エピローグ 現実主義者と楽観主義者(2)
「千弥子さん。普通、自分の娘が進学先で行方がわからないといったら『知らない』の一言で済ませますか?」
「そう言われれば確かに……」
やや呆れた宮史の言葉に、素直に感心する千弥子。自身が失念していたことに関してはそれほど頓着していないらしい。
「それで気になって調べてみたんですけど、平川由美の実家の家柄はかなりのものだそうです。その実家が『知らない』と答えるのは、本当に知らないのではなく、『もう知ったことではない』という意味だったんではないかと思いまして。冬休みか春休みに何かあって勘当扱いになったのかもしれないと考えたんです。恋人がいて、勘当されて、駆け落ちなら可能性はあるなと。もちろん可能性の一つでしかありませんでしたが。荻月さんには一応その辺だけ伝えておいたんです。そうしたら彼女、連休中にわざわざ由美さんの実家まで訪ねて真偽のほどを確かめた挙句、相手の男の名前を聞き出してその行方を追ったんですよ……」
いつもの講釈口調で宮史は語り終える。最後の最後でまたしても呆れを孕んだ声になってしまう彼の様子を見て、千弥子はニコニコと笑っていた。
「なんです?」
その笑顔が自分に向けられたものだと気が付いた宮史が訝しんで訊ねる。
「前々から思ってたんだけどさ。宮くんが梨穂ちゃんの話をするときは不機嫌そうじゃないように見えるなって」
「呆れてばかりだからじゃないですか?」
笑顔そのままに答える千弥子に、宮史は苦笑しながら返す。皮肉気なその口調にも千弥子は何処吹く風である。
「梨穂ちゃんと一緒のときなんていつもより楽しそうにも見えたな」
「そう聞くとまるで俺が普段から退屈そうに生きてるみたいですね」
「まあ何となくだからさ」
とはいうものの、千弥子は嘘偽りも飾り立てもなく、感じたままを言葉にしただけなのだろう。この手の感受性が時として正鵠を射ることもあるということを宮史は心得ていた。しかしながら、解せない点はまだある。
「でもちょっと待ってください。どうしてそこで荻月さんの名前が出てくるんですか?」
宮史の反論に、千弥子は意外そうな顔をした後で、やはり笑って答えた。
「だって、ここ最近宮くんの周りであった変化といえば梨穂ちゃんくらいじゃない」
「それは……、確かにその通りですね」
「でしょう?」
反論は続かず、頷いてしまう宮史。千弥子の言葉が紛れもなく事実である、と他ならぬ現実主義者の宮史が理解してしまったからだ。
現実を述べるのは宮史の専売特許であったはずなのだが……。不機嫌そうな表情といい、梨穂に関わる時の様子といい、どうも彼自身のことに関してはまだまだ目を向けきれていないらしい。
未だ納得のいっていない様子の宮史は、不確定的な要素を指摘することで反論を試みる。
「でもそれは、俺が楽しそうっていう千弥子さんの見立てが正しくなければ成り立ちませんよね」
「それは間違いないよ」
が、即答されてしまった。
「宮くんのことを十年見てきた私が言うんだから間違いない」
自信たっぷりにそう言い放って論破をしてのけたつもりの千弥子に、宮史は呆れつつも現実を述べてみせる。
「十年って……。会うのは年に数回。話すのだって年に一回あるかないかだったじゃないですか」
「細かいことは気にしないの」
しかしそんな反論も、楽観主義者は歯牙にも掛けない。根拠などなくとも既に彼女は確信していたのだ。自身が感じた現実主義者の変化は、決して間違いなどではないと。
楽「次回更新は四日後!伽弥子の出番だね!」
悲「が、頑張ります……」