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第八十二話「いってきます。」




〈異世界四十五日目〉







 なんだかおいしそうな匂いがする。

 思ってふと目を覚ますと、間近からあたしを見おろしていた金色のネコが「ぎにゃっ!」と叫び、転がるように走っていって青年神官の後ろへ隠れた。


 いや、めっちゃハミ出てるけど、ラクシャス。

 君みたいにでっかいネコが、細身の神官の後ろにおさまるはずないでしょ。


 逃げるくらいなら近くに来なきゃいいのに、と思いつつ「くぁ~」とあくびしていると、すぐそばから天音の声がした。


「お姉ちゃん、おはよう。」

「ん。おはよー」


 寝てる間にレグルーザがあたしを連れて、天音たちと合流してくれたようだ。

 「はい、朝ごはんだよ」と皿を渡されたので、それをもぐもぐ食べながらまわりを見てみると、近くでもう一つの焚き火をかこんでいる『星読みの魔女』一行のなかにレグルーザの姿があった。

 「おはよう」と声をかけるついでに「運んでくれてありがとー」と手をふると、気づいたレグルーザはかるくうなずいて返し、隣に座っていたブラッドレーとの話に戻る。


 あたしも天音の方に視線を戻し、ごはんを食べながら最近の様子を訊いた。

 天音は前にあげた[守りの花飾り]を髪に飾っていて、とくに危ないこともなかったし、大丈夫だよと答えたので、そりゃー良かったとほっとした。


 そうして食べながら話しているうちに、天音の従者たちも集まってきて食事をはじめたのだが、一番最後に来たヴィンセントはなぜかあたしの顔を見ると「本当に起きたのか」と苦笑した。

 その言葉に天音がちょっと嬉しそうな様子で「言った通りでしょう?」と言うと、ヴィンセントは「ああ、さすがは妹だ。姉の習性をよく知っているな」とうなずく。


 何の話? と訊くと、機嫌の良さそうな天音が教えてくれた。


「お姉ちゃんはいつも食事の支度ができたところで目を覚ましてくれるから、もうすぐ起きると思うよって話してたの。」


 そうしたら本当に天音が言った通りのタイミングで起きたらしい。

 うん。何の自慢にもならんけど、昔からそういう察しは良い方です。


 それなのに昨日の晩ごはんの時には起きられず、今朝まで眠り続けていたのは、風の精霊と意識をつなげるのがそれだけ負担になったということかな。


 よくわからないけど、自分と違う感覚を持つものと意識を接続(リンク)させるのは疲れるし、「闇」ではなく「風」だけど、相手は精霊。

 気軽にやっていいことじゃなさそうだ。





 食事の後、天音とアデレイドに「話がある」と声をかけ、後片づけを男性陣にお願いして三人でアデレイドの馬車に入った。

 声が外にもれないよう防音の魔道具を作動させてもらってから、【風の谷】で起きたことを話す。


 あたしが【風の谷】に入れたことには二人とも驚かなかったけど、心配していた通り、天音は「お姉ちゃん、ひとりで魔物と戦ったの?」というところで話を止めた。

 そのまま二時間コースにいきそうな勢いで「どうしていつも危ないところへひとりで行っちゃうの」というお説教が始まりかけるのを、「聖域だからどうしようもなかったんだよ」とがんばってなだめる。


 幸い「確かに聖域の中までは、この世界のものでは同行することができません」とうなずいたアデレイドが援護してくれたので、天音はしぶしぶながらしかたがなかったのだと理解してうなずいた。

 その後は、あまり何度も止められるといつまでたっても終わらないので、とにかく最後まで聞いてくれと頼んで一気に話す。


 天音は「精霊が孵化した」ところで目を丸くして驚き、「風の大精霊と契約した」ところでわくわくして身を乗り出し。

 「これから帰る方法を一緒に探してくれそうな『教授(プロフェッサー)』っていう魔法使いに会いに、サーレルオード公国へ行く」と言ったところで顔色を変えて立ちあがった。


「お姉ちゃん! わたしを置いていくの?」


 悲しげにうるんだ瞳を見あげ、「そうだ」とも「違う」とも言わずに答える。


「天音が自分にできることをやろうとしてるように、あたしも自分にできることをしに行くんだよ。」


 天音はきゅっと唇を引き結び、痛いのをがまんするような顔でうつむいて、すとんと座る。



 天音にはすこし時間が必要なようだ。

 あたしは黙って話を聞いていたアデレイドに声をかけた。


「アデレイドはこれからも天音と一緒に行ってくれる?」

「はい。」


 『星読みの魔女』は迷いなくうなずいてくれたので、あたしがいない間、天音をよろしくお願いしますと改めて頼んでおいた。



 そうしてアデレイドとの話を終えると、ずっと下を向いていた天音が顔をあげて言った。


「お姉ちゃん、話はそれで全部?」


 質問するその口調で、これはまだ話していないことがあると完全にバレてるな、とわかった。

 それでも今は話せないので、「とりあえず今はこれでぜんぶ」と答える。

 天音は「わかりました」とひとこと、先とはまるで違うさっぱりした様子で言って、続けた。



「わたしは「いってらっしゃい」って言うから、お姉ちゃんは「いってきます」って言って。それで、帰ってきた時は「おかえり」って言うから、お姉ちゃんは「ただいま」って答えるの。

 いい? あんまり帰ってくるのが遅かったら、迎えに行っちゃうからね。」



 自分が納得していないことについて、相手の意志を尊重するのは難しい。


 でも今、天音はそうしようとしている。


 なんだかどんどんスゴイ人に育っていくなぁ、とまぶしく思いながら答えた。


「うん、大丈夫。ちゃんと帰ってくるよ。」


 天音が【風の谷】に入ったら[風の宝珠(オーブ)]を通して「闇の風(シェリース)」が教えてくれるだろうから、様子見に行くかもしれないし。


 などと話していたら、天音が[風の宝珠]を見たがったので、服の襟元をゆるめて背中を見せた。

 風の大精霊との契約の印は「純白の真珠が肌に埋まってて、まわりには天使の羽根みたいな白いタトゥー。すごくきれい」と二人ともほめてくれた。


 天音は「風の大精霊と契約できたら、わたしもお姉ちゃんみたいな印をもらえるのかな?」とわくわくしていて、「何かもらったらあたしにも見せてね」と言うと、にっこり笑って「うん」とうなずいた。





 話が終わったので馬車を降りると、レグルーザとバルドーが格闘していた。

 天音の朝の鍛錬に二人が参加した時、バルドーが「軽く遊んでくれ」と言ってやっていた、獣人たちの準備運動(ストレッチ)だ。


 後片づけはもう終わっているようで、他の男性陣がすこし離れてその様子を見ていた。


 力と力がぶつかりあう衝撃で空気がビリビリ震える、という相変わらずの迫力に、馬車から降りたあたしは思わず「おおー」と声をあげる。

 レグルーザとバルドーは、その声が合図だったかのようにお互い後方へ下がり、ほぼ同時にかまえをといた。


「リオ、話は終わったか?」

「うん。お待たせー。」


 もう行けるよと答えると、「では行くか」とうなずいてレグルーザは自分の荷物を手に取った。

 そこへ、何を思ったか天音がぱたぱたとそばへ行き、でっかいトラの獣人に、ちいさな声でひそひそささやく。

 何を言ったのかは聞き取れなかったが、ナイショ話はすぐに終わり、レグルーザが「ああ」とうなずくのに、天音は「よろしくお願いします」ときれいに一礼して戻ってきた。


 何を話してたの? と訊いたが「後でレグルーザさんに聞いて」と流され、「それよりお姉ちゃん、行く前には何て言う約束?」とうながされるのに答えて言った。


「いってきます。」

「はい、いってらっしゃい。・・・気をつけてね。」


 あたしより天音の方がトラブル多そうだから、君も気をつけるんだよ。



 他の人とも「またねー」とかるくあいさつをかわし、彼らがそれぞれの馬車に乗り込んで西へ向かうのを見送った。

 レグルーザは馬車がいくらか遠ざかるのを待って、竜笛(りゅうてき)を吹く。


 あたしは近くの岩に座ってホワイト・ドラゴンが来るのを待ちながら、天音に言われたとおりレグルーザに訊いた。


「天音と何を話してたの?」


 レグルーザは穏やかな声で答えた。



「考えているようで何も考えていないことがある。その時、その場の勢いだけで動くようなところもある。

 けれど、自分のためでなく動くこともできるし、親しい相手には優しい。

 ともに旅をするのに簡単な相手ではないと思うが、姉をよろしく頼む、と。」



 天音にお願いされたらしい。


 もうどっちが姉だかわかんないね、と苦笑しながら、あたしはレグルーザと一緒に真珠色のドラゴンに乗り、新たなる目的地、サーレルオード公国を目指して飛びたった。





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