虹を追う子等
一面薄紅色の海だった。冬場の休耕田には隙間なくレンゲが植えられ、春の到来を告げ、可憐な珊瑚色の花を一斉に咲かせていた。
雪解け水は小川に注ぎ、土手にはフキノトウが薄緑の蕾を膨らませている。
碧生達少年組は 絣の着物の裾をからげ魚を追った。だがメダカやウグイはすばしこく、背をキラキラ光らせて少年達の脚の間を縫って逃げる。
小川の向こうで少女達の歓声が上がった。少年達は何事かと岸に上がり、声のする方を見た。
一面のレンゲの花咲き乱れる平野の中、手に手に春の花を摘んだ少女達が立ち一方を見つめている。
視線の先には、大きな虹がくっきりとかかっていた。
レンゲ畑が山の端に消える辺りからすっと太い色の帯を伸ばした虹は、鮮やかに七色の弧を描いて、畑地が林に変わる麓に消えていた。
走ろう!
碧生蒼太郎はいがぐり頭をくるりと回し、仲間の少年達に叫んだ。
走れ!
あの虹の根元まで!
虹を追いかけろ!
少年達は口々に叫び、走り出した。
足を取られて走りにくい下駄は、脱いで両手に持った。
草履の子は脱ぎ捨てて懐に入れ、裸足になった。
花を摘んでいた少女達も、革靴が土で汚れるのも構わずつられて走り出した。
白い首の左右から伸びたおさげ髪が、少女達のセーラー服の背で踊った。
少年達も少女達も、走り出したら、それだけが楽しくて走る理由など置いてきた。
口々に歓声を叫びながら、子供達は全力で空を仰ぎ虹を目指した。
足元に広がる薄紅色のレンゲの花の海は、いつの間にか白い海の泡のようなシロツメクサの畑に変わっている。
突然、碧生少年の隣で少女が転んだ。俊足の彼と並んで走っていた、一際足の速い少女である。
碧生少年はおっとと立ち止まり、二・三歩戻った。
少女は車ひだのスカートの裾からにょっきりと白い脛を出して座り込んでいた。
常日頃見る事のない少女の白く細い足に、少年はどきりとした。
少女は転んで擦り剥いた膝小僧の傷をフーフー吹いて、痛みを和らげようとしていた。
不意に碧生少年は足元のクローバーの茂みに目をやると、手を伸ばしてそれを摘み、少女の目の前に突き出した。
「これ、やるよ」
少女は澄んだ大きな瞳を見開き、驚いて碧生少年と突き出された手の指の先を見た。クローバーの小さな四つ葉が武骨な少年の指に握られていた。
少年は日に焼けた頬を赤くしながら、怒ったように、四つ葉をグイと差し出した。無言で、ほら、と言わんばかりの投げやりな態度で。
少女は美しい顔を赤くした。風に吹かれほつれた前髪が聡明そうな白い額に落ちかかり、上気し汗ばんだ肌に絡みついていた。
長いまつ毛が二、三度瞬き、はにかみながら少年の手から四つ葉を受け取る。
陽の光を透かし微笑んだ顔は、繊細な陶器のように清楚で美しかった。
少年の目に、その微笑が焼きついた。
「ありがとう」
「行こう!」
少女はうなずいて立ち上がり、碧生少年と共に、他の者に遅れまいと走り出した。
空の虹はまだくっきりとかかり、子供らを待っていた。
碧生少年は後々まで思っていた。
夢で見たあの少女は誰だったのだろう、と。




