第六十八話「旅立ちはひっそりと。」
白魔女衣装へ着替え終わる頃、コンコン、とノックの音が響くのに「どうぞ」と答えたら、『傭兵ギルド』の職員だという小柄なおばちゃんが部屋へ入ってきた。
普段は事務をやっているという彼女は、医学の知識があるところを支部長に見込まれ、あたしの世話の手伝いをするよう頼まれたそうで。
今日まで服を着替えさせたり体を拭いたり、そのついでに異常はないか確認したり、とにかくいろいろお世話してくれたらしい。
(髪と目の色を変える幻影の魔法は自動維持されていたので、そのへんは問題なし。)
お礼を言って『傭兵ギルド』の備品だという服を返し、三日間も寝込んでいたとは思えないほど元気ね? と不思議そうに首を傾げられてから解放された。
レグルーザは先に支部長の部屋へ行っているというので、場所を聞いて移動。
「呼び立ててすまないね。具合はどうかな? 『銀の魔女』どの。」
部屋へ入ったあたしを見て支部長が言うのに、「その呼び方ヤメテください」とげんなりしたら、『傭兵ギルド』ではもうこの呼び名で定着してしまっているので、今更言っても遅い、とかるく流された。
ソファに座っていたレグルーザの隣へ、ぐったりと沈みこむように腰をおろしながら訊く。
「そもそも誰がつけたの、こんなあだ名?」
「『茨姫』がお前をそう呼んだ。」
あー。
ロザリーがつけたのか。
・・・・・・ん?
ちょっと待て自分。
今、ロザリーが呼んだのならそれでいいか、とか自然に思った気がするんだけど。
ウォードの記憶のせいか?
なんか、地味に厄介な影響だな・・・
雑談はそれで終わり、「今のところ『黒の塔』の動向について、目立った情報はない」と言ってから、支部長が訊いた。
「君たちはこれから、どうするつもりなのかね?」
神話の舞台裏の話が、あたしの今後とどう関わってくるのか。
まだきちんと頭のなかで整理できてないから、とりあえず時間がほしい。
でも、今すべきことも、二つはわかっている。
第一に、天音が【風の谷】へたどりつく前に、会いに行くこと。
第二に、『星読みの魔女』アデレイドに会って、『空間の神』が語らなかった「魔王」誕生についての話を聞くこと。
そこまで考えて、ふと、疑問に思った。
『星読みの魔女』の能力は、『調和の女神』と直結した未来視と千里眼らしい。
そして『空間の神』の推測が正しければ、第三皇女はこの世界にとっての至宝とも言うべき『闇の神子』。
『調和の女神』が気づいていないわけはないだろうから、アデレイドなら第三皇女がどこにいるのか、すぐにわかるんじゃないか?
「ヴァングレイ帝国は、どうして『星読みの魔女』に第三皇女の捜索を頼まないの?」
誰にともなくそう訊ねると、支部長が簡単に教えてくれた。
いわく、『星読みの魔女』は世界のための存在なので、俗世の雑事に巻き込んではならない、という暗黙の了解のようなものがあるらしい。
民間人のなかにはそういったことを知っていても、あきらめられず『星読みの魔女』にすがる人もいるけど、さすがに国の上層部はそんなことできない。
だからヴァングレイ帝国もアデレイドに捜索依頼はしないだろう、というのだ。
例外は唯一。
『星読みの魔女』が「世界を良き未来へ導くために必要である」と判断して、みずから介入した場合だけ。
よし、じゃあ自分から介入してもらおう。
『闇の神子』は世界的重要人物みたいだし。
心のなかで「うん、そうしよう」とうなずき、当面の方針決定。
「三代目勇者に同行している『星読みの魔女』のところへ行きます。」
レグルーザは当然のように一緒に行ってくれるらしいので、部下にお弁当の用意を頼んでくれた支部長と一緒に、三人で移動方法を検討した。
結果。
まずレグルーザがホワイト・ドラゴンを呼び、あたしの魔法で行けるところ(ニールス)まで移動。
その後、ドラゴンで飛んでいくのが最短だろう、ということになった。
野宿してもいいのなら、ニールスからシエナまでは三日ほどで行けるらしい。
でも、目的は天音たちとの合流だから、馬車の移動速度とかを考えて「あたし達が追いつく頃にはどこにいるのか」を予測し、その辺りを目指して飛ぶことになる。
ドラゴンで行く旅や馬車の移動予測など、あたしにはよくわからなかったので。
男二人が地図をひろげて「この辺りだろう」と予測するのにふむふむとうなずき、王都より西方へは行ったことがないというレグルーザが、支部長へ地形などについての質問をするのを横で聞き。
しばらくしてお弁当が届けられたので、話を終えて出発することになった。
「『星読みの魔女』に同行している『鎖』のブラッドレーに、君たちが彼らの元へ向かったと伝えておくよ。」
と言ってひとり見送ってくれた支部長に、「ありがとうございます。いろいろお世話になりました」と感謝して、自分とレグルーザに姿隠しの魔法をかけ、ひっそりと街を離れる。
(姿隠しの魔法は、それを使った魔法使いの目には効かないので、あたしにはレグルーザの姿が見える。
レグルーザは自分の姿は見えるけど、あたしの姿は見えない。
でも彼は気配であたしがどこにいるのかわかるらしいので、問題なし。)
ちなみに、姿を消して街を離れた理由は。
現在「『茨姫』に勝った『神槍』と『銀の魔女』」というので局地的に有名人になっているため、二人そろっているところを他の傭兵や街の人たちに見つかると、問答無用で捕まって宴会の主役にさせられるぞ、と支部長に言われたので。
「今は先を急いでるし、酒の肴にされるのは遠慮したい」という、それだけ。
(レグルーザは何度か誘われたけど、『銀の魔女』の看病をする、という名目ですべて断っていたらしい。
宴会が好きじゃないっていう理由ならいいんだけど、あたしに気をつかって断ってたんだったら、悪いことしたなぁ。)
山道を歩いてローザンドーラからじゅうぶんに離れると、あたしは姿隠しの魔法を解除し、レグルーザが竜笛を吹いた。
休憩がてらのんびり待っていると、しばらくして空から白くかがやく星のような生き物が降ってきて、強い風を巻き起こしながらいくらか離れた場所へ着地する。
きらめく真珠色の鱗におおわれた巨躯と、その身を風に乗せるおおきな翼。
久しぶりに会ったホワイト・ドラゴンは、内心「こないだ伏せって言ったの、怒ってるかな?」とか思ってドキドキしているあたしを見ると。
くくぅ、るるぅー、と相変わらず顔に似合わない可愛らしい声で鳴いた。
よかった、怒ってないみたい。
君たちは主従そろって優しいなー。
と、ほっとするには早かった。
ホワイト・ドラゴンは浮かれたあたしが近づこうとすると、なぜだかふわりと浮きあがって、ちょっと遠くへ離れてしまうのだ。
あたし近づく、ドラゴン逃げる、というのを数回繰り返し。
「・・・え? あたし、避けられてる?」
気づいた瞬間、がーん、とショックを受けてレグルーザに「なんで?」と質問。
彼はしばらく考えこんでから、「ジャックの気配のせいじゃないか?」と答えた。
ああ。
そういえば、ジャックがあたしの使い魔になったのは彼らと別れた後だから、ホワイト・ドラゴンはジャックを見たことがない。
ジャックは“闇”のなかにいるのによく気づいたな、と驚いたけど、まあ、初対面であたしに突撃かましてくれたドラゴンだし。
本当にそのせいかどうかは不明だけど、とりあえず顔合わせしてもらうか。
“闇”のなかでうつらうつらと寝ていたジャックを起こし、ごめんねーと謝って地上へ出てきてもらい、ホワイト・ドラゴンと「初めまして」のごあいさつ。
漆黒の毛並みに真紅の眼のケルベロス(今日は小さくなってないからゾウくらいのサイズ)が、自分よりも三倍近く大きい真珠色のホワイト・ドラゴンと対面する。
味方だからねー、あいさつするだけよー。
内心ハラハラしながら見守っていると、ぬぼーと寝ぼけた感じのケルベロスの真ん中の子がすうっと首を伸ばし、微妙に固まっているドラゴンの鼻先を、ちょんとなめた。
ホワイト・ドラゴンはそこで完全に硬直。
ケルベロスは二、三度ぺろぺろとドラゴンの鼻先をなめてから、どこか満足げにふんと息をつき、のっそりと歩いてきてあたしの足下の影から“闇”へ戻った。
数秒後、静かな森のなかでドラゴンが「ぶしゅん!」とくしゃみする。
「レグルーザ、今のであいさつ終了かな?」
「そのようだが、多少、動揺しているようだ。すこし様子を見た方がいい。」
はーい、と答えて、巨大な体をぶるりとふるわせるドラゴンを見ながら訊ねた。
「そういえば、この子の名前って聞いてなかったよね?」
「名前はつけない。」
ふーん?
「つけていない」とか、「考えたことがない」とかじゃなく。
「つけない」という断定。
「理由を聞いてもいい?」と訊ねると、彼はてきとうに誤魔化したりはせず、「説明するのはむずかしい」と言ってから、ぽつぽつと話してくれた。
「他の者にわかりやすいよう、騎獣と呼びはするが、彼は俺のものではない。
番を見つけるか、彼がそれを望む時が来たら、俺たちはそこで別れる。
そもそも寿命は俺の方が短いからな。何もなければ俺が先に死んで、彼はその後も永く生きる。
そんな相手へ一方的に名を押しつけるのは・・・、気に入らない。」
それに、今まではレグルーザとホワイト・ドラゴンだけで旅をしていたので、名前をつける必要もなかったようだ。
ホワイト・ドラゴンはレグルーザになついてるし、なんか割り切っているようでいて、ちょっと微笑ましい関係。
主従っていうより、相棒とか、兄弟みたいな?
「名前がいらないくらい、仲が良いんだね。」
にへーと笑って言うと、「そろそろ行くぞ」とレグルーザが休憩をきりあげた。
ほーい。出発ね。
空は寒いので冬用の上着をはおり、レグルーザはゴーグルを装着。
今度はあたしが近づいても逃げなかったので、ドラゴンの首の付け根に置かれた鞍の上へ無事に乗れた。
そうして「さて、移動しようか」という時になって、ふと。
髪や目の色を変える幻影の魔法を維持したまま移動できるなら、姿隠しの魔法も維持できるんじゃないか、と思いつき。
レグルーザに話してから、ドラゴンごと姿隠しの魔法でおおって、透明にしてみた。
その後、ようやく移動のための呪文を唱える。
「〈空間転移〉」
移動先は王都の西の街、ニールスのちょっと手前の街道。
数日前に馬車で通ったところで、間違いなし。
しかも嬉しいことに実験は成功で、姿隠しの魔法は転移後も問題なく機能していた。
これは便利だから覚えておこう、と満足するあたしの後ろで、レグルーザは初めての空間転移に驚いたドラゴンをなだめている。
幸いドラゴンはすぐ落ち着いたので、レグルーザは周囲を見て現在地を確認。
この辺りはドラゴンの生息地じゃないので、可能なら目立たないよう姿隠しの魔法を維持しておいてくれ、と言われ、あたしは「了解」とうなずいた。
「では、行くか。」
レグルーザの合図で、ドラゴンが飛びたつ。
久しぶりの空の旅。
吹く風は冷たいけど気分は爽快。
果てしなくひろがる秋色の大地、その遙か上空を飛ぶホワイト・ドラゴンの背で目を細め、しばらく風景をながめてから、まぶたを閉じる。
お腹が満たされたからか、混乱していた頭のなかがだいぶ静まり、空の旅は考えごとをするのに向いてるな、と思える程度には落ち着いた。
レグルーザに話すかどうか迷う前に、まずは新しく入手した情報を整理してみよう。
風の音を聞きながら、あたしは『空間の神』が語った言葉について考えはじめた。
寝ぼけてるジャックと警戒気味のドラゴン、初めましてのごあいさつ。この二頭がケンカしたら大騒ぎになりそーだなと思いつつ(笑)。次回は考えごとから。簡単に終わらせて異世界の旅を! と目指す頭のなかを、「予定は未定」という言葉が通りすぎていきましたー。