第六十三話「『茨姫』ロザリー。」
勇者が歩いて旅する理由?
「あたし魔法学校行ってないんで、知らないです。それよりその講義、ちょっと詳しく教えてもらえませんか?」
あたしが勇者という言葉に食いついたのに気づき、イールが「話してやれ」とフリッツに指示。
フリッツは予想外の質問にめんくらった顔をしたけど、皇子の言葉に従って説明してくれた。
「なぜ勇者は歩いて旅をしなければならなかったのか?」
あるいは、
「南大陸をめぐる長期間の勇者の旅は、〈空間転移〉を活用していれば短縮することができたのではないか?」
とは、〈空間転移〉の魔法について議論するための問題で、実際この理由で勇者が長期間の旅をしたわけじゃない。
けれど、理由のひとつではあるだろう、という話で。
この問題には、二つの使用制限が答えになる。
まず一つめの使用制限。
「〈空間転移〉で移動させられるのは、それを行う魔法使いより魔力の少ないものだけ。」
これはつまり、並外れて魔力の多い勇者を移動させるには、勇者以上の魔力を持つ魔法使いが必要で。
初代勇者も二代目の時も、「そんなヤツいねーだろ」という一言で終了。
(一人で不足するなら頭数増やせば? という発想から複数の魔法使いで〈空間転移〉をやろうともしたらしいけど、これは魔法が不安定になって動かせなかった。)
そして二つめの使用制限。
「〈空間転移〉で移動できる場所は、それを行う魔法使いが実際に行ったことのある場所だけ(そうでないと移動先の指定がとても難しい)。」
つまり、「他の人がダメなら勇者が〈空間転移〉を覚えよう!」とがんばっても、初めてこの世界に来た勇者には「新しい街へ〈空間転移〉で移動」というのができないので、結局、旅の短縮にはあまりつながらなかったのだ。
なんというか。
エレベーターに乗ったら重量制限にひっかかって、ブザーが「ビー!」と鳴ったので、「しょうがないから階段で行くか」というような感じ?
どうも〈空間転移〉は「難しくて制限の多い危険な魔法」ということで、高位の魔法使いだけが使えるもの、と考えられているらしい。
人前ではあんまり使わない方がいいみたいだなー。
ひととおり話してくれたフリッツは、
「竜人の場合も勇者と同じです。殿下のように、とくに古竜の血を濃く継ぐ竜人は、生まれつき魔力がとても純粋で多いのですよ。」
と言って話を終えた。
なるほどねー。
[琥珀の書]にはそんな注意事項、ひとつも書いてなかったので、勉強になりました。
教えてくれてありがとーございます、とお礼を言って。
でも移動させられるから、やっぱりあたしの〈空間転移〉で【死霊の館】行っていい? とまた訊ねる。
楽だし、早いよー?
『茨姫』のトコには人質がいるし(火事場ドロボーだけど)、『黒の塔』に第三皇女さらわれてるし、今は急ぎのはずだ。
すると今度はイールがフリッツを「詮索は無用だ」と止め、「頼む」と一言あたしに答えた。
〈空間転移〉の方が楽で早い、という以上に、イールは普通の馬とかガルム(でっかいイヌみたいな魔獣)とかには怯えられて乗れないので、『傭兵ギルド』で騎獣を借りて移動、という選択肢がないのだそうだ。
まあ、獣人以上の身体能力があってガルムより早く走れるらしいけど、戦闘前のよけいな消耗は避けたいし。
そうしてとりあえず、〈空間転移〉の魔法で行くことが決まった。
が。
レグルーザの提案で、『傭兵ギルド』に別動隊を出してもらうことになった。
もし帰りにあたしが〈空間転移〉を使えなかったら困るので、傭兵数人にガルムで【死霊の館】へ行ってもらうのだ。
ロック鳥に見つからないようにしないといけないので、ちょっと時間はかかるだろうけど、たぶん近くまでは行ける、との予想。
・・・倒壊した【死霊の館】にレグルーザを置き去りにした前科があるあたしは、無言でうなずき、賛成しておいた。
もうそんなコトするつもりはないけど、何が起きるかわからないところへ行くんだから、あたしが魔法を使えなくなったら移動手段がなくなる、という状況は避けておくべきだ。
支部長もその提案に賛成したので、こちらのことは彼に任せて出発。
頭の中でいつもより慎重に魔法陣を構築し、[呪語]を唱える。
「〈空間転移〉」
『傭兵ギルド』の応接室から、【死霊の館】の前へ移動。
レグルーザとイール、フリッツを連れて到着した【死霊の館】は、初めて来た時と同じ姿でそこにあるように見えた。
・・・と、思ったけど。
「んん?」
「リオ? どうした?」
玄関の扉を見て首をかしげたあたしに、周辺を警戒しながらイールが訊いた。
あたしは扉にかけられた[呪語]の魔法を見て、「扉を閉ざす魔法がかかってるみたいだよ」と説明する。
[琥珀の書]のある部屋まで行った時と同じで、五つの[古語]を唱えることで反応する仕組みのようだ。
「開けていい?」
なりゆきで集まった種族混合パーティが全員うなずくのを見て、あたしは五つの[古語]を唱えた。
「〈右の手袋〉、〈赤い花〉、〈湖にうつる虹〉、〈手のひらの雪〉」
前回、書いてあるものを読んだだけだった時はまったく知らなかったけど、[琥珀の書]の著者、ウォードの記憶を継いでしまった今ならわかる。
これはロザリーがウォードにあげたもの。
外道な魔法ばかり研究する壊れた魔法使いが、ただひとり愛した娘から与えられ、その冷たい心に深く刻みこんだ宝物。
「〈鳴らない銀の鈴〉」
五つ目の言葉が終わると魔法陣が反応し、扉が消えた。
様子を見ていると間もなく館の奥、玄関広間の正面にあるおおきな階段から、黒いドレスを着た緑の目の少女が降りてくる。
手には高価そうな木製の杖を持ち、身につけたきらびやかなアクセサリーにはめこまれた宝石は、どれも魔力付き。
そしてその少女を見た瞬間、イールは怒りのこもった敵意をまとい、“闇”のなかでジャックが低く不穏なうなり声をあげた。
そういえば、ジャックの元になった三頭のシャドー・ハウンドは『茨姫』のせいで死にかけたんだった、と思い出す。
覚えてるかどうかはわからないけど、本能レベルで警戒するのは当然の反応かも。
あたしはジャックが彼女に飛びかかっていかないか見守りながら、これが『黒の塔』最高幹部の一人、『茨姫』のようだとその姿を観察。
病的なまでに白い肌とやわらかな栗色の長い髪、可憐な顔立ちと小柄な体はウォードの娘、ロザリーにそっくりだなと思う。
彼女はウォードの記憶の中にはなかった、うす気味悪くゆれる影をまとい、階段の途中で立ち止まるとにっこり微笑んだ。
「お帰りなさい、お父様。」
本能的な嫌悪感をおぼえて体がゾワッとふるえたが、無邪気な笑顔と高音のその声に刺激され、あたしの中でウォードの記憶があざやかによみがえり。
無意識に口が動いていた。
「ロザリー、わたしの小鳥。」
遠い昔に、娘をそう呼ぶ男がいた。
そして今。
『茨姫』ロザリーは、くもりのない笑顔で答える。
「ああ、本当にお父様なのね。ではもう一度、殺さなくては。」
・・・・・・は?
どこかいびつで不気味な少女の言葉に、思考停止。
数秒かかってようやく動き出した頭の中で、ウォードを殺したのはロザリーだったらしい、と理解した。
ウォードの記憶では、壊れた魔法使いを「お父様」と純粋に慕う、愛らしい女の子だったんだけど、なー。
カエルの子はカエル、という言葉が浮かんだ(実の娘じゃないはずなのに)。
「お父様の小鳥は、ずっと昔に籠から出たの。だから今度は、お父様がロザリーの記憶の中に入る番。
勝手に出てきちゃ、いけないのよ?」
壊れた魔法使いの娘はやっぱり、っていうか娘の方が現在進行形で危ないヨー。
ロザリーはふんわりと砂糖菓子のように甘く微笑み、細い指をぱちんと鳴らした。
それを合図にまわりの森から数十体の植物兵(鎧装備した植物が武器持ってる)と十数頭の魔獣、【死霊の館】から魔法使いらしき三人の男(たぶん『茨姫』の弟子)がゾロゾロ登場。
「さあ、お父様。ロザリーの記憶へ帰りましょう。」
強制的に戦闘開始。
まず真っ先に集中して狙われたあたしは、その場を動かず〈全能の楯〉展開で防御。
他の三人はそれぞれ打ち合わせ通りの配置へ散開。
前衛イールは火の精霊魔法で植物兵を焼き払い、中衛レグルーザは紫紺の雷をまとった槍で魔獣を倒し、後衛フリッツは敵から距離をとりながら氷の矢を射る。
主が攻撃されていることに怒ったジャックが、“闇”のなかで紅の眼に獰猛な光を宿して動こうとしたのを「だいじょーぶだから、そこにいて」と止め、あたしは周囲の状況を見た。
〈全能の楯〉ですべての攻撃を防げているので、わりと余裕がある。
そうして状況を見たところ、イール達は予定通り『茨姫』ロザリー以外の敵から倒していくらしい。
あたしはフリッツが敵の攻撃をうまく避けながら反撃しているのを見て、彼のお守りは必要なさそうだと思ったので、ロザリーを逃がさないようエサになっておくことにした。
まずは注意を引こうと、声をかける。
「ロザリー、人質にしていた人たちはどこ?」
虹色のシャボン玉みたいな〈全能の楯〉にドカドカ魔法攻撃がぶち当たっていてうるさいので、それなりの大声で訊くと。
「人質? ・・・ああ。あの男たちなら、その緑のなかのどれかよ。」
ロザリーは植物兵たちを指さして、くすくすと笑った。
「どれでも好きなのを持っていけばいいわ。きっと人間だった頃より、静かで役に立つようになっているから。」
手遅れだったようだ。
フリッツは倒すには体内のどこかにある核を壊すしかない、と言っていたし、あたしの目から見ても植物兵は完全に異物と化していて、人に戻せる見込みはない。
命を道具のようにあつかい、笑いものにするロザリーに嫌悪感が増したが、あたしはそれに激怒して彼女を責めるほど正義感の強い人間じゃない。
思考によけいな感情がまざろうとするのを抑え、人質についてはもう何もできない、と結論して話を変えた。
「ヴァングレイ帝国の第三皇女はどこ?」
「質問ばかりね、お父様。しかもどうして他の人のことばかり訊くの?
ロザリーが今までどうしていたのか、ひとかけらも気にならないとおっしゃるの?」
芝居がかったしぐさで嘆きながらロザリーが言う。
「姿と一緒に心まで変わられてしまったのね。前は魔法の研究とロザリーのことしか気にしなかったのに。
でも、いいわ。お父様はもうすぐロザリーの記憶へ帰って、またロザリーだけのものになるのだから。
それに、ロザリーもお父様にお訊きしたかったことがあるの。」
「何が訊きたい?」
「扉を開いた五つの言葉。あの[古語]には何の意味があるの?」
なんだ、知らないのか。・・・ってことは、利用できる?
思ってためしに「皇女の居場所を教えてくれたら答える」と言うと、ロザリーは意外なほど簡単に応じた。
「あの皇女の居場所を知っているのは『兇獣』だけよ。『人形師』の元からさらっていったの。
『黒の塔』すべてを敵に回して、一言もしゃべれない、泣きも笑いもしない空っぽの子どもを連れて、逃げたのよ。
愚かなケダモノ。おなじ黒髪だったから、初めて会う同種だと思って一目惚れでもしたのかしら?
あんな子どものために総帥に逆らうなんて、本当に、ばかみたいだわ。」
可愛らしい高音の声なのに、悪意と嘲笑をおびた傲慢な口調のせいか、一言聞くごとに嫌悪感が強くなる。
意識して深く呼吸し、はい落ち着いてー、と自分に言い聞かせていると、ジャックから「おとうさん、おはなし」というテレパシーがきた。
そしてジャック経由でイールから「ヴァンローレンの行方についても訊いてくれ」と言われ、そういや『黒の塔』とケンカしてから行方不明になったんだっけ、と思い出す。
あたしはロザリーの知りたがった[古語]のうち、三つの意味を教えてから、「そういえば、もうひとつ訊きたいんだけど」と言葉をはさんだ。
「第二皇子ヴァンローレンはどこ?」
「知らないわ。」
あっさり即答されたので、質問を変えてみる。
「第二皇子と何かもめたんじゃないの?」
「彼は『人形師』が皇女をさらったのを怒ったのよ。邪魔になったから『人形師』の悪魔がどこかに飛ばしたわ。おかげでその悪魔が壊れて、「有能な手ゴマを無駄にした!」って『人形師』は大騒ぎ。
弟を殺そうとしたくせに、妹がさらわれたのを怒るなんて、迷惑なうえにおかしな男ね。」
そりゃー確かにおかしな男・・・、って、ソイツに殺されかけた異母弟が目の前にいるんですが。
おそるおそる様子を見ると、強烈な怒気をまとったイールが火の精霊魔法でひときわ大きな爆発を起こし、魔法使いの男を吹っ飛ばしていた。
内心「ひえー」と首をすくめ、早く続きを教えろとせっつくロザリーに残る二つの意味を答える。
そうして五つの言葉の意味を知ったロザリーは、いぶかしげにつぶやいた。
「右の手袋と赤い花、湖にうつる虹、手のひらの雪と、鳴らない銀の鈴?
何の役にも立たないものばかりだわ。あれは、古代の魔法の呪文ではなかったの?」
ええ?
「ロザリーがウォードにあげたものでしょ?」
うっかり訊き返して、直後にコレ言うんじゃなかった! と後悔した。
今までで一番マズい感じに表情が欠落した顔で、ロザリーが言う。
「・・・・・・そんなもの、あげたことないわ。
ロザリーは、そんなもの、お父様にあげてないわ?」
ヤな予感、的中。
あの五つはたぶん初めの、本物のロザリーがあげたものだったのだ。
そして今ここにいるロザリーは、おそらく本物のロザリーの記憶がない。
ヤバそうな雰囲気の『茨姫』に何と言ったものかわからず、「ロザリー」と声をかけたらキレられた。
「気やすく呼ばないで! ウソつき!!」
小柄な少女の、その背中から。
甲高い叫び声とともに『野茨の王』と思しきツタがあらわれ、爆発的な速度で成長。
生き物のようにうねり、味方であるはずの植物兵や魔獣を巻き込みながらすさまじい早さで伸びてきて〈全能の楯〉に巻きつき。
あたしの視界を、緑一色に塗りつぶした。
ようやく戦闘開始。だけど決着は次話に持ち越し(おあー)。最近寒い日が続いてますねー。ちょっと前にめずらしく雪が降ったので、犬と一緒にはしゃぎながら雪だるまを作ったら翌日筋肉痛になりました。ああ、運動不足(苦笑)。