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第六十四話「闇からの声。」





 緑のツタが〈全能の楯(イージス)〉に巻きつき、あたしの視界を閉ざしたのは数秒の間だけだった。

 イールの精霊魔法らしき猛火に焼かれてツタが黒こげになり、ぼろぼろと崩れ落ちたその隙間からレグルーザが現れて、〈全能の楯〉のなかに入る。

 そして何を話す間もなく、レグルーザはあたしを片腕に抱きあげて後方へ跳んだ。


 直後、『茨姫』ロザリーが[呪語(ルーン)]の呪文を詠唱しているのに気づく。


「〈我が敵を食らえ、地の深淵!〉」


 詠唱が終わるとロザリーを中心に地面が激しく揺れ、大地が裂けた。

 敵も味方もない無差別攻撃。

 大地の裂け目に植物兵や魔獣が落ちていき、玄関広間(エントランス)にいるロザリーを飲み込んで【死霊(レイス)の館】も倒壊する。


 ・・・んお? 自滅?


 足場の多い森へ退避するレグルーザの腕のなか、彼の肩につかまりながらそれを見ていたあたしは驚いたけど、もちろん『茨姫』は自滅してくれるほど簡単な相手じゃなかった。


「〈石像創造(クラフト・ゴーレム)〉」


 瓦礫の奥から高音の声が響くと、倒壊した【死霊の館】がたちまち巨大な人型っぽい石像と化し。

 いつの間にかその頭の上に『茨姫』(緑のツタに守られてる)を乗せ、暴れ出したのだ。

 おあー・・・


「ごめん。いらんこと言って、怒らせた。」


 もうすこし情報引き出せそうだったのに、しまったなー。

 と思いながらレグルーザに言うと、彼は大地の裂け目をよけて跳びながら答えた。


「いや、お前はよくやった。捕縛前にあれだけ聞き出すのは、たやすいことではない。

 それより、リオ。[琥珀の書(アンブロイド)]を開いて、知識とともにウォードの記憶を継いだと言っていたな。

 その記憶にお前の意識が食われるようなことは、ないか?」


 ロザリーにつられて「わたしの小鳥」とか答えちゃったから、あたしの中身はホントに「リオ」なのか、疑問に思ったみたいだ。

 すこし考えてから、答えた。


「自分の記憶とウォードの記憶の区別はついてる。ただ、ウォードの記憶にまったく影響されてない、って言ったらウソになるだろうね。

 あたしは『茨姫』を危険な敵だと思ってるけど、ウォードの記憶を継いだ一部が、「我が愛しきロザリー」を見て喜んでる気がする。」


 自分でも予想外の反応だけど、一つのものに対して相反する感情を抱くのは人間であれば珍しいことじゃないし、考えてみれば当然の影響だから、混乱はない。

 それに。


「ウォードの記憶に影響された一部より、『茨姫』を敵だと認識してるあたしの方が意識は強いから。

 捕まえるのを邪魔したりはしないよ。」


 殺しに来たんじゃなくてよかった、と内心つぶやきながら言ったあたしに、レグルーザは「そうか」とうなずいた。



 辺りを見ればもう植物兵も魔獣も、ロザリーの弟子の魔法使いたちもおらず、フリッツとあたしを抱えたレグルーザは森へ退避。

 ひとりイールが前線に残り、石像(ゴーレム)に乗った『茨姫』と戦っていた。


 石製のゴーレム相手に、火の精霊魔法では不利じゃないか?


 見ていて心配になったけど、『紅皇子(クリムゾン)』はゴーレムの大振りな攻撃を難なくかわして剣の一閃で腕を斬り落とし、高火力の精霊魔法で『野茨の王』のツタを焼き。

 ちゃくちゃくと『茨姫』の魔力を削っている。


 しかしあたし達もその活躍を「おおー。スゴイねー」とのんびり見物しているわけにはいかず、『茨姫』が遠距離型の魔法で攻撃してくるのをレグルーザとフリッツが避けていた。

 あたしは〈全能の楯〉を維持して、あっちこっちに跳ぶレグルーザにしがみついてるだけだったけど。

 正直、目がまわりそう。


 そしてそんな状況に追い打ちをかけるように、頭上からとどろく雷鳴のような魔獣の声。

 かんべんしてくれ、という気分で、こちらに向かって舞い降りてくるロック鳥を見あげた。


 ・・・ああ。やっぱりデカいなー。

 しかもこれで敵さん勢ぞろい?



 [地の宝冠(アース・クラウン)]を持つ『野茨の王』に守られた『茨姫』ロザリーと。

 彼女を乗せた元【死霊の館】の巨大ゴーレム。

 それに、大型魔獣のロック鳥。



 なにこの怪獣大戦争?

 特撮ヒーローはいつごろ登場すんの?

 とか現実逃避したかったが、もちろんそんな場合ではなく。


 魔法で攻撃してくるロザリーに加え、ロック鳥まであたし達を狙ってきたので、これはいかんと腹をくくった。

 ロザリーの攻撃魔法を避けるのはレグルーザに任せて、あたしはロック鳥に挑む。


「レグルーザ、ちょっと止まって!」


 と頼み、その間に頭のなかで魔法を構築。

 レグルーザが地面に槍を突き刺して急停止したところで、[呪語]を唱えた。


「〈氷の槍(フリーズ・ランス)〉」


 空中に出現させた氷の槍を、ロック鳥に向けて矢のように放つ。

 的がデカいので当たりやすいだろうと思ったけど、ロック鳥は予想以上に動きが速く、残念ながらはずれた。


 ちっと舌打ちして次の魔法を構築するが、それを放つ前に、何か感づいたレグルーザがその場を跳んで離れた。

 一瞬遅れてレグルーザの立っていたところに深い穴が空いたのを見て、思わずうわーと顔をしかめる。


 気を抜いたら生き埋めにされそうで、すごくイヤな感じだ。

 わりと必死で考えて、魔法陣を構築し直した。

 そしてレグルーザにまた止まってもらったところで、呪文の詠唱。


「〈氷槍雨(フリーズ・レイン)〉」


 先と同じ太い氷の槍が空中に複数、ずらっと出現してロック鳥を襲撃。

 へたな鉄砲も数打ちゃ当たるもんで、数本が命中してロック鳥の翼の一部が凍りつき、うまく飛べなくなった大型魔獣はヨロヨロとあたし達の方に向かって落ちてきた。

 何本もの木をへし折りながら、ズゥゥンッ! と、鈍い轟音とともに森へ沈む。


 かろうじてその下敷きになるのをまぬがれたレグルーザは、腕からずり落ちそうになっているあたしを抱えなおして、訊いた。


「リオ。今のうちにロック鳥の洗脳を解けないか?」


 目がまわってて頭くらくらだけど、確かに今が絶好のチャンス。

 ロック鳥を凝視して様子を見ていると、しばらくかかって「洗脳されてるんじゃなくて、何かに体を乗っ取られてる」とわかった。


「たぶん死霊。それも一体どころじゃなくて、かなりの数にとりつかれてる。」

「解放できるか?」

「うん。[黒の聖典(ノワール・バイブル)]使ってよければ。」

「他に方法はないのか?」

「ロック鳥の頭割って太陽の光あびせれば消滅するかも?」


「・・・リオ。」


「やらないって。訊かれたから答えただけだよ。

 それより[黒の聖典]のなかにもマトモなヤツあるから、それ使えばわりと問題なく解放できると思うのね。」


 そんな会話の後に「今はしかたあるまい」と[黒の聖典]の使用が認められたので、邪魔にならないよう〈全能の楯〉を解除。

 一部凍った翼でムリやり飛ぼうとあがくロック鳥に向かって、[神語(ミスティック・ルーン)]を唱えた。


「〈静かなる冥府の守護者よ、我は死せる魂の放浪を見たり。

 ()は生死の乱響(らんきょう)の先触れ。()く、しかるべき在処(ありか)へ迎えたまえ。〉」


 右の手のひらをロック鳥に向けて突き出し、そこを中心として[神語]の魔法陣を展開。

 詠唱が終わって青白く輝く魔法陣が完成すると、その中央から実体のない何かが現れ、バサリと翼らしきものをひろげて飛びたつのを肌で感じた。

 右手首に赤いリボンで結ばれた金色の鈴が、リリン、と鳴る。



 ーーーーーー 冥府の守護者。



 生きているものの目には映らないそれは、赤ん坊をあやす母親のようにやわらかな気配をまとってロック鳥の内側を通り、泣き叫ぶ死霊たちを抱いて戻ると魔法陣の中へ消えた。

 草木を揺らさない風がふいて、心がさざなみだつ。


 不思議な余韻にとらわれ、ぼうっとほうけたその時を、『茨姫』は見逃さなかった。



「危ない!」



 フリッツの声で我に返ると、数秒早く反応したレグルーザが、紫電をまとった槍で近くの木から襲いくる何本もの枝をたたき落としていた。


「〈全能の楯(イージス)〉」


 急いで全属性の防御魔法を発動させたけど、すべての枝をたたき落とすことはできなかったらしく、レグルーザは腕にケガを負っていた。

 血に汚れた白銀の毛並みに気づいて「ケガしたの?」と見あげると、あたしに横顔を向けたままレグルーザは短く答える。


「かすり傷だ、気にするな。それより防御魔法の維持を頼む。」


 ゆるぎないレグルーザの声を聞くと、気持ちが落ち着いた。

 彼がそう言うのなら、大丈夫なのだ。

 あたしが「うん」とうなずくと、レグルーザはフリッツに「そろそろか?」と訊いた。

 『茨姫』がだいぶ消耗したので、ようやく眠りの魔法の出番のようだ。


 レグルーザに教えられて『紅皇子』対『茨姫』の戦いを見てみると、イールがムダに動かず攻撃できるところを斬ったり焼いたりしているのに対し、ロザリーの方は空振りが多いのに気づいた。

 まあ、空振りじゃない攻撃はイールが剣で受け流すか、火で焼き尽くしてて、結局当たってないんだけど。

 それに、ロザリーの身につけているアクセサリーの宝石(魔力付き)がすべて無くなっているし、いつの間にかあたし達の方への魔法攻撃も止んでいる。


 フリッツは、一瞬彼の方を見て合図してきたイールに従い、[さざなみの竪琴(ハープ)]を取り出した。


「では、参ります。」


 宣言の後、いつもとは違う声で美しい歌をうたいはじめる。

 わき水のように澄みわたり、おだやかに響く低音の声が何を歌っているのかはまるでわからなかったけど、あたしは抵抗する間もなくその声に聞きほれた。

 なんて心地よく響く声だろう・・・


 そして、うららかな春の日に縁側で寝ころがった時のような気分になって。

 知らない間に、すうっと眠りに落ちてしまった。











 ふんわりと、細長くてやわらかい毛並みにおおわれた何か。

 たとえばネコのしっぽみたいなものが、頬を優しく撫でていく。



 だれ・・・?



 ぼんやりと眠りの海をただようあたしに、無明の闇の奥底から、静寂を宿した不思議な声が響いてきた。











 漆黒の髪を持つ、古竜エンシェント・ドラゴンの末裔。


 もし瞳も黒ければ、それは精霊の樹の果実。


 この世界に均衡をとりもどす(かなめ)、闇の神子。



 我らは果実が冥府へ落ちる前に、事を成さなければならない。







 ・・・・・・ああ、里桜。



 我とそなたの契約は、そなたを生かすはずだったのに・・・





 なんだか『茨姫』との決着が中途半端なことに。しかもリオちゃん寝ちゃってるんで、次はまた別視点からのお話になりそーです。

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