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第九十三話「しつけはその時、その場でやるべし。」




〈異世界五十三日目〉







 ホワイト・ドラゴンに乗って南東へ進む。


 天音が風の大精霊と誓約を交わして【風の谷】が安定した影響なのか、風の精霊の力が増してドラゴンがさらにスピードアップ。

 風景がすごい速さで過ぎていくので、うっかり首都を通りこしたりしないよう、レグルーザが地上を睨んでいる。


 途中にある街は全部すっとばして行く予定なので、今日も飛べるだけ飛んで野宿。

 ごはんを食べ、ジャックの毛並みをブラッシングしながらイールや天音と連絡を取る。


 イールはバスクトルヴ連邦で動いている『黒の塔』の情報を掴んだそうで、妹ちゃんと別れてそちらへ移動中。

 今もドラゴンで飛んでいる。


 天音はとりあえず一番近い街へ移動中で、今日は野宿。

 ストーカー王子から洗脳済み王子へチェンジしたアースレイが絶好調で、今までの偉そうな態度が幻だったかのように、朝から晩まで積極的に皆といろんな話をしているという。


「アースレイさまはね、自分は何も知らないということに、ようやく気がつきました、ってすごく反省してるの。自分の頭で考えるにはまず知識が必要なのに、それが無いのが情けないと思ったんだって。

 だから皆の話を聞いて学びたいから、できればアデレイドさんの話も聞きたいって、すごく丁寧にお願いしてたよ。」


 わたしも負けていられないから、がんばってこの世界のことを勉強する、と楽しげに話す天音。

 それなりにうまく回っているようなので、アースレイ青年は放置しておいて良さそうだ。


 しばらく話をして、通信終了。

 やわらかなジャックの毛並みにうもれて眠った。







〈異世界五十四日目〉







 砂漠と岩山と荒野、ごくたまに濃緑の林やちいさな森。

 砂の色を見飽きてきたその日の夕暮れ時、ホワイト・ドラゴンの速度を落とさせたレグルーザが言った。


「リオ。サーレルオード公国の首都が見えてきたぞ。」

「おおー。なんだかとってもアラビアンだー。」


 黄金の丸い屋根をのせた宮殿を中心にひろがるその都市は、まるで『千夜一夜物語』の映画セットみたいだった。

 近くを流れる川から水を引き込み、都市全体に水路を巡らせているせいか、所々に見える緑が色鮮やできれいだ。


 そして『魔法院』の本拠地だからか、都市全体に魔物の侵入を防ぐための結界が張られていたり、イグゼクス王国より多くの魔法があちこちに組み込まれていたりするので、見ていて楽しい。



 途中、ちょっと手前で一度地上へ降り、白魔女衣装へ着替えて再度出発。

 都市の外にある『傭兵ギルド』の獣舎にホワイト・ドラゴンを預けて、ようやく首都へ入ることができた。


 売り買いされる香辛料と屋台の料理、人々が連れ歩く家畜の匂いがする。

 道行く人は男性も女性も見事な刺繍入りの色鮮やかな布で全身をおおっていて、女性は強い陽射しを避けるためか顔まで隠している人が多く、仮面をつけているあたしが白一色という点で地味なくらいみんな派手だ。


 日暮れ時の都市はにぎやかで、屋台の料理を買った人たちが道端でそれを食べるのに、彼らの足元を歩きまわるネコたちがニャーニャー鳴いておこぼれをねだっていた。


「なにこのネコ天国。しかもみんな人に慣れてるみたい。」

「ああ、初代の大公がネコ好きだった影響らしい。凶暴なものは排除し、穏やかな気質のネコだけを残して公共の愛玩動物(ペット)にしたとか。もちろん、どれほど凶暴でも許可なくネコを傷つけるのは重罪とされている。気をつけるんだぞ。」

「あいさー。動物いじめたりしないから、だいじょうぶだよ。」


 それ以前の話として、あたし達の方に寄ってくるネコがいないというか、近くを通っただけで逃げたり物影に隠れたりするネコばかりなので、撫でることもできそうにないのだが。

 どうも大トラ、レグルーザのことが怖いらしく、これは人間の方も同じでかなり警戒されているというか、避けられている感じだ。


 それを話すとレグルーザは「いつものことだ」と答え、そんなことよりくれぐれも騒動を起こさないように、と念押ししてきた。

 サーレルオード公国は秩序と魔法の国だから、法が厳しく取り締まりもきつい。

 何か騒動を起こすと、すぐに公国の紋章をつけて曲刀(シミター)を帯びた警察官的なお役人さんが来て、捕まえられるんだそうだ。


 そのぶん治安はいいみたいだけど、捕まると厄介なことになるらしいので、レグルーザは警戒している。

 そして何度も「気をつけろ」と言うのは、一時的に別行動をすることになるからだった。


「『教授(プロフェッサー)』は初見の者を家に入れない。まずは俺が行って話を通してくるから、しばらく待っていてくれ。」

「ほーい。」


 夕飯時で、近くにあるお店はどこも混雑していたので、メインストリートの真ん中にある広場で待つことになった。

 屋台が集まっていて人通りも多く、女性や子どもの姿もあるのでたぶん安全だろう。


 レグルーザは不満そうだったけど、すぐに戻れるようなので辺りをぐるりと見回して安全を確認してから、「まあ、いいだろう」とうなずいた。


「おやつ食べながら待ってるねー。」

「すぐ戻る。あまり食い過ぎるなよ。」


 細い道を抜けて裏通りへと歩いて行く背を見送り、ひとり広場へ入る。

 屋台でおいしそうなお菓子と飲み物を買うと、木や草花の生えた休憩スペースらしき場所に毛布を敷いて座った。

 果物のジュースを飲みながら、パン生地を細くねじって揚げたようなお菓子を食べる。


「あまうまー」


 意外ともっちりしているそのお菓子は、蜂蜜みたいなものがかけてあって甘く、見かけより食べごたえがあっておいしい。

 そうして食べていると一匹、剛毅な面構えをしたネコがのっそり現れてじいっと見つめてきた。

 お菓子をちぎって毛布の上に置いてみたら、それをくわえて去っていく。


 あたしはジュースを飲み、お菓子をぱくつきながら広場を眺めた。


 すでに日は暮れ、月が輝く夜空の下でいくつもの明りが灯された広場は、仕事を終えた男たちの宴会場になりつつあった。

 女性と子どもたちの姿はだんだんと少なくなり、地元で働いているらしい若い男たちや旅人風の男たちが、それぞれ大声で笑ったり話をしたりしながら夕食をとっている。


 飲み終わったジュースのコップを屋台へ返し、あたしはまた休憩スペースへ戻ってまったりくつろいだ。

 まわりがみんな派手だと、白魔女衣装が埋没してくれるのですごく気楽。


 そうしてほけーとレグルーザを待っていると、ふらりと一人の男が近づいてきた。

 緑の服はこの都市ではさして珍しくもなく普通に見えたけど、ドクロっぽい仮面で顔の上半分を隠して、何かブツブツつぶやいているのがすごく怪しい上に。


「〈眠れ(スリープ)〉」


 いきなり魔法をかけようとしてきた。


 あたしは魔法に対する耐性が高いらしく、まったく効かなかったが。

 ともかく防御魔法を発動。


「〈全能の楯(イージス)〉」


 おまわりさん不審者です。

 はよー来て捕まえてくれ、と思いつつ様子を見ていると、仮面の下で男がニィと笑った。


上物(じょうもの)だ。狩れ!」


 まさかの通り魔複数犯?

 虹色シャボン玉な〈全能の楯〉に四方八方からドカドカ攻撃魔法がぶち当たって、広場にいた人たちが怒声や悲鳴をあげながら逃げた。


 あたしはあちこちの影へ目をとばし、逃げていく人たちに攻撃魔法が当たらないようフォローしながら、今こちらに向けて攻撃している連中を九人確認、してみて驚いた。



 全員が緑服にドクロな仮面という、同じ格好をしてる。



 なんだろう、どこの戦隊物に出てくるしたっぱ戦闘員ですか?

 おそろいのドクロな仮面が「おれ達やられ役!」と叫んでいるかのようですが、もしかして戦隊ヒーローもいたりするの?


 思わずヒーローを探してあちこちの屋根を見てまわったが(ナントカとヒーローは高いところが好きだし)、残念ながらあたしが誰かを見つける前に[幻月の杖]に宿る精霊が出現した。

 シャラン、と手首や足首にはめたミスリル銀の環が涼やかな音を響かせ、月光を浴びてあわく輝く白金の美女が舞い降りる。


 あちこちに視覚をとばしていたせいで、いつもは穏やかで清らかな美貌が、今は怒りに染まっているのがはっきりと見えた。

 ああ、ルナさん、すげー怒ってる。



《 我が主に刃を向けし愚かなる者ども。 》



 ルナはまったく動いていないのに銀環がシャラシャラと鳴り、ふわふわと白くちいさな球が九つあらわれた。

 月の精霊のまわりを回りながらだんだんと大きくなっていく。


 あたしはぞわりと肌があわ立つのを感じた。

 コレは危険だと本能がささやいて、どんな魔法で構成されているんだろう? と好奇心がつぶやく。


 そして白い光が野球のボールくらいの大きさになると、ルナは言った。





《 悪夢の底で、千度死ね。 》





 白い球がすごいスピードで動き、なんかヤバいと気づいて逃げかけたドクロ仮面たちに当たった。

 見た目にはとくに何の変化もなかったが、白い球が吸いこまれるように体の中へと消えると、男たちはバタバタ倒れる。


 そして倒れたままうめき、うなり、断末魔の悲鳴のような絶叫を上げ始めた。



 まさか、本気で千回殺される悪夢を見せるの?



「いやいやいや。ルナさん魔法解除して。そんなことやったら、終わる頃にはみんな廃人になってるよ!」


 あわてて止めようとしたが、襲ってきた九人を悪夢の底に沈めたまま、ルナは不思議そうに言った。


《 この程度、こやつらの罪を見れば当然の報いであろう。なぜ止める? 》


 いかん、これはちょっと早急にしつけをせねば、と思ったところへレグルーザが走って戻ってきた。

 まずあたしがケガをしていないことを確認した後、「何があった?」と訊いてくるのを止める。


「ちょっと待ってレグルーザ。今はルナと話さないといけない。しつけはその時、その場でやるべし!」


 珍しくあたしが強い口調で断言したせいか、レグルーザは口を閉じた。

 「ぎやぁぁぁ!!」とすさまじい恐怖の絶叫をあげてのたうちまわる九人の男を、超然と見おろすルナに言う。


「お願いだから、ルナ。まずは悪夢を解除して、一晩寝るくらいの魔法かけて、後はこの国の人たちに任せよう。」


 レグルーザは「うむ」とうなずいたが、当然ルナは不満顔。

 あたしは言葉を続ける。


「こんなことするより、もっとよく考えないと。夢の中で相手を殺せるっていうことは、ルナはそいつの夢の内容をいくらでも変更できるんでしょ?

 そんな便利な力を活用しない手はないけど、コレは非効率で無意味。精神崩壊した相手には恐怖なんてなくなっちゃうんだから。

 そもそも生き物の幸福っていうのはたいてい同じような形をしてるけど、悪夢は人によってまるで形が違う。つまり、同じ悪夢ですべての人を怖がらせることはできないってこと。」


 レグルーザは「・・・うむ?」と微妙に首をかしげ、ルナはすこし考えるように応じた。


《 相手に合わせ、悪夢の内容を変えるべきだということか。 》


「悪夢の中で千回殺すより、一撃必殺で絶対的な恐怖を植えつけて言うこときかせる方がいいよ。廃人になんかしたら寝覚め悪いし、過剰防衛でマズいことになるかもしれない。

 いかに効率的に心を折り、いかに効果的に恐怖を与えるかを考えないと。できれば短時間で全部済むようにね。

 こういう連中の始末に時間かけたって疲れるだけで、何の利益もないんだから。」


 ルナは納得した様子で悪夢を見せる魔法を解除し、レグルーザが頭痛そうな顔で口を開いた。


「そのしつけちょっと待て。」


 きっと他にも大切なことがあると言いたいのだろう。

 あたしは「わかっている」と、重々しくうなずいて答えた。


「闇討ちの有用性と関係者口封じの重要性についても、後でちゃんと教えておくから。」


 レグルーザはさらに頭痛そうな顔になって言った。


「それも含めて全部待て。お前は[幻月の杖]をさらに凶悪化させた魔法使いとして名を残したいのか?」


 きょーあくか?

 あたしは首をかしげ、マイペースなルナが言った。


《 主の話は興味深い。もっと聞かせてくれ。 》


 そしてその時、ようやく広場の混乱状態をおさめ、ぴくりとも動かなくなったドクロ仮面たちを捕縛した曲刀装備の人たちが、こちらに向かって叫んだ。



「お前達、私闘を禁ずる法に反した罪で逮捕する! おとなしく縛につけ!」



 ・・・・・・は?


 あたしたぶん、被害者の方だと思うんですが。





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