第五十六話「約束は守る。」
「髪の毛は自分でちょこっと切ったの」と説明すると、天音はようやくあたしの上からおりてくれた。
が。
今度は「ケガしてないっ?」と訊きながらあちこち触ってくるので、あたしはやめてくれと叫びながら笑いころげるハメになった。
そうしてあたしが息もできずにひーひーうめいている間に、天音を乗せてきた馬車がとまり。
天音はあたしがケガもなく元気だと確かめるとようやく手を止めて、馬車からおりてきた従者たちを迎えた。
そのメンバーは王子と従者決定戦で選ばれた騎士二人、魔法使い一人と神官一人。
そしてその他に、なぜだかメイドさん一人とでっかいネコ(獣人?)が一匹。
全員で天音のところに突進してきて、動いている馬車からいきなり飛び降りたことを叱っている。
うん。危ないからね。
叱ってやってー。
ところで、レグルーザはどこに?
あと、天音。取り巻き増えた?
イザという時の盾と剣になるだろうから、天音の仲間が増えるのは歓迎なのだが。
天音と取っ組みあっていたあたしを、射るように鋭い目で睨んできたメイドさんは女装した(すごい似合ってる)男の子のようなので、後で天音にわかっているかどうか確認しておこう。
常識的な義姉としては、このメイドくんの前で着替えたりしちゃーだめよ、とひとこと言っておかねば。
笑い転げて疲れたあたしは、そんなことを考えながらぐったり寝ころんでいたのだが。
気配もなく近づいてきた人に、突然ひょいと抱きあげられて、ものすごく驚いた。
な、なにごと?
「あ、レンさん。ありがとうございます。」
びっくりして固まっているあたしの状況に気づいた天音は、子どもを抱くように軽々と、片腕に義姉を座らせたひとに笑顔でお礼を言っている。
なんで「ありがとう」?
というか、レンさん?・・・て、誰?
思って振り向いた先にいたのは、全身鎧の騎士。
その鎧の奥からあたしを見おろす、静かでいて力強い青の目に気づいて頭が真っ白になった。
彼を紹介してもらう必要は、ない。
「レン」って名前で、騎士のふりして御者してたの?
レグルーザ
言葉が見つからないあたしに、重低音の声が言った。
「リオ。無事でよかった。」
全身鎧装備なせいで目しか見えないし、声はくぐもってたけど。
ひとかけらの揺らぎもない穏やかなその言葉を聞いて、泣きそうになった。
あたしは、“闇”の力で人を傷つけて。
何も説明せず、逃げて。
レグルーザが敵になるかもしれない、とかも、考えたのに。
どうしてそんなことを言ってくれるの?
思うが、それを訊ねるよりも。
自分のしたことが恥ずかしくて、レグルーザに申し訳なくて。
穴があったら埋もれたい気持ちで、自然と頭が下がり。
必死で開いた口からは、ちいさな声しか出なかった。
「・・・・・・ごめんなさい」
レグルーザは何も言わず、腕の中で縮こまっているあたしの頭を、ぽんとかるく撫でてくれた。
怒ってはいない、と。
お前を怖れてはいない、と。
そう言われた気がして、体からすこし力が抜ける。
そこへ。
「お姉ちゃん。レンさんと話すことがあるんでしょう?」
心配する従者たちをなだめた天音が、でっかい金色のネコを従えて言った。
「ちゃんと話してきて。
でも、それが終わったら、すぐに戻ってきてくれなくちゃダメだからね?」
・・・うん。
ありがとう、天音。
こっくりとうなずいて、なりゆきを見守っていたアデレイドに言った。
「アデレイド。あたしの妹の、天音だよ。
頭はイイけど、すごく情にもろいから、そのへんよろしく。」
察しの良い『星読みの魔女』は、全身鎧の騎士があたしの探し人だと見抜いているらしい。
見つかって良かったですね、と微笑んでうなずいてから、天音に向かって「お初にお目にかかります」と優雅に一礼した。
「天音。調和の女神サマの力で未来が視える、『星読みの魔女』のアデレイドだよ。
すごく博識でね、イロイロお世話になったの。」
未来が視える、という言葉に一瞬目を丸くしたものの、天音はすぐに立ち直って「姉がお世話になりまして」と礼を返す。
うん。簡単だけど、紹介は完了ってコトで。
「話が終わったらすぐ戻るけど、休けいが終わっても来なかったら、次の街に行っててね。」
絶対に追いかけるから、と天音とアデレイドに約束して、あたしは[呪語]を唱えた。
「〈空間転移〉」
そうしてレグルーザとふたり、移動した先は深い森のなか。
ローザンドーラへ続く山道の途中だ。
〈空間転移〉の魔法について何も言わないレグルーザにやっとおろしてもらい、あたしたちは山道からすこし離れたところに落ち着いた。
そこでレグルーザはようやく兜をはずしたので、人間バージョンの顔を見ることになったわけだが。
・・・・・・思ったより若い?
いや、おじさんだと思ってたわけじゃないんだけど、ある程度の年齢じゃないかと思ってたから、二十代そこそこって感じの青年な顔に違和感があるのだ。
七十歳だというイールの元の姿も若かったし、獣人は年のとり方が人間と違うのかな。
ちなみにレグルーザはいかにも猛獣系ネコ科な切れ長の眼と、荒削りでワイルドな顔立ちをしているので、真顔だと子どもには泣かれそう。
・・・いや、笑ってもビミョーに怖いかも。
個人的にはカッコイイと思うんだけど。
と、しげしげ顔を見ていたら、「これまでどうしていたんだ?」と訊かれたので、まずはあたしが何をしてきたのか話した。
そうして話しながら思い返してみると、
ヴァングレイ帝国第七皇子イールヴァリードからはじまり、
『星読みの魔女』アデレイドと『守り手』バルドー、
『傭兵ギルド』総長クローゼルとランクAの傭兵、『鎖』のブラッドレー。
わりとすごい人たちに遭遇している。
しかもケルベロスのジャックと、使い魔の契約したしなー。
「この短期間に、よくそれだけの顔ぶれと出会ったものだ・・・」
レグルーザは額を押さえ、「なんという強運」とうなっていた。
いやー。
イールの強運に巻き込まれただけだと思うよ。
なんというか、つくづく巻き込まれ人生でねー・・・
遠い目でため息をつき、ジャックを呼んで紹介してから(普通に顔見せして終わった)、今度はレグルーザの話を聞いた。
【死霊の館】で生け贄にされていた五人を連れて、あたしが逃げた後。
レグルーザは重傷を負った魔法使いの男を捕まえ、ローザンドーラの『傭兵ギルド』に身柄を引き渡すと、いろいろ考えて王都へ行くことにした。
儀式の場に残された出血量から、生け贄にされていた五人のうち、四人はかなりの重傷を負っているようだと考え、彼らを連れたあたしは王城の天音を頼るだろうと予想したのだ。
(突然消えたことと、一番近い街であるローザンドーラに現れなかったことから、長距離の移動方法を持っているようだと判断したらしい。)
確かに、イールの変な発言が無かったら、あたしは王城へ行っただろう。
他に頼れるあてなんて無いし、王城ならこの辺りで一番の医療技術が集められているはずだから。
まあ、結局、王城へは行かず、アデレイドに拾われてバルドーの家に転がり込んだわけだが。
ともかくレグルーザは、人間の姿で王都へ戻った。
人間の姿でいれば、あたしが彼に気づくより先に、彼があたしを見つける可能性が高くなるし。
先日の奴隷商人のオークションから始まった、条約違反騒ぎに巻き込まれるのも避けられるから。
そうしてひっそりと王都にもぐりこみ、旧知の友人と連絡をとって協力してもらい、あっさりと王城へ潜入 (それってどんな友人?)。
そこで天音かあたしがいないかと探していると、つい最近会ったばかりの、ネコの獣人と再会。
獣人特有の感覚の鋭さで、人間の姿をしていてもレグルーザだと見抜かれたが、幸運なことに騒ぎにはならなかった。
そのネコの獣人とは、先ほど天音が従えていた金色のネコで、名前は「ラクシャス」という、まだ若い男の子なのだが。
驚いたことに、彼はレグルーザが傭兵たちと踏み込んだ奴隷商人のオークションで売られかけていた、もうひとりの獣人だったのだ。
そしてレグルーザはラクシャスの協力を得て、天音と会った。
「ええ? ちょっと待って。
奴隷商人に売られかけてた子が、なんで王城にいて、今は天音の隣にいるの?」
思わず手をあげて質問したあたしに、「お前たちは似たもの姉妹だという話だ」と苦笑したレグルーザが説明してくれた。
彼も同じことを疑問に思って、天音たちに事情を聞いていたらしい。
「これはお前が無断で城を出た、すぐ後の話だ。
お前からの手紙を読んだアマネは、心配してはいたが、無理に連れ戻すことはできないだろうと、宰相に話した。
しかし宰相としては、後にどんな火種になるか知れない「勇者の義姉」の居所を、見失うわけにいはいかない。
そこで表向きには「義姉は勇者の無事を祈るべく、神殿の奥へ移った」としておき、裏ではお前の行方を密偵に追わせることにした。
密偵の目的はお前を連れ戻すことではなく、危険の無いよう守りながら、慣れない世界で何をしようとするのか、見定めることだったようだ。
お前はずいぶん上手く監視の目をくぐり抜けてきたようだが、俺たちと動くようになっていくらか目立ったからな。
密偵はそこでお前を見つけて、追跡を始めた。
それがちょうど、俺が奴隷商人のオークションに踏み込む準備を始めた頃だ。」
「んーと。あたしはラルアークと一緒に、宿にこもって遊んでた頃ね?」
「そうだ。そして俺がオークションに踏み込んだ時、お前たちの元には奴隷商人によって危険な連中が送り込まれていた。」
「あー。奴隷商人に脅かされて、レグルーザが急いで戻ってきた時のこと?
あれってホントに危なかったの?」
「ああ。宰相の密偵が察知してその連中を捕らえなければ、お前たちは襲われていただろう。」
おおー。なにげに危機一髪?
主に密偵に捕まった連中が(襲われたら容赦なく反撃しただろうし)。
「ん。機会があったら密偵サンたちにお礼言うね。
それで、どうなったの?」
「お前にそんな危険があったという話を、どのようにしてかはわからないが、アマネが聞いてしまったらしい。」
「おおっと。そりゃー・・・」
「行動力のありすぎるお前の妹は、姉を心配するあまり、その話を聞いた翌日に城を抜け出したそうだ。
そしてその時に、ラクシャスと出会った。」
おおー。やっぱりかー・・・・・・、て。
「何してんの天音ーっ!
あんなかわいいのが王都みたいな治安の悪いトコ歩いてたら、一瞬でさわられちゃうよ!
どうしようレグルーザ!」
レグルーザは「今俺に言ってどうする」と面倒くさそうな顔をしたけど、「お前の妹は無事だから、落ち着け」と言って続きを話した。
「アマネは抜け出す時、従者の魔法使いを連れて行ったそうだ。自分一人で脱走したお前より安全だっただろう。
それに結局、アマネはお前を探し出す前に騎士たちに見つかり、王城へ連れ戻された。
ラクシャスはその時一緒に王城へ行き、それ以降はずっとアマネのそばにいるそうだ。」
なるほど。
そうして番犬ならぬ、番ネコを手に入れたわけか。
ん。ラクシャスくんのことは了解です。
そして天音は後でお説教決定です(あたしのせいだという原因は一時的に忘れます)。
心のなかでそう決めてから、中断した話の続きを聞いた。
といっても、もうあんまりなかったけど。
王城へ潜入したレグルーザは、ラクシャスの協力で天音と会った後、いずれ義妹の元に戻るだろうあたしを待つことにした。
そこで天音から「お姉ちゃんが見つかったら、もう逃げないよう捕まえちゃってください!」と言われたので、先ほど真面目にあたしを捕まえたらしい。
あー。だから天音は「ありがとう」って言ったのか。
そんなことしなくても、もう逃げたりせんですよ・・・
ちなみに宰相の密偵もあたしを見失っていて、現在捜索中らしい。
なんか知らんトコロで、いろんな人が動いてるなー。
さて。
これでひととおり、お互いの状況は話した。
そろそろ一番大事なトコに入ろう。
あたしの勝手な行動のせいで、レグルーザが『茨姫』ロザリーに狙われている、って話に。
「レグルーザ。『傭兵ギルド』に探されてるの、知ってる?」
まずはそこから訊ねると、レグルーザは知り合いの傭兵とひそかに連絡を取っていたとかで、だいたいのことは知っているようだった。
「『傭兵ギルド』は俺を使って罠を仕掛けたいのだろう。『黒の塔』の幹部を捕える絶好の機会だからな。」
囮にされることに異論はないようで、むしろ望むところだ、という様子だったけど、レグルーザは『傭兵ギルド』からも身を隠している。
不思議に思って理由を訊ねると、短い沈黙の後、ぽつりと答えが返ってきた。
「お前を見つけるのが先だと思ったからだ。」
驚いた。
さっきもだけど。
なんでそんなふうに言ってくれるの?
「あたしは、ぜんぶ話さなかったのに。」
「まだ会って数日だ。すべてを話すことも、完全に信頼するのも無理なのは当たり前だろう。」
「でも、そんな相手を、どうして探してくれたの?」
他の獣人は人の姿になるっていうイグゼクス王国の王都でも、ずっと獣人の姿でいたくらい、人間の姿になるのはイヤそうだったのに。
どうして人間の姿になってまで、探してくれたの?
「お前達が元の世界へ戻る方法を探すのを手伝う、と言っただろう。
一度交わした約束は守る。」
レグルーザは淡々と言った後。
「・・・・・・それに、泣いて逃げた子どもを放っておけるほど、情を捨てているわけではないからな。」
ため息まじりにつぶやいた。
・・・うう。やっぱり泣いてたか。
それを気にしてくれるなんて、レグルーザは優しいなー。
そして本当に、ごめんなさいです・・・
うつむいたあたしに、レグルーザは話題を変えた。
「お前のあの力について、アマネには話していないが。」
「うん。・・・ありがとう、レグルーザ。
あの力については、あたしもよくわからなくて。そんな状態で天音に話しても心配させるだけだろうから、まだちょっと秘密にしておきたい。」
「そうか。お前にもよくわからないのか。」
「イールとアデレイドは、何か心当たりがあるみたいなんだけどね。」
イールが元老院から皇族の伝承を話す許可をもらうまでは、おあずけなのだ。
そしてそのイールは、なんだかとても忙しいらしくて、ジャックに様子を聞くと「おとうさん、おはなしできない」というし。
「あたしとしては待つしかないから、その間に『茨姫』をなんとかしたいと思ってる。」
「なんとか? 相手は指名手配されている外道な魔法使いだぞ。お前はおとなしくしていろ。」
「いやいや。ちょっと待って。
『茨姫』ってね、ウォードの娘と同じ名前なんだよ。[琥珀の書]の魔法も習得してるかもしれない魔法使いの相手するんなら、[琥珀の書]手に入れてる魔法使いが味方にいた方が良くない?」
「戦いに慣れた魔法使いならば迷いはせんが。お前は生死をかけた戦いには慣れていないだろう。それに感情の制御が未熟だ。」
さくっと痛いトコつかれました。
でも、あたしが突っ走ったことでレグルーザにあんまり迷惑かけるのもアレだし。
せめて何かお役に立ちたいんだけどなー。
うーむ。
ちょっと攻める方向を変えてみよう。
「わかった。じゃあ、あんまり前には出ないようにするから。せめてイールとの連絡役で使って?」
「ヴァングレイ帝国の第七皇子か・・・」
「うん。『茨姫』に連れ去られた被害者だから、たぶん誰よりも『茨姫』を捕まえたがってるよ。そこをムシして『傭兵ギルド』が動いちゃったら、マズくない?」
「しかし、皇子とは今、話せないのだろう?」
「あー、うん。だから、話せるようになったらすぐ状況を説明できるように、ちょっとだけ首つっこませてほしーのよ。」
イールは皇位継承権を持ってる皇子だし、ヒドい目にあっているので、さすがにレグルーザも考えこんだ。
お。これはイケそう?
と、思わず顔がにやけたあたしを、ギロッと鋭く見すえて言う。
「リオ。これは遊びではない。
指示されたことを守り、勝手に動かないと約束するか?」
うん。
「ちゃんと相談してから動く。約束するよ、レグルーザ。」
にへーと笑ってうなずいたあたしに、レグルーザはやれやれとため息をついて。
しかたがないなと、ちょっと笑った。
ようやくレグルーザとも再会ー。したら、すぐに場面をかっさらわれました(笑)。おかしーなー?義妹との攻防のハズが・・・。首をかしげつつ、あったかいコーヒーを飲んでおります。最近だいぶ寒くなりましたねー。もうそろそろ鍋の季節かなー?