第7章:王都への挑戦状
カロル・バーガーズの勢いは、もはや誰にも止められなかった。
領主の街にあった料理組合は、客足が遠のいたレストランからの悲鳴と、組合に加盟せずに独自の人気店を築く者たちが現れたことで、自然消滅に近い形でその力を失った。私の成功が、旧態依然としたシステムに風穴を開けたのだ。
そして、ついにその波は、ロードランド王国の最高権力機関である、王都の貴族会議にまで到達した。
「諸君、議題に上げたい。辺境で始まった『カロガー・バーズ』とかいう店のことだ!」
議題として口火を切ったのは、王妃の実家であるマーグレット侯爵だった。彼は、私を陥れた陰謀の黒幕の一人でもある。
「あの店は、平民に享楽を教え、労働意欲を削ぐ堕落の温床だ! のみならず、最近では貴族の子弟までもが、あの下賤な食べ物にうつつを抜かしている! これは、我が国の伝統と秩序を乱す、由々しき事態である!」
侯爵の演説に、保守的な貴族たちが次々と同調する。
「そうだ! 手で掴んで食べるなど、獣の所業!」
「我が国の食文化への冒涜だ! 直ちに取り締まるべきだ!」
議場は、カロル・バーガーズへの非難で満ち満ちていた。彼らのほとんどは、実際にバーガーを食べたことなどない。ただ、自分たちの知らない新しい流行と、それが平民から生まれているという事実が気に入らないだけなのだ。
議論が白熱する中、国王陛下が重々しく口を開いた。
「……静まれ。確かに、その店の噂は朕の耳にも届いておる。風紀を乱すというのであれば、何らかの対策は必要やもしれぬな」
国王の言葉は、事実上の禁止令を検討するという宣言に等しかった。マーグレット侯爵が、勝利を確信したかのようにニヤリと笑う。
その、瞬間だった。
「お待ちくださいませ、陛下」
凛とした声が、議場の重い扉の外から響いた。衛兵の制止を振り切り、議場に歩み入ってきたのは、一人の女性。質素だが品のあるドレスを身に纏い、堂々とした足取りで進んでくる。
議場にいた誰もが、息を呑んだ。
その女性が、かつてこの国の王太子妃候補であり、冤罪で追放されたはずのレティシア・アルディナ・グレイスであることに気づいたからだ。
「なっ……レティシア! なぜ貴様がここに!」
驚愕に顔を歪めるマーグレット侯爵を、私は冷ややかに一瞥した。
「マーグレット侯爵。ご無沙汰しておりますわね。私が誰かって? 皆様が今まさに断罪しようとしている、『カロル・バーガーズ』の創業者ですわ」
その場にいた貴族たちが、ざわめき立つ。追放された令嬢が、話題の店の創業者だったという事実に、彼らの頭は追いついていない。
私は国王陛下の前に進み出て、深く一礼した。
「陛下。私の店が、皆様の議論の的になっていると聞き、馳せ参じました。ですが、どうもお話を聞いておりますと、皆様、肝心なことをご存じないようですわね?」
私は、わざと挑発するように、にっこりと微笑んだ。
「皆様は、ハンバーガーがどのような食べ物か、その味すら、ご存じないのでしょう?」
「な、無礼者!」
「食べたこともないものを断罪するなど、滑稽ですわ」
私の言葉に、貴族たちは顔を真っ赤にして反論しようとするが、ぐうの音も出ない。事実だったからだ。
「でしたら、話は早いですわ。論より証拠。皆様に、私の『作品』を味わっていただきましょう」
私が合図をすると、ルオやガルド、ミリィたちが、大きな箱をいくつも議場に運び込んできた。箱が開けられると、中には出来立てのチーズカロルバーガーがずらりと並んでいる。湯気と共に立ち上る香ばしい匂いが、厳粛な議場を満たしていく。
「さあ、どうぞ。お一人様一つずつ。毒味なら、私が目の前でして差し上げますわ」
貴族たちは顔を見合わせ、戸惑っている。しかし、その食欲をそそる匂いと、私の自信に満ちた態度に抗うことはできなかった。やがて、一人がおそるおそる手を伸ばすと、それを皮切りに、次々とバーガーを手に取っていく。
そして、静寂が訪れた。
議場に響くのは、咀嚼する音と、時折漏れる小さな感嘆の声だけ。
最初に食べ終えたのは、意外にも国王陛下だった。彼はナプキンで口元を拭うと、一つ大きく息をつき、言った。
「……うまい。実に、うまいではないか」
その一言が、全てを決めた。
マーグレット侯爵は、信じられないという顔で愕然としている。他の貴族たちも、その圧倒的な美味しさの前に、先程までの非難の言葉を完全に忘れていた。
私は、勝ち誇るように宣言した。
「皆様、ご理解いただけましたでしょうか。私のハンバーガーは、平民を堕落させる毒などではありません。身分を問わず、全ての人を笑顔にする、幸福の味なのです。これを罪だというのなら、私は喜んで罰を受けましょう」
議場は、沈黙に包まれた。
それは、敗北の沈黙であり、同時に、新しい価値観が生まれた瞬間の沈黙でもあった。
私のたった一つのハンバーガーが、王国の最高権力者たちを、完膚なきまでに黙らせたのだ。




