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Ist  作者: こごえ
第一章
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密告

   四月二十九日


「阿藤梨絵について知っていること、ですか?」

 女子が訝しげな声でそう問うた。その疑念に満ちた眼差しを受けながらも、朝倉宮史は平然とした様子で話を促す。

「そう。何でもいいんだ」

「噂に聞く程度です。拾ったことがばれると不幸になるとか、自分から告げると告げられた人が不幸になるとか」

 答える女子の声には敵意に近いものが感じ取れる。聞き知れない生活相談事務所の見知らぬ人間、それも自分とさほど年の離れていない風貌の男に突然話しかけられ、先のようなことを訊ねられたら警戒するのが道理である。ついでに言えばその男の表情が何故か不機嫌そうに見えたとしたなら、それは詮無きことと言わざるを得ない。

「でもどうしてそんなことを私に聞くんですか」

「君の友人、平川由美さんが阿藤梨絵の落し物のせいで行方不明になったかもしれないからさ」

 宮史は千弥子から事前に行方不明になったと噂される学生の名前を知らされていた。名前は平川由美。高等部からエレベーター方式で進学してきた女子で、高校時代からこちらで一人暮らしをしていたという。千弥子によると現在、二週間近く学校に来ておらず、そのうえ家族でさえ行方を知らないのだそうだ。

 さらに宮史はその平川由美と高校時代から親交の深い人物の情報も入手していた。それが今、あからさまに宮史を警戒する女子、峰祥子だった。

「馬鹿馬鹿しい。そんな噂、デマに決まっているじゃないですか」

呆れたように話す祥子に対して、あくまで宮史は平坦な口調で言葉を紡ぐ。

「そうかもしれない。でも少なくとも、平川由美さんの行方不明は事実だ。四月十五日以降に彼女の姿を見た人はいないし連絡を取った人もいない」

「学校に嫌気がさして閉じこもってるんじゃないですか」

奇しくも祥子の言い分はかつて宮史が噂好きの女子にしたものと同じである。だがそれさえ、今の宮史にとっては現実的な解答ではなかった。宮史はその根拠を余すところなく述べ連ねる。

「その事実は今のところ確認できていない。彼女の私生活に大きな問題は見られなかった。それは親友である君もよく知っているはずだ。それに彼女の家を訪ねてみても誰もいなかった。部屋の中に誰かが押し入った形跡もない。それどころか財布も通帳も確認できた。この状況だけ聞くと、まるである日忽然といなくなってしまったみたいだろう?」

 つらつらと言い終えてから宮史は祥子に同意を求めるように視線を送った。その語る内容よりもそれを調べあげた宮史に対して祥子は気味の悪さを感じる。彼女は表情を益々険しくし、苛立たしげに言葉を返した。

「それで、阿藤梨絵の落し物を拾ったことがばれたのが原因だとでも言うんですか」

「噂の通りじゃないか」

平然とした宮史の言葉を

「あり得ません」

と一際強い調子で否定し、そのまま口をつぐむ祥子。俯いて地面の一点を見つめたまま動こうとしない。心なしか震えているようにも見えた。その様子から宮史は祥子が何らかの事情を知っていると推測したが、

「…………とにかく、知らないものは知りませんから」

再び口を開いた祥子に吐き棄てるようにそう告げられる。そのまま一方的に立ち去ろうとする祥子の背中に

「ああ、そうだ。最後にもう一つ」

宮史は平らかな声で呼びかけた。もはや隠そうともしない敵意に満ちた面持ちで振り返る祥子に

「第二図書室ってどこにあるか知ってるかな?」

と問う。

「知りません。そもそもそんな教室聞いたことがありません」

「そう。ありがとう」

礼を言い終わるより早く再び踵を返した祥子を見送りつつ、宮史は苦笑気味にひとりごちる。

「一応、そんな教室の管理人なんだけどね」



   四月三十日


「暇だな」

「だったら依頼を手伝ってください」

 所長室から流れてきたぼやきに、宮史は容赦なく突っ込んだ。

「やんない。割に合わなそうだし、合理的じゃないな」

 無駄を嫌う乙山市生活相談事務所所長は間延びした声でそんな返事をする。仕事のない人間が合理性を説くのも如何なものかと宮史は思うのだが、言ったところでこの合理主義者が意見を曲げることはない。宮史としては諦めるほかない、というのが現実だった。ただし望みがないわけではない。

「とかいって、本当はどうやって合理的にお金を稼ごうか考えてるんでしょう」

 彼女は目的のために合理を重んじる。そして彼女の目的はお金と情報を手に入れることである。お金と情報は合理的に生きるための資本となり得るからだ。つまるところ、宮史にできるのは合理的にお金や情報を得られそうな餌を、彼女の前にぶら下げてやることくらいだった。

「当たり前だろう。世の中は合理的に生きられるように出来ているんだ。わざわざ非合理な生き方をするつもりはないよ」

「……所長はそんなだから結婚できないんですかね」

 今まで何度となく聞かされた所長の持論に対して呆れつつ宮史が言葉を返すと、多少は思うところがあるのか不機嫌そうな声が返ってきた。

「随分な物言いだな。大体、我が国の女性の平均初婚年齢は二十八・三歳。私はまだ二十七だぞ」

「来月で二十八ですよね」

「まだ小数点以下があるだろ」

「四捨五入で切り捨てられる小数にどれだけ勇気づけられてるんですか、あなたは。そろそろ現実を見ましょうよ」

宮史の冷やかな物言いに所長はとうとう黙る。だがそのすぐあとで

「ま、お前の性格じゃ将来同じことを言われることになるだろうけどな」

などと言い返した。

「まさか」

心外だという思いで呻く宮史。しかし彼にも思うところがあったのか、それ以上反論はなかった。しばし沈黙の後、お互い泥仕合になるのを覚悟で物申してやろうかと思い始めた頃

「こんにちは!」

プレハブ小屋のドアが勢いよく開かれた。何事かと所長が事務所員の部屋に姿を現す。そんな彼女に入口に立つ人物、茶木千弥子は会釈のつもりなのか勢いよく頭を下げてから室内に足を踏み入れた。

「ああ、千弥子さん。丁度よかった。いくつか報告しておくことが」

「ほいほい、なんだい?」

 近づいてくる千弥子に対し、宮史は声をかけた。誰も使うことのない事務員用の椅子を勧めてから宮史は話し始める。

「平川由美の足取りについてですが、彼女の最後の足取りは密告された日の前日、つまり四月十五日ですね。それ以降は誰も彼女の姿を見ていないし誰も連絡を取っていません。周辺でも彼女のことを見た人間がいないか調べましたが、手掛かりはありませんでした」

「相変わらずよくやるなあ……」

 一個人が一日で調べたとは思えない情報量を事も無げに報告する宮史に、所長が呆れ顔で呟く。宮史の働きぶりを実際に目の当たりにするのが初めてである千弥子も、驚きに目を見開いていた。それには構わず宮史は続ける。

「それから彼女のアパートを訪ねました。大家は確かに十五日に彼女が帰ってきたのを確認したそうですが、それからは見ていないそうです。無理を言って部屋の中を見せてもらいましたが、荒らされた形跡も誰かが出入りした様子も特にありませんでした。他の住人も不審な物音などを聞いたりはしなかったそうです。部屋から特に持ち出された物はありません。財布も通帳もそのまま。彼女の交友もあたってみましたが、変わった様子はなかったようです」

「……それだけ聞くと何だかある日突然に消えてしまったみたいだね。それこそ密告をされたから」

必要なことを喋り終えて宮史が黙った後を、千弥子が与えられた情報を元に感想を述べて継いだ。それを受けて宮史は更なる推論を挙げる。

「ええ。ですが例えば、あらかじめ平川由美が失踪することを知っていた人物が事前に密告をしていたとしたら、結果的に『密告をされたから行方不明になった』という事実ができあがります。これなら密告による不幸も現実的に説明がつきます」

「それを知っている人物っていうのは……」

「犯人と見ていいでしょうね。無論、犯人自ら行方不明にさせてしまうのが一番手っ取り早いですが」

宮史は当たり前のように告げる。その現実を前に、千弥子は一拍の間を要してから訊ねた。

「それで、宮くん。その犯人の見当はついてるの?」

対する宮史は一拍と置かずに答える。

「先ほども言ったように、平川由美の失踪を事前に知っていれば密告が成立します。彼女の失踪の原因を知っている人間がいるとすれば、峰祥子が一番怪しいでしょうね」

宮史の答に少なからず気落ちした声で「そっか」と呟く千弥子。その後で

「それで、祥子ちゃんには話を聞いた?」

と訊ねてきた。宮史は千弥子の様子とその言葉を訝しんで聞き返す。

「祥子ちゃん?ひょっとして千弥子さん、彼女と知り合いなんですか?」

「あ、そっか。言ってなかったっけ。祥子ちゃんと由美ちゃんはね、私の妹の友達なんだよ」

 千弥子の説明で、宮史の疑問が氷解する。由美が失踪した理由を知っている人物が怪しいとなれば、まず疑いがかかるのは祥子である。祥子が疑われたことに対して千弥子は驚かずに落胆した。それは二人のことを見知っている千弥子が、祥子が容疑者であることに気が付いていたからだろう。それが事実でないことを期待し、しかし宮史にその可能性を指摘され落ち込んだのだ。とはいえ、それはあくまで可能性。そんな不確定的な数字など、底抜けの楽観主義者は笑い飛ばす。

「それで、祥子ちゃんに話を聞いたんだよね?」

気を取り直して再びされる千弥子の問いかけに、宮史は先日の祥子の様子を思い出して苦笑しながら答える。

「ええ。かなり嫌われてしまったみたいですが」

 表情とは裏腹に宮史の声音は淡々としている。不気味な噂とそれに関わって失踪した友人のことを嗅ぎ回る宮史が嫌悪されるのは道理。そんなことはいちいち気にかけるに値しない。必要最低限言葉が交わせて情報を得ることが出来さえすれば宮史にとっては何一つ問題ないのだから。

「しかしまあ、何かを知ってそうではありましたね。また話を聞いた方がいいかもしれません」

 再度、宮史は祥子の様子を思い出す。俯き震え、逃げるように去って行った祥子。果たしてあれは、罪の発覚に対する怖れだったのだろうか。それとも他の何かだったのか。

現「次回は全員出番がありますね」

楽「いや~、よかったね!」

悲「うん……、今度こそ頑張る……」

享「これで全員名前も出ますね」


合「え」

現・享・楽・悲「え」

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