第七十三話「災厄の王の末裔。」
朝食の後、みんなが後片付けをしている間にレグルーザを王都へ送った。
「〈空間転移〉」
王都にある『傭兵ギルド』所有の屋敷の、玄関広間に到着。
一回来ただけのところなので、間違えてないよなと周囲を見て確認していたら、すぐそばから高音のやわらかな声が聞こえた。
《 久方ぶりの良き日より。ようやく会えたの、娘や。 》
いきなり現れた紫紺の美女、中身は残念な雷の上位精霊エイダが、つややかに微笑んで言いながらたおやかな手をのばしてくる。
本日の王都、天気は雨!
最近姿を見なかったものだから、すっかり油断していたあたしは驚きに「のぁっ!」と意味不明な声をあげ、あわててエイダの手が届かないところまで後ずさると。
「レグルーザ、 また夕方に来るから!」
がんばってねー、と応援だけして逃走。
「〈空間転移〉」
何か言いかけていたレグルーザと、浮き世離れした美貌にアヤシイ微笑みをうかべるエイダを王都に置いて、ひとり天音たちのところへ戻った。
周囲の風景が一瞬で変わり、先と同じくそれぞれに出発の準備をしている人たちの様子にほっとして余裕ができると、心のなかで合掌。
レグルーザ、置き去りにしてゴメン。
夕方にはちゃんと迎えに行くから、それまでは[竜の血]でも飲ませてしのいでください。
そして、王都の天気!
夕方には晴れてますよーに!
わりと真剣に、誰にともなく祈った。
三代目勇者一行と『星読みの魔女』一行の準備が整うと、出発。
あたしはアデレイドに話があるからと頼み、『守り手』抜きに二人だけで『星読みの魔女』の馬車へ乗せてもらう。
朝食前にちょっとおかしな様子で予言をしていたアデレイドに、体調は大丈夫かと訊くと、未来視の力が急に活発に働くと受け止めきれずに時々ああなるだけで、体調は問題ない、という返事だったのでほっとした。
第三皇女の安否が気になるし、ずっと自分ひとりで抱えてるのもしんどい話だ。
あたしは馬車が走りだしてすぐ、ローザンドーラで三日間寝ていたのはサーレルと会っていたから、ということから始めて、黒ネコの姿をした神のかけらから聞いた予想外の話、そのすべてを話した。
アデレイドはサーレルの名が出てきた時点で話を中断させ、自分の荷物から防音機能のある魔道具を取り出して外に声がもれないようにすると、後は口をはさまずじっと聞いていた。
そして、あたしが話を終えると。
「では、イグゼクス王国が召喚せずとも異界の御方・・・、いえ、『空間の神』は、リオさまとともにこちらの世界へお戻りになられるはずだったのですね。
けれど、今となってはリオさまもアマネさまも自由に元の世界へは帰れず、『空間の神』の復活にはリオさまの死が求められる・・・
ああ、なんということに・・・!」
状況を理解したアデレイドは、悲劇のヒロインのごとく嘆き悲しんでくれたので、ちょっと困った。
「アデレイドが悪いんじゃないし、そんな深刻にならなくても。」
美人に泣かれるのは苦手なので、とにかくなだめようと言ったのだが、逆効果だったらしい。
悲しみだけではない何かで、スミレ色の瞳はますます潤んだ。
「いいえ。
『星読みの魔女』の一族には誰よりも『空間の神』に、そして今はリオさまとアマネさまに、償わなければならない罪があるのです。」
罪?
わけがわからず首をかしげていると、「まずは以前、神話について語った時、すべてを明かさなかったことをお詫び申しあげます」と丁寧に謝り、アデレイドは真剣な眼差しでまっすぐにあたしを見た。
「これより語る言葉は、『星読みの魔女』一族の秘伝にございます。」
そして静かな声が、ゆっくりとした口調で秘密を語る。
「『空間の神』の半身である『時の神』がこの世界へ喚ばれ、『闇の神』に喰らわれて「魔王」となったのは、古代魔法王国の王が犯した罪のためなのです。」
それはまだ、この世界の大陸がひとつしかなかった頃のこと。
人間は『闇の神』に見守られながら、北の地で魔法を基盤とした文化を育み、もっとも優れた魔法使いを王として暮らしていた。
その古代世界で、魔法王国の何代目かの王が行った儀式が、災厄の始まり。
ある時、愛する王妃を亡くして心を病んだ王が、王妃によく似た第二王女を生け贄として、死者復活の儀式を行った。
当然、その儀式は失敗。
生け贄にされた第二王女は命を落としたが、事はそれだけでは済まなかった。
第二王女が、『闇の神』の寵愛を受けた娘だったために。
王は儀式を『闇の神』が休む昼間に行ったが、愛する娘の死に、神が気づかないわけがない。
『闇の神』は真昼に目覚め、その無惨な死に激怒して荒れ狂った。
神の暴走はやがて世界に亀裂を入れ、北の地に異世界へつながる扉を作り出す。
(異世界につながる扉が開かれた理由は、王の行った死者復活の儀式で使われた魔法陣が異世界の存在に働きかける種類のもので、間近で『闇の神』の力に影響されたその魔法陣が異世界への扉となったのではないか、と推測されている。)
『闇の神』は光のあふれる昼の世界で思うように暴れられないことに憤ったのか、さらなる力を求めて異世界の神を喚んだ。
そうして扉から現れたのが、生まれたばかりの『時の神』。
怒り狂う『闇の神』は、己よりも強大な存在である『時の神』を喰らい、融合。
世界を壊す「魔王」となる。
・・・・・・
ぱかーんと口をあけ、なんじゃそりゃー、と思っているあたしを置き去りにして、『星読みの魔女』は次なる秘伝を語る。
「『星読みの魔女』の始祖となったのは第一王女。
彼女の『守り手』となったのは王子。
二人は世界に「魔王」という災厄をもたらした王の子であり、その死によって『闇の神』を狂わせるほど愛された第二王女の、実の兄と姉でした。」
王家に生まれた三人兄妹の末っ子が父に殺され、その父は最初の『闇の神』の暴走で命を失ったが、上の二人はかろうじて生き残り、王国の民とともに南へ逃れた。
そうして逃げる途中、なんの巡り合わせか『調和の女神』と遭遇。
王子と第一王女は女神に何が起きたのかを話し、心を病んだ父のあやまちを止められなかったこと、末の妹を守れなかったことを悔いて、断罪を望む。
『調和の女神』は、その望みに応じた。
罪の償いとして、二人が罪悪感などから死を選ぶことを禁じ、彼らに役目と力を与えたのだ。
妹の第一王女には、「世界が良き道を歩むよう尽くす」という役目と、「世界を視る」力(未来視と、過去を知る力も含まれる?)を。
兄の王子には、妹へ心臓をあずけて半不死になり、彼女を守る楯となる『守り手』としての役目と力を。
そして、彼らの父によって引き起こされたこの災厄がおさまるまで、『星読みの魔女』の力は王女の子や孫へ受け継がれていくと告げ、『調和の女神』は去った。
『守り手』となった王子は、唐突に得た未来を視る力に翻弄され、混乱する妹の王女を守ってまた南へ逃れる。
しかし・・・
「以前、初代の『守り手』には首を斬りおとされても倒れることすらなく、転がった頭のところまで平然と歩いていって拾った、という話をしましたが、その話ができたのがこの時です。
王子の首を斬りおとしたのは、ともに南へ逃れてきた人間たち。
彼らは自分たちが「魔王」と呼ぶものについて理解してはいませんでしたが、その災厄を生み出したのが時の王であった男だということは知られていましたので、彼の子である王子と王女に怒りをぶつけたのです。」
が、半不死である王子は死なず、彼の守る王女に刃はとどかず。
人々は斬りおとされた首を自分の手で拾った王子を「悪魔だ!」と恐れ、魔物や魔獣の襲来を予知して警告する王女を「お前が呼んでいるのではないか?」と疑って忌み嫌い、二人を荒野へ追い払った。
生まれ故郷を失い、不慣れな土地を魔物や魔獣に襲われながら逃げ続けるという混乱の極みにあった人間たちに、『調和の女神』が王子と王女に与えた役目と力について考える余裕などなかったのだろう。
けれど、一部には王家の生き残りである兄妹を慕う人もいて、彼らに助けられながら旅をした二人は後のヴァングレイ帝国となる地に流れ着き、古竜に受け入れられて始まりの竜人の誕生に立ち会い、帝国の建国を影ながら手伝った。
(古竜はかつて『調和の女神』とともに暮らしていたため、女神から役目と力を授かった兄妹のことを好意的に迎えてくれた。)
そしてその後、何千年もの時が過ぎるなかで北の地に魔法王国があったことも、その王が「魔王」という災厄を生み出したことも、王の子が『調和の女神』から役目と力を与えられたことも。
今を生きるだけで精一杯だった人々の記憶のなかから消えてゆき、いつしか忘れ去られた遠い過去となった。
今ではそれを知るのはごく一部の獣人と古竜と。
一連の出来事を子孫に伝え、災厄の王の末裔としてその罪を背負い続ける『星読みの魔女』一族だけ。
「魔王」が生まれた理由と、『星読みの魔女』の始まり。
一族の秘伝だという二つの話を語り終えると、アデレイドはやや血の気の引いた青白い顔で唇を閉じ、あたしの反応を待つ。
・・・いや、そんな真剣な顔で待たれてもさ。
どんなコメントすりゃーいいのか、さっぱりわからん。
ので、ため息まじりに思ったまま言った。
「とりあえず『闇の神』キレすぎってゆーか、暴走しすぎ。
好きな人殺されて怒るのは当然だろうけど、殺した相手が死んだ後、なんで無関係な人たちまで殺しまくって壊しまくって止まらないの?
どこまでやったら気がすむわけ?
神サマのくせに、恋人が死んだら世界も終了、とかいう極端な思考パターン?
他人を巻き込むなと叫んで殴りとばして埋めてやりたいね。
と、いうのはあたしの勝手な考えだから。アデレイド、答えようとして悩まないで。
そもそも『闇の神』以外に答えのわかることじゃないし。
思ったことつぶやいてるだけだから、そのまま聞いといてくれる?
・・・ん、ありがと。じゃ、続き。
『闇の神』については置いといて。『星読みの魔女』の力を「呪いのようだ」って言ったアデレイドのお父さんの言葉、今の聞いてすごい納得した。
何千年も前に起きたことの罪を背負って、それを償うために今も未来を視て「世界が良き道を歩むよう」にしなきゃいかんとか、そりゃー呪いだわ、とあたしも思ったから。
アデレイドはその役目とか祖先の罪を背負うのとか受け入れてるみたいだけど、自分が悪いわけでもないのにものすごい苦労させられるのって、どうなの?」
あ。つぶやきと言いつつ質問になった。
しまった、と思ったけど、アデレイドの考えが聞きたかったので、返答を待つ。
アデレイドはあたしの質問にちょっと驚いた様子だったけど、不思議な微笑を浮かべて答えた。
「わたくしは幸福です。」
はい、予想外の返答をありがとうございます。
・・・で、それはどういう意味でしょーか?
「数えきれないほどの命のなかで、わたくしは『星読みの魔女』の系譜に生まれ、父母に愛され、古のあやまちの記憶を継ぐ立場とその罪を償うための力に恵まれました。
責務は重く、時にはつらいこともあります。
けれど果たすべき役目と、それを成すための力を授けられ、己が何をすべきかを自覚しているのは、とても幸福なことだと思うのです。
それに、わたくしは独りではありません。母が、祖母が、その前の母たちの経験と知恵と願いがわたくしの内にあり、目指すべき未来へと導いてくださいます。
今はバルドーも、『守り手』としてそばにいてくれますし。」
「・・・理不尽だとは、思わないの?」
あまりにも優等生な答えに不満を感じて問えば、かなしみやくるしみを含んだ不思議な微笑みを深め、アデレイドはおだやかな声で言った。
「リオさまはご自身が置かれた状況を、「理不尽だ」と感じていらっしゃるのですね。」
問いかけではないその言葉に、ぐっとつまる。
意識の切り替えは、たぶん、早いほうだと思う。
理不尽なことなんて大小さまざま山ほどあるし、いちいちそれに引っかかってなんていられないから、たいていのことはこだわらず通りすぎる。
けど。
あたしが死んで『空間の神』が目覚めないと世界を渡る術がなくて、天音と一緒に帰れない、というのは。
「・・・すぐには割りきれないこともある、ってのを実感してる。」
思わずぽろっとこぼしたけど、先をうながすように黙ってうなずくアデレイドに、口を閉じて首を横にふった。
落ち込むのはいつでもできるし、その時はひとりでどっかでまるまっとく。
今はそんなことよりも、『星読みの魔女』に確認したいことがある。
てことで、教えて魔女センセー。
意識を切り替え、話題変更。
『星読みの魔女』の秘伝だという話を教えてくれたことに感謝して、他の人にバラしたりしないと約束してから、まずは『闇の神子』についての確認と質問。
「ヴァングレイ帝国の第三皇女、シシィ・リーンが『闇の神子』なんだよね?」
「はい。ヴァングレイ帝国皇帝と元老院、古竜のみが知る内密のことです。
『黒の塔』の総帥が『闇の神子』についてどの程度のことを知っているのかは、わかりません。『闇の神子』ではなく、ただ「闇の純属性の竜人」として、皇女殿下をさらったのかもしれませんし。
皇女殿下ご自身は、お生まれになってすぐ、父親である現皇帝から力と精神を封じられ、今も深い眠りのなかにおいでです。」
「父親から力と精神を封じられた、って、なんで?」
「闇の精霊は誰の呼びかけにも応えないので、皇女殿下が精霊同調症の発作を起こされた場合、抑えることができません。そこで皇帝陛下が発作そのものを起こさないよう力と精神を封じて眠らせ、体の成長を待つことにされたようです。」
しかしこの手段は封印する側の負担が大きすぎるため、皇帝はいつもより頻繁に長い休眠をとらなければならなくなり、現在も回復のために眠りながら皇女の封印を維持している状況らしい。
けれどそれは悪いことばかりではなく、封印を通じて皇帝と皇女は見えない糸で結ばれているようなものなので、皇帝が目を覚ませばほぼ確実に皇女の位置を特定できる、はずなのだが。
今のところ皇帝が目を覚ます気配はなく、ムリに起こすこともできないので、この線から探すのは現状不可能。
「それなら、アデレイドの未来視とか、占いは?」
「申し訳ありません。居場所も未来も、占うたび、視るたびに違う場所や人やものを指すので、皇女殿下がどこにおいでなのか、はっきりとはわからないのです。
今はおそらく、バスクトルヴ連邦のどこかに・・・
ですが、これだけは断言できます。
皇女殿下は、ご無事です。おそらく春までは、確実に。」
今は冬に入りかけの秋だから、まだ時間はありそうだ。
「断言できるってことは、何か理由があるんだよね?」
「はい。理由は守護者の存在です。」
皇女殿下は黒き獣に守られている。
そう言って、アデレイドはしばらく前に『調和の女神』から授かったという、ひとつの予言を教えてくれた。
「黒き獣は御子に触れて己の根源を知り、束縛の鎖を断ち切るだろう。
世界に愛されし御子はいまだ世界を知らず、獣の腕のなかで眠る。」
その予言を、あたしが聞いた情報も入れて解読すると。
オオカミの獣人『兇獣』は、『闇の神子』である第三皇女に触れて自分の内にある“闇”の力に目覚めた。
そして『黒の塔』総帥にかけられた束縛の鎖(たぶん魔法の一種)を断ち切り、皇女を連れて失踪。
その後は一カ所にはとどまらず、あちこちを転々として帝国からも『黒の塔』からも姿を隠し、眠り続ける皇女をなぜかずっと守っている。
ずいぶん細かくわかるんだねー、と感心していると、この世界の行く末と深く関わる『闇の神子』を、『調和の女神』が特別に見守っているためだと思う、という返答。
おかげで彼女の身に起こりそうな未来がいくつも視えるので、アデレイドはどの未来視が現実になるのか判断できないことが多々あり、混乱気味らしい。
「まあ、とりあえず皇女は『兇獣』に守られてて、今のところ安全だってことがわかって良かった。サーレルも心配してたし。
・・・でも、あれ? アデレイド、前にイールに皇女を早く取り戻すようにって、言ってたよね? もしかして『兇獣』のトコって、あんまり安全じゃない?」
「今は大丈夫です。けれどいくつも視える未来のなかに、彼らが二人だけで逃げ続けた場合、とくに最悪の状況になるものがあるのです。それが気がかりで・・・」
えらく深刻な顔で言うので、いちおうその未来視の内容を聞いてみたら。
おそらく春か、初夏の頃。
皇女が何者かに襲われるのに目覚め、自分の身を守ろうと本能的に精霊を呼ぶ歌をうたう。
精霊はそれに応えるはずだが、同時に皇女の覚醒とその身に迫る危険を感じ取った皇帝が眠りから覚め、娘を助けに行く。
現在の皇帝は古竜なみに巨大で強いドラゴンの体に変身できるので(“初源の火”を持ってて成熟した竜人にだけ可能なこと)、皇女を襲ったものたちは逆に巨大なドラゴンに襲われる。
竜人はドラゴンに変身できるようになる、ってのは初めて聞いたけど、そんなことより問題なのは、皇帝がでっかいドラゴンの体でどこに現れるか、という点。
どうも皇女が襲われるのはイグゼクス王国かサーレルオード公国の街中の可能性が高いらしく、そこへ皇帝が出現して娘を守ろうとするのに、相手がどんな立場であれ「人間がケガを負うか、殺される」事態になると。
ヴァングレイ帝国の皇帝がいきなり人間の国を攻撃してきて被害者が出た、ということになり。
この世界ではじめての、「竜人と獣人の国」対「人間の国」の戦争が起きるかもしれない、という。
あー・・・・・・
魔女先生。
そりゃー確かに、最悪だ。
王都は雨が降ってましたので、しばらく静かだった人型精霊と一瞬再会。したら、主人公は速攻で逃走ー(笑)。そして無視できない予言が出てきましたが、次回はアマネちゃんがくる、かなー?




