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第七十話「見つめる鍋は煮えない。」




 「里桜」と穏やかに呼んできた黒ネコに、再会早ッ! と驚きつつ訊いた。


「もしかしてまた、ごはん何日分か食べそこねるコースかな?」


 質問したいことはいっぱいあるけど、野宿してる時にまた何日も寝っぱなしになるのはレグルーザの迷惑になるだろうし、できれば遠慮したいなーと。

 思うあたしに、三日間寝っぱなしになったのは、あたしの意識と『空間の神』のかけらである黒ネコとの間に経路(みち)をつなぎ、それをなじませるために必要だったためで、会って話すだけなら今後それほど時間はかからない、と黒ネコが教えてくれた。


 一晩で戻れるなら、ぜひとも訊きたいことがある。

 まず「サーレル」と呼んでいい? と訊いてお許しをもらい、今日考えていた疑問について説明しようとしたら、「知っている」と返された。


 あたしが見聞きしたことはすべてわかる、と言っていたサーレルは、なんとあたしが考えたこともわかってしまうらしい。

 ぼーっとした考えやあいまいな思いとかはよくわからないらしいけど、「言葉にして組み立てて考えたこと」や「強い思い」というのは全部サーレルに伝わっているそうで。


 説明しなくていい、というのは便利だが、「プライバシー」という言葉について、表情の読めない黒ネコに小一時間ほど語って聞かせたい気分になった。



 考えてることがすべて神サマにつつぬけだと・・・?!

 あたしは常にろくでもないことしか考えてない、という自信があるのに!



 ひとしきりジタバタしてから、「まあ、それで愛想つかされて契約破棄してもらえたら、あたしの魂は自由になるんじゃないか?」とか思って、開き直ろうとしたところへ。

 サーレルから即座に「それはない」と言われ、愛情深い親が幼い子どもを見るような眼差しで。


「我はそなたの魂を愛している。」


 と、さっくりトドメをさしていただき、うめく気力も尽きた。



 ・・・・・・



 ・・・うん。ありがとう!

 あたしも君のことは大好きだよ!

 なんといっても、あたしとお母さんの命の恩神だからね!


 あははー、と笑って「じゃ、そういうことで」と問答無用でその話を強制終了させると、本題の質問へ入った。



 まずは「魔王」のかけらだという、黒い腕輪について。


 前に一度、キレたあたしの“闇”を腕輪が吸収した状況を見ると、あたしの意識が「魔王」の怒りと同調しかけたところを、腕輪に力を吸収されることで強引に断ち切られた感じ。

 なので、どうもあたしの「魔王」化を止める抑制装置的な働きをしてくれているらしい。


 サーレルの判断では、今後も身につけておいた方が良いだろう、とのこと。

 とても気に入っていたので、よかったー、とほっとした。



 次に、竜人の血統について。


 竜人の女性の寿命が短いのは、力の均衡の崩れた世界で純属性の子を得るための代償。

 『闇の神子』が『闇の神』を呼び覚まし、世界に均衡が戻れば、神々が何もせずとも皇女たちは短命の定めから解放される。



 そのやり方はどうなんだ、と、正直まったく納得できなかったけど、それならどうすればいいのか? というのもさっぱりわからない。

 何も答えず「んんー」とうなっているあたしに、サーレルはしばらくしてから別の話をした。



「これはそなたの見聞きしたことからの推測にすぎぬが、今代の『星読みの魔女』は、いささか幼いようだな。いや、人としての年齢ではない。身の内に継いだ能力の使いようが未熟なのだ。」


 アデレイドはあたしを未来視できない、と言ってたけど、レベルの高い『星読みの魔女』なら、『空間の神』を宿しているだけで体も魂も人間なあたしを未来視することは可能らしい(他の人と比べると、ものすごく視にくいだろうけど)。

 だからアデレイドの母親は、イールを連れた「誰か」が王都の歓楽街に現れることを予言できたのだ、と言われて「なるほど」とうなずいた。


 向上心を持って努力すればレベルはだんだん上がっていくらしいので、真面目なアデレイドにわざわざ「お前は未熟だ」と言う必要はない。

 ただ、あたし自身が、アデレイドの『星読みの魔女』としての能力に頼りすぎないように、という忠告だった。

 レベルが低いうちは、未来視したものがどれくらいの確率で現実のものとなるのか、見極めを間違えたりもするらしいので。


 あんまり考えたことなかったけど、サーレルがわざわざ言うのは、あたしが自分で思うより無意識に頼ってるからかな?

 今後は気をつけよう。



 そして最後に一つ、マメ知識な話。


 イグゼクス王国が比較的安全なのは、【目覚めの泉】と【黒神殿の泉】があるからだそうで。

 南大陸のなかで光と闇の力が最もうまく調和して、しかも安定してずっとそこに在るため、周辺の場の力も均衡がとれているので魔物が侵入しにくく、気性の穏やかな魔獣が生まれやすい状態になっているらしい。


 そして、【黒神殿の泉】にあった『空間の神』の力がほとんどあたしの中へ還ってしまった今、力の均衡が崩れてしまっているだろうから、二つの神の泉は遠からず消えてなくなる。

 即座に消えなかったということは、まだある程度安定していると考えていいので、おそらく数年かけてゆっくりと自然消滅するのだろう、と推測される。


 「いずれ泉は消える」と、当たり前のように言われて驚いた。

 イグゼクス王国の神的守護になっている二つの泉が、数年で消滅?

 しかもその原因が【黒神殿の泉】の力の消失、ってことは・・・


「もしかしてあたし、裏側の泉に力を補充したり、逆に回収したりすることで、【目覚めの泉】を存続させるか消失させるか、コントールできたりする?」

「うむ、可能だ。」


 あっさり返ってきた答えに、「ほほぅ」とにんまりうなずいた。

 これはイグゼクス王国に対する何らかのカードになりそうだ。


 神々の泉が消えて魔物の侵入や凶暴な魔獣が増えた場合、真っ先に被害を受けるのは誰か? を考えると「実際には使えないカード」だけど、「何もない」より「あるだけ上等」。


 役立ちそうなマメ知識をありがとう! と感謝してから、【目覚めの泉】が知らない間に消えたりしないよう、【黒神殿の泉】への力の補充はどうやってやればいいのか、やり方を教えてもらった。



 今夜のお話はこれで終了。

 またねー、と手をふってサーレルとわかれた。







〈異世界三十八日目〉







 夜明け前に目が覚めて、もふもふベッドになってくれているジャックに「おはよー」と声をかけ、三つの頭とごろごろじゃれて遊んだ。

 その声と音に気づいたレグルーザに「ちょっと王都まで行ってくるね。すぐ戻るから」と言ってジャックのお腹から起きあがり、近くの川で顔を洗って身支度を整えるとお出かけ。


 夜行性のジャックがあくびしながら“闇”へもぐるのを見送ってから、[呪語(ルーン)]を唱えた。



「〈空間転移(テレポート)〉」



 移動先は【黒神殿の泉】。


 はかなげな水晶の草花にかこまれたちいさな泉は、前に来た時よりどこか存在感が薄い。

 サーレルに言われなければまたここへ来ることもなく、気づくこともなかっただろうけど、とりあえずコレが消えると困るので力を補充。

 さほどかからず泉が存在感を取り戻したのを見て、これくらいでいいかな、とひとり満足して「よし」とうなずいた。



「〈空間転移(テレポート)〉」



 レグルーザのところへ戻り、彼が熾した火を使って朝食の用意。

 それを食べながら何気なく、昨日思ったことを話した。


「レグルーザは街とか宿屋にいる時より、野宿してる時の方が気楽そうだね。」

「そうか? ・・・ふむ。あらためて考えたことはないが、そうかもしれんな。」

「じゃあ、街にいるより、街の外にいる方が多い?」

「ああ。俺の引き受ける依頼の獲物は、街の外にいることが多いからな。」


 話しているうちに、普段のレグルーザの活動範囲はバスクトルヴ連邦とヴァングレイ帝国の東域で、その辺りに師匠が残してくれた家をいくつか所有している、と教えてくれた。

 でも、そのほとんどを友人に貸しているので、自分用に空けてあるのは一軒だけ。

 基本、旅暮らしなので、近くに住んでいる知人に管理を任せっぱなしで、ほとんど使ってないらしいけど。


 その家はレグルーザにとって“帰る場所”じゃないんだなー、と思いつつ「お師匠さんはどんなひとだったの?」と訊いたら、またヒマな時に話してやる、と言われて雑談タイム終わり。

 焚き火の後片づけのやり方を教わった。



 片づけがすむと、あたし達が朝食をとる間、どこかへ行っていたホワイト・ドラゴンを呼び戻して出発(また姿隠しの魔法を使用)。

 ドラゴンで行く空の旅は、寒いことをのぞけば快適で、しかもすごく速い。

 お昼の休憩をとるのに一時地上へ降り、地図をひろげたレグルーザから「もうじきアマネたちに追いつきそうだ」と言われて、「ドラゴンすげー」とあきれまじりに感嘆した。


 が、勇者一行らしき馬車は見つからず、夜になると二度目の野宿となった。


 昨日と同じようにあたしが火の番とジャックのブラッシングをして、レグルーザが周辺の様子を見に行くついでに狩りをしてくる。

 彼が戻るとジャックを夜の散歩に送り出し、夕食をとりながら雑談。


 朝の続き、お師匠さまがどんなひとだったのか話してくれとあたしがせがむと、レグルーザは星空を見あげて低い声でつぶやいた。


「どんなひと、か。・・・俺にもよく、わからないひとだったからな。」

「そんな変わったひとだったの?」


「彼の二つ名は『水月』というのだが、その名の通りのひとでな。水面に映る月のように、確かにそこにあるように見えるのに、どうあがいても捕らえられない、不思議なひとだった。」


「ふーん? でも、レグルーザには、良いお師匠さんだった?」


「ああ。それは断言できる。俺にとってはこれ以上なく、良き師だった。彼は俺の母に泣きつかれて仕方なく引き取っただけで、最初は弟子と認めてさえくれなかったが。

 ・・・今は、中途半端な俺を、よく引き受けてくれたものだと思う。」


 中途半端?

 首をかしげるあたしの目を、レグルーザの青い目がとらえる。

 なんか真剣だな、ということだけ察知した。


「リオ。『紅皇子(クリムゾン)』から、俺が人間の夫婦のもとに生まれた、という話を聞いただろう。」

「・・・うん。勝手に聞いて、ごめんね。」


 思いがけないことを言われ、ちょっとびっくりしてから、慌てて謝った。

 レグルーザは「いや、そうではない」とかたい口調で言ってから、続けた。


「俺は人間として生まれた後、しばらくしてから獣人の力が発現したのだが、その力はどうにも中途半端でな。獣人としての身体能力は他の獣人以上にあるらしいが、完全な獣型になることができない。」


 それゆえに里への出入りを禁じられている。


 と言われて数秒、うまく理解できずに黙りこんだ後。

 あたしはムッとして訊いた。


「なにそれ? レグルーザが完全な獣型になれないってだけで、里は出入り禁止にしたわけ? それってすごい薄情じゃないの?」


 どうしてお前が怒るんだ? というすこし戸惑った様子で、レグルーザが答えた。


「いや、薄情というわけではない。彼らにとって俺はあきらかに異分子だからな。血族のつながりの強い里にはなじめん。」

「だからってわざわざ禁止することないでしょ。やり方なんていくらでもあるはずだよ。その里のひとたちは、それを考えることもしなかったの?」


 レグルーザはふいと視線をそらして言った。


「・・・一度、里へ連れて行かれた時、俺が「ここにいるのは嫌だ」と言ったんだ。それで当時の族長が、皆にわかりやすいよう出入り禁止としておこう、と決めた。」

「里へ連れて行かれた時に、何かあったの?」

「何かあったというより・・・。何もない時がなかった、というか。」


 珍しく歯切れの悪い返答をするレグルーザに、話したくなければいいけど、と引くと、しばらくの沈黙の後、不機嫌そうな声がぼやいた。



「俺を見ると、そこらじゅうのトラの獣人たちが寄ってきてかまう。

 完全な獣の姿になれないのはお前が弱いからだ、と言って勝手に「鍛えてやる」と決めた連中に追いまわされたり、そんなやり方ではだめだと言う連中との議論というかケンカに巻き込まれたり・・・

 俺のようなものは今までいなかったからな。俺もふくめて皆、どうすればいいのかわからなかったんだ。それだけに、なんとかしてやりたい、という熱意はありがたいが。

 だからといって四六時中、何頭もの巨大なトラにかこまれて「ああでもない、こうでもない」と小突きまわされるのを喜べるか?

 ・・・まあとにかく、里では落ち着ける時間がなかったということだ。」



 ・・・うーん?

 嫌われてるんじゃなくて、かまわれ過ぎるのにレグルーザが耐えられなくなった感じ?


「そうして里の出入りを禁じられ、師匠とともに旅をするようになってからも、あの時に俺の素性を知ったトラの獣人と会うと、「すこしは強くなったか」と挨拶のように襲われることがある。」


 なんという迷惑なあいさつ・・・、ん?


「もしかして、王都で会った里のひとにも襲われてかまわれた?」


 無言でうなずいたレグルーザに、あの時はそれで不機嫌になってたのか、と納得した。


「イグゼクス王国で獣人と会うことはめったに無いからな。今まで言わなかったが、これからも旅を続けるなら、いずれそういう事情で突然襲われる可能性がある。

 彼らもお前を巻き込むほど間抜けではないと思うが、とりあえずそれだけ、覚えておいてくれ。」


 うん、とうなずいて、「大変だね、レグルーザ」と言うと、いつもぴんとしている耳がへにょんとおれた。

 なんかかわいそうだけど、やっぱりカワイイなー・・・、じゃなくて。


「ねぇ、レグルーザ。訊いちゃいけないコトならもう二度と言わないんだけど。

 完全な獣型になれないっていうの、自分ではどう思ってるの?」


 レグルーザは淡々と答えた。


「何をしてもどうにもならん以上、考えるのは無意味だ。今は里の連中に襲われた時くらいしか、思い出すこともない。」


 潔いなぁと思いつつ、見当はずれだったらゴメンね、と前置きしてから言った。


「あたしのいた世界に、「見つめる鍋は煮えない」っていう(ことわざ)があるの。

 「まだかな? まだかな?」って気にして何度もふたを取ってのぞいてばかりいると、鍋はぜんぜん煮えない。でも、何もさわらずに放っておくと、そのうち煮える。

 手を出すより、何もせずに時間をおいた方がいいこともあるって意味なんだって。」


「・・・今は無理でも、忘れた頃に可能になるかもしれない、という話か?」


「忘れることは逃避じゃなくて、それが必要なこともあるよって話。」


 「ふむ」と短くうなずいて、レグルーザは口を閉じた。

 なんかエラそうなこと言っちゃったなー、と思ったけど、彼は機嫌を悪くしたようには見えなかったので、あたしもそれ以上は何も言わずぱちぱち燃える火をながめていた。


 ジャックがお散歩から帰ってきたので、あたしが毛布にくるまってもふもふのお腹にうもれると、レグルーザも近くに来たホワイト・ドラゴンのところへ行こうとして、ふと立ち止まり。


「おやすみ、リオ。」

「んー。おやすみー。」


 ジャックの毛並みにうもれてへらりと笑みを返したあたしに、レグルーザもかすかに笑ったように見えた。





 ことわざとか四字熟語とかが好きな作者の趣味がぽろっと・・・(笑)。詳しい方ではありませんが、一言で深い意味を持つそれは言葉の結晶のようで、おもしろいなーと思います。

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