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第六十七話「現実逃避と迷い。」




 〈異世界三十七日目〉







 目を覚ますと見覚えのない部屋のベッドで寝ていて、レグルーザとフリッツが隣のベッドで地図をひろげて何やら話をしていた。

 まぶたは開けたものの、動く気になれなくてぼけーとしていると、それに気づいたレグルーザが「リオ。起きたのか?」と様子を見に来た。

 「んー」と答えながらベッドのなかでぐずぐずしていると、なめし革のような感触の肉球が額に押し当てられる。


「体温は異常ないようだな。・・・何をしている?」


 訊かれ、毛布から両手を出してレグルーザの腕をつかみ、離れていこうとしたそれに自分の額をくっつけたあたしは答えた。


「にくきゅーすたんぷ~」


 ぎぶみー癒し(涙目)。


 予想外のところから想定外の情報を提供された今、あたしにできるのは現実逃避だけである。

 ラルアークより硬質だけど、健康的なツヤのある美しい毛並みにおおわれたレグルーザの腕にすがり、その肉球にぐりぐりと額を押しつけて癒しを求めた。


 ・・・うう。

 思ったより肉球カタいよ。もちょっとぷにぷにしてると嬉しいのに。

 まぁいいや。肉球より毛並み。もふもふを堪能させてください。


 たくましい腕をぐいぐい引っぱって抱き込み、銀色に黒の縞模様のはいった毛並みにすりすりと頬ずりするあたしを無言で見おろしていたレグルーザは、空いている方の手を伸ばしてコッソリ部屋を出ていこうとしたフリッツを捕まえた。


「黙ってどこへ行くつもりだ。」


「いえいえ、大丈夫です。リオさまは確かに殿下のお妃候補でいらっしゃいますが、ワタクシは女性の意志を尊重いたしますので。お邪魔はしませんよ?」


「この状況を見てなぜそんな話になる。あきらかに様子がおかしいだろう。医者を呼んでくれ。」


 医者はいらんです。

 くれるんならごはんが欲しい、と思ったらお腹すいて切なくなってきた。


「おなかすいた・・・。ごはん~・・・」


 レグルーザの腕にぴったりひっついたまま涙声でつぶやくと、「わかった! すぐ用意するから泣くな」とちょっと焦った感じで言われた(レグルーザは泣かれるのに弱いねー)。

 彼の注意が外れた瞬間にその手からするりと逃げたフリッツが、イイ笑顔を浮かべて「ではワタクシが用意して参りましょう」と言い、さっさと部屋を出ていく。


 ぱたん、とドアの閉まる音が響く、ベッドと最小限の家具が置かれただけの殺風景な部屋。


 「もふもふ~」と毛並みに頬ずりするあたしを片腕にぶらさげたレグルーザは、疲れた様子でため息をついてから訊いた。


「リオ。腹が空いている以外に、体の具合はどうなんだ?」


 どう、って? ちょっと体だるいけど、べつになんともないよー?


「本当に大丈夫なのか? お前は三日間眠り続けていたんだぞ。今日で四日目に入るところだった。」


 しかも寝ている間、一時体温が異常に低下することがあったそうで、ジャックを呼んで添い寝させたらしい。

 そのおかげか体温は半日ほどで戻ったそうなので、あたしはテレパシーで「ありがとうね、ジャック」とお礼を伝えた(“闇”の中からぱたぱたしっぽ振って応えてくれた)。

 後で三日分のブラッシングをしたら、久しぶりに遊びに行こうね。


 それにしても。

 “闇”の奥でちょっと話してただけなのに、現実では三日間寝っぱなし?

 ん? と、いうことは。


「十回以上ごはん食べそこねた?」

「・・・気にするのはそこなのか。」


「いや、それよりも天音と三日間音信不通! これはあたしがまた叱られるフラグ?」

「ふらぐ? それは知らんが。彼女には『星読みの魔女』に同行しているブラッドレーを通じて状況を報せてある。」


「おおぉー! ありがとうレグルーザ! 感謝の証に(あが)めようか?」

「なんの嫌がらせだ。」


 嫌がらせのつもりはなかったんだけど、崇められるのはイヤみたいなので、笑顔でもう一度「ありがとう」と感謝しておいた。

 (おとーさんなら「良いとも! 遠慮なく崇めるがいい!」とか言って、笑ってくれるんだけど。)


 レグルーザは「本当に大丈夫そうだな」とうなずき、「いいかげん手を放せ」と言ったけど、あたしが「もーちょっとだけー」とかぐずぐずするのにしょーがなく付き合ってくれた。

 もふもふの毛並み以上に、君の優しさに癒されます・・・


 しばらくしてフリッツが食事を持ってきてくれたので、あたしがベッドの上でそれを食べる間、ようやく腕を解放されたレグルーザは地図を片づけた隣のベッドに座り、ここ三日間の出来事を話してくれた。

 フリッツは、支部長にあたしが起きたのを知らせてくる、と言ってまた部屋を出ていった。



 まず、あたしが眠り込んだすぐ後のこと。

 突然『探究者(シーカー)』が現れ、イールとの取引で三つの情報を提供。

 引き換えに得た時間で『茨姫』を殺し、彼女の首と[地の宝冠(アース・クラウン)]を持って消えた(イールが手傷を負わせたかもしれないけど、程度は不明)。

 イールはヴァングレイ帝国へ帰り、レグルーザとフリッツはローザンドーラの『傭兵ギルド』から来た迎えと一緒に街へ戻って、一部始終を支部長に報告。


 ヴァングレイ帝国の第七皇子や諜報機関の獣人がイグゼクス王国で『黒の塔』と戦った、と知られるのはよろしくないので、表向き、「『茨姫』と戦ったのは『神槍』と『銀の魔女』の二人」ということにされた。


 そして報告後、レグルーザは支部長の口添えで『傭兵ギルド』の通信網を使わせてもらい、『星読みの魔女』に同行しているブラッドレーと連絡を取って、情報交換。

 天音は街道沿いにある小さな村や街を経由しながら、まだ西の街シエナへ向かっている途中らしい。


 到着まであと十日くらいかかるそうなので、天音が【風の谷】にたどり着くまでにはまだ時間がある(思ってたよりかなり遠いなー)。

 『空間の神』が「聖域はまた魔物に侵されているのやもしれん」と言っていたので、あたしとしては天音を【風の谷】へ行かせたくない。

 それでもどうしても「行く!」と言い張ったら、しょーがないからあたしが先に行って、魔物がいないかどうかチェックすることになるだろう。

 (たぶん聖域に入れてもらうくらいは、「異世界の人間」プラス「『空間の神』の契約者」特典で、イケるかなー? という希望的予測。)


 今のところ天音は【風の谷】へ行く気で向かってるんだろうから、とにかく早く連絡を取るか、会いに行くかしなければ。


 ちなみに現在地はローザンドーラの『傭兵ギルド』の二階にある、宿泊施設。


 あたしが眠り込んでいた三日の間、レグルーザはフリッツと一緒にここに泊まって、様子を見ていてくれたのだそうで。

 ありがとーございました、と深く頭をさげてお礼を言い。

 そのまま頭があがらなくなって、あたしはベッドの上にぱったりと突っ伏した。



 まず第一に。

 『茨姫』が殺されたことにロザリーの父、ウォードの記憶に影響された心の一部が強い怒りを感じ、『探究者』に復讐することを求めている。


 そして。

 『銀の魔女』というのがあたしのあだ名だというのは、ものすごく! 知りたくなかった。

 (異世界でこんな黒歴史を背負わされるハメになるとは・・・!)



 『空間の神』から聞いた話がまだちゃんと理解できていないうちに新たな混乱のタネを与えられ、いろんな感情がわき起こるあたしの頭のなかはもう、ごちゃごちゃだ。

 ・・・・・・消化に悪いよなー(かるく現実逃避)。


 そうしてベッドの上でうつ伏せになっているところへフリッツが戻ってきて、「どうなさったのですか?」と驚かれた。

 はー、とため息をついて起きあがり、彼にも三日間も面倒をかけてすいませんでした、というのと、ありがとうございました、という感謝の気持ちを伝える。


 フリッツは気にしないでください、とさらりと流し、何か言いたげに沈黙した後、支部長から「動けるようになったら会いに来てほしい」という伝言を預かってきたと告げ。

 「では、ワタクシはこれにて失礼いたします」と、一礼した。

 あたしの様子を見ているようイールに指示されて付き添ってたけど、彼には彼で、これからやるべき仕事があるのだ。


 いや。それはいいんですが。

 さっきの沈黙は何だったの? ちょっと気になる。

 引きとめて訊こうとしてみたけど、彼はのほほんとした笑顔で「またお会いしましょう。どうぞお元気で」と言って、部屋を出ていってしまった。


 何だったんだろう?

 わけがわからず首をかしげていると、レグルーザが教えてくれた。



「お前が眠ったのは、自分の魔法のせいではない。何か、強大な力が自分の魔法を利用して、お前を魂の奥底へ呼んだようだ。

 眠り込んだお前を調べて、フリッツがそう言っていた。

 その後、お前を呼んだ力の正体について推測しかけて、これ以上は踏み込むな、と『紅皇子』に命じられた。

 たぶん今も、それを訊きかけて自制したのだろう。」



 なるほど、とうなずくのに、「それで?」と訊かれる。


「お前は何に呼ばれたんだ?」

「んんー・・・。まだ頭のなかが整理できてなくて、うまく説明できない。とりあえず、あたしを呼んだのはサーレルオード。初代勇者の連れてた黒ネコの姿だった。」


「初代勇者のネコ? どうしてそんなものが、お前を?」

「それがうまく説明できないんだよねー。」


 今言えることだけを答えながら、内心、迷っていた。


 異世界の神々について知っているのは、この世界ではごく少数だという。

 そんなところへレグルーザを引っ張りこんでいいものだろうか?



 考えはじめてすぐ、頭は「話さず早々に別れろ」と言った。

 神レベルの問題に引っ張りこまれて、レグルーザに利益(メリット)はあるか?

 その答えはたぶん、「無い」。

 もしあったとしても、ささいなメリットよりこの問題に巻き込まれた場合に(こうむ)損失(デメリット)の方が大きい気がする。

 厄介事に巻き込むだけだと理解しながら話すのも、その予測をしている上で話さずに巻き込むのも「有罪(ギルティ)!」だろう。



 だけど心はずっと、「話そうよ」とささやいている。

 もうじゅうぶん巻き込んでるし、何も説明せずにいきなり「ここで別れよう」と言うのは、彼に対してあまりにも失礼だ。

 そもそもレグルーザが、突然そんなことを言われて納得するか?

 きっと納得なんてしないだろうし、生半可な作り話ではあっさりウソだと見抜かれて、叱られるだけのような気がする。


 それに、あたしは彼が心の強いひとだと知ってる。

 突拍子もないことでも、こちらが真面目に話しているとわかればちゃんと聞いてくれるし、聞いた話をうのみにせず、自分なりに考えて判断するひとだと知ってる。

 むやみに騒ぎ立てたりするようなことも、たぶんしない。

 ならばせめて話だけでもして、後は彼の選択に任せてみてはどうだろう?


 ・・・とか考えながら、彼の優しさに甘えて、話を聞いた彼が自分から巻き込まれてくれることを願っている。



 自分の力不足にうめく以外の自己嫌悪、というのはめったにしないけど、今ばかりはほんとに自分で自分がイヤになった。

 頭で考えたことの方が正しいだろうとわかるのに、心がささやくのを無視できなくて、結局どちらにも動けないのだ。



 むむぅ、と顔をしかめて黙り込んでいると、レグルーザが先に結論を出した。


「では時間を置こう。頭の中の整理がついたら話してくれ。

 それまでは・・・、そうだな。まずは支部長のところへ顔を出すか。その程度は動けるな?」


「うん。お腹いっぱいになったから、もうだいじょーぶ。」


 なんだかレグルーザに甘えっぱなしだけど、ここは素直に頼らせてもらおう。

 ちょっと時間を置いたら、心が落ち着いて、頭で考えたことをやれるかもしれないし。


 「よし」とうなずいたレグルーザは、空になった食器を持って部屋を出ていった。

 あたしは「ふー」とひとつ深く息をついてから身支度を整え、今更気づいた「コレあたしのじゃないぞ?」な薄手の服を脱いで、白魔女の衣装に着替えた。





 そこそこお役にたつおじさんが退場。ごくろうさまでしたー。そして目を覚ましたリオちゃん。まだちょっとふらふらしてますが、レグルーザのおかげでちょっと癒されたので(笑)、ぼちぼち動き出しますー。

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