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銀杏の木の黄色

掲載日:2026/06/10

なんとも全く、季節外れな話でげす

秋は黄色。

イチョウが綺麗な季節だから。


鈴里(すずり)。」

「あなた。」

「何を見ていたんだ?」

「…あのイチョウ、とても綺麗でしょ?」

「そうだな、凄い立派な銀杏の木だ。」

「もう、あれはイチョウの木よ。」

「銀杏の木でもあるだろう。」

「私は、銀杏の話をしている訳じゃないわ。イチョウの葉のことを話しているの。」

「…どんなに綺麗でも、俺は銀杏が嫌いだ。」

「石頭」

「なんとでも言え。」


あの人は…あんまり好きじゃなかったけど。

でも、私は好きだった。




春は桃色。

桜や梅、桃の花が綺麗な季節だから。


「…鈴里、」

「もう、動かないでったら!」

「す、すまん…」

「ほら、あなた!写真を撮る時は、こうよ!こう!」

「…こ、…こうか…?」

「そう!そのままでいてくださいね!」

「あ、ああ…」


「…ふふ、あなた、ほら見て」

「…これで、良かったのか?」

「良いんですよ!これも思い出として残しておくのよ!」

「そういうものか…」

「桜も綺麗に写っているし、あなたの顔も…ふふふ」

「…おい、人の顔を見て何度も笑うな」

「だって、おかしいんですもの。ふふ」

「まったく…」


少し乗り気ではなかったみたいだけど、あの人は優しいから。私のおふざけにも付き合ってくれていたわ。


「…お前はいいのか?」

「え?」

「お前は、写真を撮らなくてもいいのか?」

「…撮ってくれるんですか?」

「…まぁな。」

「…」

「…ふふふ」

「何がおかしい」

「ふふ、いえ…なんでも。ふふふ」

「…はぁ…」

「それじゃあ、あなたにも頼もうかしら。」

「綺麗に写してくださいね!」

「…」

「…あぁ。」




夏は…緑色かしら。

あまり海には足を運んだことはなかったけれど、爽やかで涼しげで、何より新緑の色がきっと夏にはピッタリよ。


「あなた、見てください」

「どうした」

「ほら。」

「…」

「…カニの、喧嘩…?」

「こんなに暑いのに、喧嘩なんてしたら汗でもっと濡れてしまうわ。」

「カニは汗なんてかかない。」

「…例えの話よ。」

「…あぁ」

「もう、本当に分からない人ね!」

「…すまん」


あの人、暑いのなんて好きじゃない癖に、私が駄々を捏ねたら必ず海に連れて行ってくれるの。

本当、あの人は私に弱いんだから。




冬は、水色ね。

冷たくて凍えてしまうけど、どこか柔らかい。

うん。水色がピッタリ。


「ふぅー…ふぅー……」

「…あちっ」

「ほら、だから言っただろう。」

「…でも、珈琲は熱いうちに飲みたいものよ」

「それで舌を焼いてしまったら元も子もないだろ。」

「そうだけど…」

「…珈琲は逃げないんだから、ゆっくり飲めばいい。」

「俺はいくらでも待つよ。」

「…ありがとう。」

「あぁ。」


私は昔から舌を焼いてしまうことが多かったのよ。

あの人が、ゆっくり飲んでも大丈夫だと言ってくれて、私は少しだけ、心が軽くなった気がしたの。







───「…だからね、それから。あんまりにも急いで熱いものは飲まないようにしているの。舌を焼くのは痛いもの。あの人も心配するわ。」

「……そうだね。」

「あぁ、あの人と言えば。」

「あの人ね、銀杏が嫌いなのよ。昔から。」

「…うん。」

「だからね、この季節になると、イチョウの木を見る度に」


『俺は銀杏は嫌いだ』


「って。」

「…そうなんだね。」

「おかしいでしょ?昔からそうなのよ。頭が固くて、イチョウは綺麗だっていくら説明しても、その考えだけは変えなくてね。」

「…そっか。」



「…あぁ、早く、あの人に会いたいわぁ」

「……」

「…ねぇ、私はいつここから出られるの?」

「早くここから出て、あの人にご飯作ってあげないとなの。あの人、家事のことになるとポンコツでね。」

「…それは、困ったね」

「そうなのよ。だから、私がご飯を作ってあげないとなの。洗濯物も洗わないとよ。家の中のお掃除もしないと。」

「…大変だ。」

「大変よ。」

「…だからね、私が早くあの人のお世話しないと。そうしないと、あの人きっと、ちょっとの家事でも過労死しちゃうわ。」

「…」


「…君は、」

「はい?」

「…」

「…君は、ここから出たらさ、旦那さんと何をしたいんだい?」

「そうね…まずは、今は秋だからね。また近所の公園のイチョウの木をあの人と一緒に見たいわ。」

「…そうだね。」

「見れるかしら」

「…見れるよ。」

「そうかな」

「見れるよ。公園のベンチで弁当を広げて、一緒に食べよう。」

「あら、よく知ってるのね。」

「…まぁね。」

「ふふ…お弁当を広げて、一緒に食べて…食べたあとは、イチョウの木の下に行くの」

「…それで、一緒に写真を撮ろう。」

「カメラ、あるかしら」

「あるよ。タンスの中にある。昔のだけどね。」

「いいわ、昔ので。それがいいんじゃない。」

「…そっか。」

「そのカメラを、公園に持っていくの。」

「そして、あの人を撮るわ。…ふふ、そういえば、あの人ね、写真に写るのとっても下手なのよ。」

「…そうなんだね」

「あの人とね、お花見をしに行った時に、桜と一緒にあの人を撮ろうとしたんだけど〜…」







「…ありがとうございました。」

「いいえ。松田さん、今日は調子良かったでしょ。」

「はい。だいぶ。」

「さっき少しだけお話聞きましたよ。『あの人の話を沢山した』って。」

「よっぽど、院内をお散歩したのが楽しかったのね」

「はは、特に銀杏の話でした。花見の時の話とかもしてたけど…」

「私もよく聞きますよ。松田さんから、銀杏の話。」

「妻と出会う前から好きじゃなかったもんで。お恥ずかしい…」

「いいじゃないですか。過去のことでもまだまだ元気な証拠ですよ。」

「そう、ですかね…」











「…」


鼻を掠める、強烈な匂い。


(…銀杏)


俺たちの家の近所の公園。

立派なイチョウの木が植えてあり、毎年秋になると鮮やかな黄色と共に、強烈な悪臭を放つ。


いつだって俺の仇敵で、天敵で…



…けど、妻はこの木が好きだった。


『秋は黄色ね。イチョウが綺麗な季節だから。』


秋になると、毎度の如く聞かされた。

秋になって、黄色の見える時期になったら、毎回。


今はもう、過去のことになってしまったけど。


『そうね…まずは、今は秋だからね。また近所の公園のイチョウの木をあの人と一緒に見たいわ。』


「…」



鈴里に出会ってから、初めて、銀杏の木の"黄色"に気が付いた。

誰にでも訪れうること

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