対決
五月一日
現在、密告サイトに書き込まれた名前と事故に遭った学生との一致が発覚してから一夜明けた朝である。宮史と千弥子。並んで歩く様はさながら何でもない登校風景に見えるが、宮史はいつもの不機嫌そうな面持ちに幾分か険しさを混ぜていた。
「この道路だね」
立ち止まり、千弥子が言う。二人が訪れたのは密告された学生たち全員が共通して事故に遭った道路だった。千弥子の提案で、登校時にこの道路を通ってみることにしたのである。
「話には聞いてましたが……。確かに見通しが悪いですね」
「うん。実際に毎年十件くらい事故が起きてる。抗議や苦情も少なからずあるみたいだね」
「年間で十件、か……」
宮史の呟きを掻き消して車が去り、直後のカーブですぐに見えなくなった。
この道路は大学のある方に向かってやや急な下り坂となっている。学生の乗る加速した自転車がそのまま見通しの悪いカーブに突入する関係上、事故、特に自動車との衝突事故が頻発していた。とりわけ、この道路の特性に不慣れな新入の学生と大通りを避ける自動車との事故はこの時期に集中的に発生する。
九人。今年に入ってからこの道路で事故に遭った学生の数である。
確かに例年より多いが、それも偶然だろうと笑い飛ばすこともできる数字だ。だが九人全員が、その名を密告サイトに書き込まれていたとなれば話は別である。少なくともその事実を知っている人間からすれば、偶然ではない何かが蠢いているのはもはや疑いようのない現実だった。
宮史とて、楽観視していたわけではない。だが実際にそれだけの人数が密告され、事故に遭ったという事実がそこにある。その現実が宮史に少なからず後悔をさせていた。だがそれも束の間。後悔をしても仕方がない。いつだってそう思って生きてきた。そして今まで上手くいってきたのだから。宮史は前を向く。
「死亡者はなし。基本的には皆軽傷で済んでる。ただし目撃者はおらず、運転手、もしくは学生側の不注意ってことで処理されてるみたい」
宮史の前方、後ろ歩きをしながら千弥子が調査結果を報告する。その手には厚めのプリントの束が握られていた。宮史が調査を頼んだ事故の詳しい状況についての資料である。宮史は受け取ったプリントに目を通しつつ、内心では一晩でこれだけの調査を終え、尚且つ資料にまとめてきた千弥子の手腕に感服したりしていた。そんなことを知る由もない千弥子が続ける。
「学生たちの間では、密告された人間を事故に遭わせる処刑人のような集団がいる、なんて噂も出てるよ」
「そんな集団がいたらまず間違いなく被害者が証言するでしょうね」
呆れ顔で現実的見地から否定する宮史に、隣で千弥子も頷く。
「うん。だから、やっぱり呪いなんじゃないかって言う学生もいるみたい」
「確かに、行方不明とはわけが違いますからね。事故をあらかじめ知っていた人間なんているはずがない……」
「こればっかりは祥子ちゃんにもできそうにないね……」
自身の推測を覆す事態に再考を余儀なくされた宮史。眉根をよせ、ますます不機嫌そうな表情になる宮史に対して、千弥子が推論を挙げてみせる
「例えばわざと学生を轢いたってことはないかな?事故をあらかじめ知っていたとしたらそれで辻褄が合うよ」
「確かにそうですが……。それなら現場に残らずさっさと走り去るでしょうね。目撃者はいませんから」
「そっか……」
あっさりと論破されてしまった千弥子は唸りながら言う。
「うーん。何だかわからないことだらけだね……」
しかし宮史は「ですが、わかったこともありますよ」と言葉を返した。
「え?そうなの?」
意外とばかりに聞き返す千弥子に、宮史は講釈口調で説明を始める。
「ええ。一月に一件。それと三月にも二件されていた密告。その三人は密告されてから事故に遭ったわけでもなければ行方不明にもなっていません。今も健在です。ということは、平川由美の失踪を皮切りに密告をされた九人が事故に遭ったことになんらかの関係があるということになります」
「確かに……」
宮史の説明に頷いた千弥子は、何かを思い出したらしく口を開く。
「あ、そういえば。阿藤梨絵の落し物の件とは別にね。この道路で事故死した学生の呪いだって噂も流れだしてるよ」
「そういえばありましたね、死亡事故。確か去年の八月でしたっけ」
宮史はうろ覚えながらも事故のことを思い出そうとする。
去年の八月。この道路で学生の乗る自転車と乗用車が衝突する事故が発生した。学生は死亡。全面的にドライバーの責任という形で落ち着いたが、目撃者の証言から自動車は制限速度未満であったことなどが明らかになり、ドライバーの過失よりもむしろ道路の危険性が浮き彫りになる事故となった。以降、道路に関して何の対策も示さない市に対して多くの抗議があったらしい。宮史が知る事故の顛末は大体そのようなものだった。
「うん。あの時は大学側も大事にならないように方々手を打ってたからね。覚えてる人も少ないんじゃないかな」
千弥子は、らしくもない物憂げな調子で応えた。当時から学生自治会の役員を務めていた彼女は、事故が大事にならないようにと躍起になる大学を目の当たりにし、或いはその圧力を受け、少なからず苦い思いをしたのだろう。宮史も依頼の途中で大学側と対立し、圧力を受けた経験がある。そのせいで依頼を果たせず歯痒い思いもした。だがそれさえ、宮史にとっては仕方のないことだった。そう思う他なかった。それが現実だったのだ。
「死亡事故はその一件だけなんですよね?」
「そうだね。十年前に道路が出来てから事故は毎年十件くらい起きてたけど。死亡事故はその一件だけ」
念を押すような宮史の問いに答えてから、千弥子が言う。
「今回の事件と去年の死亡事故と関係あるのかな」
千弥子の質問に「それはわかりませんが……」と答えた後で宮史は簡潔に推論を述べてみせる。
「少なくとも阿藤梨絵にはこの道路に拘る理由があるんだと思います」
宮史のその結論を境に、しばし会話が途切れる。少しして、千弥子が言いにくそうに切り出した。
「ねえ宮くん。そもそもだよ?……阿藤梨絵って、本当に実在する誰かなのかな?」
「と言いますと?」
「ひょっとしたら、呪いは本物なんじゃないかって」
口にするととても馬鹿らしい。千弥子自身そう感じていることだろう。だが、笑い飛ばすにはその根拠が少なすぎた。せいぜい判断材料があるとすれば、『呪いなどない』という常識くらいのもので、それさえいつ覆されてもおかしくない。だからこそ、千弥子は馬鹿らしいと笑い飛ばせる確定的な判断材料を求めているのだ。それを察した宮史は、何でもないことのように提案してみせた。
「なら、阿藤梨絵の名を騙る人物が実在するかどうか確認してみましょうか?千弥子さんにも手伝ってもらうことになりますが」
「そんなことができるの?……って私?」
思わぬ指名に虚を突かれた千弥子は、一瞬立ち止まる。宮史は数歩遅れた千弥子へと向き直りながら依頼を告げた。
「簡単です。学内に『便利屋が阿藤梨絵の落し物を回収しています』と放送をしてほしいんです」
その依頼の意図を推し量ろうとするも叶わず、まあいいかと千弥子はとりあえず首を縦に振る。
「それくらいなら大丈夫。任しときなさい」
千弥子の力強い返事に、どれくらいなら彼女は大丈夫と言わないのだろうかと宮史は考えた。そんなことに思考を傾けていると、
「でも宮くん、一人で落し物を集める気なのかい?」
と、再び千弥子が訊ねてきた。その質問は最もである。キャンパスの広さもさることながら、阿藤梨絵の落し物の数自体が全くの未知数なのだ。だが宮史には一人でやる気など毛頭ない。
「いいえ。といっても、募集したりするわけでもないんですけど」
九人も事故に遭った状態で、誰か積極的に落し物を拾おうなどと考える人間がいるとも思えなかった。そもそも、落し物を拾って得する人間などいないだろう。そうなると必要なのは利益無視で行動する人材。
「一人だけ、確実に手伝ってくれる人間に心当たりがあるんですよ」
その人物を思い出しながら言う宮史の表情は、心なしかいつもより不機嫌ではないように千弥子には見えた。
現「たまには真面目に次回予告をしないとね」
享「腐っても主人公ですね」
現「そうやってすぐに話を逸らそうとする」
楽「そらそうですよ、なんちゃって」
悲「お姉ちゃん、それ……、面白くないよ」
現「なんで四人もいて話が進まないんだ」
享「腐っても私たちってことですかね」
楽「うまいこと」
悲「……言えてないと思うよ、お姉ちゃん……」
現「とにかく。次回は落し物探しの第一歩です!」
合(ここですら出番が……)