第五十九話「謎の白魔女です。」
ブラッドレーに連れられて、なぜか裏口からコッソリと『傭兵ギルド』へ入り、救護室らしき部屋に入った。
薬草とか軟膏とか、独特な匂いのするその部屋のベッドでは女の人が熟睡中。
「彼女は君の服を揃えてくれた仕立屋だよ。徹夜で仕事をしてもらったから、疲れたんだろうね。
服を届けたらほっとしたようで、眠ってしまったんだ。そっとしておいてあげよう。」
穏やかな口調で言う傭兵のオジサマから、その徹夜で用意されたという服をぽんと渡され、あたしは訳がわからず首を傾げる。
寝てるの邪魔したりしないけど、なんであたしの服?
訊くと、「『星読みの魔女』の付き人の魔法使い」と「『神槍』の連れ」が同一人物だというのは、あまり多くの人に知られない方がいいので、レグルーザに同行するならあたしはちょっと姿を変える必要がある、という説明。
あたしのせいでアデレイドとレグルーザに迷惑かけるのはイヤだけど、何がマズいのかいまいち不明だ。
首を傾げるあたしに、ブラッドレーはかまわず言った。
「君の無事を確認した『神槍』は昨夜、『傭兵ギルド』の総長と連絡を取った。『黒の塔』幹部の一人を捕らえられる絶好の機会だから、この件については総長も関心を持っておられてね。
そこで『茨姫』について、新たな情報が入っていたことがわかったんだ。
そのせいで『神槍』は急ぎローザンドーラへ向かわなければならなくなったが、この話をするとおそらく君は一緒に行こうとするだろう、と彼が言ったんだよ。」
うん。もちろん。
『茨姫』のことでレグルーザが動くなら、あたしも一緒に行くよー。
うなずくと、「では着替えてくれるね。靴はそこに置いてあるから。廊下で待っているよ」と言ってブラッドレーは部屋を出ていった。
なんだかいいように丸め込まれた気がするけど、あたしを連れていくためにわざわざ用意してもらえたのはありがたい。
感謝しつつ急いで今まで着ていた服を脱ぎ、それを亜空間へ片づけると渡された服を着た。
が。
・・・・・・何でしょうコレ。
長袖の服とズボンは体にぴったりで、膝下までおおう革製の長靴はとても軽くて動きやすいが、色は全部、白。
そして白いとんがり帽子をかぶり、美しい白銀の毛皮で作られたマント(風系統の魔法付きな上、ぬくぬくのふさふさ~)をはおり。
最後の仕上げに銀の仮面(顔の上半分を隠すタイプ)をつけたら。
ハロウィンの魔女ができあがり~。
じゃ、なくて。
変装というより、仮装な感じのコレは何?
あと、採寸もしてないのに、どうしてサイズがぴったり?
頭の上に疑問符を浮かべて廊下に出ると、ブラッドレーは「おお。これは可愛い魔女さんだ」と笑い、[白の護符]に気づくと(腕輪もこれも、服の下に隠せなかった)、「どうして光ってるんだい?」と訊いた。
ちょっと待ってー。
質問したいのはあたしの方よ?
とりあえず、仕立屋さんにはレグルーザがもう代金を支払っている、ということだったので、寝ている彼女に「お疲れさまでした」と一礼して移動。
ブラッドレーについて入った部屋で、気むずかしげな顔をして一人ソファに座っていたレグルーザ(獣人バージョンに戻ってる)に、「おはよー」と片手をあげてその続きに訊いた。
「何で服がサイズぴったり?」
謎の白魔女になっているあたしの姿に、目を点にして無言で驚いていたレグルーザは数秒してまばたき、ため息をつくような声で答えた。
「服のことはブラッドレーに頼んだ。彼は人や物のサイズを見抜くことができるからな。
・・・しかし。元の姿がわからない服を、とは、確かに言ったが。」
コレと一緒に動くのか、とたいへん不機嫌そうなレグルーザに、「見事に正体不明だろう。それにとても可愛いらしい」と満足げに言って、ブラッドレーは説明を補足した。
「わたしの普段の仕事は、賞金首を生け捕りにすることでね。
相手の体のサイズを知っていると、わりとうまく罠にかけられるものだから、いつの間にか得意になっていたんだよ。」
彼の二つ名である『鎖』は、一度狙った獲物は逃さず生け捕りにするところからきているそうだ。
すごいねー。
でも、生け捕りって面倒くさそう、とつぶやいたら。
「確かに手間はかかるね。でも、生け捕りにした方が、後でいろいろ楽しいんだよ。」
と、いつもの笑顔でさらっと言われて思考停止。
・・・・・・え? 後で? 何をお楽しみになるの?
なんて訊くほどヤボじゃないので、ここはスルーで! という本能の叫びに従って話題を変えた。
「そういえば、『茨姫』の新しい情報って、どんなの?」
訊ねると、レグルーザはまずブラッドレーに「使い走りのようなことをさせてすまなかった」と詫び、「協力に感謝する」とお礼を言って彼を『星読みの魔女』のところへ帰した。
ここから先、ブラッドレーは関わらないようだ。
あたしもお礼を言って彼が出ていくのを見送り、レグルーザの向かいのソファに座った。
「あ。レグルーザ、話の前にこの服の代金渡さないと。いくらだったの?」
「それは気にするな。ローザンドーラで受けた依頼の報酬と、『茨姫』の弟子にかけられていた賞金から支払った。あの二件はお前が片づけたようなものだからな。」
「うーん? でもそうすると、レグルーザの分の報酬は?」
服はともかく、魔法付きな毛皮のマントはわりと高価な品だと思うんだけど。
報酬と賞金があっても、全部使っちゃったんじゃないの?
それはさすがに申し訳ない、と思って訊ねると、レグルーザはまったく気にしていない様子で答えた。
「俺はほとんど何もしなかったし、金に困っているわけでもないからな。それより『茨姫』の話だ。」
ん。それならまあ、了解です。
あたしがうなずくのを見て、レグルーザは話を始めた。
「昨日の夜、一人の男が『茨姫』からの要求を書いた手紙を持って、ローザンドーラの『傭兵ギルド』へ駆け込んだ。
彼の説明では二日前、倒壊した【死霊の館】へ三人の仲間とともに行き、館が復元されているのに驚いているところを『茨姫』に捕まった。
そして「仲間の命が惜しければ使いになれ」と言われ、近くの『傭兵ギルド』へ行くよう指示されて、館の外へ出されたという。
そうして彼が持ってきた手紙に書かれていたのは、
「『神槍』とその連れの魔法使いが三日以内に【死霊の館】へ来なければ、人質にしている三人を殺す。そしてまた別の人間を捕らえ、『傭兵ギルド』へ同じ手紙を持った使いを出す。」
というものだ。」
何回かローザンドーラの近くに行ってるけど、なーんにも気づかんかったなー。
まあ、それはそれとして。
瓦礫の山になってた【死霊の館】をわざわざ復元したってことは、『茨姫』ロザリーはやっぱり[琥珀の書]の著者、ウォードの娘の可能性が高いね。
ウォードはだいぶ昔に死んだはずだけど、彼の記憶にあった娘のロザリーは普通の人間じゃないっぽいから、今彼女がいても驚かないし。
「普通の人間ではない、というのは、どういう意味だ?」
「ウォードの記憶のなかでね、ロザリーは何回季節が変わっても十二、三歳くらいで、ちっとも成長しないんだよ。しかもあたしが気づいただけで、癖が四回も変わってる。
これはあたしの推測だけど、たぶんロザリーは一人じゃない。ウォードは何人もの女の子を魔法で「ロザリー」に変えて、そばに置いてたんだと思う。
記憶操作とか暗示とかの魔法、[琥珀の書]にいっぱいあったし。姿形を変える魔法はなかったから、それは他の魔法使いにやらせたのかもしれないけど。
でもそういう精神干渉の魔法は、中身を完全に作り替えるとどっかでボロが出て早々に破綻するっぽくてね。
そういう精神崩壊を防ぐために、ウォードはわざと彼女たちの癖を残しておいたのかも。」
「子どもをさらっていたのか」とうなるような声で言うレグルーザに、たぶん、とうなずいて言葉を続ける。
「それでね、ウォードはあの館でロザリーに[呪語]を教えてたんだけど、ロザリーは前の子の記憶を受け継いでるみたいで、癖が変わっても習ったことは覚えてるんだよ。
そうやって[琥珀の書]の魔法を覚えてたりすると、相手するのけっこー大変だと思う。」
だからぜひ、[琥珀の書]持ってる謎の白魔女を連れてってねー。
と宣伝しておき、ちょっと別の質問。
「『茨姫』の人質になってる三人って、傭兵? 民間人?」
「どちらとも言えんな。『傭兵ギルド』に登録せず、傭兵のような仕事をして高額な金を要求する連中だ。」
「ふーん? そんな人たちが、なんで倒壊した【死霊の館】に?」
「瓦礫の山から何か掘り出せないかと思ったのだそうだ。」
ああ。火事場ドロボーみたいな。
『茨姫』の人質にされてても、同情心はわかないなー。
男って聞いた時点で、もとからそういうのないけど(自力でがんばってー、という感想)。
ふむふむとうなずいていると、レグルーザが言った。
「あと他に一つ、ローザンドーラの『傭兵ギルド』から情報がある。
あの辺り一帯を縄張りにしている大型の魔獣、ロック鳥が『茨姫』に操られ、【死霊の館】に近づこうとする者を攻撃しているらしい。」
ロック鳥?
魔法の練習の時に見たやつかなー?
あんなのに攻撃されたら、速攻で逃げなきゃヤバそう。
「ああ。今のところロック鳥に見つかった者は即座に逃げている。『魔法協会』や近隣の『傭兵ギルド』に協力を求め、戦力を集めれば討伐することも可能だろうが、できればそれは避けたいのだそうだ。
『茨姫』からの影響をなくし、解放してやれれば一番なのだが、可能か?」
「どういう魔法で操られてるのかで対処の仕方が違うから、実際に見てみないとわからないけど。
[琥珀の書]にある魔法で操られてるんなら、〈分解〉で何とかできると思うよ。」
でも、討伐可能なのに、なんでやらないんだろう。
思って、「そのロック鳥って、何か大事なの?」と訊くと、「いなくなった時の影響が大きい」という返答。
強力な魔獣が死ぬと、その魔獣の縄張りだったところを手に入れようと周辺の魔獣たちが争い、それが落ち着くまで辺り一帯が荒れる。
なので、正気に戻せる可能性があるのなら、広大な縄張りを持つロック鳥を殺すのは避けたい、ということらしい。
「それに、あのロック鳥は好奇心旺盛なのが困るが、人間に対する敵意をあまり持っていないという、珍しい性質なのだそうだ。
地元の住人たちにしてみれば、獰猛な魔獣の縄張りより、自分たちを襲わない温厚な魔獣の縄張りにいたいだろう?」
なるほど。
それでローザンドーラの傭兵は、ロック鳥を討伐しないのね。
そうしてだいたいの話を聞くと、今度は次に何をするのか簡単に相談。
まずレグルーザをローザンドーラの『傭兵ギルド』へ〈空間転移〉で送り、あたしは宿屋に戻って出かけることを話す。
そこで天音とアデレイドへの話をすませたら、あたしもローザンドーラへ行って、[竜血珠]でイールと連絡を取る。
「それじゃまず、ローザンドーラに行くね。」
「ああ、頼む。」
ソファから立ちあがったあたしは、同じく立ちあがって荷物を持ったレグルーザの姿にふと違和感をおぼえて、「ん?」と首を傾げた。
あ。わかった。『神槍』が槍持ってないんだ。
「レグルーザ、エイダは?」
訊いてみると、彼は「ここだ」と腰に帯びた短剣を示した(柄に紫の珠がはまってて、鞘は革製)。
ああ、形変えて持ってたのね。
それで、えーと・・・、だいじょーぶだった?
「エイダは雨が降っているか、雲の多い時しか人の姿になれないらしい。晴れている時は、俺の意思を感じとって能力を発揮することは可能なようだが、浅い眠りのなかにいるような状態だ。
お前が消えた後、二度人の姿になって「なぜ離れた」と怒ったが、話をしてみると酒が好きだということがわかったからな。二度とも[竜の血]を飲ませて、眠らせた。」
[竜の血]飲んで寝る、酒好きな精霊。
人の姿になれる珍しい存在で、しかもすごい美女なのに・・・
うん。もう何も言うまい。
レグルーザが無事ならそれでいいや。
あたしは無言でうなずいて、[呪語]を唱えた。
「〈空間転移〉」
移動先はローザンドーラの『傭兵ギルド』で、”闇”から視覚をとばしたあたしに気づいてナイフ投げた人の部屋。
運が良いのか悪いのか、彼は部屋にいて、あたしたちが現れるのとほとんど同時にイスから立ち、すでにナイフを手にしていた。
レグルーザは「待て! 俺だ」と慌てて彼の攻撃を止め、よりによって何でこの部屋に転移したんだ、とあたしを睨んだけど、トップと話すのが一番手っ取り早いかなーと思って。
それじゃ、できるだけ早く戻るからねー、とにっこり笑って、あたし一人で二度目の〈空間転移〉。
一瞬でニールスの宿屋の部屋へ戻ったのはいいけど、ちょうど荷物をまとめている天音の前に現れてしまったので、芝居がかった動作でばさりとマントをひるがえして「ご機嫌よう、お嬢さん」と一礼。
それでも天音が目を丸くしたまま黙っているので、もうちょっと遊んでみる。
「はじめまして、謎の白魔女です。」
天音はぱちぱちとまばたきをしてから、きょとんとした顔で質問。
「お姉ちゃん、それって何のコスプレ?」
・・・・・・。
あたしは返す言葉につまって口を閉じ。
真正面から訊かれると、思ったより精神的に痛い、と学んだ。
仮装して仮面かぶっても、義妹には一瞬で見抜かれましたー。そんなわけで登場人物の中でも一、二を争うアヤシイひととなったリオちゃん。今日は厄日なのかも(笑)。