落ちこぼれ第九王子は静かに魔術を研究したい 〜欠陥魔導陣を自分好みに改変していたら皇帝にバレました〜
「アルス様! またそんな古くさい魔導書を引っ張り出して……! 第一王子派閥の皆様に『落ちこぼれのオタク王子』と笑われてしまいますよ!」
豪奢な部屋に、専属メイドであるリリアの怒鳴り声が響き渡る。
青い髪を二つに結んだ少女は、腰に手を当てて怒り心頭といった様子だ。
「まあまあリリア、固いこと言わないでよ。面白いんだから仕方ないじゃないか」
僕——アルス・ヴァルハイトは、ベッドの上でゴロゴロしながら、分厚い羊皮紙の書物をめくる。
見た目は8歳の可愛らしい少年。だが、中身は前世で死ぬほどファンタジーゲームに没頭していた、生粋の『魔術オタク』だ。
この世界に生まれ変わった時、僕は歓喜した。
なんと、本物の魔法が存在する世界だったからだ!
しかし、このヴァルハイト帝国において、僕の立場はあまりよろしくない。
第九王子という末席の地位。しかも、3歳の時の『適性鑑定』で、体内魔力光が計測限界以下——つまり「魔法適性ゼロ」と判定されてしまったのだ。
そのため、腹違いの兄や姉たちからは「無能」「ヴァルハイト家の面汚し」と蔑まれ、宮殿の隅っこにあるこの小さな館に追いやられている。
だが、当の本人である僕からすれば——「最高」の一言に尽きた。
政治的なドロドロに巻き込まれることもなく、潤沢な予算(王子の最低限の積立金)で膨大な魔導書を買い込み、毎日引きこもって魔術の研究ができる。こんな天国が他にあろうか。いや、ない。
「はぁ……。アルス様が実は規格外の魔力の持ち主で、鑑定水晶を溶かして壊したこと……周りには隠して『目立たず静かに暮らす』って言ってたのはどこの誰でしたっけ?」
リリアが呆れたように眉をひそめ、ジト目を向けてくる。
そう、この館で唯一、僕の本当の力を知っているのが彼女だ。
3歳のあの日、ドロドロに溶けた水晶を見てパニックになる僕と一緒に、必死に証拠を隠滅してくれた恩人(共犯者)でもある。
「まあまあ、目立つ気なんてサラサラないよ。ただ目立たないように静かに趣味を楽しみたいだけだからさ」
「それが一番怪しいんですよ……」
リリアの溜め息をスルーしながら、僕は本を指さした。
「ねえリリア。この『生活用温水生成陣』なんだけどさ。なんでこんな無駄なバイパス回路が入ってると思う?」
「えっ? ええと……古代から伝わる伝統的な魔導陣だからではないでしょうか? 宮廷魔導師様たちも、そのまま使っておられますし……」
「これね、たぶん300年前の魔導師が『描くのが下手で線がズレた』のを、後世の人が『何か深遠な意味があるに違いない』って勘違いしてそのまま継承しちゃったんだと思うんだよね」
「そんなバカな話がありますか!?」
「本当だって。ほら、ここをこうやって、直線で繋ぎ直して……余分な『熱拡散符』を削って、代わりに『流体圧縮の符』を組み込めば——」
僕は指先にほんの少しだけ魔力を込め、空中に青白い光の幾何学模様を描く。
パチン、と指を鳴らした。
次の瞬間。
部屋に置いてあった観葉植物の鉢植えの上に、小さな雲が現れ——一瞬でぬるま湯のシャワーが激しく降り注いだ。
「ひゃあっ!?」
リリアが悲鳴を上げて跳び退く。
「ね? 詠唱時間ゼロ、消費魔力は千分の一。これでいつでも温かいお風呂に入れるよ」
「……あ、アルス様? 今、無詠唱で……しかも魔導陣を『手書き』で空中に描かれませんでしたか? それに、水と火の二系統複合術式に見えたのですが……?」
リリアが目を丸くしてガタガタと震えだす。
「ん? 空中に描く方が早いじゃん。紙とインクの無駄だし。あ、でもこれだと水圧が強すぎるか。次は流速調整用の刻印を追加してみようっと」
僕がウキウキしながら羊皮紙にペンを走らせていると、部屋の扉がバタンと勢いよく開いた。
「アルス殿下! 大変でございます!」
飛び込んできたのは、僕の護衛騎士を務める青年、バナードだった。
額に汗をかき、顔色を蒼白にしている。
「どうしたのバナード? そんなに焦って」
「宮殿の西塔で……封印されていた『古代魔獣』が目覚めました! 第一王子派閥の魔導師たちが、無謀な実験を行ったせいです! すでに近衛兵数十名が倒され、こちらに向かってきております! お早くお逃げください!」
「古代魔獣……?」
僕の目が、キラリと光った。
古代の魔獣。それはつまり——現代では失われた『古代魔導』の塊ということではないか!
「アルス様、危険です! バナード様、アルス様をお連れして地下道へ!」
「承知!」
パニックになる二人をよそに、僕は本をパタンと閉じた。
「よし、ちょっと見に行ってみよう」
「「ええええええっ!?」」
二人の絶叫を背に、僕はウキウキとした足取りで部屋を飛び出した。
宮殿の西庭は、まさに地獄絵図と化していた。
「くそっ! 攻撃が効かん!」
「『火炎の嵐』をもってしても傷一つつかないだと!?」
豪華な法衣を着た宮廷魔導師たちが、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
彼らが攻撃している先には、体長十メートルを超える巨大な黒い影が存在していた。
二つの頭を持つ巨大な狼——『双頭の黒炎狼』。
体表からはドス黒い炎が吹き出し、その眼光だけで周囲の空間が歪んでいるように見えた。
「グオオオオオオン!!」
双頭の狼が咆哮を上げると、周囲の石造りの建物が衝撃波で吹き飛ぶ。
「ははは……ダメだ、勝てるわけがない。あの魔獣は、数百年前の英雄が命と引き換えに封印した伝説の災厄だ……! 現代の魔法では、傷を負わせることすら……!」
腰を抜かした老魔導師が、絶望に顔を歪める。
そこへ、僕がテクテクと歩み寄った。
「ねえおじさん。あの狼の周りについてる『黒い炎』って何?」
「ひっ!? で、殿下!? 危険です! 下がっていなさい! あれは『不滅の黒炎』……触れるもの全てを焼き尽くす、属性超越の魔術衣じゃ!」
「へえ、属性超越……」
僕は目を輝かせながら、魔獣を観察する。
ほうほう。なるほど。
一見すると凄まじい威力の炎に見えるけど……僕の『魔眼(魔力の流れをコードとして視認する力)』で見ると、構造は意外とシンプルだ。
「なんだ、ただの『高濃度魔力のプラズマ化』じゃん。熱効率を上げるために、わざと不完全燃焼を起こさせて黒く見せてるだけか。燃費めちゃくちゃ悪そう」
僕がつぶやくと、魔獣がこちらに気づいた。
ギラリと赤い目が僕を捉える。
「ルオアアアアッ!」
巨体が風を切る。鋭い爪と黒炎を纏った右脚が、僕の頭上から振り下ろされた!
「アルス様ぁぁぁっ!」
遠くから追いついてきたリリアとバナードの悲鳴が聞こえる。
だが、僕は避けない。
代わりに、右手をスッと前に出した。
「まずは……その無駄の多い『黒炎』の供給ラインをカット、と」
僕は空中を指先で一閃した。
描いたのは、魔力の流れを遮断する『干渉遮断符』。
現代の魔法体系には存在しない、僕が昨日思いついた完全オリジナルの簡易魔導陣だ。
シュン。
僕の描いた淡い光の線が魔獣の体に触れた瞬間。
あれほど猛威を振るっていた『不滅の黒炎』が、まるでロウソクの火が消えるように、一瞬で鎮火した。
「……え?」
振り下ろされようとしていた爪が、ピタリと止まる。
魔獣自身も「え? 俺の炎は?」と言いたげな顔で自分の脚を見つめている。
宮廷魔導師たちも、目を見開いてフリーズしていた。
「あ、やっぱり。コアからの魔力供給回路が剥き出しだったよ。欠陥設計だねこれ。作った古代の魔導師、思考実験が足りてないんじゃない?」
僕はフフンと鼻を鳴らす。
「ル……ルガアアアアッ!?」
パニックに陥った魔獣が、今度は口を大きく開けた。
二つの頭の口内に、絶大な魔力が集束していく。
「いかん! 超広範囲の『滅びの吐息』だ! 宮殿ごと吹き飛ぶぞ!!」
老魔導師が叫ぶ。
「へえ、次はブレスか。見せて見せて!」
僕はワクワクしながら、魔獣の口内に展開される魔導陣を凝視した。
重なる多重の陣。緻密な古代文字。
一見すると複雑で美しいが……僕から言わせれば、ツッコミどころの山だった。
「うわぁ……何この無駄な二重構造。『威力を上げるために、同じ陣を二つ並べて発動させる』とか、小学生の発想じゃん。干渉を起こして威力が半減してるよ。それに、指向性を高めるためのノズル構造が甘いから、魔力の8割が側方に漏れてる。もったいない!」
僕は我慢できなくなり、魔獣に向かって一歩踏み出した。
「ちょっと借りるね!」
「なっ……何をする気だ、殿下!?」
僕は空中に跳び上がると(軽く足裏に『重力反転』を付与して滞空)、魔獣の口の前に展開されていた古代魔導陣に、直接手を突っ込んだ。
そして——指先で、光の線をバババッと描き換えていく。
無駄な二重構造を統合。
干渉を相殺する打ち消し線を削除。
魔力収束用のノズル構造を、最新の流体力学に基づいた『極小スロート構造』に書き換え。
ほんの三秒。
「よし! 最適化完了!」
僕が満足して手を離した瞬間。
魔獣の口内で、魔導陣が黄金色の眩い光を放ち始めた。
その光の密度は、修正前の100倍以上に跳ね上がっている。
「……グル?」
魔獣自身が、己の口内で起きている異常なエネルギーの膨れ上がりに恐怖し、目を白黒させ始めた。
「あ、やば。出力上げすぎちゃった。このままだと、この狼の頭が吹き飛んじゃうな」
僕は苦笑いしながら、黄金の魔導陣の『向き』を空に向けてクイッとひねった。
直後。
ドォォォォォォォォォォォォォン!!!!
地鳴りのような音が響き渡った。
魔獣の口から放たれたのは、黒い炎などではない。
真っ白な、純粋な極大の光柱だった。
光は天を突き抜け、雲を吹き飛ばし、はるか上空の層まで届く。
あまりの圧力に、周囲の空気が一瞬で真空になり、激しい暴風が巻き起こった。
「「「………………」」」
全員が、口をぐうの音も出ないほど開けて上空を見上げている。
空には、雲一つない快晴の穴が、丸くぽっかりと空いていた。
「よし、完璧な集束率! 綺麗な一本線になったね!」
僕が一人でパチパチと拍手をしていると、力を使い果たし、限界を超えた出力に耐えきれなくなった魔獣が、白目をむいてドシンと倒れた。
ピクピクと足を震わせ、完全に気絶している。
「ふう、楽しかった」
僕が満足して地上に着地すると、静寂が周囲を包み込んだ。
宮廷魔導師たちも。
護衛騎士のバナードも。
メイドのリリアも。
誰もが、信じられないものを見たという顔で僕を見つめていた。
「あ……アルス殿下……?」
老魔導師が、震える声で尋ねる。
「君は……一体、何を……? 古代魔獣の術式を……素手で描き換えたというのか……? 詠唱も, 触媒もなしに……?」
「え? ああ、うん。だってあの陣、無駄が多すぎたからさ。ちょっと整えてあげただけだよ」
僕が笑顔でそう答えると、老魔導師は「ひいっ」と短い悲鳴を上げて、そのまま白目をむいて倒れてしまった。
「あ、あれ? おじさん?」
首をかしげる僕の背後で、リリアが頭を抱えて座り込んでいた。
「アルス様……! またやってしまいましたね……! 『隠れて静かに暮らす』って言ってたのは嘘だったんですか!?」
「ええ〜、だって目の前に珍しい魔導陣があったら、いじりたくなっちゃうじゃないか」
こうして、僕の『暇つぶし』は、大騒動となって城中に広まることになったのだった。
古代魔獣騒動から三日後。
僕はお世辞にも綺麗とは言えない館の自室で、のんびりとお茶を飲んでいた。
「アルス様! 大変です! 大変なことになりました!」
扉を蹴破る勢いで飛び込んできたのは、またしてもリリアだ。
今回はいつも以上に顔が青白い。
「どうしたのリリア。そんなに慌てて。お茶飲む?」
「お茶を飲んでいる場合ではありません! 皇帝陛下……陛下から、直接の謁見命令が出ました! 今すぐ本宮の『太陽の間』へお越しせよと!」
「えー、皇帝親父から? めんどくさいなぁ。今、新しい『自動肩たたき陣』の構想を練ってるのに」
「皇帝親父って言わないでください! 処刑されますよ!?」
リリアに半ば引きずられるようにして、僕は本宮へと向かった。
『太陽の間』。
そこは、帝国の重鎮、第一王子をはじめとする有能な兄姉たち、そして最奥の玉座に君臨する皇帝ジルバート・ヴァルハイトが揃う、帝国最高の権威の場だ。
重厚な扉が開くと、ずらりと並んだ貴族や将軍たちの視線が一斉に僕に注がれた。
「……あれが第九王子、アルスか」
「噂では、古代魔獣を一人で倒したとか……」
「馬鹿な、あ奴は『無能の落ちこぼれ』だぞ? 何かの手違いに決まっている」
ヒソヒソという不躾な私語が聞こえてくる。
列の最前列には、第一王子である金髪の青年・ライネルが、苦虫をかみ潰したような顔で僕を睨みつけていた。
今回の古代魔獣の封印を解いてしまった犯人は、ライネルの派閥の魔導師たちだ。メンツは丸潰れだろう。
「第九王子、アルス・ヴァルハイト。前へ」
玉座から、響き渡る重低音が届く。
帝国最強の魔導士にして軍神、皇帝ジルバートだ。鷹のような鋭い眼光が僕を射抜く。
「はいはい〜」
僕が気楽に前に出ると、周囲の貴族たちが「無礼な態度だ!」とざわついたが、皇帝は手を挙げてそれを制した。
「アルスよ。三日前の西塔での出来事……宮廷魔導師長より報告を受けた。お前が一人で古代魔獣を鎮圧したと」
「鎮圧というか、ちょっと魔導陣をいじっただけですけどね」
僕が事実を伝えると、第一王子ライネルが耐えかねたように叫んだ。
「ハッ! 戯れ言を! 父上、騙されてはなりません! このアルスは3年前の鑑定で『魔力ゼロ』と証明された無能です! おそらく、我が派閥の魔導師たちが弱らせた魔獣に、たまたま最後の一撃が当たっただけに過ぎません!」
「ふむ……ライネルの言うことにも一理ある」
皇帝は顎を撫でながら、僕を見た。
「アルスよ。お前の真の力を証明してもらう。そこに用意した『測定の神石』に手をかざすがいい」
部屋の中央に運ばれてきたのは、高さ二メートルほどの巨大な青い水晶だった。
「あれは……古代遺物の『神級測定石』! 国王クラスの魔力すら正確に数値化するという……!」
貴族たちが息を呑む。
ライネルがニヤリと下種な笑みを浮かべた。
「ふん、化けの皮が剥がれるぞ、アルス。魔力ゼロと表示されて恥をかくがいい!」
僕は溜め息をついた。
(また測定石かぁ……。これ、構造が繊細だから、僕の魔力をストレートに入れると壊れるんだよね……)
前回の三歳の時の二の舞だ。
壊すと弁償させられそうだし、面倒くさい。
(よし……『魔力変換陣』を体内に展開して、出力を十万分の一くらいに圧縮して入力しよう)
僕は心の中で、一瞬で複雑な魔力減衰陣を組み立てる。
そして、神石にそっと手を触れた。
……ピカ。
神石が、淡い青い光を放つ。
表面に数字が浮かび上がった。
『数値:999,999』
「……なっ!?」
会場に動揺が走った。
「く、99万……!? 帝国最強の皇帝陛下ですら、数値は5万だぞ!?」
「測定限界値だと!? なんだあの数値は!?」
ライネルの顔から笑みが消え、真っ青になっている。
だが、僕は焦っていた。
(やっべ! 減衰率の計算間違えた! 十万分の一じゃなくて万分の一になっちゃってた! 限界値オーバーしてるじゃん!)
カチ、カチカチカチ……。
神石の中から、怪しい音が聞こえ始める。
減衰させてなお、僕の魔力の『質』が異常すぎて、神石の内部回路が過熱を起こしているのだ。
(あ、まずい! 壊れる! 爆発する前に何とかしなきゃ!)
僕は咄嗟に、神石の表面に指先で直接『熱冷却&魔力吸収符』を描き足した。
「えいっ」
キュイーン……ポスッ。
神石は煙を吐き出し、数値は『0』に戻って静まり返った。
ふう、なんとか破片が散らばるのだけは防げたぞ。
「……あ」
静まり返る大広間。
僕の手元では、十万金貨はくだらないと言われる古代遺物の神石が、真っ黒な炭のような塊に変化していた。
「……アルス」
皇帝ジルバートが、震える声で尋ねる。
「今……お前は何をした?」
「え? あ、えっと……神石が熱くなって爆発しそうだったから、冷却陣を描いて魔力を抜いたんですけど……ちょっと石自体が耐えきれなくて焦げちゃいました。すみません、弁償は小遣いから相殺で……」
「「「「「弁償の問題じゃねえええええええっ!!!!」」」」」
全員のツッコミがハモった。
「無詠唱での属性付与……魔導陣の即興改変……そして神石を過負荷で焼き切るほどの異常な魔力……!」
皇帝が玉座から立ち上がった。
その顔には、困惑と、そして見たこともない『歓喜』が浮かんでいた。
「素晴らしい……! なんという規格外! 落ちこぼれなどと誰が言った! 我がヴァルハイト帝国に、史上最強の神童が生まれたのだ!」
「え?」
「アルスよ! 今日よりお前を第一位継承権と同等の扱いとする! 望むだけの予算と、あらゆる魔導書の閲覧権限を与えよう! 帝国をその力で導くのだ!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
湧き上がる大歓声。
ライネルはショックのあまり腰を抜かして失神している。
しかし、当の僕は——絶望していた。
(ええええええっ!? 自由な引きこもり生活が逃げていくぅぅぅぅっ!?)
「あ、あの! 僕、政治とか後継者争いとか興味ないです! ただ部屋で魔導書読んでいたいだけで——」
「ハハハ! 謙虚な奴め! その欲望のなさも王の器よ!」
「話聞いて聞いて親父殿ーーーーっ!?」
僕の悲鳴は、鳴り止まない盛大な拍手と歓声にかき消されていった。
それから数ヶ月後。
僕の生活は……まあ、思っていたよりは悪くなっていない。
第一継承権云々は「面倒だからパス」と突っぱね(皇帝親父はなぜか『流石は我が息子、覇道に興味なしか!』と勝手に感動していた)、代わりに『大書庫の完全立ち入り許可』と『潤沢な研究予算』を手に入れた。
新しく与えられた広い屋敷の庭で、僕は今日も日光浴をしながら魔導書を読んでいる。
「アルス様〜、お茶が入りましたよ」
リリアが、美味しそうなお菓子とお茶を運んできてくれた。
彼女の服は、僕が改良した『汚れを自動で弾く魔導繊維』で作られているので、いつもピカピカだ。
「ありがとうリリア。あ、バナードもご苦労様」
庭の隅で、凄まじい速度で剣を振っているバナードに声をかける。
彼の着ている鎧と剣にも、僕がヒマ潰しで『超軽量化』と『筋力百倍補助』の魔導陣を刻んであげたので、今の彼は帝国最強の騎士になりつつある。本人は「アルス様のおかげで悟りが開けそうです!」と感涙していたが、ただの物理補助である。
「アルス様、今日は何の研究をされているのですか?」
リリアが覗き込んでくる。
「ん? これ? これはね、『テレポート』の魔導陣」
「瞬間移動!? そんなの、神話に出てくる神の領域の魔法ですよ!?」
「いやいや、空間の座標を三次元ベクトルで計算して、位相をずらすだけだから簡単だよ? ほら、こうやって……」
僕が空中にサラサラと黄金の魔導陣を描くと、目の前の空間が歪み、遠くの街の風景が一瞬だけ見えた。
「ほら、これでいつでも街のパン屋さんに焼き立てのパンを買いに行ける」
「パンを買いに行くためだけに神の魔法を開発しないでください!!」
リリアのツッコミが冴え渡る。
ふふ、やっぱり魔術の研究は楽しいな。
世界を救うとか、帝国を導くとか、そんな難しいことは知らん顔。
僕はこれからも、僕の好奇心の赴くままに、この世界の魔術を極めていこうと思う。
だって——転生して手に入れたこの自由な人生、楽しまなきゃ損でしょ?
「よし、次は『空飛ぶほうき』をマッハで飛べるように改修してみようっと!」
「絶対にやめてください! 帝国の空軍が全滅します!!」
僕の気ままな魔導オタクライフは、まだまだ始まったばかりだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
楽しんでいただけましたら、ページ下部の ★★★★★ から評価をいただけると、とても励みになります。




