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Ist  作者: こごえ
第一章
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密告(2)

 とある校舎、立ち入り禁止の屋上に二人の女子の姿があった。一人は風になびく長い黒髪を優雅に押さえつけ、天使を彷彿とさせる優しげな表情で空を眺めている。もう一人は対照的に俯いたまま直立しており、表情は風にさらわれて乱れる茶色がかった髪に隠れてしまっていた。

「それで、伽弥子さんが拾った落し物がお友達に見つかってしまったと」

 黒髪の女子、荻月梨穂はもう一方の女子に問いかける。訊ねられた茶髪の女子は風にかき消されそうなほどか細い声で返事をした。

「……はい」

「そしてそのお友達が行方不明になってしまった、と」

「…………はい」

 デクレッシェンドで紡がれる返事を聞きながら、梨穂は改めて女子を観察していた。彼女の名前は茶木(ちゃき)伽弥子(かやこ)。学生自治会役員で有名な茶木千弥子の妹である。

「……私のせいです。私が落し物を預けちゃったから……。私が落し物を見つけられちゃったから……。私が落し物を拾っちゃったから……。私のせいで由美ちゃんが……」

 それを思うと、何故こうまで対照的かと梨穂は思ってしまう。千弥子が底抜けの楽観主義者であるのに対して、茶木伽弥子という人間は底無しの悲観主義者(ペシミスト)だった。そのことを二回目のコンタクトにして理解した梨穂は、集合場所に屋上を選ぶんじゃなかったかな、などと不安になったりしていた。

「大丈夫ですか、伽弥子さん。飛び下りたりしないでくださいね」

などと、梨穂がおどけて声をかけてみても

「……はい、わかってます。私が落ちて死んだら荻月先輩が困りますし、何よりお姉ちゃんも悲しみますから……。どんなに嫌でも自分じゃ絶対死ねません……」

この調子。常人なら堪りかねて投げ出すに相違ないが、享楽主義者の梨穂は内心で愉快な人間に巡り逢えたということを素直に喜んでいた。これで演劇サークル所属というのだからこれまた愉快である。一体どんな劇を演じるというのだろうか。喜劇さえ悲劇にしかねない悲観ぶりある。

 とはいえ何かの間違いで本当に飛び降りられて悲劇が起きるのはやや困る。梨穂は話題を元に戻すことにした。

「えー……。とりあえず私はそのいなくなったお友達を探せばいいんですか?」

 伽弥子は「友達を阿藤梨絵から救ってください」と言った。聞くところによると友人は、入学直後に伽弥子が落し物を持っていたのを見つけてしまい、伽弥子を気遣ってその落し物を預かったのだという。当然梨穂は、そのまま行方知れずになってしまったと専ら噂になっているその友人を探してほしいのだと思い込んでいた。だが

「いえ、それもそうなんですけど……」

 歯切れの悪い伽弥子。梨穂の顔に疑問符が浮かぶ。しばらく何かを言おうとしては口に出せず、俯いてしまう伽弥子を梨穂は慈愛の微笑みを湛えながら待っている。だがその笑顔の裏で、またしても愉快な予感を感じていた。むくむくと膨れ上がるその予感に口元が緩みそうになった頃、ようやく伽弥子が口を開く。

「あの……。私の拾った落し物を持っていた友達を助けてほしいんです」

「ですから、お友達を探すんじゃないんですか?」

伽弥子の言わんとするところを理解できず、梨穂は念を押すように聞き返す。すると伽弥子は意を決したように顔を上げ言った。

「私の拾った落し物を持っていた、もう一人の友達を、……祥子ちゃんを助けてほしいんです」

「もう一人……?」

 そう。伽弥子の落し物を見つけてしまい、そのまま受け取った友人は一人ではなく二人だった。そしてそのうち一人は現在行方不明。然らば、もう一人に何かが起こる可能性も否定できない。

「これはますます面白くなりそうですね……」

 不謹慎ながら、梨穂はとうとう口元を緩めてそう呟いた。強風に紛れた呟きは誰の耳にも届かず漂う。


   ○


「そうだ、宮くん。これ、頼まれてたもの」

 淡々とした宮史の報告がひと段落すると、千弥子は鞄からプリントを取り出して宮史に手渡した。

「何を頼んだんだ?」

「今月に入ってから事故に遭った学生のリストです」

興味を示した所長の問いに簡潔に答えてから、宮史はしげしげと千弥子の姿を眺めた。

「しかし本当によく調べてこられましたね……」

「だから、任しときなさいって言ったでしょう?」

 その視線を一身に浴びながら千弥子はふんぞり返ってそう言った。その得意気な表情から一転、ケロッとした笑顔で訊ねてくる。

「でもこれ、何に使うんだい?」

そんな彼女に、宮史は先ほどから眺めていたノートパソコンのディスプレイを向けてみせた。

 画面に映し出されていたのは掲示板形式のサイトで、名前だけの書き込みが何件かされている。

「これは……?」

「これは『密告サイト』です」

 疑問符を浮かべて画面を見つめる千弥子に宮史が説明を始めた。

 密告サイト。

 その名の通り、阿藤梨絵の落し物を持っている人間を告げ口するサイトのことである。密告されたからといって不幸になるというわけではないのだが、密告した側はそれだけでも憂さを晴らすことができる。密告は誹謗中傷に近い、嫌がらせ感覚でされるようだった。

 サイトには既に十人ほどの名前が書き込まれていた。落し物の噂が流れ始めた一月に一件。そして三月には二件。だがよく見ると、残りの書き込みは今週に入ってからされている。

 明らかに異常とわかるペースアップ。そのきっかけとなったのが平川由美の失踪のようだった。今からちょうど二週間前に、彼女の名前は書き込まれている。

「それにしても醜いもんだな。密告なんて。されて事故に遭った人間としては不合理極まりないだろうけどな」

 いつの間にやら千弥子と共に画面を覗き込んでいた所長が言う。宮史は手渡されたプリントに目を通しており、千弥子もどう返事したものかわからず、所長の独白が続く。

「世の中は合理的に生きられる。非合理だってどうにかできる。だが不合理だけはどうしようもない。…………十年前もそうだった」

 十年前。その単語が出てきた途端に、室内に自然と重たい空気が漂う。何か言いたくても言えない、そんな沈黙がしばらく続くかと思われた時

「これは……」

ディスプレイを凝視したまま呟いた宮史が沈黙を破った。助け舟を得たように千弥子が素早く反応する。

「どうしたの、宮くん」

そんな千弥子に、宮史はディスプレイとプリントを同時に差し出す。それらを数回見比べた後で、千弥子は絶句した。

 今週中にその名を密告サイトに書き込まれた学生全員が事故に遭っていた。

楽「次回は私と宮くん。次々回は宮くんと梨穂ちゃんと……」

合「それ以上言うな」

楽「大丈夫ですよ!ネタバレにはなりませんから!」

合「違う、そうじゃない」

楽「え?」

合「私の名前が出てこないから」

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