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Ist  作者: こごえ
第一章
18/30

拡散(3)

「しかし、伽弥子ちゃんもうちの事務所じゃなくて荻月さんを頼るなんて……」

「す、すみません」

 ようやく落ち着いたらしい伽弥子に対し、宮史はそんなことをぼやいた。相も変わらず不機嫌そうに見える宮史の表情に伽弥子は畏縮してしまう。すると梨穂が

「よっぽど朝倉君のバイト先は信頼が置けないんですね」

意地悪な笑みを浮かべて口を挟む。宮史は心外そうな顔を梨穂の方へと向けた。その様子に益々縮こまる伽弥子。

「え、あの……」

「大丈夫、宮くん。きっと美術室の令嬢さんがよっぽど信頼に足る人物だったんだよ」

何かを言おうとする伽弥子を遮って千弥子がからから笑いながら言った。その言葉で宮史の表情が輪をかけて曇る。

「いや、お姉ちゃん。その……」

何とか抗議の声を上げようとする伽弥子。そんな伽弥子に目もくれず宮史は

「慰めになってませんよ。というか、単に事務所のことを知らなかっただけでしょう」

淡々と現実を口にした。確認の意を込めて三人の視線が伽弥子に集まる。

「………………………………はい」

 三人分の眼力に俯いた伽弥子は、そこからさらに首を深く沈めて、小さな声で肯定を示した。一個人より知名度の低い公的機関。もはや信頼以前の問題である。

虚しいことこの上ない事実だった。

 だがいたたまれない気分になっているのは当の宮史ではなく、無論梨穂でもなく、勿論千弥子なはずもなく、気の毒なことに伽弥子一人だけなのだった。そんな伽弥子を捨て置いて梨穂が口を開く。

「そういえば今千弥子さんに呼ばれて思い出したんですけど。そもそも美術室の令嬢の名付け親って祥子さんなんですよね」

「……何だって?」

喰いつく宮史に対して梨穂は説明する。

「この教室で初めて会ったのが祥子さんだったんです。その時に、ここなら美術室の令嬢ですね、って」

「ここで会った人のことを覚えてるんですか?」

驚き訊ねる伽弥子に対して、梨穂は事もなげに「はい」と肯定してみせる。

「荻月さん。君は峰祥子に美術室の令嬢と名付けられる前からここが美術室だと知ってたのかい?」

「いいえ。知りませんでした」

宮史の問いに今度は頭を振る梨穂。それを受けて宮史は一人ごちる。

「ということは、峰祥子はここが美術室であることを知ってたんだ……」

その独り言に何かを思い出したらしい伽弥子が口を開く。

「そういえば祥子ちゃんと、それに由美ちゃんも去年まで大学のサークルに顔を出してるって言ってました」

「高校生が?」

「きっと大学非公認のサークルだよ、宮くん。非公認サークルは基本的に付属の生徒なら参加可能だから」

横からの千弥子の説明に納得した後、黙り込む宮史。そのあとでポツリと一言。

「ここがもう使われていないとなると……、今は活動していないのか」

「祥子ちゃんも由美ちゃんも十二月にはほとんど行かなくなりました」

「確かに、私もその頃から人の出入りが減ったので入り浸るようになりましたね」

その呟きに伽弥子が応え、梨穂も同意する形で口を開く。それを聞いていた千弥子が宮史を見て言った。

「宮くん、十二月って……」

「ええ。阿藤梨絵の噂が大学で流れ始める前です」

千弥子の視線を受け止め、力強く頷いてから宮史は言う。

「美術室の令嬢に会うためにここを訪ねてきた学生は、美術サークルの人間だったから存在しない美術室のことを知っていた。そして峰祥子も美術サークルの人間だった。……ひょっとして」

 一つ一つ事実を確認するように呟いた後で、宮史は梨穂の方へと視線を向ける。

「荻月さんはここに来た学生のことを全部覚えてるんだよね?」

「正確にはメモなんですけどね。あ、由美さんにも会ったことがあるみたいです」

 梨穂が取りだしたメモを受け取る宮史。メモにはこの場所で梨穂が遭遇した学生の名前が記入されていた。一番最近は宮史。そして一番初めの名前は峰祥子。宮史はそれらの名前に目を通しながら、今度は千弥子に向かって手を差し出す。

「千弥子さん。事故に遭った学生の資料を」

言われてすぐに千弥子は資料を手渡す。手に持った二枚の紙片をじっくりと見比べた後で、宮史は呟いた。

「どうやら当たりのようです」

宮史が差し出して見せた資料を、三人が同時に見る。

 密告され事故に遭った九人のうち、七人が美術室を訪れていた。

 梨穂が確認するように一言。

「つまり、密告され事故に遭っているのは元美術サークルの人間ってことですか?」

「うん。残りの二人も恐らくそうだろう。千弥子さん、調べられますか?」

肯定を示しつつ、宮史は千弥子へと視線を送る。

「非公認サークルは名簿作成が義務付けられていなかったと思うけど……。お姉ちゃん、大丈夫?」

心配そうな伽弥子の視線諸共受け止め、千弥子は胸を反らして嘯いた。

「大丈夫!任せておいて」

根拠など何一つなかったが、宮史はその言葉一つを信用する。続いて伽弥子へと向き直った。

「それと、祥子さんにも話を聞きたい。伽弥子ちゃん、祥子さんに連絡は取れる?」

「あ、はい」

その言葉に慌てながらも携帯電話を取り出し、耳にあてがう伽弥子。

 しかし通話が始まることはなかった。

「…………出ません」

怯えたような声で、伽弥子が言う。掛けなおすも繋がる気配はない。みるみるうちに伽弥子の顔が青ざめていく。嫌な予感が、一同の間を駆け巡った。反射的に、宮史と梨穂も携帯電話を開く。

「朝倉君……。これ……」

しかる後、画面を見つめたまま梨穂が言う。宮史は沈黙を返す他なかった。

 密告サイトに新たに六名の学生の名前が書き込まれていた。そして最後の書き込みは

「そんな…………。祥子ちゃん…………」

 峰祥子の名前だった。

享「あれ?伽弥子さん、携帯に千弥子さんの名前がない。……ああ、姉で登録してるんですね」

楽「そうなの?普段お姉ちゃんって呼んでくれてるからなんだかショックだなー」

悲「別に、……特に意味はないよ、お姉ちゃん」

楽「なんだ。それならいっか」

享「あ、そうだ。朝倉くん。所長さんの登録名は……」

現「所長だけど?」

享・楽・悲「…………」

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