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* Side Story.03 「自覚。」

 本編主人公リオの助言(アドバイザー)、『神槍』レグルーザ視点の番外です。





 背後からくる轟音が大地をふるわせ、爆風で細い木が倒される。

 先ほど死霊(レイス)から解放されたロック鳥は気絶しているらしく、無抵抗なまま爆風に転がされ、その巨体の下敷きとなった森の木々がへし折られた。


 俺とフリッツは太い木の影に隠れ、『紅皇子(クリムゾン)』の精霊魔法の余波がおさまるのを待つ。

 その間、『探究者(シーカー)』からの反撃の音はなく、『紅皇子』が次の攻撃をする音もなかったため、爆風が落ち着くと彼らのところへ戻った。


「・・・皆、無事か。」


 『探究者』や合成獣(キメラ)の姿どころか、【死霊の館】の瓦礫すらない黒焦げの空き地にひとりたたずみ、こちらを振り向いた『紅皇子』が言う。

 剣を鞘へおさめるように、強烈な怒りや殺気をたやすく抑えた竜人の男へ、フリッツは「はい、殿下」と短く答えた。


 そんな彼らを見ながら、俺は内心あきれている。


 敵対するものすべてを消滅させる必要はなかっただろうに(ここまで見事に消しとばされては、情報収集もできない)。

 リオといいこの男といい、強大な力を持つものは考えることが違うな、と。


 ・・・・・・頭の痛い話だ。



「リオはどうした? 何かあったのか?」


 リオからの返事が無いのに気づいた『紅皇子』は、彼女が俺の肩にもたれてぐっすり眠っているのを見ると、すぐにフリッツへ命じた。


「フリッツ、リオの様子を見てくれ。わたしに効かない魔法でリオが眠るのは、何かおかしい。」

「はい。ワタクシもそう思います。」


 リオから[魔法使いの帽子]と仮面を外したフリッツは、彼女の額に手を置くと、深く息をついて目を閉じた。

 しばらく時間がかかりそうな様子だったので、リオを片腕に抱いたまま、彼女の寝顔を心配そうに見つめる『紅皇子』へ小声で訊く。


「『探究者』は?」

「手応えはあったが、逃げられたようだ。」

「この後はどうする。」


「わたしは国へ戻らねばならん。

 『茨姫』と『探究者』の言葉に偽りはなかった。すべてを話したわけではないだろうが、彼らの言葉はそれなりに信用していい。

 皆にもそれを伝え、『兇獣』の捜索を最優先させる。

 『黒の塔』はまだ、手がかりすら掴んでいないようだからな。今ならばまだ、彼らより早く『兇獣』を見つけられる可能性がある。」


「・・・ふむ。もし『兇獣』についての手がかりを掴んでいたら、『探究者』はそちらを優先しただろう、ということか?」


「そうだ。わたしが総帥ならば、いつでも殺せるという『茨姫』より、生きて捕らえねばならない皇女をさらった『兇獣』を優先するよう、命じておくだろう。

 『兇獣』は『黒の塔』の中でも特殊な存在だ。対抗できるだけの力がある者が、最高幹部以外にそうそういるとは思えん。」


 一部ではよく知られた話。

 聞いたことがある、とうなずいた。


「『兇獣』は『黒の塔』を裏切った者を始末する、総帥直属の殺し屋。

 魔法は使えないが、戦闘能力だけなら『黒の塔』の中で総帥に次ぐ第二位、という噂だな。」


 『紅皇子』も同じ情報を掴んでいたようで、「うむ」とうなずき付け加えた。


「そしておそらく、闇の属性を持つオオカミの獣人だ。」


「黒のオオカミ?

 ・・・まさか、兄を殺して行方不明になったとかいう男か?」


「ああ。近年生まれた闇属性の獣人で、行方が知れないのは彼だけだ。

 しかも『兇獣』が『黒の塔』にその地位を得たのは、彼が姿を消してから約一年後。シャドー・ハウンドのように影の中へ潜るという能力についても同じとなれば、彼である可能性は高い。」


 それが本当なら厄介な相手だが、気にかかるのはそんな男が何のために第三皇女をさらったのか、ということだ。

 今の段階では情報不足で、推測することすらできないが。


 そんなことを考えていると、突然、フリッツが弾かれたようにリオの額から手を離した。

 ふらふらと二、三歩、酔ったような足取りで後ろに下がり、魂が抜けたような顔でぐったりと座りこむ。


「フリッツ? どうした?」


 『紅皇子』に呼ばれ、しばらくかかって我に返ったフリッツが答えた。


「リオさまは、ワタクシの魔法で眠っているのではありません。何者かがワタクシの歌を利用し、リオさまを精神の奥深くへ呼んだようです。」


 フリッツはまるでそこに大精霊か神がいるかのような畏怖の眼差しで、のんきに熟睡しているリオを見あげた。


「何者かはわかりません。

 それは優しく、静かで、どこまでも深い・・・

 けれど同時におそろしく強大で、ワタクシはその存在に触れることに、ほんの数秒しか耐えられませんでした。」


「属性は?」


「わかりません。ただひたすらに真っ暗で、どんな色も」


 自分の言葉に、急にはっとした表情をして、フリッツは『紅皇子』を見た。


「・・・まさか? しかし、あの精霊は誰にも応えないと(いにしえ)から」




「フリッツ。」




 命令することに慣れた男は、一声でタカの獣人の口を閉じさせた。

 そして常より穏やかな、ゆっくりとした口調で続ける。


「彼女はわたしの友人。そして、恩人でもある。

 今話すべきことは何もない。・・・すまんな。」


 フリッツはその言葉で、軽い混乱から脱したようだった。

 自分が踏み込んでいい領域の話ではない、と理解して「御意に」とうなずき、立ちあがって数回、深呼吸。

 落ち着いたところで報告する。


「殿下、リオさまはとても奥深くまで呼ばれていらっしゃるので、おそらくすぐには目覚められないと思います。悪意や敵意はまったく感じられませんでしたので、自然に意識が戻るのを待つのが良いでしょう。」


「そうか。ならばお前たちは、『傭兵ギルド』の者たちが来るのを待って動くことになるな。

 わたしは国へ戻ってネルレイシアと話す。おそらくお前にも『兇獣』を探すよう指示が来るだろうが、まずは『傭兵ギルド』へ先の話を伝えてくれ。

 頭の固い元老院の爺どもは嫌がるかもしれんが、第三皇女の誘拐はかつてない事。可能ならば『傭兵ギルド』にも捜索の協力を求めたい。」


 その為にはできるだけ『傭兵ギルド』と良好な関係を作り、ある程度の情報を共有しておく必要がある。

 フリッツは「はい、殿下」と応じて、こちらへ向かっているはずの『傭兵ギルド』の別働隊を迎えに森へ入っていった。



 そして彼の姿が消えると、『紅皇子』は唐突に言った。


「『神槍』、お前に詫びねばならん事がある。」


「何を詫びる。」


「リオにお前の出自(しゅつじ)を話した。」



 『神槍』は人間の両親のもとに生まれ、獣人としての力を開花させた例外的存在だと。



 それはまったくの予想外の言葉で、すぐには返答できず、俺は無言で目を細めた。


 長く旅をするのなら、いずれは話さなければならない。

 そう思っていた事をすでに話したと言われ、腹を立てるよりも先に安堵している自分が情けなかった。

 不甲斐ない己への苛立ちに尻尾が揺れ、自分に対する怒りかと誤解した『紅皇子』が「すまない」と謝るが、詫びねばならないのはこちらの方だ。


 俺がリオに話さなければならないと思っていた事の半分を、肩代わりしてくれたのだから。


「いや、気にしないでくれ。そもそも話しておかなかった俺に非がある。」

「・・・ふむ。ではお前は、それを話さなければならなくなる程度の時間を、リオとともに旅する覚悟でいたのだな?」

「リオに助言者(アドバイザー)となるよう頼まれ、俺はそれを引き受けた。彼女がこの世界に慣れるまでは、そばにいるつもりだ。」


 言いながらふと、初めて会った時のリオを思い出す。



 夜の王都の歓楽街。

 ラルアークに手を引かれ、頼りない足取りで歩いていたちいさな娘。


 自分より大きな男三人を倒して獣人の少年を救ったという、荷物を持たない自称「旅人」の彼女に、これはいったい何の冗談だ? と思ったのを覚えている。

 年齢的には娘と言えるかもしれないが、俺にはリオもラルアークと同じ、まだ大人の庇護を必要とする、幼い子どものように見えたからだ。

 そうして、どこか危なっかしい奇妙な自称「旅人」と数日近くで過ごし、自分にできる事には力を貸しながら、不思議なものを見る目で眺めていた。


 それだけだったはずだ。

 けれど、いつの間にか。


 泣きながら「あたしのこと、わすれてください」と言って消えた彼女を、何よりも最優先して探すほど、心にかけるようになっていた。




 ・・・・・・ああ。そうか。




 思って、不意に。


 たいていの人間が怖れる俺の顔を見てのんびりと笑い、当たり前のように隣を歩いて話しかけてくる彼女の存在が。

 殺伐とした一人旅に慣れた身に、どれほどのぬくもりをもたらしたのか。


 自覚した。



 俺は約束を果たすためだけに、リオを探したのではなかったのだ。

 その身にそなえた異常なまでの力や、悪名高い禁書の所有者である事にも、正直あまり関心がない。



 これまで次々起こる問題に追われて考えもしなかった自分の思いが、言葉となってすとんと胸に落ちてくる。





 守りたかったのだ、この手で。





 「中途半端な獣人」でも、「ランクSの傭兵」でもなく。

 ただ単純に、「レグルーザ」という俺を見て、そばでのんびり笑ってくれるリオを。


 突然故郷からさらわれ、見知らぬ世界でしなやかに生きようとしながら、ほんの時折。

 「どうしよう? どうすればいいの?」と。

 今にも折れてしまいそうな弱さを垣間見せる、リオを。


 ただ、守りたかっただけだ。







「依頼の報酬は?」


 『紅皇子』の声で、はっと意識が現実に戻る。


 依頼の報酬?

 依頼というのは、助言者になることを頼まれたことか?


「リオは俺が保護していた少年の命を二度救ってくれた。」

「なるほど。対価はすでに受け取っているということか。無条件に子どもを救おうとするリオの癖は、思わぬ幸運を呼びこむようだな。」


 そうだろうか?

 自分もまだ未熟だというのに、危険を承知で突っ込んでいくような度胸の良さは、いささか困りものだと思うが。

 俺が顔をしかめると、『紅皇子』はかすかに笑った。


「そうか。お前はリオを、まだ子どもだと思っているのだな。」


「実際、まだ幼いだろう。

 ・・・そういえば、第二皇女からの手紙には、リオが未来の姉になることを望むと書かれていたが。」


 『紅皇子』は「あれの暴走癖にはほとほと困っている」としぶい顔でつぶやいたが、内容そのものは否定せず答えた。


「わたしの母は陛下より百歳ほど若いが、側室となって二人の子を産んだ。リオとわたしの年の差は五十歳程度だ。何も問題はない。」


 ・・・・・・まさか、本気で言っているのか?


「人の身に、時は我らより早く流れる。幼き娘も、いずれは大人の女になるのだ。

 わたしは伴侶を得ることを急ぎはしない。過ぎる時を愛でるのも楽しかろう。」


「リオの旅の目的は、元の世界へ帰ることだぞ。」


「そんな事は承知している。それが彼女の望みである間は、わたしもその(すべ)を探すのに協力するつもりだ。」



 だが、それとこれとは別の話。


 と、竜人の男は平然と言う。



「花の(つぼみ)は咲くためにある。心惹かれる蕾があったなら、己の手で咲かせたいと思うのは男の(さが)だろう。」



 ・・・・・・。



 無言で一歩下がり、距離を取った俺を見て、『紅皇子』は気にしたふうもなく笑顔で言った。


「お前がリオを子どもだと思っていてくれて良かった。安心してリオを預けておける。

 本心を言えば国へ連れ帰って竜骸宮(りゅうがいきゅう)にでも閉じ込めたいのだが、おとなしく(カゴ)へ入ってくれそうな娘ではないからな。」


「・・・待て。そもそもリオには、お前の伴侶になる気はないだろう?」


「今は無いようだな。しかし心は変化するもの。

 案ぜずとも、リオの嫌がることはしない。」


 そう言う男のなかには、ごくまれに、女に嫌がるスキを与えずその心へ踏みこむ術を心得たものがいる。

 しかもたいてい、そういった男は手が早い。


 『紅皇子』の噂のなかに女遊びが激しいというものは無かったはずだが、俺は彼についてさほど詳しいわけではない。

 警戒するに越したことはないだろう。

 もう一歩距離を取って、『紅皇子』に告げた。



「選ぶのはリオだ。その時にはいさぎよく退くだけの矜持(プライド)があることを期待する。」



 「言ってくれる」と楽しそうに笑い、『紅皇子』はその身に炎をまとった。



「また会おう、『神槍』。その時までリオを頼むぞ。」



 炎が激しく燃えあがって全身をおおい隠すその一瞬で、『紅皇子』は姿を消した。



 静寂の戻った黒焦げの空き地で深くため息をつき、俺は腕のなかで眠るリオを見おろす。

 竜巻の中心のような存在なのに、無邪気な寝顔を見ると不思議なほど心がなごんだ。


「・・・厄介な男に気に入られたな。」


 苦笑とともに一言こぼし、寒くないよう風にゆれる毛皮のマントをちいさな体へ巻きつける。

 そして、気絶したままのロック鳥の様子を見ながら、フリッツ達が来るのを待った。





 北の主従からさりげなく人外認定されているリオちゃんと、『神槍』対『紅皇子』でした。次回は本編に戻りますー。

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