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Ist  作者: こごえ
第一章
14/30

告白

 時刻は五時。

 スタートと同時に放送がかかる。慇懃な咳払い数回の後

「えー、放送します。ただいま便利屋さんがキャンパス内にある阿藤梨絵の落し物を回収しています。繰り返します……」

いつもの調子で、明るい千弥子の声がキャンパス内に響き渡った。咳払いが台無しである。とはいえ当初の目的は達成されている。その点において宮史に文句はない。

 今回の落し物拾いの主たる目的は二つある。

 一つは落し物を回収し、密告の数を可能な限り減らすこと。

 そしてもう一つは、阿藤梨絵の落し物が回収されることを良しとしない人物の存在を確かめることだった。千弥子に頼んでわざわざ放送をかけたのは後者の目的のためである。落し物がなければ、呪いに見せかけようにも呪いそのものが成り立たなくなる。それを危惧して何らかの妨害があれば、それによって阿藤梨絵の実在を確認できると宮史は踏んだのだ。

 この勝負は対処療法と罠の二つの側面を持ち、ともすれば勝敗次第で梨穂の協力を得ることさえできる一石三鳥の一手だった。

 時刻は午後五時半。一応授業中ではあるが、前の時間に比べて授業に使われる教室は減っている。捜索も比較的スムーズに行うことができた。

 宮史は学内をある程度回り、十ほどの落し物を回収していた。その物品の多くは教室の引き出しの中にあるノート、教科書、プリントの類である。時折シャープペンやボールペンなどに阿藤梨絵の名が彫りつけてあったり、テープを張り付けたものなども見つけたりした。実際に探してみると結構に見つかるものである。

 今のところ、千弥子の放送による影響はほとんど見受けられない。あえて言うなら自習に空き教室を使っていた学生が、机を調べて回る宮史を納得したような表情で見るくらいである。

 邪魔がないならそれはそれで好都合だった。このまま落し物を拾い続けて誰も拾えないようにしてしまえばいい。

 時刻は六時を回る。この時間から大半の生徒が帰宅、ないしサークルに向かい、授業の数は更に減る。宮史はまだ回っていない教室を探すことにした。

 一番校舎は教室の数、広さ、共にキャンパス内で一番の校舎である。当然、最も多くの学生がここで授業を受けることになる。落し物がノートやファイルの類である以上、やはり学生の出入りが多いこの校舎に落し物がたくさんあると宮史は踏んでいた。

 授業が終わり昼間に比べてやや閑散とした一番校舎内で、宮史は一番の広さを誇る教室を調べることにした。

 三段の高さからなる教室の最下層から入った宮史は、最上層に一人の学生の姿を見つける。屈んで机の陰に隠れながら動き回るその人物が、宮史に気付いたのか、動きを止め、立ち上がる。

「あら、朝倉君。調子はどうです?」

梨穂だった。手にしたノートや教科書類は恐らく阿藤梨絵の落とし物だろう。隠せとまでは言わないが、そこまでおおっぴらなのも如何なものかと宮史は思う。すぐに密告されても文句は言えない。そもそも落し物のルール上、自分から所有の事実を告げると、告げられた人間が不幸になるということになっている。つまり誇示するかのように落し物を見せびらかして歩く行為は周囲に不幸を振りまくのと同意。梨穂も当然そのことには気付いているだろう。それを知ってなお天使のような微笑と共に落し物を見せつけて校内を闊歩しているのである。梨穂に『第一校舎の悪魔』という渾名がつくのはこの少し後だったりする。

 そんな事情もあってか、やけにご満悦な様子の梨穂が言う。

「そっちの方は私がほとんど探し終えちゃってますから、他の教室を探しに行ったほうがいいですよ」

それを聞いた宮史は一瞬訝しんだ後で、手近の机の中を漁り

「じゃあこれは見落としかな」

一冊のノートを手に取って訊ねてみた。そのノートにはきっちりと阿藤梨絵の名前が記されている。梨穂は悪戯がバレた子供のように笑い

「さすがに騙されてくれませんか」

と言った。悪びれた風もない梨穂の様子に早くも慣れがきた宮史は、まあね、と淡白に返事をしつつ、入手したノートを手に持った落し物に加えて「今のはかまをかけてみただけなんだけど」などと言った。

 宮史が今しがた机から見つけてみせたのは見落としではなく、彼が元々手に持っていたものだったのだ。

「…………」

と、返す言葉のない梨穂。どうやら宮史の方が一枚上手だったらしい。ところが梨穂は悔しがるどころか益々表情を愉悦に染め、そのまま再び机の中を探し始めた。その様子を見て、宮史は呆れながら言葉を掛けた。

「荻月さん、相当夢中になってるね……」

「それはそうですよ。魅力的な賞品がかかってますから。こんなに心躍る競争に夢中にならないなんて、朝倉くんはどうかしてます」

「やっぱりわかる?」

「ええ。朝倉くんは全く没頭していません」

先ほどの梨穂のように悪びれた様子のない宮史に、梨穂はあからさまな不満顔を向けた。それでも宮史は平然として訊ねる。

「気に入らないかな?」

「気に入りませんね」

即答する梨穂。享楽主義者とは相容れないことなどとうに割り切っている宮史は事実を淡々と口にする。

「荻月さんには悪いけど、俺は楽しみたくてこんな勝負をしてるわけじゃないから」

「それはわかってます。私が気に喰わないのは、朝倉くんはこの勝負に限らず、何一つ夢中になるものがないように見えることです」

「それは決めつけだよ。確かに俺には夢中になれるものはこれといってないけど、それは今ないだけさ」

冷静に受け流す宮史に対して、梨穂は訝しげな視線を向けたまま

「そうでしょうか。私には、夢中にならないようにしているように見えますけど」

と言った。その言葉に何かを感じたのか、宮史は見開いた目を梨穂に向けたまま、反論もなく固まってしまった。計らずも図星を指したのだと察した梨穂はそれで満足したのか

「……なんて。かまをかけてみただけですけどね」

と茶化すように言う。捜索を再開した梨穂に倣って宮史も動き始めるのだった。

 二人で教室内の全ての机を調べ終えた頃、急に後方のドアが開かれた。前方に居る宮史と梨穂は同時にそちらに目を向ける。そこから入ってきたのは十人ほどの学生。スポーツをしている人間だろうか。皆一様に体格がいい。筋肉の付き方から全員が全員同じ競技の選手というわけではなさそうだが、並ぶとその質量に圧倒されそうである。その中でも一際引き締まった体をした男が口を開いた。

「朝倉宮史と荻月梨穂だな」

「そうですが、何か御用でしょうか」

 男の問いに梨穂が肯定をした途端、男たちの目つきが変わる。連中から醸し出されるのは少なくとも協力的な雰囲気ではない。それは非協力、否、それ以上に攻撃的ですらあった。先ほどの男が再び口を開く。

「君たちが阿藤梨絵の落し物をばら撒き、密告をしているという情報が入った。真偽のほどはともかくとして、こうしてこそこそ何かをしているからには何か知っているんだろう。風紀課からは、事情を聞くために連れてくるよう言われている」

 一息で男が喋った内容に、宮史はどこから現実的な指摘をいれようかと逡巡し、やがて諦めることにした。既に連中はこちらに向かって歩き始めている。人数差から見て、こちらが従わざるを得ないと考えているのだろう。少なくとも、話を聞いてくれるのは自分たちを捕まえた後になりそうだった。ならばまずすべきは

「朝倉君、どうします?」

梨穂が訊ねてくる。といっても表情はやけに愉しげである。宮史も何でもないことのように答えた。

「決まってるでしょ」

 宮史は傍らに立てかけておいた自在箒を手に取る。軽くて丈夫、尚且つリーチに優れた扱いやすい得物である。先ほど室内を調べ回っているときに見つけておいたのだ。梨穂は宮史の背後に隠れるように一歩下がり、男たちは宮史を見据えて身構える。その顔には無勢に相対する多勢独特のいやらしい笑みが貼りついていた。室内に緊張が走る。

享「バトル路線に転向ですか?」

現「それはない」

享「じゃあやっぱりミステリですか?」

作者「それもない」

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