第六十六話「驚愕の事実。」
「んん? テメェの方がコイツより強そうだな。
・・・あー、わかった! あれだ、ラスボス!
ちゃんと前座が倒されてから出てこいよ! タイミング悪りぃだろ!」
光の武具を装備した青年が文句を言うのにかまわず、『空間の神』は彼と近くにいた魔物を自身の領域である“闇”のなかに捕らえた。
青年の仲間たちは覚醒した『空間の神』の神気にあてられ、“闇”の外で放心していたので、とりあえず周辺の瘴気を散らして安全を確保した上で放置。
“闇”の中では不敵な笑みを浮かべて「最終魔王戦でいきなり一人とか、鬼畜だなオイ!」と言いながら[天空の剣]をかまえた青年が、まずは自分と一緒に捕らえられた魔物へ挑む。
『空間の神』は勇者の装備をまとった青年が魔物を倒すのを密かに手伝いながら(魔物の動き封じたりとかして)、『調和の女神』と『光の女神』を呼んだ。
『調和の女神』はすぐそばに『星読みの魔女』がいたし(二代目勇者の仲間だった)、『光の女神』は光の武具があったので、それらを通じてふたりの女神はすぐ“闇”のなかに現れた。
魔物と戦う青年に聞こえないところで、『空間の神』は女神たちから事情を聞く。
まずは『空間の神』が眠りについた後のこと。
初代勇者は大陸の南に国を作り、人々に安寧をもたらして静かに没した。
それからしばらくは(このしばらくって数千年のコトらしい)平和だったのだが、最近『光の女神』がすこし疲れてきて、そのスキをついた魔物が大陸結界の支柱、大精霊たちのいる四方の聖域に侵入。
長年の攻防の末に四柱の大精霊が魔物に捕らわれたことで大陸結界が弱まり、大型の魔物まで侵入するようになったため、『光の女神』は誰か助けてはくれないかと夢現に思うようになった。
その時、タイミングよく(?)行われたのが二代目勇者召喚の儀式。
イグゼクス王国はそれまでにも何回か勇者召喚をしようとしていたらしいけど、『光の女神』が「もう他の世界のものを召喚しなくてよいのですよ」と【目覚めの泉】に置いた力で【黒神殿の泉】の力への干渉を遮断していたので、発動しなかった。
が、この時はもう、だいぶ弱っていたので、人間たちが勇者召喚の儀式をするのに「誰か助けに来てくれるのかしら」とぼんやり思い、うっかり遮断しそびれた。
そうして召喚されたのが、現在“闇”の中で魔物と戦っている青年、二代目勇者のテンマ・サイトウ。
『光の女神』は彼が【目覚めの泉】に入った時もぼんやりしていて、初代勇者が来た時の夢を見てるんだなー、みたいな気分でその魂に眠る力の解放を助け、加護を授けた。
一方、『調和の女神』はヴァングレイ帝国に保護された彼の元へ『星読みの魔女』を送り込み、彼が大精霊を魔物から解放する方向へ動くよう導かせた。
(この世界の神々には情があるから、『調和の女神』は寝ぼけた『光の女神』のせいでうっかり召喚されちゃった青年を気の毒に思ったらしいけど、彼を元の世界へ帰せるのは北の大陸で眠る『空間の神』だけ。
なので、利用するようで悪いけど、まずは南の大陸を安定させてから、この世界の生き物と協力して北へ渡ってもらおう、と考えたらしい。
『調和の女神』が『空間の神』を起こして南へ連れて来ればいーのでは?
と思ったけど、器を壊されて久しい『調和の女神』は、もう『星読みの魔女』を通じてしか干渉できないくらい力が弱まっていて、それはできなかったのだ。)
そうして二代目勇者はアデレイドが語った通り旅立ち、竜人と獣人を連れて大陸をめぐり、大精霊を魔物から解放してそれぞれと契約、光の武具をそろえてから北の大陸へ渡る空船を造り、その過程で現在のバスクトルヴ連邦の基盤ができた。
『光の女神』は四大精霊の聖域から魔物が排除された時点でようやくはっきり目覚め、なんということをしてしまったのかと反省したけど、やっちゃったものはしょーがない。
なので、以降は光の武具を通じてせっせと二代目勇者を助け、北の大陸へ渡るのにもひそかに力添えをして、眠る『空間の神』のそばにどっかりと鎮座する巨大な魔物を倒そうとする二代目勇者を応援し。
そこで「ん? なんかうるさいな」と、『空間の神』が目を覚ました。
事情を理解した『空間の神』は、まず大陸結界の維持でかなり消耗している『光の女神』と、存在が消滅しかけている『調和の女神』に力を分け与えた。
そして二代目勇者の青年が「魔王」と呼んでいた魔物を倒すのを待って“闇”の領域を消し、黒ネコの姿で勇者一行の前へ姿を現した。
北の魔大陸の果てで突然あらわれた“闇”属性、ということで二代目勇者からは当たり前のように敵視されて警戒されたけど、『光の女神』と『調和の女神』がこれは敵ではない、と告げたので戦いにはならず。
『空間の神』は二代目勇者に訊ねた。
「我が名はサーレルオード。汝、世界を渡ることを望むか?」
・・・・・・んん?
首を傾げて「ちょっと待った」と手をあげた。
センセー、質問。
「なんで『空間の神』じゃなく、サーレルオードって名乗るの?」
「この世界のものたちは、異世界の神について知らぬゆえ。」
何それ? どういう意味?
と、ますます首を傾げたあたしに、『空間の神』は簡単に説明してくれた。
「魔王」が『闇の神』と異世界の神である『時の神』の融合体だと知っているのは、神々をのぞけば古竜と『星読みの魔女』、ごく少数の獣人と竜人だけ。
他のものたちは「魔王」を「悪魔の王」とか「魔物の王」だと思っていて、初代勇者のネコが『空間の神』のかけらだったことも知らない。
神々はなぜ教えなかったのか?
答えは簡単。
教えても絶望をもたらすだけだから。
「お前たちを滅ぼそうとしているのは、神々でさえもてあます、ふたりの神の融合体だ」ともし教えたら、この世界の生き物は逃げきれない閉塞感と恐怖に絶望して、みずからの首をしめかねない(とくに人間たち)。
まあ、そこまでいかずとも、深い苦しみと悲しみを与えるのは確実だ。
ふたりの女神にとって「愛しい子どもたち」である世界の生き物に、そんな苦痛を与えることはできない。
そこで『空間の神』も配慮して、初代勇者以外のものにはみずからの立場をあかすことはしなかったので、二代目勇者一行にも「サーレルオード」と名乗った、とのこと。
ふーん。
まあ、対処できない問題を、対処できない人たちにわざわざバラして混乱引き起こしたって、何のメリットも無いわなー。
なんか上から目線でちょびっとムカついたけど、神サマだし?
いちおう、考え方としては納得したので、話の続きを聞いた。
二代目勇者は『空間の神』の問いに、「帰りたい」と答えた。
これまで苦楽をともにし、生死をかけて戦ってきた仲間たちは別れをおしんだけど、二代目勇者のこの言葉を聞いて引き留めることができなくなったという。
それは。
「俺の女が故郷にいるんだ。俺が帰らないと、あいつ、一人で泣くからな。」
という、「なんだお前ノロケかよ!」みたいなセリフ。
それでまあ、「家族もいるし、俺は帰るよ」と言う二代目勇者に、迷いはなく。
お互い「元気でな」と笑顔をかわして、二代目勇者は仲間たちと別れた。
『空間の神』は二代目勇者を連れて、世界を渡る。
が、残念ながらすぐには彼の元の世界が見つからず、いくつもの世界を見てまわって、十数回目でようやく「ここだ!」とたどりついた。
幸運なことに、あたし達の世界はこっちよりだいぶ時間の流れが遅いらしく、召喚された日から一年くらい過ぎた時間に帰還。
二代目勇者の体は過ごした時間の分だけ(十年かそれ以上?)成長していたので、『空間の神』は彼を若返らせ、ついでに【目覚めの泉】で覚醒させられた魂の力を眠らせた。
強大すぎる力は、役割のないところでは厄介事のタネにしかならないし、その力を眠らせないと彼の髪と目の色を黒に戻せなかったから。
『空間の神』は死者復活とかはできないけど、すでにそこにある物の改変ならできるみたいで、二代目勇者の役目を完遂したテンマくんは報酬として念動力と発火能力と瞬間移動のできる力を入手。
(あたし達の世界では理が違うので魔法は動作しないから、彼がこっちの世界で魔法を修得するためにした努力に相当する程度の特殊能力を授けたらしい。)
万能じゃないけどそこそこ使える力をもらって、テンマくんは「おう、ありがとな」と『空間の神』と別れた。
しかし、『空間の神』はすぐには帰らなかった。
しばらく一緒にいる間に、テンマくんの言う「俺の女」がまだ恋人ではなくただの幼馴染みで、召喚される直前にものすごい大ゲンカをしたと聞いたので、彼が無事に幼馴染みの彼女を口説き落とせるかどうか、心配だったのだ。
彼は「好きな物も嫌いな物も、一から十まで知ってる幼馴染みサマだぜ? 本気になりゃー絶対オトせる、つーかオトす!」と豪語したらしいけど。
『空間の神』は初代勇者とともに旅するなかで、人間の心のあつかいはなかなか難しいと知っていたので、「そう上手くゆくものだろうか?」と案じた。
おおー。幼馴染みちゃんが真ヒロインの帰還エンドだったのねー。
心配しなくても、そのパターンならばっちり口説き落とせるだろーに。
と、あたしは思ったが。
テンマくんの幼馴染みちゃんはとても気の強い女の子で、一年も行方不明になっていた彼を、実の両親が「よく帰ってきた」とぼろぼろ泣く横で「あんた一年もどこで何してたのよ!」と強烈に叱りとばし。
最悪のタイミングで「お前が好きだ」と言ったテンマくんは、「死ぬほど心配させといて、いきなり何言い出すのよこのバカー!」とキレられて殴られた。
うわー。そこで典型的なラブコメ展開がきちゃうの?
『空間の神』は幼馴染みのリョーコちゃんにぶちのめされたテンマくんが、すぐには彼女を落とせそうになかったので、黒ネコの姿でしばらく彼の家に居候することにした。
そして、「異世界トリップ少年成長物語の主人公」から「現代ラブコメ(わりと成人向け)の主人公」に転職した彼を、影ながら応援。
(アフターケアってやつだねー。)
しばらく少年少女(少年の方は中身の精神年齢がだいぶ上なので、少女には何度も貞操の危機が)のドタバタを見守り、いろいろあって幼馴染みから恋人へ昇格して落ち着いたところで、「良かったな。では、我は彼方の世界へ戻る」と言ってテンマくんと別れた。
そこで偶然、母親とともに死にかけているあたしを見つける。
「おかあさんをたすけて!」と胎内で泣きじゃくるあたしの魂は、幾多の世界を渡ってきた『空間の神』でも初めて見るくらい、『空間の神』との相性がものすごく良い魂だったそうで。
そのまま死んじゃったら二度とめぐり会えない! ので、何とかして自分のもとに来てほしいと契約を申し出た。
その契約にあたしが賛成して、現在に至る、と。
はー・・・・・・
なんか話聞きすぎて、お腹いっぱい。
とりあえずテンマくん、リョーコちゃんと恋人になれて良かったねー。
て感じで、最後、なんかラブなコメで終わった神話の舞台裏の話。
今すぐ全部理解するのはムリだけど、とりあえず三つだけ質問がある。
「そもそも『闇の神』は、何をそんなに怒ってるの?」
「それを語るのは『星読みの魔女』の役目。そなたはすでに面識があろう。彼女に役目を果たす機会を与えてやるが良い。」
はいはい。アデレイドに聞けばいーのね。
んじゃ次、二つ目。
「今回の勇者召喚も『光の女神』が寝ぼけたせい?」
この質問の答えはあいまいだった。
現在進行形で『空間の神』は眠っているので、あたしの外には出られず、当然、情報収集もできないからわからないのだ。
けれど、あたしが見聞きしたことは全部わかるそうで、そこから推測すると。
たぶん『光の女神』が『空間の神』を呼ぶために、イグゼクス王国の行った勇者召喚の儀式を利用したのだろう、とのこと。
基本的に勇者召喚は『光の女神』と相性の良い魂を呼び寄せるものなので、あたしの近くにいて『光の女神』と相性の良い天音を引き込み、ついでみたいに『空間の神』を宿したあたしを引きずりこんだ、と。
「・・・・・・は?
もしかして、今回巻き込まれたのって、天音の方なの?」
「おそらく。」
黒ネコの姿の『空間の神』にあっさりうなずかれ。
驚愕の事実に、あたしは「ムンクの叫び」状態になった。
みぎゃぁー!!
どーしよう! ていうか今更どーしようもないんだけれども!
また巻き込まれたぜちくしょーとかちょっと思ってゴメン天音!
ホントにごめんなさいぃー!
半泣きで「のぉー!」とか意味不明に叫びながらゴロゴロ転げ回っているあたしに、『空間の神』はぶらりとしっぽを揺らして言った。
「大陸を守護する結界が弱まっているという話から考えるに、二代目が召喚された時と同じく、大精霊の在る聖域が魔物に侵されているのやもしれん。
だが『光の女神』が我らを呼んだのは、おそらく精霊の樹が熟し、果実が成ったため。
今代の『星読みの魔女』へ「最後の『星読みの魔女』になる」という予言が与えられたのは、『調和の女神』が『星読みの魔女』を解放すると決めた、という意味だろう。
『調和の女神』が我の未来を視ることはできぬ。つまり、解放の理由は我の帰還ではない。
ゆえにおそらく「魔王」から『闇の神』を呼び戻す、『闇の神子』の誕生を予知してのことと思う。
里桜、果実を見つけてくれ。
壊れつつあるこの世界に、二つ目の果実が成る可能性はゼロに等しい。
此度成った果実が冥府へ落ちる前に見つけねば、我が半身、『時の神』は永遠に救われず、この世界もやがて滅びよう。」
まじめに語る『空間の神』の言葉を、絶賛錯乱中のあたしは完璧にスルーしたので、しばらくして落ち着いた後でもう一回言ってもらった。
あーそうですか、とうなずいておいた。
巻き込まれ人生のあたしが、まさか主人公体質の天音を世界またいだ厄介事に引きずり込んでたなんて。
考えたこともなかったから、もうそれだけで頭がぐるぐる。
うう・・・
誰もいないところで丸まって泣きたい。
天音に何て言ったらいいんだ・・・?
ジタバタして疲れたあたしは三つ目の質問を忘れてしまったので、『空間の神』とは「会いたい」と望んで眠れば会える、ということだけ聞いて、“闇”の奥底から解放してもらった。
ひとまず解放されましたー。そんなわけでテンマくん、ほぼ完全に主人公姉妹と同時代の人です。二代目勇者をやってから、異世界の神サマな黒ネコに励まされて幼馴染みのリョーコちゃんをせっせと口説きました。人外の仲間を連れて異世界をめぐるより、別の意味で大変だったと思います(笑)。