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Ist  作者: こごえ
第一章
22/30

解決(2)

「全ての妄想を現実にする、決定的な証拠。それを荻月さんが連休を返上して見つけてきてくれたんだよ。……荻月さん」

 そこまで言うと、宮史は梨穂に向かって二度目となる目配せをした。

「いい感じに盛り上がってきましたね」

そんな台詞と共に宮史の目配せに応じた梨穂は、一歩前に出ながら封筒に入れられた一枚の便箋を取り出して訊ねた。

「これが何だかわかりますか?」

祥子は答えられない。それは答えられないのではなく、答えたくないのである。既に、彼女はそれが何であるかを理解している。祥子に代わって答を示したのは宮史だった。

「これは由美さん直筆の事件の真相だよ」

思わぬ人物の名前に、真っ先に驚いたのは茶木姉妹だった。

「なんで……」

とうに答を予見していた祥子でさえ、最低限の疑問を発するだけで精一杯のようだった。

「私が直接お会いして書いてもらったんですよ。それから朝倉くんのお願いで、祥子さんがヒキコモリをやめて出てくるよう彼女にメールを打ってもらったんです」

そう答える梨穂の声は、どことなくいつもより落ち着き払った感じがある。だがそれは、彼女なりのエンターテイメントに則った芝居のつもりなのだろう。その証拠に、台詞の端々にはいつもの愉しげな口調が見え隠れしてしまっていた。

 確かに、梨穂の言うとおりこの推理劇が一つのエンターテイメント的な芝居だったとすると、彼女の見せ場は今をおいて他にない。

 音信不通だった梨穂から宮史の元にかかってきた由美発見を報せる電話は、彼を呆れかえらせるには充分な内容だったものの、結果的に彼の推理を決定的なものにすることとなったのだから。

「由美さんは、君たちの計画を聞きながらも協力はできなかったようだね。全て彼女から確認したよ。君が由美さんから事前に失踪することを告げられていたこと。呪いに見せかけて事故を起こすこと。それによって何がしたかったのかも」

全てが解き明かされてしまっていることを、祥子はその言葉から悟った。それを承知で、答え合わせをするかのように問いを発する。それが最後の問いであることを、その場の全員が感じ取っていた。

「……ちなみに先輩は、由美に確認する前から私たちの目的がわかっていたんですか?」

「ああ。君たちの狂言によって乱発した事故のおかげで、今市役所にはこの道路の見直しを求める声が集まっている。それが気になって役所に問い合わせてみたら、去年の八月以降美術サークルは市に対してこの道路の見直しを何度も訴え続けていたことがわかった。それがあるときを境にぴったり止んだこともね。それが阿藤梨絵の噂が流れだした一月だった。事故が君たちの狂言である可能性はこの時点で確信したよ。ついでに目的もね。君たちの狙いは――――――この道路の見直しだ」

最後の最後まで宮史は淡々と、報告でもするかのように答える。容赦なく、淡白に突き付けられた、ただでさえ完璧な推理は、祥子を屈服させるには充分過ぎた。

「参ったなあ……。じゃあ全部先輩の推理通りだったってことか。……とんでもない便利屋もいたものですね」

吐息交じりのその呟きは、祥子が犯人であることを決定づける一言だった。その事実を最後まで信じたくなかったのであろう。伽弥子は真っ先に問いかけていた。

「でも祥子ちゃん……。どうして道路の見直しなんて……」

未だに信じたくないというように訊ねてくる友に、祥子は問いを投げ返す。

「この道路。危ないと思っている人が一体どれくらいいると思う?」

「え?」

その意図が分からず、思わず聞き返してしまう伽弥子。それには構わず、祥子は続ける。

「少なくとも一万人。私たちが去年の冬までに集めた署名の数よ。……小さな事故とはいえ、年間十数件事故が起こっていれば当然よね。じゃあ問題」

そこで祥子は一同を見渡し、

「この道路での事故による死亡者は何人でしょう」

と再び問いかける。言うまでもない、といったように祥子は皮肉げに笑った後で更に言葉を継ぐ。

「知っての通り、正解は一人。……少ないと思いました?そうかもしれない。でも、たった一人だったとしても。……確かにここで人が一人死んだ。けれど市が道路を見直そうとすることはなかった。何度訴えかけても、署名を集めてみても、耳を貸そうともしなかった……。一件起こっただけじゃ、一人死んだだけじゃ仕方ないかもしれない。でもその一人が……、私たちにとってどれほど大切だったか!」

その独白は、さながら梨穂が言うところのエンターテイメントに則った、舞台上の一幕のようだった。だが台詞に込められた感情は芝居などではなく、まさしく芝居の目指す完成形の本物の感情である。あるいはだからこそ、であろう。誰一人として、祥子の独白に言葉を差し挟める者はいなかった。

「去年の八月に事故死した仲間の弔いとして、君たちは無理やりにでも道路を見直させようとしたんだね」

独白が終わったところで確認するように訊ねる宮史に祥子は頷く。

「はい。でもわざと事故に遭ってるんだとわかったら意味がなかった。だから見えない何かのせいにする必要があった。そんな時、伽弥子が持っていた阿藤梨絵の落し物を見つけて、これを利用しようと思って不幸の呪いと密告サイトを作ったんです」

それで全てを語り終えたのか、祥子は肩を落として俯いた。誰もが掛ける言葉を無くす中、宮史は同情や励ましではなく、事実を言って聞かせる。

「でも、概ね君たちの目的は達せられた。一万なんかくだらない数の人間がこの道路の見直しを迫っている。市が重い腰を動かすのも時間の問題だろう」

だがその言葉に、祥子は首を横に振る。

「いいえ。きっとまた駄目です。役所の人間は小さな事故が何件起きたとしても、道路を見直すことはないと思います。だから……」

面を上げた祥子の声には、諦めではなく、先程までにはなかった決意の念が込められていた。

そして祥子は曲がり角に向かって駆け出す。角の向こうからは自動車のエンジン音。

「これで、死亡者二名」

「祥子ちゃん!?」

祥子の意図を察した伽弥子が思わず声を上げて祥子の元に駆け寄ろうとする。だがそんな伽弥子を引きとめたのは、他ならぬ姉の千弥子だった。

 今から助けようと動くには遅く、よしんば助けられたとしても、無傷で済むはずがない。当然の判断だといえた。

 もはやどうすることもできない伽弥子に対して、祥子は薄く微笑んで告げる。

「伽弥子、ごめん。じゃあね」

その声は迫りくる車の音に掻き消され、最後まで伽弥子の耳に届くことはなかった。


享「次回更新は二日後です~」

楽「不手際パートツーだよ~」

悲「……すいません」

現「もうやめてあげて」

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