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* Side Story.02 「道具。」

 本編主人公リオの助言(アドバイザー)、『神槍』レグルーザ視点の番外です。

 [残酷表現]があります。流血表現が嫌いな方や苦手な方は、ご注意ください。



 片腕に抱いた体がかすかに重みを増し、くたりと力が抜けたのは『鷹の眼』のフリッツが歌いはじめてすぐのことだった。

 ちいさな体が転がり落ちないよう支え、こぼれかけたため息を飲みこむ。


 リオに常識は期待できないと、理解してはいたつもりだ。


 しかし、『茨姫』の攻撃を鉄壁の防御魔法ですべて防ぎ、大型魔獣ロック鳥をいともたやすく地に落として死霊から解放した直後に、まさか味方の精霊魔法にとらわれて眠りこむとは。

 ・・・予想外だ。


 常識で考えれば、この場で最も魔力が多いと思われるリオは、一番魔法への耐性が高く、眠りの魔法になどかかりはしないはずなのだが。

 魔力を使いすぎたのだろうか?

 思うが、無防備に熟睡している今そんなことを考えても、どうにもならない。


 魔法によってもたらされた眠りは通常の手段では解けないため、リオは寝かせておくことにして『茨姫』の様子を見る。



 『紅皇子(クリムゾン)』は予定通り魔力を消耗させたようで、『黒の塔』最高幹部の一人たる少女はフリッツの歌声にあらがえず、ふらふらとその場に倒れた。

 『茨姫』を頭部に乗せたゴーレムが完全に動きを止め、『野茨の王』は力なく地を()う。


 これならば無事に捕縛できるか、と思いかけたところで、上空から高速で近づいてくる影に気づいた。


「〈隷獣召喚(サモン・スレイブ)〉」


 女の声とともに空中に展開した魔法陣から、『紅皇子』と『茨姫』の間へ大量の獣が落ちてくる。

 三十頭を越える数のそれらはすべて、魔法使いによって造られる異形の獣、合成獣(キメラ)


 『紅皇子』は目の前に落ちてきたキメラを剣の一撃で倒し、断末魔の悲鳴もあげられずに絶命したそれが倒れ伏すよりも早く、強烈な闘気を放ってその場に現れたすべての獣を威圧した。


 圧倒的な存在を前にして、刃向かうことも退くこともできず、時が止まったかのようにキメラたちが凍りつく。


 『茨姫』が使った魔獣は洗脳されていたために威圧が無効化されたようだが、このキメラたちにはまだ本当に危険なものを察知できるだけの本能が残されているようだ。


 そうして静止した異形の群れの背後、『茨姫』のそばへ、空から一人の女がかろやかに舞い降りた。

 妖艶な体に布地の少ない下着のような衣装を身につけ、黒いレースのような布をはおった薔薇(バラ)色の髪の女。

 鼻は低く、唇の厚い顔立ちはどこかなまめかしいが、琥珀色の目に宿るのは情欲を排した冷徹な知性だ。

 琥珀をはめこんだ金属製の豪奢(ごうしゃ)な首飾りの他は何も持たず、『茨姫』と同じ不気味な影をまとっている。


 主を降ろした鋼色のワイバーンが上空へ退避し、凍りついたキメラの群れをはさんで『紅皇子』と対峙した女は、穏やかな口調で言った。


「イグゼクス王国で竜人に会うとは思わなかったが、さて。

 『紅皇子』、できることなら貴殿とは戦わず済ませたい。」


 冷ややかな声で「何者か」と誰何(すいか)した『紅皇子』に、琥珀色の目を細めた女は「これは、失礼を」と詫びる。

 そして、道化師のように大仰な身振りで一礼した。



「わたくしの呼び名は『探究者(シーカー)』。この身の名はモイラ。

 魔法に魅入られし愚者の一人と、お見知りおきを。」



 告げられた女の名に、内心驚く。


 『探究者』は『黒の塔』最高幹部の一人。

 仲間意識の強い組織だとは聞いたことがないが、窮地(きゅうち)の『茨姫』を助けに来たのか?


 いつの間にか歌うのをやめていたフリッツとともに森の中から様子を見ていると、『紅皇子』が低い声で答えた。


「『黒の塔』の幹部ならば、貴様はわたしの敵だ。みずから我が剣の(サビ)となりに来たか。」



「まさか。無駄死にする趣味は持ち合わせておりませんよ。

 わたくしがここへ来たのは、総帥のご命令に従ってのこと。

 ゆえに、『紅皇子』。ひとつ提案させていただきたい。」



「貴様の望みに付き合う気はない。」


 一言で切り捨てた『紅皇子』が殺気をまとって命じる。



「退け。」



 ザザッ、と音を立ててキメラたちは数歩後退したが、微動だにしない『探究者』によってそれ以上の動きを封じられた。

 異形の獣の群れを壁にして、つやのある女の声が淡々と言う。



「今ここでわたくしを殺し、『茨姫』を捕らえるのは無意味なこと。

 なぜなら総帥は、どこにあろうと望む時にわたくし達を殺してしまえるのだから。生け捕りなど、最初から不可能なのだよ。


 『紅皇子』、貴殿は死者から記憶を抜き取る禁呪をご存知か?

 あるいはその禁呪を知る魔法使いに、わたくし達の(むくろ)へ使えと命じられるか?


 答えが「是」ならば仕方がない。お好きなようになされるがよかろう。

 しかし答えが「否」ならば、わたくしの提案は貴殿にとって悪いものではないはずだ。」



 一瞬即発の緊張感をはらんで行われたこの駆け引きの末、『探究者』が告げた提案は「情報」と「時間」の交換だった。


 『探究者』はどんな質問にも三つだけ答える(最初は一つだと言っていたのを、『紅皇子』が三つに変えさせた)。

 その対価として、こちらは彼女が『茨姫』と話す一時を与える。


 『紅皇子』は取引に応じ、『探究者』に問うた。



「『黒の塔』は何のために第三皇女をさらった?」


「総帥の命令によるものと聞いた。受けたのは『人形師』と『茨姫』だが、彼らもその目的までは知るまい。

 『黒の塔』に属するものは、そのすべてが総帥のための道具。総帥が道具と計画を共有することはない。」


 次の質問を口にしない『紅皇子』の視線に、『探究者』が付け加えた。


「絶対条件は、生きて捕らえること。殺してはならぬ、との厳命だ。

 おそらく闇の神にかかわる何らかの計画に必要なコマなのだろう。総帥は昔から闇の神を求めておいでだからね。

 これ以上は本当に知らんよ。」


 “初源の火”を持つ竜人は、偽りを見抜くことができる。

 おそらく『探究者』の言葉は本当のことなのだろう。

 『紅皇子』は二つ目の質問に移った。



「『黒の塔』総帥の居場所を知る方法は?」


「総帥は本人のほか、誰も知らない場所においでだ。

 あの方は人間も獣人もお嫌いだからね。そばにはみずからの手で造りだした魔法生物しか置かれないのだよ。

 わたくしたちはその魔法生物を介して命令を受ける。そして、その魔法生物を追うことは、禁止事項のひとつだ。」


 禁を破れば即座に反逆者の烙印が押されるため、死につながる危険をおかしてまで総帥の魔法生物を追うものはほとんどいないようだ。

 『紅皇子』は三つ目の質問をした。



「総帥の魔法生物を探し出す方法はないのか?」


「それはとても難しいだろう。

 貴殿はすでに承知のことと思うが、総帥は『黒の塔』最高の、極めて優れた魔法使い。

 彼が造りだす魔法生物は、人型(レプリカント)獣型(ビースト)も、本物と見分けがつかないほど精巧にできている。もし彼らが街や野山を歩いていたとしても、その正体が魔法生物だと気づけるものなど、世界に数人もあるまい。」


 わたくしも見分けられない大多数のうちの一人だよ、とさして気にしたふうもなく言って、『探究者』は話を終えた。


「さて。これでわたくしの対価の支払いは終了だ。約束通り時をいただくよ。」


 返答を待つことなく、凍りついたキメラの群れと殺気をまとった『紅皇子』に背を向ける。

 そして、『茨姫』のかたわらに膝をついた。




「待たせたね、『茨姫』。」

「・・・『探求者』。あなたが来るなんて、思わなかった。」


 呼びかけに、かすれた声で少女が答える。


「わたくしにも予想外のことだ。本来ならば『兇獣』の役目ゆえ。」

「あんなケダモノに狩られるのは、イヤよ。あなたで、良かったわ。」

「良かった?」

「自分の研究に夢中で、他のことには無関心。『黒の塔』のなかで、あなたが一番、お父様に似ているの。」

「わたくしはそれほど薄情ではないつもりなのだが。その定義ならば、総帥の方が似ているのではないかな?」

「あのひとは、キライ。怖いんだもの。・・・とても、こわい。」

「だが、総帥は君をお望みだ。」


 ため息をつくように『茨姫』がつぶやいた。


「ロザリーはどうしてこんなところにいるの?

 お父様のところへ帰りたい・・・」


「総帥が飽きれば解放されるだろう。時が過ぎるに任せればいい。」


 どこからともなく細身の短剣を取り出した『探究者』が、穏やかな声で言う。


「さあ、そろそろ休みたまえ。また会える日を楽しみにしているよ。」

「・・・ええ。きっとまた、すぐに会うことになる。」


 そして、ふりおろされる刃の下。


「銀の魔女。次はかならず殺してあげるわ。」


 まぶたを閉じ、やわらかく微笑みながらささやいたそれが最期の言葉となった。

 『探究者』は紙を裂くようにたやすく、少女の首を斬り落とす。




 場に静寂がおりた。




 異様なまでに音のないその場で、腕の中のリオが「んん」とうめく。

 無意識のうちに槍を持ったままの腕で彼女の顔をおおっていたのに気づき、呼吸を邪魔しないよう少し離した。

 リオはほっとしたように息をつき、かすかに身じろぎをしてから、また穏やかな眠りへ戻る。


 今、彼女の意識がない幸運に、感謝した。



 一方、『探究者』は返り血をあびることには無頓着に短剣をしまい、貴重な宝石をあつかうような手つきで少女の首を拾うと、そっと片腕に抱いた。

 空いた手で動きを止めた『野茨の王』のツタから[地の宝冠(アース・クラウン)]を取りあげ、『紅皇子』の方へ振り向いたところでふと、首をかしげる。



「おや。お怒りかな? 『紅皇子』。」


「貴様らの在り方には吐き気がする。」



 『紅皇子』の怒気にあてられたキメラの群れは完全に萎縮(いしゅく)していたが、主たる『探究者』は返り血にぬれた凄惨(せいさん)な姿で平然と答えた。


「ふむ。わかりあえないのは残念なことだよ。」


 同じ世界で同じ言葉をかわしながら、その女はまるで別世界の生き物のように見えた。

 彼女と俺たちが理解し合える日など、一生を過ぎても来ないだろう。


 『紅皇子』の声が剣呑(けんのん)な響きをふくんで言った。


「こちらも対価は支払った。貴様は敵だ、『探究者』。」


 火の純属性たる竜人に呼応して精霊が集い、『紅皇子』は全身に深紅の輝きをまとった。

 身の危険を察知した俺とフリッツは、全速力で森の奥へと走る。

 その数秒後。



「己が何を敵としたか、その身をもって知るがいい!」



 『紅皇子』の声とともに、地上に太陽が落ちたかのような爆発が起きた。





 どうにも長くなってしまったので、分割。もう一回、レグルーザ視点が続きますー。

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