エピローグ 現実主義者と悲観主義者(1)
「朝倉先輩」
「あれ、伽弥子ちゃん」
控えめな音量で掛けられた声に宮史が振り返ると、そこには今朝方一緒に登校した千弥子の妹、伽弥子がいた。ちなみに二人が今いるのは、市内にある病院である。そんな場所ということもあって、宮史は少しだけ心配そうに伽弥子に聞いた。
「今日はどうしたの?」
底無し悲観主義者の伽弥子は他人と一対一で向き合うと、何かと物怖じしたような調子になる。加えて異性に対する免疫も低いせいか、とりわけ宮史に対してはおっかなびっくり口を聞くのだった。更に言えば、伽弥子が委縮する原因は宮史の何故だか不機嫌そうな表情にあったりするのだが。
伽弥子に妙に恐れられている、ということを事実として把握していた宮史は、彼女に対してどのような態度で臨むのが望ましいか思案した末、可能な限り優しく接するという結論に至る。
実際、宮史の判断は間違っていなかったのだが、問題は態度云々よりも彼自身の目つきの悪さにあるが故に、伽弥子の怯えた態度が改善されることはなかったのだった。
そういう事情もあって、常よりさらに俯き気味の伽弥子が答えた。
「今日はお見舞いです。…………祥(、)子(、)ち(、)ゃ(、)ん(、)の(、)」
峰祥子があの道路で二人目の死亡者になることはなかった。といっても無傷で済んだわけではない。強く頭を打ち、一時は生死の境をも彷徨ったそうだ。その後、無事意識を取り戻し、現在はこの病院に入院している。伽弥子はそんな友人の元にこうして時たま見舞いにやってくるそうだった。
「……その、色々とありがとうございました……」
「気にしなくていいよ。一応仕事だからさ」
勢いよく頭を下げながら礼を言う伽弥子に、宮史は努めて優しく声を掛ける。しかし慣れていないのか、余計な一言も添えてしまっている。
「怪我はもういいんですか?」
「うん。元々大した怪我じゃなかったからね」
気遣う伽弥子に、安心をもたらすよう言葉を選ぶ宮史。しかし
「本当に色々とすいませんでした……」
伽弥子はうなだれるように頭を下げて謝るのだった。まるで自責の念が腰を折らせているかのようである。
「……だから気にしないでいいって。伽弥子ちゃんのせいじゃないんだから」
「すいません……」
思わず呆れ気味に事実を述べる宮史に、ますます伽弥子は身を小さくする。悲観モードの伽弥子には何を言っても逆効果になる、と宮史は割り切ることにした。唯一例外があるとすれば、それは姉である千弥子の言葉ぐらいなのだろう。
「でも先輩……。いくら祥子ちゃんを助けるためとはいえ、あそこで飛び込むなんて危険すぎますよ……」
実のところ、祥子はただ運良く助かったわけではなかった。あの時、誰もが助けられないと諦めていた中でただ一人、宮史だけが動いていたのだ。
車のブレーキが早かったこともあり、飛び込んだ宮史と彼に抱えられた祥子は一メートル程度吹き飛んで落着。すぐに病院へと搬送された。
祥子は先の説明の通り。宮史はというと、病院に行く途中で目を覚まし、骨折等がなかったため傷口の手当だけをして出てきたのである。その後も何度か怪我の様子を見るために病院を訪れており、今日がその最後の日だった。
だが、生死の境を彷徨っていたのは宮史の方かもしれなかったのだ。或いは、二人とも助からなかった可能性も充分にあった。にもかかわらず、寸分の迷いもなく祥子を助けに行った宮史の行動が、伽弥子の目には異常なものに映っていた。
悲「次回更新は三日後ですいません……」
現「……別に謝ることじゃないからね?」