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Ist  作者: こごえ
第一章
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プロローグ 現実主義者

初投稿になります

拙い文章ですが最後までお付き合いいただけると幸いです

よければご意見ご感想などもお聞かせください

   四月二十七日


「ねえねえ。阿藤梨絵って知ってる?」

女子が後ろの席の男子に話しかけていた。

「アトリエ?」

そう聞き返す男子はほとんど顔を上げようとしない。今現在、彼は机上に広げられたノートと向き合うのに手一杯だった。女子はそんな男子の様子を見て、不満げに言葉を返す。

「違うよ。阿藤梨絵。人の名前」

「そんな出来すぎた名前の知り合いはいないな。それって何年生?」

「それがね、わからないの」

「……は?」

女子からの返答に、思わず顔を上げて聞き返す男子。どういう意味かと問いただすより早く、女子は話し始める。

「最近流れてる噂だよ。阿藤梨絵はその中に出てくる名前」

「……ああ。そういえば聞いたことあるかも」

男子の生返事を満足そうに聞いてから女子は続ける。周りを気にしてか、やけに声は小さかった。

「阿藤梨絵の名前が書かれた落し物を拾って、誰にも見つからずに鞄の中にいれておき、一週間後に校内の何処かに落とす。そうすればその人には幸福が訪れる。ただし」

「ただし?」

「一週間の間に誰かに見つけられてしまうと不幸が訪れる。その代わり、持っていることを自分から告げた場合、告げられた人に不幸が訪れる」

説明を終えた女子に男子は訊ねる。

「実際に見たことないけど……。ただの噂じゃないの」

懐疑に満ちたその声も、女子に倣って小さかった。対する女子も一層声を潜めて告げる。

「幸福云々はともかくね。入学してすぐに来なくなった女の子が一年生にいるんだよね。それがどうも、本当は行方不明らしいよ。で、阿藤梨絵の落し物を持ってたんだって」

「どうしてそれがわかるの?」

「密告サイトっていうのがあるんだ。落し物を持っている人を見つけたらそのサイトに書き込むの。その子の名前もそこに書いてあったらしいよ」

深刻そうな顔の女子に対して、男子は深刻のそれとは違った様子で考え込んでから言う。

「行方不明ねえ……。家族が捜索願いでも出したの?」

「え?」

予想外の質問に面食らう女子。答えを持たない彼女は、自身の知るところだけ答える。

「いや、わからないけど……。少なくとも二週間近く学校に来てないって」

「それで行方不明だと考えるのは早計だし、ましてや落し物の呪いと関係があると決め付けるのは現実的じゃないよ。夢見がちな新入生が現実に直面して学校に来なくなる、なんてこの時期にはよくあることだと思うし」

「でも誰も連絡がつかないって言ってるし……」

「密告されて人間不信にでもなってるんじゃない?少なくとも失踪なんて自分の意志でもできるんだし。阿藤梨絵さんとやらがどうこう関わってくる問題だとは思えないね。もちろん可能性の一つとして発想するのは良いことだと思うけど。だからって確証もないのにさも事実であるかのように吹聴するのはあまりおススメしないな」

男子の反応はいまいち薄い。それきり彼はノートに向き直ろうとするが、女子がそれをさせてくれなかった。

「でもでも、話はそれだけじゃ終わらないんだって。ほら、注目」

手を叩いてまで注意を喚起するあたり、これは女子のとっておきなのだろう。

「実は、その阿藤梨絵って人を調べたらね……」

女子は殊更にトーンを下げ

「存在しなかったんだよ!そんな人」

力強くそう告げた。が、男子はというと、すでにペン先を忙しくノート上に走らせていた。すっかり興味を失ってしまったらしい彼の様子は倒置法まで使った女子からするとひどく気に喰わない。

「ちょっと、なんでそこで驚かないの」

おかしい。とにかくおかしかった。女子が落し物の話をすれば誰もが皆不気味そうに眉を顰め、行方不明のことを教えれば身を震わせ、阿藤梨絵の真実を告げれば戦慄を覚えるはずだった。少なくとも、これまで話を聞かせた友人たちは皆一様に恐れ慄いたのは事実なのだ。だというのに、先程の質問といい、あまりに薄い反応と言い、この男子はおかしかった。

「だって不幸を呼ぶ落とし物の持ち主が存在しなかったってだけでしょ」

もはや視線すら上げない男子の様子に女子もムキになる。

「だけって……。全校生徒に過去の卒業生、それどころか市民全員も調べたんだよ」

不満げな女子の言葉に、男子は突然ペンを止めたかと思うと

「十秒でいいから向こうを見ていてくれない」

「なんで?」

「いいから。ちょっと見せたいものがあって」

不意の申し出に訝しむ女子。話の腰まで折られて、苛立たずにはいられない。そんな女子に反比例する形で、極めて冷静に男子は言う。

「阿藤梨絵が存在することと、阿藤梨絵っていう名前が存在することとじゃ話が別でしょ。ほら」

十秒後、再び振り向いた女子の目の前には、一冊の教科書が突きつけられていた。わけもわからず抗議の声を上げようとする寸でのところで、彼女は見つけてしまった。

教科書の隅に書かれた、阿藤梨絵の名前を。

「これは……」

呆気に取られてそれ以上何も言えない女子に、男子はあっさり種明かしをする。

「これは今俺が書いたんだよ」

そのまま手にした教科書を読み上げるかのような語調で続ける。

「直接関係がはっきりしない密告と失踪。偶然で片片付けられそうなそれらを奇妙な噂たらしめるのが、存在しない阿藤梨絵の名前だ。でも書いてあるだけの名前なら、そんな人が存在しなくてもちっとも不思議じゃないよね」

結びに終了とばかりに教科書を閉じ、鞄に閉まった後で再びノートに向きなおった。

「……朝倉君って夢がないんだね」

その反論のことごとくを現実的見地から否定された女子は、男子をそう評した。それは何としても男子を怖がらせてやろうと意気込んだ女子の敗北宣言に他ならなかった。

 朝倉と呼ばれた男子は、首を傾げつつ答える。

「そうかな?俺はただ、呪いとか不幸とか、そういう形のない曖昧なもので片付けるより、現実に即していて理にかなっていた方が受け取りやすいだけだよ」

それを世間では夢がないと言うのだろう、と女子は思う。思うだけで口にはしない。言えば先刻同様、講釈するかのような語り口で長々と喋ること請け合いだと思ったからだ。

 実は、彼女がこの男子と話をするのは始業以来これが二度目である。かくして彼女は、この男子が現実主義者(リアリスト)であるということを認識したのだった。

「でもさ」

ふと、気になったことを女子は訊ねることにした。この男子に聞けば、何でも現実的な答えが返ってくると期待して。

「なんで阿藤梨絵なんだろうね。こんな出来すぎな名前」

その質問に男子、朝倉は

「それはわからないな」

彼女の期待を大きく裏切る答を出す。

「だって俺は阿藤梨絵さんじゃないから」

至極現実的な答には違いなかったのだが。

現実主義者「ミステリの皮を被ってますがトリックもへったくれもない話です。気楽に読んでくださると幸いです」

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