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落ちこぼれ第九王子は静かに魔術を研究したい 〜欠陥魔導陣を自分好みに改変していたら皇帝にバレました〜

作者: 白浜 海
掲載日:2026/09/29

「アルス様! またそんな古くさい魔導書を引っ張り出して……! 第一王子派閥の皆様に『落ちこぼれのオタク王子』と笑われてしまいますよ!」


 豪奢な部屋に、専属メイドであるリリアの怒鳴り声が響き渡る。

 青い髪を二つに結んだ少女は、腰に手を当てて怒り心頭といった様子だ。


「まあまあリリア、固いこと言わないでよ。面白いんだから仕方ないじゃないか」


 僕——アルス・ヴァルハイトは、ベッドの上でゴロゴロしながら、分厚い羊皮紙の書物をめくる。


 見た目は8歳の可愛らしい少年。だが、中身は前世で死ぬほどファンタジーゲームに没頭していた、生粋の『魔術オタク』だ。


 この世界に生まれ変わった時、僕は歓喜した。

 なんと、本物の魔法が存在する世界だったからだ!


 しかし、このヴァルハイト帝国において、僕の立場はあまりよろしくない。

 第九王子という末席の地位。しかも、3歳の時の『適性鑑定』で、体内魔力光が計測限界以下——つまり「魔法適性ゼロ」と判定されてしまったのだ。


 そのため、腹違いの兄や姉たちからは「無能」「ヴァルハイト家の面汚し」と蔑まれ、宮殿の隅っこにあるこの小さな館に追いやられている。


 だが、当の本人である僕からすれば——「最高」の一言に尽きた。


 政治的なドロドロに巻き込まれることもなく、潤沢な予算(王子の最低限の積立金)で膨大な魔導書を買い込み、毎日引きこもって魔術の研究ができる。こんな天国が他にあろうか。いや、ない。


「はぁ……。アルス様が実は規格外の魔力の持ち主で、鑑定水晶を溶かして壊したこと……周りには隠して『目立たず静かに暮らす』って言ってたのはどこの誰でしたっけ?」


 リリアが呆れたように眉をひそめ、ジト目を向けてくる。


 そう、この館で唯一、僕の本当の力を知っているのが彼女だ。

 3歳のあの日、ドロドロに溶けた水晶を見てパニックになる僕と一緒に、必死に証拠を隠滅してくれた恩人(共犯者)でもある。


「まあまあ、目立つ気なんてサラサラないよ。ただ目立たないように静かに趣味を楽しみたいだけだからさ」


「それが一番怪しいんですよ……」


 リリアの溜め息をスルーしながら、僕は本を指さした。


「ねえリリア。この『生活用温水生成陣』なんだけどさ。なんでこんな無駄なバイパス回路が入ってると思う?」


「えっ? ええと……古代から伝わる伝統的な魔導陣だからではないでしょうか? 宮廷魔導師様たちも、そのまま使っておられますし……」


「これね、たぶん300年前の魔導師が『描くのが下手で線がズレた』のを、後世の人が『何か深遠な意味があるに違いない』って勘違いしてそのまま継承しちゃったんだと思うんだよね」


「そんなバカな話がありますか!?」


「本当だって。ほら、ここをこうやって、直線で繋ぎ直して……余分な『熱拡散符』を削って、代わりに『流体圧縮の符』を組み込めば——」


 僕は指先にほんの少しだけ魔力を込め、空中に青白い光の幾何学模様を描く。


 パチン、と指を鳴らした。


 次の瞬間。

 部屋に置いてあった観葉植物の鉢植えの上に、小さな雲が現れ——一瞬でぬるま湯のシャワーが激しく降り注いだ。


「ひゃあっ!?」


 リリアが悲鳴を上げて跳び退く。


「ね? 詠唱時間ゼロ、消費魔力は千分の一。これでいつでも温かいお風呂に入れるよ」


「……あ、アルス様? 今、無詠唱で……しかも魔導陣を『手書き』で空中に描かれませんでしたか? それに、水と火の二系統複合術式に見えたのですが……?」


 リリアが目を丸くしてガタガタと震えだす。


「ん? 空中に描く方が早いじゃん。紙とインクの無駄だし。あ、でもこれだと水圧が強すぎるか。次は流速調整用の刻印を追加してみようっと」


 僕がウキウキしながら羊皮紙にペンを走らせていると、部屋の扉がバタンと勢いよく開いた。


「アルス殿下! 大変でございます!」


 飛び込んできたのは、僕の護衛騎士を務める青年、バナードだった。

 額に汗をかき、顔色を蒼白にしている。


「どうしたのバナード? そんなに焦って」


「宮殿の西塔で……封印されていた『古代魔獣』が目覚めました! 第一王子派閥の魔導師たちが、無謀な実験を行ったせいです! すでに近衛兵数十名が倒され、こちらに向かってきております! お早くお逃げください!」


「古代魔獣……?」


 僕の目が、キラリと光った。


 古代の魔獣。それはつまり——現代では失われた『古代魔導』の塊ということではないか!


「アルス様、危険です! バナード様、アルス様をお連れして地下道へ!」


「承知!」


 パニックになる二人をよそに、僕は本をパタンと閉じた。


「よし、ちょっと見に行ってみよう」


「「ええええええっ!?」」


 二人の絶叫を背に、僕はウキウキとした足取りで部屋を飛び出した。


 宮殿の西庭は、まさに地獄絵図と化していた。


「くそっ! 攻撃が効かん!」


「『火炎の嵐』をもってしても傷一つつかないだと!?」


 豪華な法衣を着た宮廷魔導師たちが、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。

 彼らが攻撃している先には、体長十メートルを超える巨大な黒い影が存在していた。


 二つの頭を持つ巨大な狼——『双頭の黒炎狼』。

 体表からはドス黒い炎が吹き出し、その眼光だけで周囲の空間が歪んでいるように見えた。


「グオオオオオオン!!」


 双頭の狼が咆哮を上げると、周囲の石造りの建物が衝撃波で吹き飛ぶ。


「ははは……ダメだ、勝てるわけがない。あの魔獣は、数百年前の英雄が命と引き換えに封印した伝説の災厄だ……! 現代の魔法では、傷を負わせることすら……!」


 腰を抜かした老魔導師が、絶望に顔を歪める。


 そこへ、僕がテクテクと歩み寄った。


「ねえおじさん。あの狼の周りについてる『黒い炎』って何?」


「ひっ!? で、殿下!? 危険です! 下がっていなさい! あれは『不滅の黒炎』……触れるもの全てを焼き尽くす、属性超越の魔術衣じゃ!」


「へえ、属性超越……」


 僕は目を輝かせながら、魔獣を観察する。


 ほうほう。なるほど。

 一見すると凄まじい威力の炎に見えるけど……僕の『魔眼(魔力の流れをコードとして視認する力)』で見ると、構造は意外とシンプルだ。


「なんだ、ただの『高濃度魔力のプラズマ化』じゃん。熱効率を上げるために、わざと不完全燃焼を起こさせて黒く見せてるだけか。燃費めちゃくちゃ悪そう」


 僕がつぶやくと、魔獣がこちらに気づいた。

 ギラリと赤い目が僕を捉える。


「ルオアアアアッ!」


 巨体が風を切る。鋭い爪と黒炎を纏った右脚が、僕の頭上から振り下ろされた!


「アルス様ぁぁぁっ!」


 遠くから追いついてきたリリアとバナードの悲鳴が聞こえる。


 だが、僕は避けない。

 代わりに、右手をスッと前に出した。


「まずは……その無駄の多い『黒炎』の供給ラインをカット、と」


 僕は空中を指先で一閃した。


 描いたのは、魔力の流れを遮断する『干渉遮断符』。

 現代の魔法体系には存在しない、僕が昨日思いついた完全オリジナルの簡易魔導陣だ。


 シュン。


 僕の描いた淡い光の線が魔獣の体に触れた瞬間。

 あれほど猛威を振るっていた『不滅の黒炎』が、まるでロウソクの火が消えるように、一瞬で鎮火した。


「……え?」


 振り下ろされようとしていた爪が、ピタリと止まる。

 魔獣自身も「え? 俺の炎は?」と言いたげな顔で自分の脚を見つめている。


 宮廷魔導師たちも、目を見開いてフリーズしていた。


「あ、やっぱり。コアからの魔力供給回路が剥き出しだったよ。欠陥設計だねこれ。作った古代の魔導師、思考実験が足りてないんじゃない?」


 僕はフフンと鼻を鳴らす。


「ル……ルガアアアアッ!?」


 パニックに陥った魔獣が、今度は口を大きく開けた。

 二つの頭の口内に、絶大な魔力が集束していく。


「いかん! 超広範囲の『滅びの吐息』だ! 宮殿ごと吹き飛ぶぞ!!」


 老魔導師が叫ぶ。


「へえ、次はブレスか。見せて見せて!」


 僕はワクワクしながら、魔獣の口内に展開される魔導陣を凝視した。


 重なる多重の陣。緻密な古代文字。

 一見すると複雑で美しいが……僕から言わせれば、ツッコミどころの山だった。


「うわぁ……何この無駄な二重構造。『威力を上げるために、同じ陣を二つ並べて発動させる』とか、小学生の発想じゃん。干渉を起こして威力が半減してるよ。それに、指向性を高めるためのノズル構造が甘いから、魔力の8割が側方に漏れてる。もったいない!」


 僕は我慢できなくなり、魔獣に向かって一歩踏み出した。


「ちょっと借りるね!」


「なっ……何をする気だ、殿下!?」


 僕は空中に跳び上がると(軽く足裏に『重力反転』を付与して滞空)、魔獣の口の前に展開されていた古代魔導陣に、直接手を突っ込んだ。


 そして——指先で、光の線をバババッと描き換えていく。


 無駄な二重構造を統合。

 干渉を相殺する打ち消し線を削除。

 魔力収束用のノズル構造を、最新の流体力学に基づいた『極小スロート構造』に書き換え。


 ほんの三秒。


「よし! 最適化完了!」


 僕が満足して手を離した瞬間。


 魔獣の口内で、魔導陣が黄金色の眩い光を放ち始めた。

 その光の密度は、修正前の100倍以上に跳ね上がっている。


「……グル?」


 魔獣自身が、己の口内で起きている異常なエネルギーの膨れ上がりに恐怖し、目を白黒させ始めた。


「あ、やば。出力上げすぎちゃった。このままだと、この狼の頭が吹き飛んじゃうな」


 僕は苦笑いしながら、黄金の魔導陣の『向き』を空に向けてクイッとひねった。


 直後。


 ドォォォォォォォォォォォォォン!!!!


 地鳴りのような音が響き渡った。


 魔獣の口から放たれたのは、黒い炎などではない。

 真っ白な、純粋な極大の光柱だった。


 光は天を突き抜け、雲を吹き飛ばし、はるか上空の層まで届く。

 あまりの圧力に、周囲の空気が一瞬で真空になり、激しい暴風が巻き起こった。


「「「………………」」」


 全員が、口をぐうの音も出ないほど開けて上空を見上げている。


 空には、雲一つない快晴の穴が、丸くぽっかりと空いていた。


「よし、完璧な集束率! 綺麗な一本線になったね!」


 僕が一人でパチパチと拍手をしていると、力を使い果たし、限界を超えた出力に耐えきれなくなった魔獣が、白目をむいてドシンと倒れた。


 ピクピクと足を震わせ、完全に気絶している。


「ふう、楽しかった」


 僕が満足して地上に着地すると、静寂が周囲を包み込んだ。


 宮廷魔導師たちも。

 護衛騎士のバナードも。

 メイドのリリアも。


 誰もが、信じられないものを見たという顔で僕を見つめていた。


「あ……アルス殿下……?」


 老魔導師が、震える声で尋ねる。


「君は……一体、何を……? 古代魔獣の術式を……素手で描き換えたというのか……? 詠唱も, 触媒もなしに……?」


「え? ああ、うん。だってあの陣、無駄が多すぎたからさ。ちょっと整えてあげただけだよ」


 僕が笑顔でそう答えると、老魔導師は「ひいっ」と短い悲鳴を上げて、そのまま白目をむいて倒れてしまった。


「あ、あれ? おじさん?」


 首をかしげる僕の背後で、リリアが頭を抱えて座り込んでいた。


「アルス様……! またやってしまいましたね……! 『隠れて静かに暮らす』って言ってたのは嘘だったんですか!?」


「ええ〜、だって目の前に珍しい魔導陣があったら、いじりたくなっちゃうじゃないか」


 こうして、僕の『暇つぶし』は、大騒動となって城中に広まることになったのだった。


 古代魔獣騒動から三日後。


 僕はお世辞にも綺麗とは言えない館の自室で、のんびりとお茶を飲んでいた。


「アルス様! 大変です! 大変なことになりました!」


 扉を蹴破る勢いで飛び込んできたのは、またしてもリリアだ。

 今回はいつも以上に顔が青白い。


「どうしたのリリア。そんなに慌てて。お茶飲む?」


「お茶を飲んでいる場合ではありません! 皇帝陛下……陛下から、直接の謁見命令が出ました! 今すぐ本宮の『太陽の間』へお越しせよと!」


「えー、皇帝親父から? めんどくさいなぁ。今、新しい『自動肩たたき陣』の構想を練ってるのに」


「皇帝親父って言わないでください! 処刑されますよ!?」


 リリアに半ば引きずられるようにして、僕は本宮へと向かった。


『太陽の間』。

 そこは、帝国の重鎮、第一王子をはじめとする有能な兄姉たち、そして最奥の玉座に君臨する皇帝ジルバート・ヴァルハイトが揃う、帝国最高の権威の場だ。


 重厚な扉が開くと、ずらりと並んだ貴族や将軍たちの視線が一斉に僕に注がれた。


「……あれが第九王子、アルスか」


「噂では、古代魔獣を一人で倒したとか……」


「馬鹿な、あ奴は『無能の落ちこぼれ』だぞ? 何かの手違いに決まっている」


 ヒソヒソという不躾な私語が聞こえてくる。


 列の最前列には、第一王子である金髪の青年・ライネルが、苦虫をかみ潰したような顔で僕を睨みつけていた。

 今回の古代魔獣の封印を解いてしまった犯人は、ライネルの派閥の魔導師たちだ。メンツは丸潰れだろう。


「第九王子、アルス・ヴァルハイト。前へ」


 玉座から、響き渡る重低音が届く。

 帝国最強の魔導士にして軍神、皇帝ジルバートだ。鷹のような鋭い眼光が僕を射抜く。


「はいはい〜」


 僕が気楽に前に出ると、周囲の貴族たちが「無礼な態度だ!」とざわついたが、皇帝は手を挙げてそれを制した。


「アルスよ。三日前の西塔での出来事……宮廷魔導師長より報告を受けた。お前が一人で古代魔獣を鎮圧したと」


「鎮圧というか、ちょっと魔導陣をいじっただけですけどね」


 僕が事実を伝えると、第一王子ライネルが耐えかねたように叫んだ。


「ハッ! 戯れ言を! 父上、騙されてはなりません! このアルスは3年前の鑑定で『魔力ゼロ』と証明された無能です! おそらく、我が派閥の魔導師たちが弱らせた魔獣に、たまたま最後の一撃が当たっただけに過ぎません!」


「ふむ……ライネルの言うことにも一理ある」


 皇帝は顎を撫でながら、僕を見た。


「アルスよ。お前の真の力を証明してもらう。そこに用意した『測定の神石』に手をかざすがいい」


 部屋の中央に運ばれてきたのは、高さ二メートルほどの巨大な青い水晶だった。


「あれは……古代遺物の『神級測定石』! 国王クラスの魔力すら正確に数値化するという……!」


 貴族たちが息を呑む。


 ライネルがニヤリと下種な笑みを浮かべた。


「ふん、化けの皮が剥がれるぞ、アルス。魔力ゼロと表示されて恥をかくがいい!」


 僕は溜め息をついた。


(また測定石かぁ……。これ、構造が繊細だから、僕の魔力をストレートに入れると壊れるんだよね……)


 前回の三歳の時の二の舞だ。

 壊すと弁償させられそうだし、面倒くさい。


(よし……『魔力変換陣』を体内に展開して、出力を十万分の一くらいに圧縮して入力しよう)


 僕は心の中で、一瞬で複雑な魔力減衰陣を組み立てる。

 そして、神石にそっと手を触れた。


 ……ピカ。


 神石が、淡い青い光を放つ。


 表面に数字が浮かび上がった。


『数値:999,999』


「……なっ!?」


 会場に動揺が走った。


「く、99万……!? 帝国最強の皇帝陛下ですら、数値は5万だぞ!?」


「測定限界値だと!? なんだあの数値は!?」


 ライネルの顔から笑みが消え、真っ青になっている。


 だが、僕は焦っていた。


(やっべ! 減衰率の計算間違えた! 十万分の一じゃなくて万分の一になっちゃってた! 限界値オーバーしてるじゃん!)


 カチ、カチカチカチ……。


 神石の中から、怪しい音が聞こえ始める。


 減衰させてなお、僕の魔力の『質』が異常すぎて、神石の内部回路が過熱を起こしているのだ。


(あ、まずい! 壊れる! 爆発する前に何とかしなきゃ!)


 僕は咄嗟に、神石の表面に指先で直接『熱冷却&魔力吸収符』を描き足した。


「えいっ」


 キュイーン……ポスッ。


 神石は煙を吐き出し、数値は『0』に戻って静まり返った。


 ふう、なんとか破片が散らばるのだけは防げたぞ。


「……あ」


 静まり返る大広間。


 僕の手元では、十万金貨はくだらないと言われる古代遺物の神石が、真っ黒な炭のような塊に変化していた。


「……アルス」


 皇帝ジルバートが、震える声で尋ねる。


「今……お前は何をした?」


「え? あ、えっと……神石が熱くなって爆発しそうだったから、冷却陣を描いて魔力を抜いたんですけど……ちょっと石自体が耐えきれなくて焦げちゃいました。すみません、弁償は小遣いから相殺で……」


「「「「「弁償の問題じゃねえええええええっ!!!!」」」」」


 全員のツッコミがハモった。


「無詠唱での属性付与……魔導陣の即興改変……そして神石を過負荷で焼き切るほどの異常な魔力……!」


 皇帝が玉座から立ち上がった。

 その顔には、困惑と、そして見たこともない『歓喜』が浮かんでいた。


「素晴らしい……! なんという規格外! 落ちこぼれなどと誰が言った! 我がヴァルハイト帝国に、史上最強の神童が生まれたのだ!」


「え?」


「アルスよ! 今日よりお前を第一位継承権と同等の扱いとする! 望むだけの予算と、あらゆる魔導書の閲覧権限を与えよう! 帝国をその力で導くのだ!」


「「「おおおおおっ!!!」」」


 湧き上がる大歓声。

 ライネルはショックのあまり腰を抜かして失神している。


 しかし、当の僕は——絶望していた。


(ええええええっ!? 自由な引きこもり生活が逃げていくぅぅぅぅっ!?)


「あ、あの! 僕、政治とか後継者争いとか興味ないです! ただ部屋で魔導書読んでいたいだけで——」


「ハハハ! 謙虚な奴め! その欲望のなさも王の器よ!」


「話聞いて聞いて親父殿ーーーーっ!?」


 僕の悲鳴は、鳴り止まない盛大な拍手と歓声にかき消されていった。


 それから数ヶ月後。


 僕の生活は……まあ、思っていたよりは悪くなっていない。


 第一継承権云々は「面倒だからパス」と突っぱね(皇帝親父はなぜか『流石は我が息子、覇道に興味なしか!』と勝手に感動していた)、代わりに『大書庫の完全立ち入り許可』と『潤沢な研究予算』を手に入れた。


 新しく与えられた広い屋敷の庭で、僕は今日も日光浴をしながら魔導書を読んでいる。


「アルス様〜、お茶が入りましたよ」


 リリアが、美味しそうなお菓子とお茶を運んできてくれた。

 彼女の服は、僕が改良した『汚れを自動で弾く魔導繊維』で作られているので、いつもピカピカだ。


「ありがとうリリア。あ、バナードもご苦労様」


 庭の隅で、凄まじい速度で剣を振っているバナードに声をかける。

 彼の着ている鎧と剣にも、僕がヒマ潰しで『超軽量化』と『筋力百倍補助』の魔導陣を刻んであげたので、今の彼は帝国最強の騎士になりつつある。本人は「アルス様のおかげで悟りが開けそうです!」と感涙していたが、ただの物理補助である。


「アルス様、今日は何の研究をされているのですか?」


 リリアが覗き込んでくる。


「ん? これ? これはね、『テレポート』の魔導陣」


「瞬間移動!? そんなの、神話に出てくる神の領域の魔法ですよ!?」


「いやいや、空間の座標を三次元ベクトルで計算して、位相をずらすだけだから簡単だよ? ほら、こうやって……」


 僕が空中にサラサラと黄金の魔導陣を描くと、目の前の空間が歪み、遠くの街の風景が一瞬だけ見えた。


「ほら、これでいつでも街のパン屋さんに焼き立てのパンを買いに行ける」


「パンを買いに行くためだけに神の魔法を開発しないでください!!」


 リリアのツッコミが冴え渡る。


 ふふ、やっぱり魔術の研究は楽しいな。


 世界を救うとか、帝国を導くとか、そんな難しいことは知らん顔。

 僕はこれからも、僕の好奇心の赴くままに、この世界の魔術を極めていこうと思う。


 だって——転生して手に入れたこの自由な人生、楽しまなきゃ損でしょ?


「よし、次は『空飛ぶほうき』をマッハで飛べるように改修してみようっと!」


「絶対にやめてください! 帝国の空軍が全滅します!!」


 僕の気ままな魔導オタクライフは、まだまだ始まったばかりだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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