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第八十七話「勝手に進化させないで。」





「それでは皆様、挑戦者『銀の魔女』どのが編み出す幻影を、大きな拍手でお迎えください!」


 みずから進んで拍手して大観衆をあおり、容赦なくプレッシャーをかけてくれる『幻影卿』。

 まだ何もしてないのに街中から巻き起こる歓声が耳に痛い。


 しかし、そんなものはどうでもいいのだ。

 あたしは杖の形に戻ったルナを手に、珍しく「おっしゃー! やったるぞー!」という気分。

 大事なのは、正気に戻って逃げたくなる前に片づけてしまおう、という一点だ。


「それで、ルナねーさん。杖を使う魔法って、どうやるの?」


 酔っぱらい精霊は陽気に答えた。


《 なに、難しいことはない。そなたがいつもやっているように、魔法を使えば良い。

 ただ、魔力は我が器たる[幻月の杖]を通して放出するのだ。

 それだけのことよ。 》


 うーむ。

 わかったような、わからんような。

 まあ、とりあえずやってみよう。


 深呼吸をひとつして、意識を手に持った[幻月の杖]に集中。

 どんな幻影にするかはさほど迷わず決まっているので、それを作り出すための魔法を頭の中で構築し、同時に風の精霊たちに干渉、協力を求める。


 この音を、水上都市で今空を見あげている、すべての人に届けて。


 風の精霊たちはあっという間に膨大な数が集まって拡散し、水上都市シャンダルをおおいつくす。

 準備完了、後は始まりの音を鳴らして魔法を放つだけ、なのだが。


 何だろう?

 この、杖とあたしの周りを飛び回るたくさんの光の粒子は?


 首を傾げていると、ルナが笑みを含んだ声で言った。


《 さすがは我が主。なんとも派手な、“未熟者の輝き”よのう。 》


 ルナの解説によると、未熟な魔法使いが杖を使おうとする時、必要以上の魔力をこめると余剰分を杖が受けきれず弾きとばすのだが、その時に発生するのがこの光の粒子で。

 ようするにあたしは今、「ここに未熟者がいます!」と叫んでいるかのような状態であると。


 なるほど。

 どおりで、魔法使いっぽい観客たちが「うはははは!」と指をさして笑っているわけで。

 『幻影卿』はぷっと吹き出しかけたのを我慢した後、なまあたたかい目で見守ってくれているわけだ。


 まぁ初心者だし、そんなもんでしょ。

 光の粒子は無害らしいので、気にせず挑戦開始。


「参ります。」


 最初に発動させるのは風の精霊たちに頼んだ、音の拡散。

 腰の短剣をコンと叩いて、ストラップの鈴を鳴らす。



 ―――――― リリン



 シャンダルにその音が響いた瞬間、魔法発動。



「〈幻影展開イリュージョン・オープン〉」



 夜空に輝ける光の花が開く。


 それは魔法によって描かれる、幻の“花火”。



 シャンダルをおおう魔法の防御壁、結界の中で展開しているからちょっと規模は小さいけど、それでもいちおう花火な感じで個人的に満足。


 夜の一大イベントって言ったらコレしかない!


 本当ならドーン! という爆発音をとどろかせてみたかったけど、あんまりびっくりさせるのもマズいかなと思って、音は鈴を採用してみた。



 ―――――― リン、リリン



 鈴の音が響くのに合わせて、大小さまざまな色や形の花火を次々と咲かせていく。


 ちなみにその間、魔力の調節がどうにもうまくいかなくて、あたしと杖の周りは“未熟者の輝き”でうっとうしいほど光り輝きっぱなしだ。

 おかげで一部の魔法使いたちに大ウケしているらしく、歓声とともに爆笑する声が聞こえてくる。


 手が空いてたら何かその辺にあるものを投げつけてやるのに、鈴を鳴らしたり[幻月の杖]へ魔力を流し込むのに忙しくて動けないのが残念だ。


 けれどとりあえず、他の観客たちには好評だったようで、女性たちはうっとり見あげ、子供たちはきゃあきゃあと歓声をあげてはしゃぎまわっている。


 あたしは自分でもそれなりに満足したので、最後に大きな花火を咲かせると、ゆっくりとその光を街に降らせた。

 人々は受け止めようとかざした手のひらをするりと通り抜け、石畳の道へ落ちて消える光を不思議そうに眺めている。



 静かな余韻。



 それを終わらせたのは『幻影卿』の声だった。


「すばらしい幻影でした!

 さすがは『茨姫』を倒した名高き『銀の魔女』どの。とても独創的で、また静寂の余韻の、なんと心に響くことか。

 これほどすばらしい感性を持つ方は、世界中を旅するわたくしでもめったに巡り会うことができません。」


 いや、『茨姫』倒せてないし。

 がんばってはみたけど、しょせんはシロウトの一発芸だ。

 先ほど完成度の高い幻影劇を作り出した魔法使いにこれほど過剰に褒められると、「そんなお世辞いらんから」という気分でどうにも落ち着かないのだが、花火の幻影を褒めた『幻影卿』は何を思ったか、意味不明なことを話し始めた。


「ですが、これほどすばらしい魔法使いの二つ名が、悪しき賞金首が呼んだものとは!

 皆様どう思われます? 何ともおもしろくないとは思いませんか!」


 ノリの良い人々は即座に同意の拍手で答える。

 我が意を得たりと満足げな『幻影卿』が、あたしにとってはひとかけらも嬉しくない提案をした。


「どうでしょう? 今のすばらしい幻影の友とされた鈴の音から、これからは彼女を『銀鈴(ぎんれい)の魔女』と呼ぼうではありませんか!」


 ちょっと待って、真剣に。

 ヒトの黒歴史を勝手に進化させるのはヤメてくれ!!


 と、抗議する間も与えられず、巻き起こる賛成の大拍手と、合間に聞こえてくるいくつもの声。


「とっても素敵な幻影を見せてくれてありがとう! 『銀鈴の魔女』さん!」

「『茨姫』が呼んだ名前より、『幻影卿』の考えた名前の方がいいに決まってるわ! これからはみんなに『銀鈴の魔女』の方を広めていくから、頑張ってね~!」

「初心者のわりに健闘したな! その剛胆さは称賛に値するぞ、『銀鈴の魔女』とやら!」


 みんな順応早すぎ、ノリ良すぎ。

 『幻影卿』だって賞金首には違いないんですが。

 なんで彼の一言で二つ名 (黒歴史確定)が勝手に進化してくれちゃうんだい・・・・・・


 ぐったりした体を[幻月の杖]でなんとか支え、もう何を言う気力もなかったので、拍手してくれる観客たちに手を振っておいた。


 さあ、次は『幻影卿』の番だ。

 早く終わらせて、とっととあたしを帰らせてください。


 『幻影卿』はひとしきり皆をあおってあたしに拍手と歓声をおくった後、ようやく自分の元へ注意を引き戻した。


「ではこれよりもう一幕、挑戦を受けて立つといたしましょう。

 『銀鈴の魔女』どのが天より降らせし光の子ども達に、新たなる命を!」


 『幻影卿』の呪文に応じて、姿隠しの魔法をかけられた蝶たちがきらめき、先のものとは違う魔法を展開した。


 なんだこの多重構造式の魔道具。

 一匹捕まえてお持ち帰りして、ちょっと分解してみたい。


 けど、もうそんな気力ない・・・


 残念に思いつつぼんやり眺めていると、先ほどあたしが最後に降らせた光と似たようなものが、ふわりと地面から現れた。

 光はそこから動くことはなく、ただそこから緑の葉や茎がにょきにょきと生えて成長し、あっという間に大きな花を咲かせた。


 その大輪の花から現れたのは、花冠をかぶった美しい娘たち。

 拍手喝采の中、ウサギの弦楽四重奏(ラビット・カルテット)が華やかに演奏を始めると、舞い踊る幻の乙女たちにつられて観客だった人たちもダンスを始めた。

 あっという間に、勝負どころではないお祭り騒ぎへと発展する。


 勝敗は明白だろう。

 『幻影卿』の圧勝だ。


 あたしは風の精霊たちに魔力を贈り、礼を言って彼らを解放すると、屋根の上に「どっこいしょ」と腰をおろした。

 人型になったルナとならんで座り、遠くの塔から手を振って見せる『幻影卿』へ拍手を送る。


「ごめんね、ルナ。なんか負けちゃったっぽい。」


《 落ち込むことはないぞ、主よ。そなたの幻影も、じゅうぶんに美しかった。

 ただ向こうの方が多くの経験をつみ、人心の掌握に長けていたというだけのこと。

 そなたはまだ若いのだ。これから経験をつんでいけば良い。 》


 気遣ってくれる優しさに癒されつつ、だからこれからも杖を使う魔法の練習をしていけ、ということなんだろうなぁと思ってため息がこぼれた。

 うん、とうなずいて、楽しげな街の人々の様子を眺めていたら、なんだかちょっと物足りなくなってイタズラ心がうずき。


「〈幻影展開〉」


 ぽそりとつぶやくと、舞い踊る幻の乙女たちと人々の上へ、色とりどりの花びらが降る。

 それは街の明かりに照らされてきらきらと輝き、どこからともなく降り続けた。


 子ども達が大喜びで走りまわり、みんな楽しそうだ。

 たまにはこういうのもいいな。


 なんとなく満足していたら、『幻影卿』が言った。


「名残り惜しいですが、そろそろ時間となりました。どうやらこの勝負、『銀鈴の魔女』どのの勝ちのようです!」


 ・・・は?


「やはり美しい女性には勝てません。またお会いできる日を楽しみにしております。」


 ぽかんとして見あげるのに、嫌味なほど優雅に一礼する『幻影卿』。

 いつの間にか街の幻は消え、四羽の翼付きなウサギのぬいぐるみ達は黄金の杖に戻っている。


「それでは皆様、ごきげんよう!」


 その言葉と同時に、シャンダルの上に悠然と浮かぶ空船(スカイ・シップ)がきらびやかな明りをまとって光り輝いた。

 今まで無灯火で夜空にとけて、ずっと待機していたらしい。


 ありがとう、楽しかったよ、という大拍手を受け、『幻影卿』は白いマントを翼に変えて空へと飛び立った。


 が、このまま行けば彼はシャンダルをおおう結界にぶち当たる。


 心配した娘さんたちはきゃーきゃー騒いだが、しかし、彼は人を拒むはずの結界をするりと通過して、空船の元へと飛び去った。

 皆どうやったのかと驚き、さすがにそこまでは追えない警備兵や傭兵たちが悔しがっている。


「おおー。逃げ方もうまいなぁ。」


 どんな魔法が展開されているのか、魔法陣の仕組みまで視えてしまうあたしは、ぼへーとしながらつぶやいた。


 『幻影卿』は皆の注意が空船の方へ行った瞬間、自分と同じ姿の人形と入れ替わって、姿隠しの魔法で街中へと逃げていた。

 そして人形はあらかじめ仕掛けられていた魔法で上空に向かって飛ばされ、結界を通り抜ける直前でその魔法を解除されたけど、勢いがついているからしばらくはそのまま飛んで、結界を抜けたところで空船にいる誰かが回収。


 『幻影卿』は人知れず街へ消え、空船は夜天へ飛び去って、幻影の宴は終幕した。





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