第10章:女王への道、創業者への誓い
暴動未遂事件の鎮圧は、私の評価を決定的なものにした。
民衆は私を「貧民街を救った聖女」と呼び、貴族たちの中からも、旧態依然とした体制に見切りをつけ、私を支持する者が現れ始めた。国王陛下も、マーグレット侯爵をはじめとする保守派貴族の腐敗と、王太子の無力さを目の当たりにし、王家の未来に深い危機感を抱いていた。
そんなある日、王宮から一通の書状が届いた。国王陛下からの、正式な召喚状だった。
私が玉座の間に通されると、そこには国王陛下と、数名の側近たちだけが待っていた。クラヴィス殿下の姿はない。彼はあの一件以来、謹慎処分となっているらしかった。
国王は、疲れた顔で私を見つめ、静かに口を開いた。
「レティシア・グレイスよ。いや、もはやその名で呼ぶのはふさわしくないかもしれんな。この国を、実質的に救ったのはそなただ」
「……恐れ入ります、陛下」
「朕は、決心した。クラヴィスを王太子の座から廃し、そなたを、我が養子として迎え入れたい。そして、いずれはそなたに、この国の玉座を継いでもらいたいのだ」
――女王への即位。
それは、誰もが予想しえなかった、あまりに破格の提案だった。追放された罪人が、国の頂点に立つ。これ以上の逆転劇はないだろう。側近たちも固唾を飲んで、私の返事を待っている。
一瞬、心が揺れた。
女王になれば、この国を私の理想通りに変えることができる。腐敗した貴族を一掃し、貧しい人々を救い、誰もが平等に暮らせる国を築けるかもしれない。それは、とても魅力的な提案に思えた。
私はしばらく目を閉じ、これまでの道のりを思い返した。
王城を追われ、カロルの森でルオと出会った日。初めてハンバーガーが売れた時の喜び。料理組合からの妨害。ミリィやガルドといった、かけがえのない仲間たちとの出会い。貴族会議での対決。そして、王都での成功と、それを支えてくれた多くの人々の笑顔。
私の手の中には、確かに何かを成し遂げたという実感があった。それは、王妃教育を受けていた頃の、誰かに与えられるのを待つだけの人生では決して得られなかったものだ。
私はゆっくりと目を開け、国王陛下に向かって、深く、深く頭を下げた。
「陛下。そのあまりに光栄なご提案、心より感謝申し上げます。ですが……お受けすることはできません」
「……何故だ」国王の声には、純粋な驚きが滲んでいた。「そなたなら、良き女王になれるはずだ。権力があれば、そなたの理想をより早く、より大きく実現できるのではないのか?」
「いいえ、陛下。私の戦場は、玉座の上にはございません」
私は顔を上げ、はっきりとした口調で告げた。
「私の戦場は厨房です。私の武器は、ハンバーガーです。私は、政治の力で人々を従わせるのではなく、食の力で、人々の心と生活を豊かにしたいのです。一人の創業者として、この道を極めたいのです」
それは、私の偽らざる本心だった。
私は、誰かに仕えるのではなく、自分の足で立ち、自分の力で未来を切り開く道を選んだのだ。王妃になることからも、そして今、女王になることからも逃げたのではない。それよりももっと大きな夢を、私は見つけたのだ。
「私が目指すのは、この国の女王になることではありません。食を通じて、この世界のあらゆる人々が、身分や国籍に関係なく、美味しく、平等に食事を楽しめる世界を作ること。それが、私の使命です」
私の決意は、固かった。
国王は、しばらく黙って私を見つめていたが、やがて、ふっと息を吐き、穏やかな笑みを浮かべた。
「……そうか。そなたは、もはやこの国の枠に収まる器ではない、ということか。見事だ、レティシア。そなたの覚悟、しかと受け取った」
彼は立ち上がると、こう宣言した。
「よかろう。ならば、王国はそなたの活動を全面的に支援することを約束しよう。そなたの信じる道を、思う存分進むがよい」
この日、私は女王になる道を自ら手放した。
しかし、後悔はなかった。私の心は、むしろ晴れやかだった。
私の物語は、一つの国を舞台にしたシンデレラストーリーではない。これから始まる、世界を舞台にした、壮大な革命の序章なのだから。




