第五十三話「彼の行方。」
ジャックが“闇”の中でウォン!と吠え、警告のイメージを送ってくるのに目が覚めた。
重い足音と、迷いなくドアを開く音を聞いて飛び起きる。
バルドーが帰ってきたみたいだけど、アデレイドの足音がない。
彼らはどうなったのだろう?
急いで奥の部屋から出たあたしは、玄関のドアの前で帽子をとった男を見て、思わず訊ねた。
「どちらさまでしょーか?」
バルドーの声で「寝ぼけてんのか?」と聞き返され、やっぱり彼だと確信しながら、寝ぼけてなくてもわからんよーと思う。
昨日まで顔の下半分を隠していた無精ひげはきれいに剃られ、上半分を隠していたもじゃもじゃの金髪は、ちょっと癖っ毛な白い髪になって後ろに流されている。
そうして初めて見たバルドーは、ちょっとタレ目で野生的な顔立ちをした長身の男で、なんとゆーか。
色っぽい。
とくに美形ってわけじゃないんだけど、ヤミ医者より夜の接客業の方が確実に儲かりそうな、アレな感じに視線を引き寄せるタイプだ。
銀髪美女のアデレイドと並んだら、ものすごい目立ちそう・・・
・・・まあ、とりあえず。
バルドーが無事『守り手』になったみたいで、良かったね。
で、アデレイドはどこに?
訊ねると、バルドーは簡単に説明してくれた。
昨日アデレイドの部屋で、バルドーは『星読みの魔女』に心臓を捧げて半不死の『守り手』となった。
その儀式自体は問題なく終わったが、心臓の無い体になったことに慣れるのに、半日以上かかってしまった。
(そういえば今の時間、もう昼過ぎだ。朝ごはんと昼ごはん食べそこねたのに気づいたら、急にお腹すいてきたよー。)
一方、体に二つ目の心臓を受け入れた『星読みの魔女』には、その状態に慣れるための時間がもっと必要で、そのそばには世話人が要る。
バルドーは当然、自分が世話をするつもりだったみたいだけど、アデレイドがあたしを呼んでほしいと望んだらしい。
バルドーとしても、これから『星読みの魔女』の『守り手』として動くための準備をしたいところだったので、アデレイドの望みに従ってあたしを呼びに来たそうだ。
なるほど。それじゃ、早く行こう。
急かすあたしを連れ、バルドーは髪と目を帽子で隠してから家を出た。
何でそんなに隠すの?
訊いてみると、バルドーは「お前、どこの生まれだ?」とあたしの無知っぷりにあきれたけど、歩きながら簡単に教えてくれた。
白髪赤眼は『守り手』か、ごくまれにしか生まれない子どもが持つ色。
それは属性が無いことを意味し、先天的にそう生まれた子どもは病弱で短命。
つまり、大人の白髪赤眼は『守り手』以外に存在せず。
バルドーが人々に『守り手』だと知られると、「近くに『星読みの魔女』がいるはず!」とアデレイドが探されるらしい。
「髪と目の色、魔法で変えようか?」と訊くと、『星読みの魔女』にも『守り手』にも、そういった魔法はかけられないと言われた。
しかも、染料で染めることもできないらしい。
たいへんだなー。
話しながら足早に進むバルドーに遅れないよう、人の多い道を小走りにすり抜ける。
そうしてしばらく歩き、アデレイドが借りている部屋に着くと、バルドーはベッドで寝ていた彼女の様子を見てすこし話してから、またすぐに出かけていった。
部屋の鍵はバルドーが持っているらしいので、「頼んだぞ」と言われるのにうなずき、内側から施錠してアデレイドのところへ行く。
そこはひとつの部屋に台所などがついているタイプの貸部屋で、もとから置いてあるらしい古びた家具の他、ほとんど物がない殺風景なところだった。
ベッドの下にはトランクが置いてあるし、仮宿、といった印象。
アデレイドは部屋の奥のベッドで、白いシーツにぐったりと沈み込んでいたけど、あたしの顔を見ると「お呼びたてして申し訳ございません」と丁寧に謝った。
いやいや。呼んでもらって良かったよー。
アデレイドが無事にバルドーを捕まえられたとわかって、ほっとしたし。
ベッドの近くに置かれたイスに座り、軽く答えながらしばらくアデレイドの様子を見る。
んー・・・。
今日占いを頼むのはムリそうだ。
アデレイドは面倒をかけてしまって申し訳ないとまた謝ってたけど、目を閉じて休むよう言うと、数分と経たずに眠りに落ちた。
とりあえず今はアデレイドのそばにいて、回復を待とう。
亜空間からパンとチーズ、紙とペンを取り出す。
そしてチーズを乗せたパンを食べながら、この前作った〈火の檻〉とかの呪文をメモして、他にも何か使い勝手の良い魔法が作れないかなーと考えた。
檻の魔法は展開が遅いので、動きが早い魔物には避けられる可能性が高い。
できれば速攻で一撃必殺できて、周囲に被害が出ない魔法があるといいなー。
いろいろ考えて〈炎の鞭〉や〈氷の槍〉など、既にある魔法を改造したものをいくつか作成、忘れないようメモしておく。
そんなことをしている間に日が暮れて、バルドーが戻ってきた。
なんだかおいしそうな匂いがするなーと思ったら、夕ごはんを買ってきてくれたらしい。
あたしとバルドーが話しながら用意をする音で、アデレイドが目を覚ました。
あっさりとした味付けで煮込まれた豆と穀物、野菜たっぷりのオムレツみたいなもの。
どっちもおいしーねー。
三人で食べて、あたしが後片づけに行くと、バルドーはアデレイドのそばに座った。
しばらくして二人のところに戻ると、アデレイドはもう眠っていて、バルドーはまた出かけるという。
忙しい『守り手』を見送り、ジャックに大型犬サイズで出てきてもらってブラッシングをした。
ジャックは殺風景な部屋の床で、絨毯のようにほよーんとのびる。
リラックスしたその姿を見ながらさらさらの毛並みにブラシを当てていると、気分が落ち着いた。
いくらか時間をかけてブラッシングをしてから、ジャックに“闇”へ戻ってもらい、自分は亜空間から毛布を取り出してくるまる。
アデレイドがよく眠っているのを見てから、そばのイスに座って数分。
いつの間にか眠りに落ちていた。
〈異世界三十日目〉
一晩眠ると、アデレイドの具合はだいぶ良くなった。
バルドーが買ってきてくれた朝ごはんを三人で食べてから、あたしは今日もまた出かけるという彼を見送って、二人分のお茶をいれる。
そしてアデレイドとお茶を飲みながら、昨日話そう思っていたレグルーザの行方の占いについて、やってもらえないかと頼んだ。
事情を簡単に説明すると、アデレイドはすぐに承知して占おうとしてくれた。
が、占いの方法でひっかかった。
アデレイドは最初、レグルーザを思い浮かべたあたしの手を取って集中し、調和の女神の力を借りて彼の姿を視ようとしたのだが。
どうも、あたしに触れているとうまく力が使えないらしい。
女神の力が借りられないなら、先祖伝来の占星術は? と質問。
こちらは占いに必要なレグルーザの情報が無いし、本格的に占うには夜まで待たないといけないので却下。
もともと占星術は世界の流れとか大きいのを占うもので、個人を占うにはあんまり向いてないらしい。
元の世界じゃよく星占いとか見たけど、この世界の占星術は違うのかも。
結局、占いの方法は消去法でカードに決まった。
カジノで使ってたのと同じカードで、タロット占いみたいなのをやるのだ。
でも、これで正確に占うためには、できるだけ多くの情報が必要。
そこで、出会った時のことから始めて、あたしが知っているレグルーザについての話をすることになった。
アデレイドは聞き上手だったけど、それなりにいろいろあったので、話し終わったのはお昼頃。
最後にどうしてあたしが逃げることになったのか、“闇”の力のことを言わなかったので、うまく話すことができなかったんだけど。
アデレイドは何かを察しているようで、詳しく聞こうとはしなかった。
その後、ローザンドーラへ彼を探しに行った時に聞いたことを話していると、バルドーがお昼ごはんを持って戻ってきた。
アデレイドから、レグルーザのことをバルドーに話してもいいかと訊かれたので、かまわないとうなずく。
ごはんを食べながら話を聞いたバルドーは、『神槍』の名を知っていた。
あたしはレグルーザの知名度の高さを改めて感じたけど、バルドーは元傭兵だから、『水月』の弟子として知っているだけだという。
元傭兵のヤミ医者で、現在は『星読みの魔女』の『守り手』。
バルドー、波瀾万丈だねー・・・
そうして話しながらお昼ごはんを食べた後、アデレイドはカードを取り出した。
「では、ホワイト・ドラゴンでローザンドーラから北へ向かったという彼が今、どこにいるのか。占ってみます。」
丁寧な動作でカードを並べ、慎重な眼差しでそれを見おろして数分。
美しい銀色の髪にかすかな虹色のきらめきを宿し、アデレイドはおごそかな口調で言った。
「過去が道を作り、扉は内から開かれる。
そこを行くのは、彼であって彼でなく。
目指す先は、祝福されし命。生ける宝石。
今はその近くにあり、静寂のなかで時を待つ。」
・・・うーん?
いったいどういう意味なのか、首を傾げながらアデレイドと話し、その言葉を現実の世界に当てはめてみると。
レグルーザは今、人間の姿で天音のところにいる。
という結果になった。
・・・・・・え?
軽いサギのようなバルドーの変身は、さらーと流されて過ぎました(笑)。そしてようやくレグルーザの行方が判明。再会に向けてちょこちょこと書いていきますー。