第五十一話「市場巡り。」
髪を短くしたついでに目の色も変えておこうと思い、ずっと緑だったのを青に変えた。
とくに追われているわけじゃないし、レグルーザを探すのに『傭兵ギルド』が『魔法協会』に問い合わせる、というのを聞いていただけなんだけど、なんとなく。
・・・レグルーザ。
今、どこにいるんだろう?
人間と獣人の問題に巻き込まれそうなのを避けて旅立ったくらいだから、王都に戻ってはいないと思うけど。
『傭兵ギルド』はどうして彼を探してたんだろう?
あー・・・。
考えててもわからないのに、また同じこと考えてるなー。
もう一度『傭兵ギルド』を探ってくるか、時間ができたらアデレイドに彼の行方を占ってもらえないかどうか、聞いてみよう。
今はとにかくお腹がすいているので、意識を切り替えて街へ出た。
なんだかいつもより人の多い街は、どこかにぎやかに浮かれている。
それに、大通りに出て市場へ行くまでに、騎士団の人たちが巡回していたり、街角で何かを話し合っているのをちらほら見かけた。
騎士団の人は鎧か服のどこかにイグゼクス王国の紋章をつけているので、一目でそれとわかるのだ。
ちなみにイグゼクス王国の紋章は、王冠と楯と剣をデザイン化した感じのもの。
何かイベントでもあるのかなー?
厄介事に巻き込まれないよう、進むほど増えていく人ごみにまぎれて歩きながら市場に入ると、まず食べ物を探した。
そうして見つけたのは、ホットドックみたいなもの。
買うついでに、店のおばちゃんに「祭りか何かあるんですかー?」と訊いてみたら、「あんた知らないのかい?」と驚き顔で聞き返された。
全然知らないと答えると、ちょうど他にお客がいなかったこともあってか、おばちゃんは親切に教えてくれた。
四日後、勇者さまがお披露目をした後に西の街へ旅立つ、と正式な発表があった。
前夜には王城で、旅の無事を祈ってパーティが開かれる。
そしてそのパーティには、イグゼクス王国とサーレルオード公国を旅して各地で公演をしている、とても有名な『フォレンティーヌ歌劇団』が招かれた。
そこで今度は、招待に応じて王都へ来た『フォレンティーヌ歌劇団』からお知らせ。
三日後の夜の王城だけでなく、公園に天幕を張って数日間、一般向けに初代勇者と二代目勇者の英雄譚を公演するという。
結果。
勇者を見たいという人たちと、それに加えて有名な劇団の公演を観たいという人たちと、人が集まるなら物が売れる! という商人たちが、周辺の街からぞくぞくと押し寄せてきて。
王都は今、すごい混雑している。
・・・・・・なんかイベント化されてんね、天音。
勇者って祭りあげられるだけじゃなくて、旅立ちだけでほんとに祭りになってるよ。
それだけ勇者が慕われてるってコトなのか、ただひたすらに商魂たくましいのか。
まあ、治安は悪いみたいだけど、元気な人が多いんだねー。
が、もちろん良いことばかりではなく。
騎士団の人たちはパレードの経路を確認したり、パレード中に勇者一行の安全をどう確保するか相談したり。
その上、人が集まっているせいで多発する乱闘騒ぎ(大半は酔っ払いのケンカ)や盗難などの犯罪に対応しなければならず、あまりの忙しさにピリピリしているらしい。
この国の騎士団の仕事は、元の世界でいう軍と警察を合わせたようなものなので、イベントがあると大忙しになるようだ。
勇者として祭りあげられてるかぎり、人間からの攻撃はまず無いだろうと思ってたんだけど。
まあ、数が多くなればいろんな人が出てくるから、万が一のことが無いよう警戒するのは当然か。
・・・うーん。天音のパレード、だいじょーぶなのかなー?
騎士団も、そんなに忙しいなら分業すりゃーいいのに。
あ。でも、へたに軍とかに特化すると、獣人や竜人と何かトラブルになった時、かえって危ないか。
そんなことを考えているうちに、店に何人かお客さんが並びはじめたので、話を終えた。
じつは話をしている間に、店のおばちゃんの知り合いだというおばちゃんが一人、また一人とお喋りの輪に加わっていて。
最終的には五人のおばちゃんが喋りまくる輪の中にいるという、えらいにぎやかなことになっていたので、正直お客さんが並んでくれて助かった。
あまりににぎやかで、半分くらい聞きとれず、笑ってうなずているだけだったのだが。
必要なことは聞けたと思う。
いろいろ教えてくれたお喋り好きなおばちゃんたちは、最後に「変なのに巻き込まれないよう気をつけるんだよ」という優しい言葉を口々にくれて、解散していった。
あたしは「ありがとー」とお礼を言って、ホットドックみたいなもの(パンがかたいー)を食べながら、また人ごみのなかをぶらぶらと歩きだした。
大事な物はぜんぶ亜空間に放り込んであるので、スリ盗られる心配はない。
気楽に歩きながら市場をまわり、しばらくかかってホットドックもどきを食べ終えると、ふと目に入った店で立ち止まった。
そこにあったのは、イグゼクス王国の地図・・・っぽいもの。
レグルーザと買い物をした時、日用品から食料品、野宿に要りそうな物も揃えたけど、地図だけうっかり買い忘れていたのに気づいたのだ。
しかしどうもこの世界、あまり詳しい地図は出回っていないらしい(街や生活水準を見るかぎり、技術の問題ではなく、政治的な判断で制限されてるんじゃないかと思う)。
店番のおにーさんとしばらく話したけど、どこの店に行ってもイグゼクス王国とサーレルオード公国の、地名と位置ぐらいしかわからない地図しかないという。
それでも、まったく無いよりはいい。
バスクトルヴ連邦とヴァングレイ帝国の地図は、そもそも売ってないと言われたのだ。
なんで? というあたしの質問に、おにーさんは「普通の人間が行く土地じゃないよ」と苦笑した。
売ってないのが当たり前、という感じ。
不可侵条約の影響だろうか。
『傭兵ギルド』のランク上位になれば、『傭兵ギルド』が作った地図を売ってもらえるらしいけど、一般人には縁の無い物だそうだ。
なるほど。『傭兵ギルド』にならあるのねー。
ふんふんとうなずいて、イグゼクス王国とサーレルオード公国の地図を買った。
子ども向けファンタジー小説の挿し絵みたいな物なので、空白部分にデフォルメされた魔獣が描かれたりしていて、見ているとわりと楽しい。
それからまたしばらく、子どもからお年寄りまで楽しめそうな品ぞろえの市場を見物。
さすがは商人の国だと関心しながらのんびり歩いていると、騎獣の手入れ用品をあつかっている店を見つけた。
ジャックの毛並みのお手入れ用に、ブラシが欲しいなー。
思ってぶらりと店をのぞいたが、あまり良さそうな物が無かったので、買わずに離れる。
そうしてそのまま歩いていると、すいと隣に少年が並び、「おねーちゃん、騎獣がいるの?」と訊かれた。
騎獣はあまり多くの人が持っているようなものじゃなさそうなので、あいまいにぼかして話していると、彼はとにかくどこかの店へあたしを連れていきたいのだとわかった。
ああ。客引き。
まだ十歳にもならないような子どもだったので、そんな話だとは思わなかった。
そこは彼の家族がやっている店だそうで、すごく良い物をあつかっているとしきりに宣伝して、ちょっとでいいから見にきてとがんばるので、「そんなら行こうかー」とうなずいた。
歩きながら、いつも客引きをやっているわけではなく、たまたまあたしが騎獣の道具をあつかっている店にいた様子を見て、この人なら来てくれるかなー、と思ったのだと聞いた。
怖そうな男の人だったら話しかけたりしないよ、と無邪気に言う少年に、女の人のなかにもオオカミさんはいるんだよと、教えてあげた方がいいのかどうか、ちょっと迷ってやめた。
あたしはただの通りすがりだし、よほど幸運な人でなければ、教えられなくてもいずれ知ることだ。
・・・・・・幸運だといいねー。
にこにこ笑いながら飛び跳ねるように歩いていく少年の後について、大通りから一本外れた道にある店へ入る。
二人連れの男性客がちょうど出ていったところで、大量の商品を並べた店内には、店員らしいエプロンをしたおねーさんが一人いるだけだった。
そこへ「母さん、お客さんだよー!」と歌うように言いながら歩いていった少年は、カウンターから飛び出してきたエプロン姿のおねーさんにガシッと捕まり、「今までどこいってたの!」と叱られた。
子どもがいるようには見えないほど若々しいが、このおねーさんが少年の母親らしい。
そして少年は、人出が多くて危ないので、あまり家から離れないように、と注意されていたのを無視して市場へ行っていたようだ。
楽しそうな顔をしていたのが一転、半分泣きそうな顔で「お客さん連れてきただけだもん」と言い返す少年は、かわいそうだが叱られておいた方がいいんだろう。
かなりの人出だったし、こんなちいさい子が一人でふらついているのは、確かに危ない。
息子の姿が見えなくて、きっと心配していただろう母親は、しかしすぐに本当に客がいると気づいて営業スマイルを装備した。
後でみっちり叱るから、今は奥へ行っておいでと少年の背を押しながら、「いらっしゃいませ」と華やかな声で言う。
一瞬で商売人となった母の背中を涙目で見あげた後、しょんぼりと肩を落とし、少年はカウンターの奥にある扉の方へ歩いていった。
その途中、振り向いて軽く手をあげ、「じゃあね」とあいさつしてくれたので、あたしも軽く手をあげて「ありがとね」と答えてから、商品を見せてもらった。
鞍や手綱やムチ、爪切りやブラシや、何に使うのかさっぱりわからない物がたくさん。
棚はもちろん、高く積みあげられた箱の上や壁にまで所狭しと陳列されていて、表から見るより店がちいさく感じられるほどの量だ。
きれいに掃除してあるようで、不快感はないのだが。
その品数の多さ、種類の多さに、自分で選び出すのはムリだと早々にあきらめた。
営業スマイルのおねーさんに、とてもやわらかい毛並みをブラッシングするための、大きめのブラシが欲しいと伝える。
「騎獣の種類は何でしょうか?」と訊かれたので、「でっかいイヌみたいな魔獣です」と答えたら、「それはたぶん、ガルムですね」と言われた。
ガルムは馬と同じくらい大きくて、目が四つあるイヌに似た魔獣。
群れを作る習性があるため他の魔獣より馴らしやすく、信頼関係が結べれば戦闘でも役立ってくれるので、傭兵が騎獣にすることが多いのだそうだ。
ただ、ガルムはたいてい硬質な毛並みをしているということで、やわらかい毛並み用のブラシはなかった。
それでもおねーさんはたくさん積み上げられた商品の中から、それほど大きくはないけど良い物を探し出してくれた。
よくブラッシングをした後、さらに仕上げをするためのブラシだそうだ。
そこまで騎獣を気にする傭兵はあまりいないので、ほとんど需要がなく埋もれていたらしい。
飾り気のない実用的なそれは、すべすべしているけど持ちやすい形をした木製の柄に、白と茶色の混じったやわらかい毛のブラシ。
持ってみるとそれほど重くもなかったし、木製の柄がしっくりと手になじむので、すごく気に入った。
ちょっと高価ですよ、と言われたけど、購入決定。
久しぶりに良い物と巡り合わせてもらいました。
いろいろ探してくれたおねーさんにお礼を言い、店まで連れてきてくれたあの子にもお礼を言っておいてください、とお願いして店を出た。
短い時間でだいぶお金を使ってしまった。
今はまだあるけど、そのうち何かで稼がんといかんなーと思いつつ、“闇”の中に意識を向ける。
買ったばかりのブラシで、さっそくジャックにブラッシングをしてあげたいところだが、まだお休み中みたいだ。
ブラシは亜空間に収納した。
・・・んー。
熟睡してるジャック見たら、あたしも眠たくなってきた。
まだ夕方にもなってないけど、あくびが出る。
今日はいろんなコトがあったし、今はお腹いっぱいだし。
うん。帰って寝よう。
酔っぱらいにからまれそうになるのをすり抜けながらバルドーの家へ戻ると、誰もいなかった。
アデレイドは彼を見つけられたのかな?
心配ではあるけど、頼まれもしないのに首をつっこめることじゃない。
それに、とにかくもう、ひたすら眠たくなってきた。
あたしは誰もいないちいさな家の奥、ソファの上で毛布にくるまって目を閉じる。
部屋はまだ明るかったけど、すとんと眠りに落ちた。
ごはんのついでにお買物と情報収集。してたら、お祭りモドキにされている義妹の旅立ちの話が出てきましたー。そしてようやくのお休み。なんだかずいぶん長い一日になってしまいました(汗)。次話はジャックが起きてくる予定です。買ったばかりのブラシが、使える、かなー?