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第七十五話「幻月の杖。」




 イグゼクス王国の王都、『傭兵ギルド』所有の館の玄関広間へ移動。



 初めての〈空間転移(テレポート)〉に瞳をきらきら輝かせて「お姉ちゃん、すごいね!」と感心してくれる天音とともに、『傭兵ギルド』総長の側近だという若い女性に出迎えられた。

 彼女はあたし達の顔を知っていたらしく、すぐに「どうぞこちらへ」と案内してくれる。


 あたしは天音と一緒に案内された部屋へ入ると、思わずため息をついた。


 王都、いまだ雨降りやまず。


 広い部屋の中央に置かれた大きな木製のテーブルの上、美味しそうな料理が並べられたすぐそばに紫紺の美女が寝そべり、酒杯を手に微笑んでいるのは退廃的な絵画のようだ。

 一人その席についているレグルーザは、テーブルの上の美女に見向きもせず、新聞をひろげて読みふけっているが。


 部屋まで案内してくれた女性が総長を呼んでくると言って出ていくと、人の姿をした雷の上位精霊エイダは、テーブルに寝そべったままあたし達を見て言った。


《 娘や。また、愛らしいものを連れてきたのう。 》


 妖艶な流し目を受けてびくっとした天音の手を引き、レグルーザの座っているところへ移動しながら答える。


「この子はあたしの妹。ヘンなことしたら怒るからね。」


《 おや、こわいことを言う。そう警戒せずとも、手など出さぬよ。そなたがわらわと戯れる悦びへ、素直に心開くなら。 》


「エイダ。その冗談おもしろくない。」


 天音をレグルーザの隣に座らせながら言ったところで、総長が来た。



 『傭兵ギルド』総長、クローゼル。

 いかつい顔に鋭い目をした、がっちりした体格のおじーさんだ。


 招待してもらったお礼を言って天音を紹介し、天音と総長があいさつをすると、すでに用意されていた食事をいただいた。


 ちなみにエイダは相変わらずテーブルの上で寝そべっているのだが、誰も引きずり下ろしそうにないのでそのまんま。

 人の姿になっていても精霊は精霊だから、やっぱりどこか気配が淡くて浮き世離れしているところがあり、非常識なことをしていてもさほど気にならないのかもしれない。

 へたに手を出すと絡まれそうだし、とりあえずあたしは何も言わないことにした。



 あたしと天音は総長から旅の調子はどうかと訊かれるのに答えたり、料理を食べながら「これおいしー」とか「こっちもいいよ」とか、わいわい騒ぎ。

 エイダは時々話に口をはさみながら酒杯をかたむけ、レグルーザはずっと新聞を読みながら片手間に食事をしていた。


 そうして食事を終えると、食後のお茶とお菓子と一緒に、布で包まれた細長い物が運ばれてきた。



「レグルーザから渡してもらおうと思っていたのだが、彼が自分で渡せと言うので招待させてもらったのだよ。

 『銀の魔女』リオどの。これは[幻月(げんげつ)の杖]という、魔法使いの杖。

 先の『茨姫』討伐の報酬として、受け取ってほしい。」



 『銀の魔女』と呼ばれるのにげんなりして、あたしはけっこー真剣に「お願いですからソレ言わないでください」と頼んだが。

 総長は二つ名は本名を隠すのに便利だから活用した方がいいぞと笑って流し、布で包まれた杖を渡してくる。


 強引だなと思ったけど、いかつい顔に愛嬌のある笑みを浮かべた総長の勢いに押され、あたしは杖を受け取った。

 『茨姫』は一時的に行動不能になっただけみたいだし、あたしの独力じゃないのに貰っちゃっていいのかな、という迷いはあったものの、どんな杖なんだろう、という好奇心から布を取る。


 魔力の流れを遮断する効果があるらしいその布で包まれていたのは、虹色に煌めく三日月型の白金結晶を戴き、その周りにあるいくつもの銀環がシャラシャラと涼やかな音色を響かせる、美しい銀色の杖だった。


 総長の説明によると、柄はミスリル銀で、虹色に煌めく三日月型の白金結晶は月の精霊を宿した[月光晶ムーンライト・クリスタル]。

 その周りにあるいくつもの環もミスリル銀製で、環の一つ一つに様々な属性の力を込めた魔石がはめこまれた物だそうだ。



 ほほー、と美術品を眺める気分で解説を聞いていると、新聞から顔をあげてレグルーザが言った。


「エイダ。あれは本物か?」


《 おお、懐かしき我が姉上じゃ。・・・おや、目を覚まされるな。 》


 相変わらずテーブルの上で酒杯をかたむけるエイダが、目を細めて答える。


 何の話か訊こうとしたところで、手の中からふっと杖が消えた。

 うっかり落としたのかと慌てて下を見るが、何も・・・、うん?



 何もないはずの場所に綺麗な形をした白い足を見て、すさまじくイヤな予感がするのにギギギ、と顔をあげると。



《 夜へ属せし良き魂である。 》



 いきなり現れた白金に輝く細身の美女が、あたしを見おろして「うむ」と満足げにうなずいた。

 澄みわたる水を思わせる、清らかな美貌の女性だ。

 ほっそりとした手首や足首、首元などにいくつものミスリル銀の環(魔石付き)がはまっており、動くとシャラシャラと涼やかな音色が響く。


 あきらかに人間ではない白金の彼女は、何を思ったかエイダの方へ歩いていくと、雷の上位精霊が持っていた酒杯をすいっと取り上げて[竜の血(ドラゴン・ブラッド)]を飲んだ。


《 姉上。それはわらわの杯じゃ。 》


 酒杯を奪われたエイダは苦笑して言ったけど、取り返そうとはせず、「うむ」とうなずく白金の美女が空になった杯を差し出すのに、酒をついでやっている。




 その様子をしばらく眺めてから、あたしはレグルーザに訊ねた。


「エイダの姉上って、伝説の鍛冶師とかいうヒトの作品ってこと?」


 ため息をつくような口調で、低い声が答えた。


「ああ。前に話した[失われし頁(ロスト・ページ)]のひとつだ。

 [形なき牙]と[幻月の杖]、そして[鋼の羽衣]。

 この調子だと[鋼の羽衣]に遭遇する日も近いかもしれんな。」


 そんな日は一生来なくていいです。

 エイダという例を知っている今、伝説の鍛冶師ライザーが作品目録から削除したのは、それなりの理由があってのことだろうと思うし。


 そしてとりあえず、総長。



「お気持ちだけいただいときます。」



 丁重にお断りしたのだが、総長はなぜか引いてくれず、あたしに[幻月の杖]を受け取らせようとしてきた。



 宿る精霊の性格はともかく、伝説の武器なら貴重な物のはず。

 どうしてそんなものを、いきなり出てきた「三代目勇者の義姉」なんかに与えようとするんだ?



 と、考えたところで、今朝のアデレイドの予言を思い出した。

 確か「『神槍』、杖は受け取ってください。無垢なる『(キィ)』に悪意はない」と言っていた。


 たぶんその杖というのは、最初レグルーザが受け取る予定だった[幻月の杖]のことで、杖をあたしに与えようとしているのは『鍵』。

 『鍵』の意志によって『傭兵ギルド』の総長が動いているということは、つまり『鍵』が『傭兵ギルド』の関係者で、しかも相当な地位にいる存在だと考えられる。


 今[幻月の杖]を受け取っておけば、そんな『鍵』と接触を持つチャンスにつながるか?



 ちょっと考えて、総長に訊いてみた。


「総長さん、『鍵』はあたし達の味方ですか?」


 一瞬目に浮かんだ驚きをすっと消して、総長は「『鍵』とはなんだね?」と返してきた。

 説明してくれる気はなさそうだったので、知っていることを話す。


「『星読みの魔女』の予言です。『鍵』に悪意はないから、杖は受け取れと。でも、悪意がない、だけでは何とも判断できません。」


 悪意がなくても、意見が対立すれば敵になることもあるだろうし。

 考えながら答えを待っていると、総長が言った。


「『傭兵ギルド』に、君たちと敵対する理由はない。」


 うーん。

 求める言葉とはちょっと違うけど、こんなところか。


 わかりました、とうなずいて応じた。



「では[幻月の杖]、お言葉に甘えて受け取らせていただきます。

 まあ、あたしに扱いきれるものだとは思ってないんで、ダメだと判断したらその時点で取り上げてくださいね。


 ・・・で、これが[失われし頁]になった理由は?」



 訊ねると、白金の美女の姿になった月の精霊の杯へ酒をついでやりながら、エイダが教えてくれた。


《 姉上は男がお嫌いでのう。子どもか女としか契約せぬ。

 しかも主となった者に男が刃を向けると、激怒して悪夢の中へ閉じこめるので、ライザーも手を焼いておったな。 》


 同時期に作られたという[形なき牙]の言葉に、微笑みを浮かべた[幻月の杖]が言った。



《 手向かいできぬ女子どもを(しいた)げる男など、悪夢の底で千回死ぬがよい。 》



 ためらいなく言葉通りにヤっちゃいそうな口調に、ぞわっときた。



 強烈な精神的ダメージを負いそうな攻撃だな。

 むしろ単純な攻撃魔法よりタチが悪いんじゃないかと・・・



 思って、だから[失われし頁]になったわけか、と理解した。



 コレを制御する自信はないけど、まあ、なるようになるだろう。


《 わらわは男も女も、それぞれに可愛いと思うが。姉上は頑固よのう。 》


 のんびり笑うエイダの、大人なんだか無節操なだけなのかわからない発言を聞きながら、ふと、女性と子どもを守ってくれるんなら、天音と契約してもらった方がいいなと思いついた。


 そこで「天音が[幻月の杖]の所有者になるのは?」と聞いてみたら、天音は光属性なので相性が悪くて契約できない、とのこと。

 そういや真昼の月って存在感弱い、と思って納得したので、あきらめて契約に必要な精霊の名前を考える。


 今回は「月の精霊」と聞いて思いついた名前があったので、決定は早かった。



「ルナでいい?」


《 うむ。 》



 月の精霊は名前のゆらいにこだわらない性格らしく、契約は一言で完了した。

 武器に宿る精霊との契約は、使い魔との契約と違い、精霊が主を認めることで結ばれるものなので、主となった人には何の変化も起こらない。

 後は「これからよろしく」という簡単なあいさつで、これも「うむ」とうなずかれておしまい。


 天音は「え? 今ので終わり?」と首をかしげたが、それ以上することもなかったので「うん、終わりかな」と答え、食後のお茶とお菓子をいただいた。



 なんとも予想外な杖を手に入れることになったが、これでやることは終わっただろう。

 お茶を飲んでくつろぎつつ、そろそろ帰るかと思っていたら、天音が総長に声をかけた。


「総長さん、ちょっとお聞きしてもいいですか?」


 どうぞ、とにこやかに応じる総長に、小首をかしげて訊ねる。


「『傭兵ギルド』は二代目の勇者さんか、彼の関係者が作った組織ですよね?」



 ・・・え? そーなの?





 ようやく杖のおねーさんが登場。レグルーザの槍と姉妹です。雷と月というまったく違う精霊なので、ただ単に同じ鍛冶師と契約して武器に宿った、というだけなんですが。同時期に作られてたおかげで面識があり、わりと仲良し。

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