表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/117

第六十一話「親愛なる。」





 ローザンドーラ『傭兵ギルド』支部長の部屋。

 レグルーザと一緒に会った『鷹の眼』の使者は、のほほーんとした笑顔のたれ目なおじさんで、名前はフリッツ。

 美形でもなく不細工でもなく、別れて三秒で忘れそうな顔立ちに親近感を覚えながらあいさつすると、「失礼ですが確認を」と言われてひとつ質問された。


「第七皇子殿下が『星読みの魔女』様とお別れになる際、告げられた予言について覚えておいででしょうか?」


 あたしが本物の「里桜」なのかどうか、確かめてからでないと手紙を渡さないらしい。

 まあ、当然か。

 何て言ってたかなー? と記憶をたぐって答えた。


「えーっと。眠れるドラゴンに歌声が届く前に、誰かを取り戻せるよう祈ります?」


 本人確認クイズはそれで正解だったらしく、何も書かれていない魔法付きの封筒(紙に緑色の繊維が()きこまれていて、リンゴみたいな甘い香りがする)を渡されて、イールの[竜血珠(ドラゴン・オーブ)]に触れさせるよう指示された。


 誰にも見えないようにして手紙ごと”闇”へ手をつっこみ、ジャックの額にある[竜血珠]に触れさせてから取り出すと、封筒に字が浮かび上がってきた。

 イールの魔力に反応して字が浮かび上がるように、魔法がかけられていたらしい。

 本人確認とイールの魔力確認と、二段構えの警戒。厳重だねー。


 そうしてようやくきちんと受け取れた第二皇女からの手紙を見て、あたしは悲しくため息をついた。


 字が読めねー。


 そういやまだ共通語覚えてないや、と思い出させられてがっくりと肩を落としたが、この部屋には他に三人も大人がいるんだから、誰かに頼めばいーんだ、と気づいて意識を切り替え。

 レグルーザに「読んでー」とお願いすると、フリッツから視線を向けられた彼は「リオへの手紙は[呪語(ルーン)]で書くよう、皇女殿下にお伝えしてくれ」と言って手紙を受け取った。


 あたしは共通語を読めない、と知った『鷹の眼』の使者が無言でうなずいたのを見て、第三者が読んでもかまわない種類の手紙である、と判断したレグルーザがそれを読みあげる。


 二枚あるうち、一枚目の手紙はイールの予想通り、とても丁寧なお礼の言葉がつづられていた。

 しかも誰にでも「この手紙の持ち主は皇族の友人である」とわかるような公的文章になっているので、ヴァングレイ帝国の中であればこれ一枚見せるだけで好意的に迎えられるだろう、とレグルーザが教えてくれた。

 おー。人物保証書の入手?


 そして二枚目の手紙。

 こちらは先に読んだレグルーザが数秒、目を点にして停止していたので何かあるなー、とは思ったが。

 しばらく後、何かを悟ったようなあきらめ顔のレグルーザは、最初からえらいセリフを読んだ。



「親愛なる未来のお姉さまへ。」



 あたしは両手で耳をふさいでレグルーザに背を向け、「聞かなかったことにしよう!」とがんばってみたが、そんなわけにもいかず。


 ココには未来のオネーサマなんてイマセンヨー。

 と、心のなかで混乱気味につぶやきながら、手紙の続きを聞かされた。



 それによると第二皇女ネルレイシアは、「各地をふらふらと放浪するばかりで恋人の一人も連れ帰らない、甲斐性なしの兄上」が、ようやく「[竜血珠]を作って渡すほど愛せる相手」を見つけたことをとても喜び、その相手が正式に「わたくしのお姉さま」になってくれる日を心待ちにしているそうである。



 おあぅ・・・・・・


 読み終わった手紙を封筒へ戻したレグルーザは、ソファの隅でぐったりとまるまっているあたしを見おろして言った。


「お前が未来の皇妃候補か。」


 遠い目をしてふっと笑い。

 「終わったな、ヴァングレイ帝国・・・」とか、声ちいさくしても聞こえてるからね?

 皇妃候補になんて、なってないし。

 意地悪なこと言うと、後でイタズラするぞー。




 とりあえず。



 何話したのイール?!

 妹ちゃん、なんか完全に誤解してるんだけどー!!



 という怒りは後でイールにぶつけるとして、話題を変える。


「フリッツさん、『茨姫』の話は?」


 機嫌の悪いあたしに、彼は「どうぞフリッツと気軽にお呼びください」と言って、「うちの姫さまは兄君のことを本当に心配しておられるもので、たまに暴走されまして。いやはや、申し訳ない」と主人をフォロー(?)してから、本題に入った。




 彼の話によると、『茨姫』は行方不明の第三皇女の行方を知っているかもしれない重要人物なので、生け捕りにして尋問したい、というのがヴァングレイ帝国の要望。

 元老院の指示によってすでに『黒の塔』の構成員(メンバー)が何人か捕えられ、尋問で「第三皇女は最高幹部四人のうちの誰かの元にいる」という情報が得られているので、最高幹部を捕まえようと必死なのだ。


 ちなみに『黒の塔』の最高幹部は、『茨姫』ロザリーと『人形師』サヴェッジ、『兇獣(きょうじゅう)』ゾルと『探究者(シーカー)』モイラの四人。

 第三皇女は彼女を捕えた『人形師』のところにいると思われ、彼と一緒に動いていた『茨姫』は、現在の彼らの居場所を知っている可能性が最も高い人物だと推測されている。


 それで『傭兵ギルド』を通してレグルーザとあたしを止め、『鷹の眼(ホーク・アイ)』のなかでもかなり優秀な精霊使いで、眠りや麻痺といった精霊魔法を使えるフリッツをここへ送り込んだ。




 元老院がかなり必死に探してる感じかなー。

 そこまで重要視される第三皇女って、ほんと、何者?


 とあたしも疑問に思って質問してみたけど、フリッツは皇女を守るのは当然のことで、さらわれたら急いで探すのが当たり前、という意識でいるらしく、逆に「どういう意味ですか?」と訊き返された。


 あー。質問する相手を間違えた。

 フリッツの態度は、臣下として当然の反応だ。

 過激派地下組織に自分たちのトップの娘を誘拐されたって聞いたら、しかもそれが表に出てこられないほど病弱な皇女だって言われたら、誰だって一刻も早く取り戻さなければ、と思うだろう。


 第三皇女を見つけないと元老院の思考停止状態は解除されそうにないし、どうにもならんなーと思いながら、「フリッツさんが一緒なら『茨姫』のトコ行っていいのね?」と確認。

 「はい」と即答したのほほん笑顔のおじさんを、このヒトでだいじょーぶなのか? とやや不安に見ていたのが伝わったらしい。


「ワタクシ、そこそこお役に立ちますので。」


 苦笑ぎみに言われて、そこまで露骨な目で見てたかな、と反省。

 眠りや麻痺の魔法を使えないあたしは、失礼しましたと謝った。


 催眠や魅了、洗脳や束縛とかができる特殊能力を持った悪魔の召喚なら、[血まみれの魔導書ブラッディ・グリモワール]で覚えてるんだけど。

 そんなことで悪魔なんか呼びたくないし、だいたい「異世界のものを召喚」ってのがイヤだから元からやる気ない。


 頼めることは頼んどこー、という他力本願な思考でフリッツによろしくお願いすると、レグルーザに「では、これから【死霊(レイス)の館】へ行くと第七皇子に伝えてくれ」と言われたので、またあたし一人で別室へ移動。

 ジャックに出てきてもらってイールと連絡を取ると、彼は「ならば私も同行しよう」と言いだした(まだ妹のトコに向かって移動中)。


 優先順位としては『茨姫』を捕まえる方が重要だろうから、まあ、わかるんだけどね。

 あたしとしては「イールはそのまま妹ちゃんに会って誤解といてきて」、と思ったりもするわけで。

 妹に変な誤解させとくな、という怒りを込めて伝えると、うなるような低い声で「やはりそう解釈していたか」と返ってきた。

 予想してるのなら先に何とかしといてくれと思うあたしに、イールはあきらめ口調で説明する。



「わたしはお前に助けられたことと、[竜血珠]を作って渡したことを話しただけだ。

 しかし、ネルレイシアには色恋の話になると自分の望む方向へ意図的に誤解する、悪い癖があってな。

 事実を説明しても「照れて隠そうとしている」と解釈される上、そんな相手ではないと否定すればするほど、「懸命に守ろうとなさっておいでなのですね」と勝手に盛りあがる。

 しかも思うように進展しないと周りの連中を巻き込んで手を出してくるものだから、一度暴走し始めると、しばらく離れて時間をおくしか対処のしようがない。」



 そうした手出しをいろんな人たちにやってきた結果、ネルレイシアに仕える侍女と「生涯独身だろう」と言われたカタブツ竜騎士が結婚したり、数週間前まで知り合いでもなかった男女がいつの間にか夫婦になっていたりするそうだけど、みんな幸せに暮らしているらしいので結果オーライ。

 が、実兄のイールに対しては、連戦連敗。

 なので、彼がすこしでも気に入った様子の女性がいると、捕まえて寝室に放り込みかねない勢いなのだという(過去に一回、イールの寝室に放り込まれる寸前までいった女性がいるらしい)。


 実力行使で既成事実狙ってんの?

 病弱な皇女だって聞いたはずなんだけど、豪腕すぎな仲人(なこうど)のおばちゃんみたいだなー。

 仕事でもないのに。それって、趣味か何か?



「・・・趣味、ではないと、否定はできんが。

 根本は、わたしの行く末を案じるがゆえのことだと思う。ネルレイシアは重い病にかかって幾度か生死の境をさまよい、竜人の娘は短命だということを、教えられずとも知っているからな。

 自分が死ぬ前に、兄の伴侶となる者を見ておきたいと願っているようだ。」



 そこだけ聞くと美しい兄妹愛な願い。

 自分に関係なければ「甲斐性なしの兄皇子が悪いんだよー」とか言って、妹皇女の方を「がんばれー」て応援すると思う。


 が、兄皇子の相手として目をつけられるのは、全力で遠慮したい。


 ・・・・・・うーん。

 まあ、あたしはそう簡単に捕まったりしないし、今のところヴァングレイ帝国の皇女さまに会いに行く予定もないから、当面は放置しとくしかないか。

 「己の伴侶は己で見つけると何度も言っているのだが、まったく聞いてくれんのだ」と疲れのにじむ声で言うイールに、そんならしょーがないねー、とうなずいた。

 あたしも一度天音が暴走し始めると止められん義姉なので(ケガしないよう、気をつけてやるくらいしかムリ)、苦労してきた感じの兄にあまり強いことは言えない。


 そうして二人、「とりあえず今は『茨姫』の捕獲が最優先」と結論して、イールがこっちに来ることになった。

 ちょっと離れて待つよう言われたので壁際に移動すると、「おとうさん、くるー」としっぽを振るジャックの額で[竜血珠]がカッと閃光を放ち、その前の空中でゴウッと炎が燃えあがる。

 その炎のなかから現れたのは、金色混じりのあざやかな紅の髪と目をした怜悧な美貌の青年。

 空中から床へ、すたっと身軽に降り立った彼は、壁際から「ほほー」と見物するあたしの姿を見て、目を丸くした。


「・・・リオ? お前、その格好は?」


 謎の白魔女です、なんて言う気力はもうないので、あたしは片手をあげて「やほー」と答える。

 手首に赤いリボンで結ばれた鈴が、リリン、と鳴った。





 そこそこお役に立つ予定のおじさんと、北の皇子がリオちゃんのとこに合流しましたー。皇子、北で動いてるヒマなかった・・・。とりあえず次は『茨姫』と会える、かなー?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ