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Ist  作者: こごえ
第一章
20/30

登場

   五月十日


「梨穂ちゃんが見つかった?」

 宮史が伝えた事実に、千弥子は身を乗り出してそう聞き返していた。対する宮史はいつもの落ち着いた調子で言葉を返す。

「ええ。三日前に連絡がありまして」

「よかった…………」

安堵の声を漏らしたのは、梨穂の安否を心から案じ、己を責めて体調を崩しさえした伽弥子だった。

「よかったね、伽弥子……」

胸のあたりを押さえて大きく息を吐く妹に対して、千弥子も優しげに言葉をかけてやるのだった。そんな二人の様子を宮史はいつも通りの何故か不機嫌そうにみえる表情で見守っている。

 今三人がいるのは、例の事故が起こった道路の一番上に立地する小洒落た喫茶店である。梨穂の安否や、宮史が調べたことなども含めて報告するためだった。

「それで、報告ですが……」

喜び合う茶木姉妹を眺めつつ、コーヒーを一杯啜ってから宮史は口火を切った。

「うん」

「はい」

 表情を正して、といっても千弥子はにこやか、伽弥子は不安げといつもの通りだが、茶木姉妹は傾聴する態勢に入った。そんな二人に

「犯人がわかりました」

今し方飲んだコーヒーの感想でも述べるかのように、あっさりと宮史は告げた。

「もうすぐそこの道路に来ると思います。話はそれから」

 二人が驚くより、あるいは宮史の言葉を理解するより早く、宮史はあっけなく説明を終えていた。そしてもう一度コーヒーをすすり、それきり口も閉じてしまう。驚く間も、問い質す余地も既になくした千弥子と伽弥子は互いに顔を見合わせるほかない。

「……あ。ところで、梨穂ちゃんは一体どこで何をしてたんだい?」

 千弥子にとって、事件に関する話題以外で気になる点といえば、それである。そしてそれは伽弥子にとっても気にせずにはいられないことだった。質問を受けた宮史は自身のカップに視線を落しながら答える。

「本人曰く、ちょっとした小旅行だそうです。もう帰ってきてますよ」

そう話す宮史の声は、心なしかいつもより感情的であるように千弥子には聞こえた。同じものを感じ取った伽弥子の確かめるような視線が千弥子に届く。頼れる姉も今回ばかりは困惑しているようで、曖昧な視線を返すに留まり、結果的に二人は再度顔を見合わせることになる。そんな二人を余所に続く宮史の文言は、紛れもなくその場にいないものに対する恨み言であった。

「全く人騒がせですよね、彼女も。今に始まった話じゃないですけど。初めて会う時も図書室の自習スペースに、私はどこにいるでしょう、って書き置きだけして場所を教えてくれなかったんですよ。普通そんなことがありますか?ないでしょう。……本当に迷惑な話ですよ」

ここまで感情的な宮史の口上に、少なからず驚きを覚える千弥子。その隣で同じように瞠目していた伽弥子が何かを呟いた。

「……え?それって……」

「どうしたの?伽弥子」

「あ、ううん。何でもないの……」

小さく頭を振った後で俯く伽弥子を、千弥子と宮史は怪訝な面持ちで覗う。しかしすぐに宮史が窓の外に視線をやり

「目当ての人が来たみたいです。それじゃ、ここに連れてきますね」

とだけ言って立ち上がった。

 説明もなく退店する宮史を見送った後、二人はこの後起こることに関して、そして今し方見た現実主義者の感情的な態度に関して、三度、顔を見合わせたのだった。


   ○


 連休が明けた数日後のことである。彼女の元に一通のメールが届いた。


 久しぶり。元気してた?こっちは大変だけど、楽しくやってるよ。でも何も言わずに出てきたことは今でも後悔してるかな。だから今度の日曜日にそっちに顔を出すつもり。あの坂の上で待ってるね


 彼女はメールに書かれた場所を訪れていた。走って来たのだろう。肩で息をしている。だが見回してみても、少し歩いてみても、しばらく待ってみても、手紙の主は姿を現さない。そんな彼女に背後から声がかかった。

 それは迷えるものを導く慈悲深い声ではなく

「何方かお探しですか」

妙に落ち着き払った声だった。

「朝倉先輩……」

 彼女に近づいて来たのは、何故だか不機嫌そうな表情の便利屋である。

 便利屋、朝倉宮史を前にした彼女の表情は、信じられないといった具合だった。だが喫茶店の中から彼女のことを見ている茶木姉妹も、全く同様かそれ以上の驚愕をしていたことだろう。

「もしそうなら、是非うちの事務所に御依頼ください。報酬などは一切頂きません。無償でお探ししますよ。峰祥子さん」

 三月から今日までに、実に二十四件もの事故が起こった道路。そこに現れた少女は、密告サイトに名前を書かれ、由美と同じく失踪したと思われていた峰祥子、その人だった。

ただ一人、平然としているのは祥子の正面、宮史のみである。その様子と現れたタイミングから見ても、自分に会うつもりだったことは祥子にも容易に想像しうる。だがそこまでである。一体何故自分に、そもそも何故ここに来るとわかったのか。答は祥子の頭の中には用意されていなかった。

「立ち話もなんだし、そこの店で話さない?」

 奇妙なまでに落ち着いた宮史の口から出たのは至極現実的な提案なのだが、それすらも祥子は呑みこむのに時間がかかる。混乱した頭で宮史の言葉を反芻し、やっとこ理解にこぎつけ応じようとしたところで

「ちょっと待ってください!」

突然に、第三者の声が割り込んだ。どこか腹を立てたような、それでいて愉悦を孕んだ女性の声。割り込みそのものを想定していなかった宮史だが、声の主にはすぐに思い当ったらしい。

「朝倉君。そんな興醒めな展開を私が許すとでも思っているんですか?」

そんな台詞と共に曲がり角から現れたのは放課後の乙姫こと、荻月梨穂だった。その唐突な物言いにいよいよ混乱極まる祥子を余所に、宮史はまるで折り込み済みであるかのように素早く応対する。

「思ってない。思ってないけどね、荻月さん。これは興でもなんでもなくてね……」

「そんなつまらない話はいいんです」

宮史の言葉をその一言で切り伏せてから、梨穂は一気にまくしたてた。

「いいですか?今から便利屋朝倉宮史の冴えわたる推理によって事件の真相が詳らかにされようとしているんですよ?それなのに、あんなしみったれた喫茶店でお茶をしばきながら真相を解説してはい終わりなんてことがありますか?否、断じてありえません!……本当に興醒めな話です」

反語表現まで用いたその大口上に反論は無意味と悟った宮史は、それでも現実的な提案を試みる。

「…………とりあえずその辺も含めて話さない?喫茶店で」

「却下です」

即答する梨穂に対して譲歩も無駄と判断した宮史は突き放すように告げる。

「じゃあ荻月さんはここにいたらいいんじゃない。俺たちだけで喫茶店で事件についてお話するから」

その言葉に「む」と返事を詰まらせる。これで納得してくれるかと宮史が思った矢先、梨穂は嗜虐的な笑みを浮かべて口を開いた。

「朝倉君がそういうなら私にも考えがあります」

「というと?」

えも言われぬ悪寒を背に感じつつも、無表情でもって先を促す宮史。すると梨穂は

「例の頼まれてた件、すっぽかしますよ」

と、清々しい笑顔で告げた。これにはさすがの宮史の表情も曇る。

「誠実かつ積極的な協力姿勢を約束したはずじゃ……」

「朝倉くん。あの十六個目の落し物は自分で書いたものですよね」

「……言いがかりだよ」

思わぬ図星に、宮史の返答が一瞬だけ詰まる。それを見逃さない梨穂は宮史のいかさまを確信して言い放った。

「いいえ。絶対にそうです!引き分けなんですから協力なんてしませんよ」

 道理も何もかなぐり捨てて己の享楽のままに振る舞う梨穂に、とうとう宮史は白旗を上げることにした。ここで意地の張り合いをしたところでもはや何の得もない。今重要なのは事件の真相について話すことであり、どこで話すかではない。そう現実的に判断したのだった。

「……じゃあここで話の続きをすればいいのかな?」

「そういうことです」

 宮史の敗北宣言に大層御満悦な様子の梨穂。ようやく話が進んだところで宮史は溜息を一つこぼした後、何かに気がつき踵を返す。

「となると、千弥子さんたちを呼ばないと。ちょっと待ってて」

当事者であったはずが、最終的に一部始終を傍観する羽目になった祥子がポツリと呟く。

「…………私、帰ってもいいですか?」

現「誰かさんが話をややこしくしたせいで所長の出番は遠のきましたとさ」

享「まあまあ、出番ならあと二回はありますって」

現「……むしろ二回しかないのか」

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