エピローグ 現実主義者と合理主義者(2)
「事務所の宣伝にもなるし、顔を載せれば少しくらい男が寄ってくるんじゃないかと思ったが、まさか体調を崩すことになるとはな」
策士策に溺れるとは正にこのことで、所長はただでさえ普段しない労働に全精力を注いだ挙句、慣れない取材に応じた結果、この通り体調を崩すに至ったのである。
宮史は前述の心配に加えて所長の疲労もあったため、取材を断るべきだと進言したのだが、所長は無理を押してまで取材に応じた。その思惑を、つい今し方彼女が漏らした呟きから知ることになる宮史。どうやらこの間の結婚話を所長は意外と気にしていたらしい。
「この事件を記事にする雑誌も雑誌ですね」
しかしその辺りには触れることなく、宮史は呆れ気味に感想を述べる。
「まあ考えてみればとんでもない事件だったからな。たった一人の弔いのために二十人以上の人間が自ら事故に遭ったなんて」
「確かに。解決した自分が言うのもなんですが、今でも理解できませんね」
所長の言葉に頷く宮史は今回の事件について振り返ってみることにした。
少しも現実的でない彼らの選択には今でも首を傾げさせられる。そんな宮史の心情を察したのか、所長が美術サークルの人間の弁護をするように言った。
「彼女たちは不合理が許せなかったんだろう。だから闘ったんだ」
「そういうものですかね」
未だ納得のいかない様子の宮史はそんな相槌しか打てない。しかし所長は口調を真剣なものへと変え、滅多にお目にかかれない裸眼で宮史の目を射抜くように見つめながら言う。
「お前もそうだったはずだぞ?不合理にぶつかり、それと向き合い続けることを選んだはずだ」
「……何が言いたいのかわかりませんね」
その言葉に何を感じたのか、あるいは何を感じ取るべきか測りかねたのか、誰の目にも明らかなほど表情を不機嫌に変える宮史。心なしか声音も険しくして所長へ言葉を向ける。ただでさえ悪い目つきに剣呑さを乗せた宮史の視線を悠然と受け止める所長は
「ああ、気にするな。詳しく話してやるつもりはない。何せ、私には何の利益もないしな」
とはぐらかしたきり口を閉ざす。合理主義者らしい締め方だったが、暗に「自分で気付け」と言っているのが宮史にはわかった。だからこそ、宮史の表情は益々険しくなる。どんなに考えたところで、宮史には所長の発言に心当たりがない、はずである。
「ところでこのフレーズ、所長が考えたんですか?」
煩悶を抱えながらも雑誌のページをめくっていた宮史は、今回の事件に関する記事に目を付けて訊ねた。
そこには
―――悲観主義者が恐れて芽吹いた事件の種を楽観主義者が放っておき花を咲かせ、現実主義者と享楽主義者が摘み取った
と書いてある。
「ああそれか。この事件の顛末を説明してくれと言われたからな。中々にお洒落な言い回しだろう?」
自慢げな所長の答に、現実主義者の宮史は指摘を入れた。
「でもこれ、少し間違ってますよ」
その一言に所長が眉根を寄せて言うことには
「む?合理主義者が一儲けした、とでも言いたいのか?それだけは言ってないぞ。男から見たら心象悪いからな」
どうやら事件後の後始末における自身の働きについては省略したらしい。そこまで結婚に拘泥し始めたとなると、いよいよ宮史としては自身の発言に責任を感じざるをえない。
それはさておいて、宮史は冷静に指摘を続ける。
「いえ、所長のことじゃありません」
「何が言いたいのかわからんぞ」
真意を測りかねた所長は、先程の宮史と同じ疑問文を口にする。それに対して宮史は、先程の所長の発言を借りることで意趣返しをすることにした。
「ああ、気にしないでください。詳しく話すつもりはありません。何せ所長には何の利益もありませんから」
現「次回更新は四日後だそうです」
合「へえ。誰の出番なんだ」
享「私です」
合「誰が一緒に出るんだ」
現「…………」
享「なんで嫌そうなんですか」