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Ist  作者: こごえ
第一章
13/30

対決(2)

『その話、乗りましょう』

 力強い返事を宮史は受け取る。受話器越しでも愉悦に染まった梨穂の顔が思い浮かんだ。その表情を容易に想像しうるのは、享楽主義者たる彼女のこの返事を宮史が予想していたからに他ならない。したがって梨穂の次の言葉も宮史にとっては想定の範囲内だった。

『朝倉君。その前に一つだけ条件があります』

 宮史が梨穂に電話をかけたのはニ十分ほど前、四時半を回った頃である。応答までに時間がかかった理由を聞いてみると授業中だったらしい。それでも電話に応じたのは、梨穂曰く、何か愉快なことが起こる予感がしたとのこと。実に不愉快な予感だと宮史は内心思ったが、これから自分がする無礼極まりない行いに比べるとまだマシかもしれないなどと考えたりしていた。授業を抜け出してまで電話に応じてくれた梨穂に、あろうことか宮史は果たし状を突きつけたのである。その内容は極めてシンプル。

 どちらが阿藤梨絵の落し物をより多く拾えるか。

 宮史の目論み通り、梨穂は即了承した。だが梨穂とて、現実主義者の宮史が純粋に遊戯に興じたいからこのような申し入れをしたなどとは思っていないはずである。事実その通りで、宮史は今必要な彼女の力を借りるために仕方なく勝負を申し入れただけに過ぎない。楽しむつもりなど一切なかった。

『勝負をするのに褒美が容易されていないなんて興ざめもいいところです』

となれば、楽しみたい一心の梨穂が、何かしら宮史を必死にさせるような条件を提示してくるのは至極当然のことといえた。予想してはいたものの、やはり呆れてしまった宮史はそれを隠しもしない声色で訊ねてみる。

「……じゃあ荻月さんが勝ったら何を御所望で?」

『そうですね。詳しくは勝った時のお楽しみですが……』

 梨穂はうんうん唸りながら焦らした後で

『服従系がいいですね』

とても嗜虐的で享楽的な条件を示した。

「じゃあ俺は誠実かつ積極的な協力姿勢ということで」

 対する宮史も現実的な条件を提示する。

『……それは絶対に負けられないですね』

受話器から、梨穂の愉しげな声が漏れる。宮史は対照的に淡白な声で

「それじゃ十分後にスタートで」

と告げた。

『あ、朝倉君』

「何?」

 しかし電話を切ろうとしたところで梨穂が呼びかけてくる。

『密告サイトの名前。あれって自分で書き込んだんですよね?』

 実は、今現在密告サイトには宮史の名前が書き込まれている。といっても、それは梨穂の推察通り宮史が自ら書き込んだものだった。

 もちろんこれには理由がある。

 平川由美以降に密告された人間、というのが今のところわかっている被害者の共通点だった。それ以外には皆学年学部等これといった共通点がみられない。

 その事実は捜査の進展につながらないということ以上に、『密告された人間が手当たり次第に狙われている』という最悪の可能性を示唆していた。それを確認するために、宮史は危険を顧みずいち早く自らの名前を書き込んだのだった。

「そうだよ」

 事もなげにそう返した宮史の耳に受話器から届いたのは

『なんでそれを言ってくれないんですか!』

という普段より険の増した梨穂の声だった。

 これには宮史も少々驚き

「ああ、ごめん」

と思わず謝ってしまっていた。おずおずと梨穂に訊ねてみる。

「その、……驚かせたかな?」

 確かに、密告された人間が九人も事故に遭っている今、友人知人の名前が書き込まれようなら、誰もが驚き、少なからず身の危険を案じるに違いないだろう。宮史は梨穂の剣幕をそのように常識的に解釈したのだが

『違います。そんな面白いことをどうして言ってくれないんですかってことです』

享楽主義者、荻月梨穂の返答は宮史の予想斜め上を行くものだった。つまるところ、彼女は密告された宮史を心配していたわけでもなければ、それが狂言であることを黙っていたことに怒りを覚えたわけでもなく……。面白そうなことを独りで始めた宮史のことが許せなかったのだ。

『そういうことなら私も自分で書き込みますから』

「いや、決して面白そうだからやってるわけではなくて……」

 会話一つ分遅れて現実的な反論をする宮史にも構わず、聞き捨てならない台詞と共に梨穂は一方的に電話を切ってしまった。どうやらよほど、宮史の行為が腹に据えかねたらしい。

 数分後。密告サイトに書き込まれた荻月梨穂の名前を見て、宮史は梨穂の享楽ぶりに対する認識不足を痛感することになる。


   ○


「どうしよう……」

 少女は絶望的な声で呟いた。それからうわ言のように何かを繰り返す。

「私のせいだ……。私のせいで……」

震える声は次第に小さくなり、そのまま押し黙った少女は俯いたまま身体を震わす。そして握りしめた携帯電話の画面をもう一度見つめなおした。そこに動かしようのない現実がある。

「私のせいだ」

もう一度、吐息に近い声量で少女は呟いた。

 そう、自分のせい。

 だから。

「何とかしなきゃ……」

自身に言い聞かせるように決意の文言を唱え、少女は行動を開始した。

享「以下、次回のネタバレです」

※以下反転






















































享「嘘です。面白そうなのでやりました」

現「流石だよ」

享「私が享楽主義者だって忘れられちゃ困りますからね!」

現「大丈夫、本編でも十分輝いてる」

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