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Ist  作者: こごえ
第一章
19/30

発見

 五月七日


『宮くん、密告サイトは見た?』

 連休最後の日。生活相談事務所に向かう宮史が電話に応じると、千弥子は開口一番にそう訊ねてきた。肯定を示した後、その質問をある程度予測していた宮史からも質問をする。

「はい。一応確認しますが、あの十人は?」

 その質問に千弥子は一瞬躊躇ってから

『……あの道で事故に遭ってる』

と尚も言いにくそうに答えた。この答も予測通り。しかし宮史の表情は険しさを増すのだった。

 ゴールデンウィーク中に密告の数は更に十件増え、同じ数だけ事故が発生したのである。

 密告され事故に遭った学生の数はこれで二十四件。悪化の一途をたどる状況に一刻も早く真相を明らかにしたい宮史だったが、もう一つ、深刻な問題が発生していた。

『梨穂ちゃんとも連絡はつかない?』

「ええ。連休中はずっと」

 梨穂と連絡が取れないのである。

 競争の末結託したあの日以来、電話にもメールにも応答なし。事実上行方不明に限りなく近かった。それを聞いた伽弥子は自責の念に押しつぶされてとうとう身体に変調をきたし、それこそ落し物を見つけられたことによる不幸なのだと悲観する始末。現在千弥子がつきっきりで看病にあたっている。

『宮くんは大丈夫?何か変わったことはない?』

滅多に聞くことのない千弥子の心配そうな声。

「大丈夫ですよ」と答えながら、これではいつもと逆だと宮史は思う。

「千弥子さんが説明してくれたおかげで、少なくとも風紀課に追われる心配はもうありませんから」

とおどけて答えてみせても千弥子の声は浮かないままである。だがそれも当然といえる。梨穂の書き込みが彼女自身によるものとはいえ、兎にも角にも、これで密告サイトに平川由美以降に書き込まれた人間の内、無事なのは宮史ただ一人となったのだ。宮史とて、自身に危険が及ぶ可能性を考慮に入れている。それでも事件の解決に向け連休中も奔走していたのだった。しかし

『祥子ちゃんもまだ見つからない?』

「残念ながら」

 事件の重要な鍵を握っているだろう峰祥子の行方も、連休を返上して探しまわったにも関わらず未だに掴むことが出来ていなかった。

「密告された日以降にその姿を見た人がいません。家の中までは確認できませんでしたが、人がいる気配もありませんでした」

宮史の報告を聞いていた千弥子が、恐る恐る訊ねてくる。

『仮に犯人がさらったんだとしたら……、安否は?』

 行方不明者は三人。その内の一人はすでに二週間以上、安否が確認できていないのである。流石の楽観主義者も、最悪の可能性を考えずにはいられなかったのだろう。この問いは、その可能性を少しでも笑い飛ばせるものにするためのものになるはずだった。

 だが現実主義者は、無情にも冷静に分析した現実を示す。

「目的がわからない以上何とも言えませんが、身代金を得る等のメリットがない限り二週間以上にわたって監禁するということはないと思います。……いずれにせよ、荻月さんも含めれば行方不明者が三人。……連休が明けたら、どうにかして警察に動いてもらった方がいいかもしれませんね」

 淡々と紡がれた現実を前にして千弥子は息を呑んだ後、ポツリとこぼす。

『まさか、こんなことになるなんて……』

「千弥子さん?」

『私はね、一月に噂が流れ始めた時から落し物のことを知っていたんだよ。でも……』

ほんの少し普段の明るさを残しつつも、その声音は心なしか暗い。それは、宮史にとって馴染みのない千弥子だった。

『でも単なるうわさに過ぎないからって、自治会にも報告しないで何の手も打たなかったんだ……。それがこんなことになるなんて。このまま伽弥子もどうにかなっちゃったら…………』

 伽弥子のことになると、途端に大丈夫と笑い飛ばせなくなる千弥子である。宮史はおよそらしくない彼女なりの心配の種を察して言葉をかけた。

「千弥子さん。仮に落し物を取り締まっていたとしても事件が起きていた可能性は否定できません。それに、完全に落し物を取り締まることができたかもわかりません」

『でも……』

 読み上げるかのような平坦な口調の宮史に、しかし千弥子は言い返すことができない。宮史の言葉のすべてが事実でしかなく、また現実だからだ。平坦な口調のまま宮史は続ける。

「それに、今は後悔をしている場合ではないでしょう。今すべきことは、一刻も早く阿藤梨絵を見つけることです。そしてそれは、今だからできることでもあります。違いますか?」

最後の問いかけに、黙りこむ千弥子。さらに宮史が言葉を重ねようとした矢先

『……うん、そうだね。…………そうだよね』

 表情こそ見えないが、声の小ささとは裏腹に、既に彼女からは力強い意志がありありと見てとれた。これ以上の言葉は必要ないと宮史も判断する。すると

『それにしても』

 受話器の向こうからくぐもった千弥子の笑い声が届いた。いつも通りに戻ったことは確認できたが、笑われる謂れのない宮史としては怪訝な面持ちにならざるを得ない。そんな宮史に、笑いを噛み殺すようにしながら千弥子は言う。

『実に宮くんらしい励まし方だね』

「事実を言っただけですけどね」

励ましではないと、訂正するように返す宮史。ツレナイその言葉にも千弥子は

『……でもきっと、それが宮くんらしいんだね』

かんらと笑ってそう結論付けた。そう言われてしまっては宮史としても返す言葉がない。といっても返す必要もなかったので、宮史は話題を元に戻すことにした。

「ところで千弥子さん。例の事故に遭った十人、美術サークルの人間でしたか?」

訊ねる宮史に、千弥子も気を取り直して答える。

『察しの通り。最初事故に遭った九人全員も美術サークルの人間だったし、これで被害者の共通点は固まったね』

 千弥子の言葉を補う形で、宮史は頭の中に被害者の共通点をまとめる。

 十二月、阿藤梨絵の噂が流れる直前に解散した美術サークルのメンバーで、密告をされた後に同じ道路で事故に遭っている。問題は……。

「問題は何故美術サークルの人間が、それも同じ道路で事故に遭うのか……」

『……それなんだけど、宮くん』

 残る疑問点を呟く宮史に、千弥子が躊躇いがちに声を掛ける。語気から察するに、もっと早くに言いだしたかったが、言えずにいたという感じである。加えて言えば、できることなら言いたくはなかったというようにも感じ取れた。

「何かわかったんですか?」

と先を促す宮史に、千弥子は告げる。

『実はね……。去年の八月にあの道路で死んだ学生。彼も美術サークルの人間だったんだよ』

 その事実から導かれた新たな事実を確認するように宮史は言う。

「つまり、美術サークルのメンバーが事故死した道路で、残りの美術サークルのメンバーが次々と事故に遭っていると……」

『ねえ宮くん。ひょっとして、本当にあの道路で死んだ学生の呪いなのかな……?』

訊ねるような千弥子の呟きに、しかし宮史は沈黙を返すのだった。


   ○


 乙山市生活相談事務所は営業中にも関わらず、あたかも本当の休日であるかのように毎年ゴールデンウィークを過ごす。

 しかし。

 今年に限っては電話の鳴る音が止まない。受話器を取って応対しては置き、置いては鳴り出す電話に出てまた受話器を置く。ひたすら対応し続ける所長の隠そうともしない苛々した様子を見て、事務所に到着した宮史は依頼人が受話器の向こうでよかったなどと思ったりした。

 それはさて置き、どう見てもこれは異常事態だった。電話の代わりに閑古鳥が鳴いていたようなこの乙山市生活相談事務所の電話が先ほどからひっきりなしに鳴るのである。受話器を置いて一旦手の空いた所長に宮史は声をかけた。

「所長、なんだか忙しそうですね」

「ああ全くだよ。なんでうちには電話が一台しか置いてないんだろうな」

 宮史には目もくれず応える所長。いつもの挨拶代わりの質問さえ飛んでこないあたり、よほど忙しいのだろう。実際に所長がここまで働いているのを宮史が目にするのはこれが初めてのことだった。

「何台かあったら今頃対応しきれてないですよ。それで、一体何の電話ですか?」

所長のぼやきに現実を突きつけつつ宮史は訊ねる。所長は再び鳴りだした電話を忌々しげに睨みながら答えた。

「あの道路を何とかしてくれってうるさいんだ。ほら、最近例の落し物のせいで事故が起きすぎだろう?全く。そういう要望はうちじゃなくて役所に直接言えっつーの……」

 そこまで言って受話器を取る所長。相変わらずいい加減な口調でやり取りをしている。そんな中、宮史は何かに気がつき口を開いた。

「密告された全員があの道で事故に遭い、その結果道路に対する苦情が殺到している……。阿藤梨絵があの道にこだわる目的がそこにあるんだとしたら……」

「だとしたらとんだ迷惑だな。くそ」

受話器を叩きつけながら所長は文句を垂らす。それには言葉を返さず、宮史は素早く所長のデスクに向かった。また苦情の電話がきても困る。宮史は受話器を取り、迅速にボタンをプッシュした。

「所長。ちょっと電話借ります」

「馬鹿!今から出前を取ろうとだな……」

繋がるまでしばし、口論を続ける所長と所員。

「それくらい我慢してください」

「できるか、阿呆」

「だったら携帯使ってください」

「お前が使えばいいだろうが」

「長電話になりそうなんです。薄給の所員には携帯代だけでもバカにならないんですよ」

「わかった。ならボーナスをやろう」

「そこまでして出前を取りますか」

「一刻を争うんだ。主に私の腹が」

「臨月迎えた妊婦じゃないんですから。ほら、待ってても出前は取れませんよ。……あ、もしもし。生活相談事務所の朝倉です。少々お尋ねしたいことが…………」

「……わかったよ。ったく、私の携帯どこやったかな……」

 繋がった電話でやり取りを始めた宮史を見てとうとう観念した所長は、携帯電話を求めてデスクの後方に積まれた荷物の山をごそごそと漁り始めた。少しして、電話の相手の応答を待っていた宮史に所長が話しかけてきた。

「朝倉、お前の携帯借りようと思ったら電話が鳴った」

「なんで俺の携帯を使おうとしてるんですか」

差し出された携帯を無言で見つめてから、冷静に宮史は突っ込んだ。所長は悪びれる風もなく言葉を返す。

「私のは見つからなかったんだ。それよりほら、早く出て済ませろ。もしくはそっちの受話器を置け」

「事務所の電話を私用に使わないでください。……もしもし?」

答えつつ宮史は携帯を受け取り、電話に応じる。事務所の受話器も持ったままであるのに対して所長が漏らす不平不満は、しかし宮史の耳には全く入らなかった。

というのも、受話器の向こうから聞こえてきたのが、ここ数日聞くことのなかった声だったからである。

『もしもし、朝倉くん。元気にしてました?』

「荻月さん!?」

合「久しぶりの出番だな」

現「あんまり喜んでませんね」

合「ああ。ここで大手を振って小躍りしながら喜んだりして調子に乗ってるとすぐに突き落とされるからな。一寸先は闇ってやつだ」

現「なるほど」


現「よくわかってらっしゃる」

合「え」

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