番外編1:王太子と新王妃の悲喜劇
レティシアが王都を離れ、世界へと羽ばたいていた頃。ロードランド王国の王宮では、一つの喜劇、あるいは悲劇が終焉を迎えようとしていた。
クラヴィス王太子は、レティシアに無様に振られ、さらには父である国王からもその無能さを断じられ、すっかり落ちぶれていた。彼の唯一の心の支えは、レティシアを追い出すきっかけとなった、あの可憐な平民の少女――今や彼の正式な妃となった、マリアンヌだけだった。
しかし、そのマリアンヌの素性にも、黒い噂が立ち始めていた。彼女が男爵家の遠縁であるというのは嘘で、実は王妃(クラヴィスの義母)が金で雇った詐欺師ではないか、というのだ。
決定的な証拠がもたらされたのは、マーグレット侯爵の失脚後、彼の屋敷から押収された一通の手紙だった。それは、マリアンヌが侯爵に宛てたもので、成功報酬の増額を要求する生々しい内容が記されていた。
「レティシアを追い出し、まんまと王太子妃の座に収まりましたわ。約束通り、報酬を弾んでいただかないと、全てを公にしてしまいますことよ?」
この手紙が国王の目に触れた時、全ては終わった。
マリアンヌは詐欺罪と王家への反逆罪で捕らえられ、クラヴィスの義母である王妃も、全ての陰謀の首謀者として断罪された。
そして、クラヴィス。
彼は陰謀に加担こそしていなかったが、「王太子としての判断力を著しく欠き、国に多大なる混乱を招いた」として、ついに王太子の位を剥奪された。全ての地位と名誉を失い、一人の平民として国外へ追放されることが決まった。
追放の日。かつての栄華が嘘のように、見送る者は誰もいない。粗末な服を着せられ、一人寂しく王都の門をくぐるクラヴィスの胸に去来するのは、後悔だけだった。
(私が……私がレティシアの言葉を信じていれば……)
彼女の忠告、彼女の才能、彼女の愛情。その全てを、彼は自らの手で捨て去った。そして手に入れたのは、偽りの愛と、破滅だけ。
彼は、レティシアが最初に追放されたカロルの森とは逆方向の、不毛の荒野へと追いやられた。彼がこれから歩む道は、レティシアが開拓した希望の道とは真逆の、絶望へと続く道だった。
遠くの街から、風に乗って微かに『カロル・バーガーズ』の賑わいの声が聞こえてくるような気がした。それは、彼が失ったものの大きさを示す、残酷な響きに他ならなかった。




