第八十一話「精霊の目。」
昼ごはんを食べ終わると、レグルーザと次の予定を確認した。
【風の谷】は闇の風の大精霊シェリースが守ってくれるから、天音が行っても大丈夫。
なのでまず、天音たちのところへ戻って「【風の谷】は安全だよ」と報告してから、レグルーザの知り合いで元人間の魔法使い、『教授』アンセムに会いにサーレルオード公国へ行くことを話す。
そうして大まかなところはすぐ決まったけど、ただ一点、【風の谷】で起きたことについてどこまで話すべきか、というところでモメた。
あたしは「闇属性なのがバレるし、ひとりで魔物がウヨウヨしてる聖域入ったって言ったら絶対叱られるから、何も話さずテキトーにごまかしたい」のだが。
レグルーザは「いつまでも隠し通せることではない、どうしても話せないこと以外はすべて話して叱られてこい」と言うのだ。
彼は「そもそも今回【風の谷】で起きたことは、どうあっても隠せないだろう」と断言した。
なんだか劣勢な気がしたが、あたしは「そんなことない」と反論。
「闇の風の大精霊が味方なんだよ。彼に「あたしのことは言わないでね」って口止めしておけば、とりあえずあたしの名前は出されずにすむでしょ。
あ。でも、闇の風と光の風って、知識共有してるんだっけ? 天音が契約する相手は光の風で、あたしは光の風に会えてないから口止めもできないわけで・・・」
途中で自分の言葉に穴を見つけ、反論失敗。
確かに隠すことはできない、とうなだれるあたしに、「気づいていなかったのか」とため息をついたレグルーザが、もうひとつ理由を追加した。
「それにお前、アマネと同じ部屋や馬車で寝起きするだろう。背中にある[風の宝珠]を見られたら、何と言うつもりだったんだ?」
「うーん。お姉ちゃん芸術に目覚めたんだよ! とか?」
「芸術の前に現実に目覚めてくれ。あと適当なことを言ってごまかそうとするな。お前は結局、アマネに叱られるのが嫌なだけだろう。」
「いや、そんなこともあるけど。でも、やっぱりどうしても話せないこともあるし、あんまり心配かけたくないし。」
「なんでもかんでも隠そうとする者は、いずれ信頼を失う。どうしても話せないことと、話したくないだけのことを混同するな。」
「それは確かに、ごもっともだけど。キビしい先生だね、レグルーザ・・・」
「先生はやめろ。お前のような生徒がいたら、頭痛で倒れる。
そんなことより一度確認しておこう。お前のどうしても話せないことというのは、何だ?」
前半さらっとヒドいこと言われた気がするけど、さっさと答えろと青い目に急かされてあわてて考える。
「えーと。まず、あたしが生まれる前に交わしたサーレルとの契約のこと。それから、元の世界への帰還が現状不可能だってこと。」
「話せないのは二つか。しかし、どちらも永遠に隠し通せるものではないだろう。いつなら話せるようになる?」
「元の世界への帰還については、とにかく探して考えて、どうしても見つからなかったら言う。
・・・サーレルとの契約については、たぶん、その時いっしょに話さないといけなくなるだろうね。」
レグルーザはうなずいて、話を戻した。
「では【風の谷】で起きたことについてアマネに話すのに、問題は無いな。」
「でも、レグルーザ。この国であたしが闇属性だってバレるの、危なくない?」
「確かに、相手を選ぶべき話だ。イグゼクス王国の上層部や神殿、とくに異端審問官に知られるのは避けた方が無難だろう。
・・・ふむ。ではアマネと『星読みの魔女』にだけ話しておく、というのはどうだ?」
あ、それいいね。
アデレイドが同席してくれたら、天音が叱りにくい雰囲気になるかも!
一気に楽天的な気分になって、「うん、そうする」とうなずいた。
話が終わると火の始末をして道具を片づけ、ホワイト・ドラゴンを呼んで出発準備。
あたし達を乗せたドラゴンはいつものように、レグルーザの合図で飛び立とうとした。
その瞬間。
白く輝く風が吹き、翼をひろげたホワイト・ドラゴンをあっという間に天高く舞い上がらせた。
いつもとは明らかに違う急加速、急上昇だが、白銀の風によって守られたドラゴンは何の問題もなく体勢を維持し、あたしとレグルーザにもほとんど負荷がない。
これはおそらく[風の宝珠]の影響、シェリースが「世界の風が味方になる」と言った、その結果のひとつなのだろう。
レグルーザは冷静に様子を見て高速で飛ぶドラゴンに行く先を指示すると、しばらく地上を眺めてから言った。
「リオ、すこし速度を落とせないか。このままではまたアマネたちの姿を見落とすぞ。」
「そうだね。でもこのスピードは捨てがたいなぁ・・・。うーん。天音がどこにいるのかわかれば、そこまで一直線で行けるよね?」
「それはそうだが。わかるのか?」
残念ながらあたしの持つ三冊の魔導書に、探索系の魔法はない。
[血まみれの魔導書]のブラウロードは「脆弱なものなど不要。すべて壊して残ったものを取るがいい、〈隕石落し〉!」。
[黒の聖典]は「探索ならば壁抜けも可能な死霊が最適。さあ唱えよ、〈死霊召喚〉」。
そして[琥珀の書]のウォードは、「探すほど大切なものならば、最初から〈隷獣契約〉で奴隷にしておくが良い。さすれば〈隷獣召喚〉の一声で汝が元へ戻るだろう」。
著者たちが本当にそう言うかどうかは知らないけど、記された魔法はそれぞれこんな感じに突き抜けているので、天音を捜すのに使えそうなものがないのだ。
だから今までは目で捜すしかなかった、けれど。
「[風の宝珠]経由で風の精霊たちに協力してもらえそうだから、うまくいけば捜せるかも。」
「ほう、それはすごいな。では試してみてくれ。可能ならだいぶ手間がはぶける。」
うん、とうなずいて深呼吸。
まぶたを閉じて、背中に埋まっている[風の宝珠]に意識を集中させ、それを通して周囲に集まってきている風の精霊たちに呼びかけた。
彼らは好奇心旺盛で、すぐに興味を示して応えてくれる。
まずホワイト・ドラゴンの飛行速度をすこし落してもらうよう頼んでから、何ができて何ができないのかを確認した。
風の精霊たちは大精霊のシェリースのように人の姿をとることはできないし、話をすることもできない。
けど、感覚を共有することはできるみたいだし、ぼんやりした感じだけど意思の疎通も可能。
[風の宝珠]に宿るシェリースの力を慕う精霊たちの、「楽しい」とか「嬉しい」とかいう気持ちがドカドカ伝わってくるので、彼らに意識を向けるとかなりにぎやかな交流ができる。
ドラゴンで飛ぶ時は常に保護してくれるみたいで、これは空という彼らの領域に大精霊と契約したあたしがいる場合の、当然の待遇らしい。
あとは、特定の何かをしてもらいたい時は[風の宝珠]を通して魔力を贈ると、気が向いた精霊が協力してくれるようだ。
しかし、体の一部のような“闇”とは違い、[風の宝珠]を通じてしか接触できない風の精霊たちと感覚を共有し、それを維持し続けるというのは、わりとしんどい。
それでも不可能なことではなさそうなので、とりあえずやれるだけやってみようと風の精霊たちと感覚をつなぎ、彼らに地上へ降りてもらったら。
天音を捜してくれと頼む前に、風の精霊たちの目で見る世界の、その圧倒的な美しさに我を忘れて見惚れた。
大地は琥珀。
白銀の風に、揺れる草葉はエメラルド。
木々の幹や枝はトパーズ、大地から吸い上げられてその中を通る水は、アクアマリンのかけら。
真珠の鳥が羽ばたけば、ひらりひら、とルビーの花が散る。
そこにあるのは生きて鼓動する宝石の万華鏡。
一時もとどまることなく巡る生命の息吹があざやかに輝き、時折、世界を浸食する魔物の影が暗く不穏にゆらめいている。
時々ちらつく瘴気がうっとうしいけど、無数の宝石で造られたような世界はすばらしく美しかった。
が、あまりにもキラキラしいので、見続けていたら数分で頭が痛くなって“闇”の底へもぐりたくなった。
うう。目は痛くないけど視覚が痛い。
闇属性だから、光り輝くものには弱いのかな・・・
精霊たちとつなげる感覚の強さを調節し、ぼんやり感じ取れる程度にしてちょっと慣れたところで探索開始。
天音は『光の女神』の加護を受けてる光属性だから、たぶんダイヤモンド。
そしてアデレイドは『調和の女神』から力を授かってる『星読みの魔女』だから、神託を受ける時に見た虹色の光、オパールみたいな感じだろう。
つまり、ダイヤモンドとオパールが近くに揃ってたら確定。
風の精霊たちへ「『光の女神』さまと『調和の女神』さまの気配を探してねー」と頼み、自分でも感覚を共有する精霊の目を通して、街道をたどって捜した。
幸い、好奇心旺盛で移動の速い彼らは、さほど長い時間をかけずに『光の女神』の気配を見つけ出し、すぐ近くにあった『調和の女神』の気配についても知らせてくれた。
しかし、たぶんそうだろうと思ったはいたけど、二人は本当に「光り輝くダイヤモンドとオパール」状態で、そのあまりの輝きっぷりに顔が確認できないという予想外が発生。
他の人たちはなんとなく輪郭がわかるんだけど、天音とアデレイドの二人だけ、本当にさっぱりわからないくらい輝いている。
何と言うか、闇属性にはキビしい輝きっぷりで。
風の精霊と感覚を共有したまま、「顔わかんないけど間違いないだろうし、まあいいか」と思いながら、その輝きの周りをひゅるる~と吹いていると、ふと、天音の声が聞こえた。
「お姉ちゃん? そこにいるの?」
なんとゆー超感覚、と、ため息まじりに義妹の天才を再認識して、「うん、お姉ちゃんだよー。もうすぐ戻るからね」とダイヤモンドの輝きに風の身でかるく触れる。
たぶん声は伝わってないだろうけど、さらりと髪を撫でたような感覚があったので、これで良いだろうと意識を自分の体へ引き戻した。
風の精霊たちへ「ありがとう」と感謝し、ホワイト・ドラゴンを天音たちの元へ向けて加速させるよう頼んで魔力を贈る。
「リオ?」
ドラゴンが再び急加速したのに気づいたレグルーザに訊かれ、まぶたを閉じたまま答える。
「見つけたよ。顔はわからなかったけど、声が聞こえたから間違いない。後は風の精霊たちが誘導してくれるから、任せて大丈夫。」
風の精霊たちとの感覚の共有は断ったから、もう彼らの目とはつながっていない。
それなのに、あまりにも輝かしい世界を見続けていたせいか、なんだか頭がくらくらする。
「そうか。普通の精霊魔法ではないようだったが、ともかく、よくやったな。アマネたちの元へ着くまで、ゆっくり休んでいるといい。」
「うん。ちょっと、休むー・・・」
まぶたを閉じたところにある暗闇に心底ほっとしながら、深く息をつく。
そうしてすこし休憩するだけのつもりが、いつの間にかころんと眠りに落ちていた。