は眉を潜める。そんな宮史に梨穂は一言、説明を加えた。

「アトリエじゃないですか」

全く要領を得ないその説明で満足げな顔をする梨穂に向かって

「ごめん、全然意味がわからない」

と呆れたように宮史。不躾なその言葉にとうとう腹を立てた梨穂は宮史に向かって暴言を吐いた。

「もう!そんなこと言ってると、朝倉くん、結婚できませんよ」

いつかの上司の予言を思い起こさせるその一言に、結局宮史の表情はいつものように不機嫌そうになるのだった。

第一章、これにて終了となります

拙い文章をここまで読んでくださった方、ありがとうございました

よろしければ感想、評価、叱咤、激励、批判、罵詈、雑言、なんでもお聞かせください


第一章は各登場人物のイントロダクション的な話でした

第二章からはそれぞれの人物にスポットが当たっていくことになると思います

少しでも気に入ってくださった方は主義主張を持った彼ら、イスト達の今後を見届けてやってください

それでは


※第二章の更新は四月以降になると思われます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ