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第八十三話「空の旅と北からの報せ。」




〈異世界四十六日目〉







 レグルーザのホワイト・ドラゴンに乗り、サーレルオード公国を目指して東南へ移動する。

 [風の宝珠(オーブ)]のおかげで風の精霊たちが積極的に力を貸してくれるから、ドラゴンで行く空の旅は高速で快調。


 途中。

 休憩に降りたところで地図をひろげ、寄り道の相談をした。

 手持ちの食料が少なくなってきたので、そろそろ買い物をしに街へ行きたいというレグルーザが、地図の一点を指さす。


「サーレルオード公国へ入る前に、シャンダルへ寄ろう。」


 示されたそこは、南大陸の中央にある【光の湖】から流れる何本かの川のうち、南西の海につながる一本があるところで、ちょうどその川がイグゼクス王国とサーレルオード公国の国境になっているのだが。

 レグルーザの言うシャンダルという街は、なんとその川の真ん中にある。


 あたしは頷きつつ、首を傾げた。


「行くのはいいけど、これって川の真ん中に街があるの?」


「シャンダルは街ではなく、国だ。実際に見てみればわかるだろうが、【光の湖】から流れる大河の上に、魔法で守られた都市が浮かんでいる。

 国としての規模は小さいが、イグゼクス王国とサーレルオード公国の交易の要の場所となっている他に、この辺りでは一番の遊興施設をそろえて観光地としての人気を得ている。

 つまりは王国と公国の商人たちの取り引き市場であり、娯楽に飢えた貴族たちの遊び場だ。」


「おおー。なんか楽しそうなトコだね。」


 わくわくして言うと、さっくり釘を刺された。


「リオ。俺たちは商人でも貴族でもない。市場で食材と香辛料を買って、『傭兵ギルド』の支部で情報収集をしてくるだけだ。」


 人が多くて危ない連中もいるから、わざとはぐれたりしないように、と厳重に注意され、残念だなと思ったけど「はーい」と返事する。


 話を聞いているとテーマパークみたいでおもしろそうだけど、初めて行く場所だし、レグルーザに迷惑かけたくもないから、彼の近くで遊べるだけ遊んでこよう。

 一回行って場所を覚えれば、後は〈空間転移(テレポート)〉で好きな時に行けるし。



 そうして話がまとまると、シャンダルへ向かってドラゴンで飛んだ。







〈異世界四十七日目〉







 ドラゴンに乗って一日飛び、夕暮れ前に野営地を決めて夕食の準備に取りかかる。


 乾いた枝を集め、近くの川でくんだ水を鍋で沸かすのがあたしの役割。

 石を組んで簡単なかまどを作ってから、周辺の様子を見てまわり、ついでに夕食用の獲物を狩ってくるのがレグルーザの役割。


 今のところレグルーザは「やり方を見ていろ」と言うだけで、料理について教えてはくれない。

 他にやることもないし、ヒマなあたしはちょっとした下ごしらえを手伝いながら、レグルーザが狩ってきた獲物をさばき、手持ちの食料や狩りのついでに採ってきた野草を使って料理するのを見ている。


 レグルーザは鋭い爪のついた大きな手で、小さなビンや布袋に詰め込まれた香辛料と思しき葉っぱや木の実を上手に取り出して、とくに量をはかったりはせず無造作に使う。

 うーん。今日もいい匂い。


 お腹を空かせたあたしは、レグルーザが「よし」と言うのをまだかまだかと待ちながら、よく使われる葉っぱや木の実の形をなんとなく覚えた。





 夜。


 散歩から帰ってきたジャックのブラッシングをしていたら、イールから連絡がきた。

 ちょっと久しぶりのような気もするけど、北の皇子はそれどころではないらしい。


「ネルレイシアが【竜骸宮(りゅうがいきゅう)】を出た。」


 いきなり言われても、意味不明だ。

 あたしは「おとうさんだー」とぱたぱたしっぽを振って喜んでいるジャックの額にある[竜血珠(ドラゴン・オーブ)]に触れ、声には出さず言葉を返す。


「お久しぶりですこんばんは、っていうのはまあいいとして、ちょっと待ってイール。

 ネルレイシアって、イールの妹で『鷹の眼(ホーク・アイ)』の統括者(トップ)の第二皇女だよね?

 で、りゅうナントカってのは、何?」


「【竜骸宮】だ。竜人の始祖たる古竜エンシェント・ドラゴンの死後、その遺言に従って彼の骨を元に造られた宮殿で、ヴァングレイ帝国の皇族が住んでいる。

 古竜の加護があるためか、【竜骸宮】の中では皇女たちの精霊同調症の発作が抑えられると言われている。

 ネルはそこを出たんだ。」


「家出したってこと?」

「家出? ・・・家出、になるのか?」


 早口だったイールが、一歩止まり、首を傾げるような口調で言う。


「ネルの目的地は、バスクトルヴ連邦との国境にある街だ。二代目の勇者が竜人の娘のために特別に造った空船(スカイ・シップ)、[フロイライン]を使い、ともに『皇女の鳥』を管理するアマルテは宮に残した。

 侍女と護衛と三人の精霊使いを連れて出立するのに、宮の者たちが総出で見送りをしたらしい。」


 それは家出じゃないだろう。


「みんなに見送られて、準備万端で旅立ったみたいだけど?」

「宮の者たちは皇女に甘い上に、ネルはどうすれば自分の望みを叶えられるか知っているからな。戻るまで勝手なことはするなと、よく言い聞かせておいたつもりだったのだが・・・」


 いつも自信たっぷりのイールの声が、どうにも不調だ。


「侍女と護衛と、精霊使いも三人連れて行ったんでしょ? それでもそんなに心配になるような子なの?」

「いや、そういうわけではないのだが。ネルはひとりで【竜骸宮】を出たことがない。今まで出かける時は、いつもわたしが同行していたからな。」


 なるほど。

 それで過保護なお兄ちゃんは、侍女と護衛、精霊使い三人を連れて出かけた妹を心配してるわけか。


 ・・・ん?


「イール。もしかして今、妹ちゃん追いかけてドラゴンに乗ってたりする?」

「ああ。よくわかったな。」


 よくわかったとも。

 君は立派なシスコンだと。


 まあ、ネルレイシアは体が弱い上に寿命が短いというから、兄として心配するのは当たり前のことだとは思うけど。


「精霊使いを三人も連れて、ちゃんと準備して出かけたんでしょ? きっと大丈夫だよ。

 それで、妹ちゃんはなんでそんないきなり旅立っちゃったの?」


「理由はわからん。知らされたのは目的地と、昨日の昼に宮を出たということだけだ。」


「そうかー。それじゃあ妹ちゃんの話については、とりあえず保留で。

 元老院との話し合いがどうなったのか、よかったら聞かせてもらいたいんだけど、いい?」


 話題を変えると、「ああ」と答えたイールの声が、少しだけ落ち着いた。


「元老院の大老の一人である、クマの一族の長老と話した。

 結論としては、彼らはそれぞれの一族を指揮して内密に第三皇女を捜すということで、もうすでに決まっている。今からこの決定を変更することはできないそうだ。」


「それじゃ、『傭兵ギルド』への捜索依頼は出せないの?」

「ああ。ヴァングレイ帝国から協力を求めることはできない。だが、わたしが個人的に『傭兵ギルド』と話をすることについては、止められることも注意されることもなかった。」


「つまり、国として協力を求めることはできないけど、イールが単独で『傭兵ギルド』と接触するのは黙認するってこと?」

「おそらく。目を閉じておいてやるから、内密にうまくやれ、という意味だろう。ネルと合流したら、『皇女の鳥』の誰かを『傭兵ギルド』へ行かせようと思っている。」


 ともかくイールの優先事項の第一位は、妹に会うことのようだ。


 こちらの状況(【風の谷】の魔物は排除完了。聖域で風の大精霊と契約するべく西に向かう天音と別れ、あたしはレグルーザとサーレルオード公国の首都目指して移動中)を簡単に伝えると、「妹ちゃんに会えたら、また連絡して」と言って、話を終えた。





 「おとうさん、いっちゃった」としょんぼりしっぽをたらしたジャックを、よしよしと撫でてなぐさめる。

 それほど長期間一緒にいたわけじゃないのに、なんで君、そんなになついてんのかなー?


 よくわからなかったが、ともかくジャックをなぐさめながら、レグルーザに言う。


「今、イールから連絡が来たの。妹の皇女が空船で【竜骸宮】を出たんだって。」

「皇女が宮から出たのか。それは珍しいな。」


 レグルーザも驚くくらい、めったにしないことみたいだ。

 それじゃあお兄ちゃんは、かなりビックリしただろうなー。


 イールの慌てっぷりを思い出して同情しつつ、レグルーザに北の様子を話す。

 彼は帝国の元老院の反応に、やはりそうなったか、と納得した様子で頷いた。


「帝国では昔から、皇族に対する民の忠誠心が強い。それに獣人というのはたいてい誇り高く、頑固だ。己の主に関わることで、他者に助けを求めるのを良しとはしないだろう。

 おそらく『紅皇子(クリムゾン)』が『傭兵ギルド』と話すのを黙認する、とされたのは、皇子が直接、大老と会ったためだろうな。」


「イールが会いに行ったから、大老が譲歩したってこと?」

「確証はないが、そうでもなければ許さんだろうとは思う。」


「ふぅん?

 でも、ネルレイシアはわりとあっさり準備万端で旅立っちゃった感じだし、イールは直接会いに行ったら大老に譲歩してもらえるし。帝国の獣人って、忠誠心は強いのかもしれないけど、竜人に弱いっていうか、甘い?」


「俺は旅暮らしで、長く一所に留まって住んだことがないからな。詳しくはわからん。お前がヴァングレイ帝国へ行った時、実際に見てみるのが一番だろう。」


「あー。たぶん、いつかヴァングレイ帝国にも行くことになるんだろうねー。」

「北は寒く、厳しい土地だ。行く時には十分な備えが要るだろう。だがまずはサーレルオード公国と、その手前のシャンダルだ。明日もまた飛ぶからな。もう休めよ。」


「ん。そいじゃ、おやすみー。」

「おやすみ。」


 レグルーザがホワイト・ドラゴンの方へ歩いていくのを見送って、毛布にくるまる。

 夜風はそろそろ冬を感じる冷たさで、焚き火の暖かさをありがたく思う時期。

 あたしはしっかりと毛布を体に巻きつけ、ジャックのお腹の毛並みにもふもふと埋もれると、星空の下でまぶたを閉じた。





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