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第七十四話「当面の予定と三大組織。」





 『闇の神子』である第三皇女は、父皇帝から力と精神を封印されてお休み中。

 今も眠っていると思われるが、帝国と『黒の塔』から逃げる『兇獣』に連れられて行方不明中なので、詳細はわからない。

 とりあえず春までは安全らしいけど、いつまでも二人だけにしておくと戦争の火種が生まれる可能性があるので、できるだけ早く見つけないと危険。



 アデレイドが語ったことを簡単にまとめると、これは今すぐどうこうできる問題ではないので、別の話題に移った。



「サーレルが聖域に魔物が侵入してるかも、って言ってたんだけど、天音がこれから行こうとしてる【風の谷】の様子はわかる?」

「はい。現在【光の湖】をのぞく四つの聖域には、すべて魔物が侵入しています。大精霊たちはかろうじて聖域を維持しているようですが、このままではいずれ・・・」


 大陸結界の支柱となっている四大精霊は、侵入してきた魔物に押されて負けそうになっているらしい。


 そんなところに一人で行かされるとは、やっぱり「勇者」の立場は危険が多い。

 天音さらって隠遁する、って選択肢も考えるべきかなー、と思いつつアデレイドに訊いた。


「ねぇ、アデレイド。この世界を救うのは『闇の神子』で、勇者じゃないよね?

 天音が勇者やる意味って、あるのかな?

 こんな危ないコトばっかあるんだったら、もう勇者なんて辞めちゃって、天音は表舞台から消えた方が安全じゃない?」


 アデレイドはすこし考えてから、答えた。



「まだ数日ご一緒させていただいただけですが、アマネさまはただそこに在るだけで光輝く、太陽のような方だと感じました。

 イグゼクス王国のものたちはすでにアマネさまのお姿を深く記憶に刻み、待望の勇者として慕っているようで、人々の顔にはアマネさまがいらっしゃる前よりずっと活気があり、希望があります。

 ですからこの世界のものたちにとって、アマネさまが勇者であることにはおおきな意味があり、無意味などではないと思います。


 今この状況で表舞台から消えるとなると、イグゼクス王国をはじめとする多くのものたちからの捜索の手を逃れるため、必然的に裏の世界へ潜らなければならなくなるでしょう。

 そしてひとの本質というものは、隠しても隠しきれるものではありません。


 本気で表舞台から姿を消すことをお望みになるのでしたら、わたくしは全力で協力いたしますが、力およばず危険にさらしてしまうこともあるでしょう。

 その、もしもの時には。

 リオさま、表舞台のものからも、裏のものからも逃れてアマネさまを連れ、慣れない世界で生きてゆく自信はおありですか?」



 ある、なんて答えられるほど、夢見がちじゃないからなー。

 むしろそんな自信なんて、ひとかけらも無いと断言するよ。

 天音が何もしなくても目立つのは、誰よりもよく知ってるし。


 でもなぁ・・・、と不機嫌にうなるあたしに、アデレイドが続けた。



「もしヴァングレイ帝国やバスクトルヴ連邦に保護を求めることを選択肢に入れておいででしたら、どうぞ長期的な視点をもってご考慮くださいますようお願いいたします。」


「考慮? それって、二代目勇者みたいに保護してもらうのはやめとけって意味?」


 アデレイドが説明するところによると。


 イグゼクス王国には、二代目勇者をヴァングレイ帝国に「誘拐された」という恨みがある(自分たちが誘拐犯のくせにいい度胸だ)。

 そしてヴァングレイ帝国にはイグゼクス王国に対して、何回言っても異世界人を誘拐するのをやめないこととか、貴族がコッソリ獣人を奴隷にしてるだとか、他にもイロイロと怒りがたまっている。


 そんなところに「三代目勇者もヴァングレイ帝国に亡命」なんてことが起きると、これもまた国家間の対立の火種になりかねないらしい。



 ちなみにバスクトルヴ連邦はほぼ獣人の国であることからヴァングレイ帝国との関係が深く、連邦に亡命するのも帝国へ逃げるのと同じ結果を招く可能性が高いので、選択肢としてはどちらもさほど変わらない。


 そして、サーレルオード公国に亡命するのは無意味。

 最初から勇者になるのを受け入れてた初代勇者を始祖とする人間の国なので、天音はイヤだと言っても勇者としての役割を求められることになる。



「逃げようにも行き先がない、かー・・・」


 自分が悪いわけでもないのに「申し訳ありません」と悲しげな顔で謝り、アデレイドは天音が勇者を続けることには利点もある、となぐさめてくれた。


「大精霊と契約することができれば、アマネさまはおおきな力を得られます。彼らはアマネさまの身を守る、心強い味方になってくれるでしょう。

 それに、アマネさまが勇者としての立場を受け入れているかぎり、生活に困ることはまずありませんし、行く先々でも多くのものたちに敬意をもって迎えられます。

 新聞で行く先を報じられながら、イグゼクス王国の紋章付きの馬車で移動なさっておいでですので、盗賊などから襲われることもほとんどないでしょう。街中でもそういった不届きものは、影から見守るものたちがアマネさまが気づかれる前に片づけます。」


「影から見守るものたち?」

「常時ではありませんが、イグゼクス王国の王族に影から仕えるものたちをはじめ、各国の密偵がアマネさまをひそかに見守っております。」


 はー。注目されてんだねー。

 と、のんきに感心していたら、あたしのことも「勇者の義姉」として一部にはもう知られているだろう、と言われて驚いた。


 基本、そういう情報を掴んでいるのは、うかつに動けない国や巨大組織の上層部なので、あんまり気にしなくていいみたいだけど。

 この世界、意外と高性能な情報網があったり、気配を隠すのが上手な密偵さん方がいたりするらしい。


 あたしは天音と比べたらまったく目立たない平凡な顔だけど、レグルーザと動く時はできるだけ仮面かぶって隠しといた方がいいんだな、と理解した。

 あんまりヘンな方面に顔を売りたくはない。



 で、話を戻すと。


 今の時点では、さらって逃げるよりも、勇者の立場に置いとく方が安全か?

 風の大精霊と契約するってのは、天音にとってプラスになるだろうし。


 となると、あたしは天音より先に【風の谷】へ行って、侵入した魔物をツブしとかないといけないわけか。


 ああ面倒くさい、とは思うが、もし大精霊が負けて大陸結界に穴でもあいたら、本格的な魔物の侵攻に巻き込まれてもっと厄介な事態になるかもしれないから、放置してもおけないし。

 あたしが聖域に入れるかどうかは考えてもわからんので、当たって砕けろの精神でとりあえず行ってくるか、と決めた。





 そうしてやるべきことを一つ決めると、当面の予定を立てた。


 あたしは明日、レグルーザに頼んでドラゴンで飛んでもらい、【風の谷】へ行って入れるかどうか試し、可能なら魔物を片づけてくる。

 アデレイドは天音に同行してサポートしながら、引き続き未来視と占いで『闇の神子』の居場所を探る。



 確認を終えると、あたしは最後にひとつ訊ねた。


「天音とレグルーザとイールに、あたしの素性とかこの世界のこととか話すのって、どう思う?」


「そうですね・・・。もしリオさまが話されたら、みなさん今後の考え方や行動におおきな影響を受けるでしょう。」

「それって良いこと? 悪いこと?」

「どちらとも言いきれません。物事にはさまざまな面がありますから。」


 アデレイドは『星読みの魔女』としていろんなひととの約束があるので、彼らの許しなく自分からすべてを語ることはできない。

 けれど、あたしにはそういった制約はないし、話そうかどうしようか迷う相手が、三人とも信用に足るひとたちだというので。


「どうぞ、リオさまのお望みのままに。」


 と、言われてしまった。


 話していいかどうか、自分ひとりでは判断できなかったから相談したんだけど。

 まあ、アデレイドには彼らに話すことを反対する理由はない、と覚えておけばいいか。



 でも、レグルーザとイールはともかく、天音にはとても話しにくいというか。

 「あたしが死なないと元の世界へ帰れない」って教えたら「じゃあ帰らなくていい!」とか言って、後で誰にも見られないところに行ってひっそり泣きそうな気がするし。

 ああ・・・


 決心はつかず、ため息もつきない。


 あたしはしばらく考えて、天音に話すことについて、とりあえず今は保留にしとこう、と決めた。

 他に帰る方法はないか、探して考えて試行錯誤してから、その結果をふまえてまた考えてみよう。



 ただレグルーザとイールには、様子を見ながら話すチャンスがあったらすべて話す、という方向でいく。


 それでレグルーザには、【死霊の館】であったみたいなことが何回か起きると、あたしの体が壊れて「魔王」が復活するらしい、って話をして。

 今後あたしと旅をすることの危険を認識してもらい、その上で同行してくれるのなら、正式に何らかの報酬を設定して助言者になってもらうことを依頼したいがどうか、という提案をしてみる。


 それからイールには、アデレイドが視た最悪の未来についても話し、現在起きていることと、これから起きる可能性のあることをできるだけ知ってもらう。

 過去に何が起きていたのかがわかれば、彼はあたしより正確に詳細に、現状を理解してくれるだろう。

 今のところあたしとイールに対立点はないし、彼はヴァングレイ帝国でそれなりの地位と権力を持っているようなので、そういった話をした後は、できれば腹を割って話せる協力者になってもらいたい、というのが希望だ。





 昼食などの休憩をはさみながらかなり長く話し込んでいたので、そうして考えを定める頃には、もう夕方になっていた。

 三代目勇者と『星読みの魔女』の一行は、近くに川の流れるひらけた場所を探して馬車を止め、野営の準備を始める。


 そろそろレグルーザを迎えに行く時間だけど、王都の天気はどうなってるのかな、とやや心配しつつ準備を手伝っていたら、ブラッドレーに呼ばれた。


 総長から連絡が来て、レグルーザと一緒にあたしを夕食に招待してくれるというのだ。

 館にいるのは総長と側近だけだから、魔女の仮装なしで気軽に来てくれて大丈夫、とのこと。


 おお、ごはんのお誘い。

 総長と一緒に食べるんなら、きっと美味しいものが出るはず。


 あたしが「いただきに行きます」と即答すると、ひょっこり現れた天音が「ブラッドレーさん、わたしも行きたいです」と希望した。

 ブラッドレーは総長と相談してみましょうと応じ、連絡をとるためにひとり離れる。



 直後、ドドドッと集まってきた天音の従者たち。


「アマネさま、おひとりで行かれるつもりですか?!」

「ぼくも一緒にいく!」

「姉君が同行なされるとしても、アマネさまにはせめて従者を一人でもお連れいただかなければ・・・」


 天音のそばにいたい第一騎士とネコが騒ぎ、青年神官がやんわりと言う。

 そうして彼らが「天音が行くなら自分も行く」と主張する隣で、王子はひとり、「天音が会うことを望むのなら『傭兵ギルド』の総長をこちらへ連れて来れば良い」と主張。

 無言の少年魔法使いとメイドくんはといえば、「自分は同行して当然」という顔で天音のそばに来て待機する。


 ただ第二騎士のヴィンセントだけがとくには動かず、馬車から野営に必要な荷物をおろしながら彼らの様子を見ていた。



 そして騒ぎの中心にいる天音はといえば、騒ぐ従者たちに囲まれてその勢いにすこし驚いたようだったけど、さほど気にせず彼らをなだめにかかった。


「ごめんね、みんな。わたしは飛び入り参加だから、みんなを連れては行けないと思うの。

 でも、お姉ちゃんがいるし、行くのは『傭兵ギルド』の総長さんのところだから。

 何も危ないことなんてないよ。」


 そう言うと、ちょっと困ったように微笑んで、お姉ちゃんと一緒に行かせてほしいと「お願い」。

 聞きわけの良い優等生な天音は、こういうことはめったにしないので、たまにやるとその威力は絶大だ。



 美少女の「ね? お願い」という甘い声に次々と陥落させられていく従者たちをながめながら、あたしは傍観している第二騎士のところへ行って気になったことを訊ねた。


「王子は『傭兵ギルド』の総長を、自分達の都合で簡単に動かしていい相手だと思ってるみたいだね?」


「イグゼクス王国の貴族は『傭兵ギルド』を“国王陛下に仕える商家のひとつ”として扱いたがる上、ギルドの方も昔からそれを助長するような態度をとっているからな。貴族たちにそうした意識を刷り込まれている王族は、殿下お一人ではない。

 実際には、国王陛下がそのように『傭兵ギルド』を扱うことなどないのだが。」


「んー? 『傭兵ギルド』って、そもそもそんな扱いのできる相手じゃないよね?」

「ああ。大陸全土に支部を持つ、世界最大の組織だ。その総長ともなれば、一国の主たる陛下とて、それなりの配慮をもって接しなければならない。」

「それじゃ王子のさっきの言葉、次期国王としては失言?」


 そうなるな、と苦笑ぎみにうなずくヴィンセントだが、自分がそれについて王子に教えよう、という気はないらしい。

 プライドの高い王族は、中流貴族出身の騎士などより、社交界や式典で言葉を交わす高位の貴族たちの言葉を信じるのが当たり前だから、ヴィンセントが何を言っても今の王子の頭には入らないだろう、とのこと。


 しかし、だからといって王子を見捨てているわけではなく、天音と一緒に旅をするのは、城中とはまったく違う世界があることを知る良い機会になるので、王子にはぜひとも実地で多くのことを学んでほしい、と思って見守っているのだそうだ。

 どうも国王も、そのへんも考えて同行許可を出したらしい。


 なるほど。王子にとって、これは社会見学の旅になるのか。

 本人は天音に夢中で、まわりのことなんかあんまり見てない気がするけど。


 まあ、とくべつ興味もなかったので、今のところ「成長」の「せ」の字もなさそうな王子から話題を変え、『傭兵ギルド』の名が出たついでに同じくらい大きい組織っぽい『魔法協会』のことについて聞いてみた。

 ヴィンセントは野営の準備をしながら、簡単にまとめて教えてくれた。



 『魔法協会』も南大陸全土を網羅する巨大組織だが、生まれつきの素質がないとなれない魔法使いは数が少ないので、支部の数は『傭兵ギルド』より少ない。

 大陸の南側では魔法使いが多く所属し、北側では精霊使いが多く所属している。

 本部はサーレルオード公国の首都にある、初代大公が創設した『魔法院』で、トップはそこの院長。


 何千年か前に『魔法院』はサーレルオード公国の所有ではなくなっており、『魔法院』もそれに運営される『魔法協会』も、現在はほぼ完全に独立した組織になっている。



 ふむふむとうなずき、他にも何か大きいのある? と訊ねると、もうひとつ、『クロニクル社』という名前が出た。



 『クロニクル社』は新聞を発行しているところで、販売しているのは各国の首都といくつかの主要都市だけだけど、四大国のすべてにあるという点から見れば規模は大きい。

 「イグゼクス・クロニクル」や「サーレルオード・クロニクル」など、国名と社名をくっつけた新聞を各国で販売し、天音が召喚された時には世界中で「イグゼクス王国が美しき女勇者を召喚!」という号外を出したのだそうだ。



 おー。

 知らんうちに我が家の天音が新聞の号外記事に。

 あたしは共通語が読めないからまったく興味なかったけど、その号外は欲しい気がするな。



 そんなことを考えながらヴィンセントと話していると、ブラッドレーが戻ってきて、総長から「歓迎いたします」という返事がきたと教えてくれた。

 美味しいものが食べられるうえに、天音の人脈が広がりそうで良い感じだ。

 あたしは反対していた従者たち全員から「お願い」で許可を勝ち取った天音を連れ、「それじゃ、行ってきまーす」と王都へ移動した。



「〈空間転移(テレポート)〉」





 副題について、「この三つって“組織”でくくっちゃっていいのかな?」と悩んでました。『傭兵ギルド』と『魔法協会』はともかく、『クロニクル社』って“組織”? 企業とか会社って言った方がしっくりくるけど、そっちにすると今度は他の二つの方に違和感が。まあ、新聞社もひろい意味では“組織”に入らないこともないからいいかな、と思ってつけちゃったんですが。どうぞかるく読み流してやってください~。

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