第六十五話「神話の舞台裏。」
どこまでも穏やかに深い“闇”の奥底で、腕のなかにちいさな体を抱いていた。
それは極上の毛並みを持つ、美しい黒ネコの姿をまとった“闇”の主。
絹糸のようにさらさらで、綿あめのようにふわふわした最高の毛並みを撫でれば心癒され。
腕の中にしっくりとなじむ、春の陽だまりのように優しいぬくもりに触れれば、心満たされる。
そうしてあたたかな心地になりながら、あたしは“闇”の主に訊いた。
契約って、なに?
それは十七年とすこし前の出来事。
ひとつの魂が、生まれる前に母親もろとも死にかけていた。
そこへ、異世界から来た“闇”の主が現れ。
瀕死状態の母親の胎に宿った子の魂に、訊ねた。
「我と契約を交わすか?」
“闇”の主は、死にかけている母子を救う。
その魂は、人としての一生を終えた後、異世界へ渡って“闇”の主に協力。
「する!」
子の魂はさしのべられた手にとびつき、契約は結ばれた。
“闇”の主は母子の命を救うと、子の魂をちょっと作り変え。
自分の力をムリなくなじませるため、その魂の奥深くへ沈んで眠りについた。
(起きたままだと“闇”の力が周囲に影響を与え、その子が「普通の人」でいられなくなる可能性があるため。)
そうして生まれた子の名は、里桜。
(あたしの名前と同じだねー・・・)
“闇”の主との契約をきれいさっぱり忘れて無事に生まれ、両親が交通事故で亡くなるまでは彼らの元で、それ以降は天音の両親の元で、のんびりと育ち。
そのまま「普通の人」としての一生を終えたら、その死によって目覚める“闇”の主とともに、魂だけの状態でこの世界へ来るはずだった。
けれど“闇”の主にとっても予想外なことに、あたしはイグゼクス王国の行った勇者召喚の巻き添えをくらい、死後に来るはずの世界へ生きているうちに渡ってしまった。
おまけに何千年も前に“闇”の主が作った【黒神殿の泉】(今あたしが勝手に名付けた、【目覚めの泉】の裏側)に入ったことで、魂の奥底に眠る“闇”の主の、力の一部が覚醒。
手足のごとく“闇”を使えるようになり、とても便利だったのだが、それはあたしにとって諸刃になる。
身を守る術として使うことはできるが、使い過ぎると人間として生まれた体がその力に影響されて変質していき、最終的には力に耐えきれずに壊れてしまうだろう、というのだ。
・・・人間、体が壊れたら死ねますよ?
なので、そういう大事なコトは、もーちょっと早く教えといてほしいんですが!
と、心の底から思ったけど、その上あたしの体が壊れる時には「最悪の場合」というのがある、と聞いて泣きたくなった。
なんでもあたしの魂の奥に眠る“闇”の主は、この世界でかつて「魔王」と呼ばれたモノの魂を内包している、とかで。
しかも今あたしが腕にはめている黒い腕輪は、魔王の体のかけら、で。
(何でそんな危ない物が腕輪に?)
【死霊の館】であったみたいに、黒い腕輪が怒りにそまった“闇”を喰い続けると、最悪の場合、強制的にあたしが死んで魔王が復活するという。
・・・・・・どないやねーん(棒読み)
“闇”の主を抱っこしたまま、なんというか、もう現実感ゼロの状態になって、ただひたすらに話を聞いた。
知りたかったけど知りたくなかったことを、腕の中の極上のもふもふちゃん(黒ネコな“闇”の主)は次々と教えてくれる。
いわく。
世界を渡る術は、この世界では“闇”の主しか使えない。
(魔法使いの悪魔召喚は、異世界にいる悪魔の劣化コピーを作りだしているだけで、本体そのものを連れて来れているわけではないらしい。)
イグゼクス王国の勇者召喚の動力源も、【黒神殿の泉】にある“闇”の主の力。
なんだけど、先日あたしが足を踏み入れたことで力の大半が“闇”の主へと還ってしまったそうで、今はもうほとんど力が残っていないから二度と動かない。
ちなみに【黒神殿の泉】へ力を補充したとしても、あたし達の生まれ育った世界を特定するのがかなり難しい上、向こうの世界へ無事に降りられるかどうかが危ういそうで。
「送還の魔法陣を作って帰る」という選択肢は、何かに失敗して死亡する可能性が高い。
だからあたしと天音が「安全に(重要)」元の世界へ帰るには、“闇”の主の力を使う必要がある。
が、それをしようとすると強大な力を使うことになるので、あたしの体は耐えきれず壊れる。
体が壊れたら「人間の一生の終わり」なので、あたしの魂は契約に従って“闇”の主に協力しなければならない。
つまり、あたしは元の世界へ帰れない。
・・・・・・
ちょっと待てー!!
数十秒かかってその言葉を理解した瞬間、思わず“闇”の主を放り出して叫んだ。
現実感ゼロの頭でも、さすがに「なんでやねーん(棒読み)」とかやってる場合じゃないことくらいわかる。
いやいやいや!
いつだったか、おとーさんが「どんな法律にも抜け道がある(ニヤリ)」とか言って、おかーさんに「それが子どもに言うことか!」と怒られて庭へ放り出されてたし。
探せばきっと何か抜け道がある!
・・・・・・かも?
とりあえずこの世界の女神たちより力があるらしき“闇”の主(放り出しちゃったので、ちょっと離れたトコにいる)へ質問。
「死者復活はできないの?」
すると、わずかでも生きていれば何とかなるけど、死からの復活となると「今の我にはできない」という答えが返ってきたため、そもそも君は何者ですか? という話になった。
そうして聞いた“闇”の主の身の上話は、以前アデレイドから聞いたこの世界の神話を、神の視点から見たような。
神話の舞台裏の話だった。
“闇”の主は、そもそもこの世界の生まれではなく、あたしのいた世界とも違う、まったく別の世界で生まれた創世神のような存在。
「時」を司る神の対、「空間」を司る神として世界の始まりに生まれ、ゆっくりとその力を成熟させようとしていた。
しかしある時、突然、その世界に穴が空き。
大切な半身である『時の神』が、別の世界へさらわれた。
『空間の神』が急いでその後を追ったため、二柱の創世神が不在となった世界は、泡がはじけるようにあえなく崩壊。
しかもそこまでして探し出した『時の神』は、なぜか異世界で人々から「魔王」と恐れられる、破壊の嵐と化しており。
さらにその世界の崩壊につながる「ゆがみ」、あるいは「ほころび」を生み出す存在にまでなっていた。
(この「ゆがみ」とか「ほころび」は、人の言葉にすると「瘴気」と「魔物」になる。)
『空間の神』は「魔王」の中にいる『時の神』へ、戻ってきてくれ、と呼びかけた。
ひたすらに、帰ってきてくれ、と呼びかけた。
けれど、答えはない。
「魔王」の中にいるはずなのに、どれだけ呼んでも応えてくれない『時の神』に困った『空間の神』は、この世界を見まわって『調和の女神』と出会った。
『調和の女神』は「魔王」について、この世界の『闇の神』が異世界の神(『時の神』)を取り込んだ、神と神との融合体だと教えてくれた。
まだ未熟だった『空間の神』は、「では少し弱らせてから、二つを引き離そう」とあっさり結論。
そこで同じように『闇の神』を取り戻したがっているこの世界の『調和の女神』と『光の女神』に、協力を求めた。
『時の神』と『空間の神』の力は同格なので、『時の神』と『闇の神』の融合体である「魔王」は、『空間の神』が単独で勝てる相手ではなかったのだ。
協力を求められた『調和の女神』と『光の女神』は、どうも短絡的なその提案に何と答えるか、だいぶ迷ったらしい。
けど、女神たちよりも創世神級の『空間の神』の方が強かったし、異世界の存在には『調和の女神』の未来を視る能力が働かないため、『時の神』を取り込んだ「魔王」の未来も視えず、有効な対抗策が立てられない。
しばらく迷った後、ほかに良い案もなかったので、女神たちは『空間の神』に協力することにした。
そうして『空間の神』は『調和の女神』とともに「魔王」に戦いを挑み。
『光の女神』は今生きている者達がその戦いの巻き添えにならないよう、彼らを大陸の南へ移すと、源竜とともに中央から大陸を引き裂いた。
結果。
戦いの途中に異世界へつながる扉は破壊され、これ以上「魔王」が異世界のものを取り込む可能性はなくなった。
が、『調和の女神』も器を失って干渉力が激減。
そこまでしても「魔王」をじゅうぶんに弱らせることはできなかったが、かろうじて『空間の神』が北の地の果てに特殊な空間を造り、そこへ「魔王」を閉じこめることに成功。
動きを封じられた「魔王」が、直接世界を破壊することはなくなった。
ちなみに『空間の神』は、この時の戦いで「魔王」の背から斬り落とした一枚の翼を手に入れ、今あたしが腕にはめている黒い腕輪を作ったそうで。
厳重に「魔王」の力を封じたため、知らない者にはただの腕輪にしか見えない物となったそれを、半身たる『時の神』のかけらとしてとても大事にしていたそうだ。
あたしとしては「お前のせいかー!」と叫びたいが、ひたすらに半身を取り戻そうとがんばる事情を聞くと、言うに言えない感じで・・・
さて、話は戻り。
「魔王」監禁後。
『空間の神』は「今のままでは「魔王」から『時の神』を引き離せない」と判断し、どうしたものかと『光の女神』に相談。
(『調和の女神』は自分が器を失った事よりも、伴侶として愛していた源竜の死を深く悲しんでいて、相談などできる状態ではなかったらしい。)
ふたりの神は「自分達だけで勝てないなら、神の力と相性の良い生き物に協力を求めよう」と決めた。
しかし、神の力を受け入れられるだけの器を持った強者達は、真っ先に「魔王」に戦いを挑んで亡くなっており、最後に残っていた源竜も大陸を引き裂くのに全力を尽くして命を失った。
死者の復活というのは、基本的にその世界の創世神にしかできないことだそうで、異世界の神である『空間の神』にも、創世神より神格の低い『光の女神』にも、彼らを復活させることはできない。
(この世界の創世神に頼もうにも、ずいぶん昔に世界へとけてしまっているので、そもそも話すことさえできない。)
「魔王」の出現で不安定になった世界で、これから神の力を受け入れられるだけの存在を生み出そう、というのもたいへん難しい。
それでも努力はしてみようと、『空間の神』と『光の女神』はがんばった。
結果、古竜と獣人の間に、竜人が誕生。
残念ながらその子に神の力を受け入れる適性はなかったが、神々の努力が違う方向で実ったらしく、別の特性があった。
精霊の結晶みたいな存在である古竜の血の影響か、純粋に一つの属性の力だけを宿した、精霊の化身のような体を持って生まれてきたのだ。
(古竜以外の種族は精霊の力をバランスよく受けて生まれるようになっているため、一つの属性に特化している純属性な子は生まれない。)
『光の女神』はその子を見て、もし黄金の子が生まれたら、自分はきっとその子を深く愛するだろう、と思い。
その心の動きから、ふと気づいた。
『光の女神』と『闇の神』は対の存在として創られているため、力の属性が正反対であるということ以外、根本的な性質はよく似ている。
ならば、『光の女神』が生まれてもいないうちから黄金の子に惹かれるように、もし漆黒の子が生まれたら、『闇の神』も愛さずにはいられないだろう、と。
『光の女神』からその話を聞いた『空間の神』は、もし「漆黒の竜人」が生まれたら、『闇の神』が心を取り戻すきっかけになってくれるかもしれない、と喜び、それなら何としてでも「漆黒の竜人」に生まれてきてもらおうと意気込んだ。
そうしてふたりの神は、竜人の血筋が永く続くように、生まれてくる子どもたちがたくさんの精霊から愛されるように、などといくつかの干渉をした後。
「精霊の樹」として成熟した竜人の一族が、いずれ「漆黒の竜人」という果実を結ぶまで守るよう告げて、古竜と獣人に生まれたばかりの竜人の子を託した。
けれど結局、神の力を受け入れられる協力者は生まれなかったので、『空間の神』は世界を渡り、どこかに彼らの望みに適した生き物はいないかと探した。
そうして見つけられたのが、初代勇者となった人間の子ども。
彼はその時、どこかの世界の片隅で家族を失って絶望する、ちいさな少年だった。
『空間の神』はその魂が強い光の力を秘めていることを見抜くと、慎重に様子を見て、一度に家族を失ったせいか生まれ故郷の世界に対する執着がほとんど無い、と感じ取った。
そこで彼に協力を求めて心をかさね、その説得に成功。
(初代勇者は、何をするのか納得済みで召喚されたみたいだ。)
『空間の神』はすぐにこの世界へ戻り、『光の女神』とともに召喚の魔法陣を構築。
見つけた彼がたまたま人間だったので、西の地の人間へ『光の女神』からの神託によって魔法陣を与えた。
同時に、少年の力を覚醒させるため、『光の女神』が自分の力を置いて【目覚めの泉】として固定。
『空間の神』はその力と調和するよう自分の力をコントロールし、【目覚めの泉】と対を成す裏側の位置へ、召喚の魔法陣の動力源となる力を置いた。
この時の力のコントロールによって、『空間の神』は光の対である、“闇”の属性を持つようになる。
そうして初代勇者はこの世界へ召喚され、魂の奥底に眠っていた光の力を【目覚めの泉】で覚醒させた。
しかし、力が解放されたからといって、いきなり上手に使えるということはなく。
ある程度の時間をかけて使い方に慣れる必要があったので、これから暮らすことになる世界を見て回りながら修行しよう、と旅立った。
『空間の神』は自分の説得によって世界を渡った少年の心を支えるため、力の一部をネコの姿にしてその旅に同行させる。
(ちなみにネコになったのは初代勇者の望みで、毛色が黒なのは闇属性だから。)
家族を失い、見知らぬ世界に来たばかりの孤独な少年は、その黒ネコを「サーレルオード」と名付けて、心から慕った。
そしてこの世界で仲間となった者たちにも支えられながら旅を続け、すこしずつ成長していく。
一方、その頃の北の大陸。
「魔王」は身動きを封じられてはいたが、相変わらず瘴気の発生源だったので、魔物の数が増え続けていた。
増えた魔物はやがておおきな津波となり、獲物を求めて南へと動きはじめる。
それに気づくと、南の神々も動いた。
まだ少年はじゅうぶんに成長していない。
今は時間が必要だ。
そこで初代勇者の元に力の一部を置いたまま、『空間の神』の本体は魔物の群れを蹴散らして北の大陸へ移動。
魔物の増殖をすこしでも抑えようと、「魔王」の封印を強化した。
後を任された『光の女神』は、まず光の武具を作って少年に与えたが、守るべきは南の大陸全土。
自分ひとりでは力が足りないかもしれないから、支えてくれるものを造ろう、と考え、地水風火の精霊を呼び集めた。
『光の女神』は集った精霊たちの中から、それぞれの属性で最も強いものを選び、光の力を与えて大精霊へ昇格させると、大陸の四方へ配置。
自身はその中央に座し、四方の大精霊を支柱とした結界の大柱として、身を捧げた。
こうして南の大陸を守る『光の女神』の結界が完成。
その大柱と支柱となった者達のいる地が、現在の世界五大聖域になる。
初代勇者は『光の女神』に守られた南の大陸を巡り、順調に成長。
ちなみにこの頃になってようやく伴侶の死という痛手から立ち直りかけてきた『調和の女神』も、『星読みの魔女』を通じて大陸に生きる者たちを導くべく働いた。
そして、数年後。
(神サマは時間の経過に無頓着で、正確な年数は知らんそうです。)
成長した勇者はついに北の大陸へ渡り、三柱の神とともに「魔王」の器を壊した。
が、「魔王」はたいへんしぶとかった。
世界への干渉力をほとんど失いながらも、まだ暴れようとしたのだ。
『空間の神』はここまできてようやく、「魔王」から『時の神』を引き離すのはもう不可能だ、と悟った。
さらわれた時、まだ未熟な力のかたまりにすぎなかった『時の神』は、怒りと絶望に囚われた『闇の神』になすすべもなく喰われ、流れる時のなかで完全に同化してしまったのだ、と。
『時の神』は呼びかけに応えないのではなく、応えられないのだ。
半身を永久に取り戻せないことを理解した『空間の神』は、深い悲しみのなかでその現実を受け入れ、考えを改めた。
「魔王」に挑むのではなく、荒ぶるその魂を鎮め、『闇の神』を取り戻そう。
精霊の樹が育って果実、『闇の神子』が生まれたら。
その子を援けて「魔王」を鎮め、『闇の神』へ戻すのだ。
無事に『闇の神』が戻ったなら、我はその傍らに寄り添おう。
そして「魔王」の生み出したゆがみを癒しながら、この世界へ同化してゆく。
そうすることで、我は半身、『時の神』とともに在れるだろう。
『空間の神』の考えを、今度は『調和の女神』も『光の女神』も迷わず受け入れた。
世界の調和と均衡を重視する女神たちにとって、その考えは納得できるものだったらしい。
となれば、後は『闇の神子』が生まれるのを待つしかない。
『空間の神』は暴れる「魔王」を眠らせ、自身の魂の奥底へ封じると。
初代勇者に別れを告げ、来るべき時にそなえて力をたくわえるべく、北の果ての地で自分も深い眠りについた。
そしてまた時が過ぎて、数千年後。
なにか、騒がしい。
と思って目を覚ますと、そこにいたのは光の武具をまとった黄金の青年。
彼は長い眠りから覚めたばかりの『空間の神』を見るなり、叫んだ。
「くそ! テメェ、二匹目の魔王か?!」
神話語りふたたび。そして一話におさまらないという長文化もふたたび(汗)。だけど今回は次話で一段落して先に進める、・・・はず!(願望)