第八話「メイドさんは博識な狩人。」
〈異世界五日目〉
熱が出たので、一日休ませてもらうことにした。
元の世界では風邪もひかなかったあたしが、いったい何の難病にかかったのか。
慌てふためく天音を、ちょっと疲れただけだから休んでれば大丈夫、となだめて修行に送り出す。
そう、これは病気じゃない。
たぶん、知恵熱。
あー・・・
頭がぐるぐるぐる・・・・・・
[血まみれの魔導書]に宿っていた“意志”は、知識を流し込まれたあたしが起きると、「汝こそブラウロードの後継。我が役目は終えられた。」と言って勝手に消えた(逃げられた・・・)。
本そのものには筆者の名前と思しき「ブラウロード」という言葉が記されていただけで、題名はつけられていなかった。
あの“意志”の凶悪に乱暴な選定方法で人が死にまくったせいでおどろおどろしい二つ名がつき、それが本の名前として有名になってしまっただけで、もとは無名らしい。
それにしても、このブラウロードという魔法使い。
そうとう性格のねじ曲がった、極悪非道な変人のようだ。
[血まみれの魔導書]に記されていた内容は、大量破壊兵器みたいな攻撃魔法(バズーカ砲級から核兵器級まで、実に豪華な品ぞろえ)とか、異界の悪魔を召喚して下僕にする魔法(悪魔より悪魔らしいやり方で)とか、拷問に使うらしい魔法と魔道具の作り方(これが一番多かった)とか、敵対する相手を翻弄してせせら笑うための魔法(これまた多彩な品ぞろえ)とか。
二つ名そのものの、外道なヤツが大半だった。
どんだけサディスト。
もし目の前にいたら、隙を見つけた瞬間に殴ってトドメを刺して厳重に埋めていただろうたぐいの人間だと思う。
・・・・・・とりあえず。
使い勝手のいい一般的な〈火の球〉より先に、全ユニットに無差別攻撃しちゃう玄人向けな〈隕石落し〉を習得してしまったことについての、ちょっと複雑な気分は置いておくとして。
宝石で飾られたきらびやかな本そのものは、ちょいと慰謝料にいただいてきたブツとともに、流し込まれた知識から作った亜空間へ放り込んでやった。
宝物庫のガラスケースには本があるように見える幻影の魔法をかけてきたから、すぐに無くなったと見破られることはないはずだ。
黒い腕輪はそのへんに転がされてただけのものだから、何もしてないんだけど。
・・・うう。
もういいや。
今日は寝てたい。
頭いたい・・・
〈異世界六日目〉
一日寝てたら復活した。
また城をぶらついていると、メイドさんたちが心配してくれてて、ヴィンセントも様子を見に来てくれたので、なんか嬉しかった。
あたしは彼に頼み、天音が修行しているという兵士の訓練場へ連れて行ってもらった。
そしたら可憐な少女がゴツい剣を振り回し、あっという間に体格のいい男をぶっ倒すという映画のような場面にちょうど遭遇して、思わず笑ってしまった。
いや、ごめん。バカにしたわけじゃなくて。
義妹の超人ぶりにほっとしただけ。
ここでたっぷりとその超人ぶりに磨きをかけてもらえれば、死亡フラグも立ちにくくなることだろう。
教師陣の努力と天音の天才に、おおいに期待しておく。
午後からはまた、メイドさんたちと秘密のお茶会。
今日の話題は天音の従者のことで、メイドさんたちは今、正式に従者として選定された将来有望な若者たちを狙って、様々な挑戦をしているのだそうだ。
まあ、生きて帰ってきたら確実に出世株だろうけど、旅の途中で死ぬ確率もあるわけで、けっこー博打な相手だと思うけどなー。
素直にそう言ったら、「大丈夫!死地へ赴く男を待つのもまた、女のロマンですから!」と元気なメイドさんに言われた。
冗談にしても豪気だ。
ちなみに、一番人気は第一騎士(トーナメントで優勝した上流貴族の熱血あんちゃん)で、二番手は魔法使い(王国最強の元孤児な美少年)で、三番は神官(純真無垢で品行方正な地方貴族の美青年)。
ふと思いついて「ヴィンセントは何番目くらい?」と訊いてみたら、狩人の目をして話していたメイドさんたちがちょっと止まり、「ランク外です」と言われてその理由に笑った。
第二騎士で中流貴族な彼は、条件的にはかなりの優良株なのだが、「落す前にこちらが勝手に落ちてしまうから、挑戦するのにみんな二の足を踏む」のだそうだ。
すっげー。
しばらく女狩人と化しているメイドさんたちの話を聞いてから、この国だけでなく他の国のことも知りたいと頼んでみた。
するとまあ、観光スポットや名物料理、有名な土産物やイケメン情報と、もりだくさんな話になっていって、あたしはだんだん何を聞いているのかわからなくなってしまったが、要約するとこんな感じ。
この世界にあるのは二つの巨大な大陸と、ちいさな島々。
南の大陸にあるのは四つの大国と、いくつかの小国。
ここは大陸の西、“神と豊穣の国”イグゼクス王国。
東にあるのは“混沌と創造の国”バスクトルヴ連邦。
南にあるのは“秩序と魔法の国”サーレルオード公国。
北にあるのは“鋼と竜の国”ヴァングレイ帝国。
そして海を越えたさらに北にあるのが、魔王に支配された魔大陸。
つまり天音は北の海を越えてもうひとつの大陸に行かなければ、そもそも「魔王」と対面することすらできないわけである。
なんつー面倒な・・・・・・
修行から戻ってきた天音の話を、いつになく熱心に聞いた。
素直で優しい少女はたいへん喜んでくれた。
お姉ちゃんも影ながら何かしよう、と思った。
リオちゃん、魔法(〈メテオストライク〉)を入手。着実に裏道を行きますが、情報収集ついでにいろんな人と関わってもいきます。基本、一匹狼な子なんで、けっこー距離置いてますが。エサのいらないネコを頭の上にのせて、それなりにお付き合い。