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第八十四話「水上都市シャンダル。」




〈異世界四十八日目〉







 今日も朝からドラゴンに乗って、空の上。

 しばらく飛んだところで、レグルーザが言った。


「リオ。まだしばらく先だが、見えてきたぞ。川の水が太陽の光を反射して輝いているだろう。あれが国境の大河だ。」

「んん~? 遠くの方でなんかキラキラしてるような気もするけど、よくわかんないなー?」


 あたしよりずっと目がいいレグルーザが、昼頃には着くだろうというので、休憩に降りたときに白魔女の衣装を取り出した。

 小川の水を飲むホワイト・ドラゴンの影で着替えながら、向こう側でナイフの手入れをするレグルーザに聞く。


「シャンダルって川の真ん中にあるんだよね? ドラゴンで着陸するの?」

「いや、それは無理だ。空船(スカイ・シップ)を使う盗賊を警戒して、シャンダルは空からの侵入を拒む魔法の防御壁で、都市全体をおおっている。」


「なるほど、盗賊対策。確かに、商人とか貴族とか、お金持ってそうな人たちが集まるところなら、そういうのは要るよね。でも、空からがダメってことは、シャンダルへ入る方法は船だけ?」

「ああ。イグゼクス王国側にある船着き場から、船で行く。」


 そして用事が済んでシャンダルから出る時は、船でサーレルオード公国側の船着き場へ行く、という予定らしい。


 了解です、と頷いて、着替え終わったよーと報告。

 邪魔になりそうなとんがり帽子と仮面以外、白魔女の衣装を着て[銀狐(ウィンド・フォックス)のマント]をはおった姿を見せると、ナイフを片づけて立ち上がったレグルーザに訊かれた。


「仮面と鈴はどうした?」

「え? 今から要る? ・・・っていうか、鈴もつけるの?」

「帽子はいいが、仮面はその衣装を着たら必ず身につけるものとして、習慣づけておいたほうがいい。それと、もし誰かに仮面を取られた場合、何か起きるよう魔法をかけておくことはできないか?」


「誰かに仮面をとられる場合か。それ考えてなかったねー。

 んー・・・。それなら、あらかじめ設定した条件で発動する魔法がいいんじゃないかな。

 条件は“仮面がはずれた時”で、発動するのは“姿隠しの魔法”。これなら仮面をとられた瞬間、あたしの姿は魔法で消える。」


 それがいい、と賛成するレグルーザに、ふと思いついて「幻影の魔法で、仮面をとられたら幻の爆発が起きるようにもできるよ」と言うと、まじめな顔で「大騒動になりそうだからやめておけ」と返された。

 冗談だよと笑ってみせると、「お前は本気でやりそうだから笑えん」と言って、確認してくる。


「発動させる魔法は姿隠しだ。こんなところで遊ぼうと思うなよ。」

「大丈夫、わかったって。ちゃんと姿隠しにしとくから。」


 苦笑まじりに答えて、話を変えようと先の質問に戻った。


「それはともかく、レグルーザ。鈴もつけるの?」

「あれは独特の音だ。何かが起きてお前の姿を見失った時、音を頼りに探し出せる。」


 なんだろう、それ。

 よく動き回る子どもを連れて出かける時、プープー鳴る靴をはかせる親とか、放し飼いにするネコの首輪に鈴をつける飼い主の心理?


「いやいやいや。砂場で遊ぶ子どもじゃないしネコでもないから、できれば鈴つきは遠慮したいんだけど。」

「大人でも、はぐれる時は一瞬ではぐれる。とくにシャンダルの劇場前や市場は混雑するからな。いちおう用心しておいた方がいい。音さえ鳴れば、どこでもいいんだ。」


 つけておけ、と言われるのにむっつり黙りこみ、どうしたもんかと考えて、ふと思いついた。

 赤いリボンに通された金色のちいさな鈴を取りだして、腰に帯びた短剣の鞘に結びつけ、心の中で自分に言い聞かせる。


 コレはストラップ。

 携帯ストラップならぬ短剣ストラップだけど、ストラップだから問題ナイ。


 歩くとリンリン音が鳴るのを確かめ、レグルーザが「よし」と頷いたので、仮面に魔法をかける作業にとりかかった。

 幸いそれほど難しい魔法ではなかったので、作業は短時間で終了。

 ちょっと休憩してからその仮面を装備して、またドラゴンに乗る。





 昼過ぎ頃、シャンダル行きの船着き場に到着。

 そこは商人や貴族たちの通り道と休憩地点として栄える、けっこう大きな街だった。


 レグルーザが街からすこし離れたところにドラゴンを着地させると、とんがり帽子をかぶって、後は歩きで行く。

 ローザンドーラへ行く時の山道よりだいぶ歩きやすいところだったので、対岸が見えないほどひろい川の流れる雄大な景色を「おおー」と眺めながら、のんびり歩いた。


 そうしてしばらく歩いて街に入ると、ちょうどごはん時をすこし過ぎた頃で、あちこちからおいしそうな匂いが漂ってくる。

 お昼ごはんはシャンダルの『傭兵ギルド』で食べる予定だったけど、その匂いに反応して育ちざかりのあたしのお腹がきゅるきゅるくーと切なく鳴くので、レグルーザは道中にあった露店で何か買ってこいと指差した。


「おばちゃーん、それ一袋くださーい。」

「あいよ。熱いから気をつけなー。」


 サツマイモと栗を合わせたような味のイモの揚げ菓子を、一袋購入。

 はふはふ言いながら吹き冷まし、歩きながらまぐまぐ食べるあたしを連れ、レグルーザは街を通り抜けて船着き場へ行くと、先払いでお金を渡して停泊中の船のなかの一隻へ乗った。


「へふふーはもはへる?」

「口の中にものを入れたまましゃべるな。何を言っているのかわからん。」

「んく・・・、ん。飲み込んだ。で、レグルーザも食べる?」


 たくさん買いすぎて食べきれない、と言って紙袋を差し出すと、レグルーザもお腹が空いていたのか、大きな手で器用にイモをつまんで口に放り込んだ。

 基本は肉食な大トラだけど、彼は意外と野菜や果物もよく食べる。


 そうしてもぐもぐと二人でイモを食べている間に船が出港し、しばらくして川の真ん中にそびえたつ城が見えてきた。





 水上の都市国家、シャンダル。





 白っぽい石で造られた土台の上に、大小様々な石造りの建物があり、色鮮やかな布があちこちでひらひらと風に舞っている。

 中央には芸術品のような城、街の中はいくつかの高い壁で仕切られていて、その壁や建物の間を縦横無尽に流れる水路が主要通路のひとつ。

 長い木の棒をたくみに操って小舟を進める船頭たちの頭上に、水路をまたぐ橋がかけられている。


 他の人にどう見えるのかはわからないけど、あたしの目にその優美な水上都市は、緻密に組み上げられた魔法のドレスをまとってたたずむ貴婦人のように映った。


 空船を使う盗賊を警戒して、都市全体に防御壁が張られているというのは聞いていたけど、そのほかにも川の増水や豪雨、強風から都市を守るための魔法が組み込まれている。

 重ねがけされた、いくつもの魔法。

 けれどそれらはムリなく調和していて、美しい和音を響かせるように機能していた。


「降りるぞ。」


 低い声にうながされ、我に返る。

 いつの間にか船がシャンダルの船着き場に到着していて、魅入られたようにじいっとその都市を見あげていたあたしを、レグルーザが見おろしていた。


「うん。今行くー。」


 イグゼクス王国側の船着き場に降りると、そこはU字型の桟橋の端で、向かいにサーレルオード公国側の船着き場があった。

 きょろきょろと辺りの様子を見ながら、出入り口に向かう人々の中、レグルーザと一緒に歩いていく。

 そうして都市に入ると、商人や貴族や大道芸人、傭兵や魔法使いや彼らの連れの小型動物と、イグゼクス王国の王都並みに人が多い上に道幅が狭いので、すごく混雑していた。


 けれど背の高いトラの獣人は、さして苦もなく人ごみのなかを進んでいく。

 周りの人がびくっとして身を引くので、彼の前には何もしなくても勝手に道ができるのだ。


 あたしはその後についてとことこ歩きながら、にぎやかな露店が連なる大通りの様子を眺めていたが、しばらくして奇妙なものに気づいた。


 姿隠しの魔法をかけられた、蝶?


 凝った作りのステンドグラスみたいな(はね)を持つ蝶が何匹も、露店の屋根や店の看板の上など、通りのあちこちにとまっている。

 それらはキレイな翅を時々ひらひらと動かしていて、生きた蝶のように見えるが、たぶん精巧に作られたニセモノだ。

 どんな構成かはよく見えないが、どの蝶もいくつかの魔法をふくんでいる。


 何だろう?


 不思議に思ってふらりとそれに近づきかけたところで、振り向いたレグルーザに「どこへ行くんだ」と襟首を掴まれて引き戻された。

 首が締まり、ぐえっとカエルが潰れるような声をあげたあたしの体を、がっちりとしてふとい腕がなぜかそのままひょいと持ちあげる。

 わけがわからなかったが、とっさに彼の肩につかまると、低い声がささやくように言った。


「口を閉じていろ」


 返事をするヒマもなく、直後、声をかけられた。


「うわ! あんたらもしかして『神槍』と『銀の魔女』? クロニクル紙で見たよ! 『茨姫』倒したって!」

「いや、倒してはいないんじゃなかったか? でも『茨姫』に勝ったんだよな。ローザンドーラかその近くにまだいるんじゃないかって聞いてたけど、本物?」

「すげー! 『茨姫』って『黒の塔』の幹部だろ? どうやって勝ったんだ?」


 傭兵と思しき数人の青年たちにあっという間に囲まれ、一気に大騒ぎになった。


 目を細めてぶらりとしっぽを揺らしたレグルーザは、誰の声にも答えず、あたしを片腕に抱いて足早に通りを歩いていく。


 そういえば『茨姫』に勝ったのって、本当はイールだけど、あたし達だってことになってたっけ。

 それがクロニクル紙に出て、ちょっとした有名人状態になっているらしい。


「おー! 『神槍』レグルーザ!! 俺と手合わせしてもらえませんかっ?」

「『銀の魔女』さん、何で仮面なんかつけてんのー?」

「うわ、『黒の塔』幹部に勝った人なんて初めて見た。ホントにホンモノ?!」


 ハイテンションで大騒ぎする一団はよほどヒマなのか、『傭兵ギルド』の支部と思しき建物に入っていくレグルーザについてくる。

 そしてあたし達がそこの食堂で昼食をとろうとすると、いつの間にかその周りで。


「『神槍』と『銀の魔女』にカンパーイ!」


 と、宴会が始まっていた。



 ・・・・・・うん?





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