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Ist  作者: こごえ
第一章
21/30

解決

「さてと。それじゃあ本題に移ろうか」

 気を取り直して話し始める宮史。切り替えの早い現実主義者は既に公道で推理劇を繰り広げることに関して異論はないらしい。道行く人の視線も何処吹く風。いつも通り平然としている。対する祥子もここにきて状況に順応し始めたらしく、以前のように刺々しい態度で宮史に臨んでいた。

「先輩方は先ほど推理劇と言ってましたが、一体どういうことです?」

「阿藤梨絵の落し物と、それに関わる行方不明と多発事故の真相が分かったんだよ」

問いに対する宮史の簡潔かつ明瞭な答に、しかし不可解だという面持ちの祥子は再度訊ねる。

「……それを何故私に言うんですか?」

今までにないくらい剣呑な雰囲気を放つ祥子からの質問に、それでも宮史は事も無げに告げた。

「それは君が犯人だからさ」

沈黙の後、溜息が張りつめた空気が弛緩させる。溜息はどうやら祥子のものだったようで、呆れきった内心をこれでもかというくらい露骨に表明していた。

「一体何を根拠にそんな馬鹿なことを言ってるんですか?」

続く彼女の発言には嘲笑さえ感じられる。それにも動じず無表情の宮史は、根拠ならあるさ、と言った後で、

「荻月さん」

と、傍らの享楽主義者に目配せした。

 どうやらその根拠とは梨穂が用意するものらしい。絶対的な余裕を持つ祥子に相対して尚、泰然と構える宮史が言う根拠ともなれば、それは決定的なものに違いないだろう。そう推し量った茶木姉妹はその根拠の到来を、固唾を呑んで見守っていたのだが……。

「……荻月さん?」

宮史の合図を受けた梨穂が、しかし動かない。拍子抜けした場の全員に視線を注がれた梨穂は、大袈裟に溜息を吐きながら頭を振った。竦めた肩と天に向けられた両の手の平は、さながらナンセンスとでも言いたげである。溜息を吐き終えると、おもむろに梨穂は口を開いた。

「朝倉くん、さっき言ったばかりですよね?どうしてそういう盛り上がりに欠ける流れを作ってしまうんですか」

「証拠一つでもう解決なんだけど……」

既視感を覚えるやり取りに、思わず宮史も溜息を吐きたくなってくる。そのせいか、普段は不必要に切れ味の良い現実的な指摘も見る影をなくしていた。

「クライマックスは最後に取っておくのがエンターテイメントの常識です。私の出番は、朝倉くんが推理を話し終わってからです」

反論の続かない宮史に、勢いづく梨穂。宮史は早々に白旗を上げることにした。

「……仕方ないか」

その一言に満足した梨穂は

「ということで、まずは朝倉くんの推理をどうぞ」

と言って、一歩下がる。再び蚊帳の外に置かれていた祥子が、余裕の表情のまま視線だけで、どうぞと促していた。

 本題に戻ったところで結局溜息を吐く羽目になった宮史が、表情をいつもの不機嫌そうなそれへと引き締めて語り始めた。

「君が犯人であると推理する理由。それは第一に、平川由美さんの失踪について。彼女は密告による落し物の呪いで失踪したのではなく、何らかの事情で自ら行方を暗ました。そのことを事前に知っていた人物が失踪の直前に密告をし、呪いにみせかけた。由美さんの失踪を事前に知っている人物といえば、それは親友である君である可能性が非常に高い。そして自身も密告された後で身を隠し、失踪したように見せかけることで被害者を装った」

一旦言葉を区切り、祥子を覗う宮史。祥子の余裕は未だ健在で、その余裕を裏打ちしている難問を堂々と宮史にぶつける。

「仮にそうだったとして、他の事故に遭った十九人はどう説明するんですか?まさか私が事故に遭わせたとでも言うんじゃないですよね」

突き付けられる最も呪いじみた謎。それにも臆することなく、宮史はすらすらと言葉を紡いでみせる。

「まさか。誰かが事故に遭わせたんじゃない。彼らは自分から事故に遭ったんだ」

その突拍子もない推理に、場を見守っていた伽弥子は当惑を隠し切れなかった。成り行きを不安そうに眺めている。だが少なくとも千弥子は、宮史が迷いなく推理してみせる様を見て、大丈夫だと確信していた。

「一体どうしてそうなるんですか?」

「密告をされた人間が次々と事故に遭う。確かに呪いじみてるけど、故意に事故を起こすんだとすれば、失踪と同様に事前に密告することもできるだろう?」

「だからって自分から事故に遭うだなんて、ありえません」

 躍起になって宮史の言葉を否定する祥子からは、先程までの余裕が見られなくなっていた。それが、先刻の宮史の推理が的を射ていたことを如実に示している。とうとう形勢は逆転し、祥子は宮史の言葉に否むことしかできなくなっていた。

「ありえなくはないさ。同じサークルの人間が密告され、同じ道路で事故に遭う。目撃者はなくいずれも軽症で済む。偶然でも呪いでもなければ、狂言だと考えるのが一番現実的だろう?」

「それは呪いの存在を否定したい先輩がこじつけているだけじゃないですか」

苦し紛れに放たれた祥子の言葉に、宮史は「まあね」と苦笑した後で言う。それは、いつか言った台詞。そして

「生憎俺は、呪いとかそういう形のない曖昧なもので片付けるより、現実に即していて理にかなっていた方が受け取りやすいんでね」

朝倉宮史の主義に他ならない。

「でも、いくら現実的で理にかなっているからって、それは全て先輩の推測にすぎませんよね」

「確かに、これはただの辻褄合わせの屁理屈でしかない」

土壇場で祥子が掲げてみせた正論に宮史はもっともだと頷く。

「でもね」

だが揺らがない。

 祥子の反論は宮史にとって『論ずるより証拠を示せ』と言っているのと同意である。然らば、もとより証拠を用意している宮史が揺らぐことはない。そもそも

「常識的に考えて、根拠もないのに『あなたが犯人だ』なんて面と向かって言うはずないだろう」

宮史はどこまでも現実的な人間だった。つまり、推理を披露する前提として決定的な証拠があるのは当たり前のことでしかないのである。


享「次回更新は二日後になります」

現「なります、ってよく誤った敬語として使われるよね」

享「……じゃあ訂正します。なりました」

現「……なったんだ」

享「……なったんです」

現「…………不手際か」

享「…………不手際です」

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