第五十話「しばしの別れ。」
母親から「あなたが最後の『星読みの魔女』になる」と予言されたのを気にして、バルドーを本物の『守り手』にすることを断ったアデレイド。
今までは「自分が跡継ぎを産めずに死ぬ」と解釈していたその予言に、違う解釈ができる可能性が出てきたのなら、バルドーに対する答えも変わってきていいはずだ。
まあ、その「違う解釈」を思いついたきっかけが、あたしの話だというのが。
よくわからんトコロで勝手に期待をかけられている気がして、どうも落ち着かないのだが、今は横に置いといて。
バルドーが望んでいて、アデレイドがイヤでなければ、これから忙しくなるという『星読みの魔女』には『守り手』がいるほうがいいんじゃないの?
ということで、バルドーを『守り手』にするか、せめてもう一度話し合うよう、イールがすすめた。
「本物の『守り手』になることを望んだ時点で、あの男はすでに己の命をかける覚悟を決めている。
その覚悟を生かすも殺すも、お前の心ひとつだ。
決断にかけられるのが命である以上、迷うのも考えこむのも当然のことだろう。
だが、あの男の覚悟に応える機会を与えられるのはおそらく、今だけだ。」
そしてアデレイドにとっても、本物の『守り手』を得られるめったにない機会。
今行かなければ機会を完全に失ってしまうと、バルドーを探しに行くよううながすイールに、一度断って口ゲンカになってしまったせいか、まだ「違う解釈」に自信が持てないせいか。
悲しげな顔をしてうつむきがちに、アデレイドは迷っている。
バルドーと一緒に行くことには何の異論も無いようなので、彼らは両想いなんじゃないかと思うのだが。
気持ちが深いほど、危険に巻きこんでしまうことへの恐怖があるのかもしれない。
そんな迷える『星読みの魔女』へ、イールは最後にこう言った。
「アデレイド。バルドーを『守り手』にした後、もしどうしても心臓を戻したくなったなら、あれを押し倒して子をなせばいい。
惚れた女にそこまで望まれて、拒みきれる男などまずおらん。
お前が子を宿せば、『守り手』の心臓は元の体に戻るだろう。
腹に宿す子の父が、バルドーでは不満か?」
マジメな話が続いた後で急にそんな言葉を聞いたものだから、あたしは飲んでいたお茶を吹きそうになって、げほごほとむせた。
アデレイドは思ってもみなかったことを言われたらしく、驚きに目を見開いている。
イールはにやりと笑って続けた。
「世界をより良き未来へ導くことが、『星読みの魔女』の役目と聞く。
ならば己の未来も、気に入らぬものなど蹴倒して、望むものをつかみとれ。」
死という結末をおそれて、誰も巻き込まないよう最初から拒絶してしまうのではなく。
望むもののために戦え、ということか。
「戦士の国の皇子」らしい言葉だねー。
むせたせいでヒリヒリ痛むのどをさすりながら見守っていると、いつの間にかまっすぐに顔をあげていたアデレイドは、こくん、とうなずいた。
一瞬、泣きそうな目をして。
でもすぐに、晴れやかに笑って。
もう一度、しっかりとうなずいた。
「はい。」
・・・・・・ああー。
イール、けっこーすごいコト言ったと思うんだけど。
それでいーのかー・・・
まあ、これでうまくいけばバルドーの望みは叶うし、もしイールの言う最終手段でアデレイドが身ごもり、心臓が戻されたとしても、今度は子を宿したまま死ぬまいと、アデレイド自身が必死に生きのびる道を探すはずだ。
その時、心臓を戻されたバルドーがどう判断するかはわからないが、命をかける覚悟をした男の人が、不死身でなくなったという理由だけで惚れた相手の窮地を見すごすとは思えない。
うーん。
これで、いーのかなー?
あたしは何とも言えない気分になったが、覚悟を決めたアデレイドは素早かった。
バルドーを探しに行くと言って、あっという間にいつもの黒ずくめなお出かけスタイルになり、家から飛び出そうとする。
イールはなんとかその寸前でアデレイドを止めた。
彼は国へ戻るので、その前のあいさつに来たのだ。
助けてもらったことを感謝するイールに、アデレイドはお礼なんてとんでもない、と驚き、どうぞお気をつけください、と丁寧に返した。
そして、バルドーがいつ帰ってくるかわからないので、彼にもよろしく言っておいてほしいと頼むイールの言葉に、はいとうなずいてからどこか神妙な顔で告げる。
「まどろみの竜へ歌声がとどく前に、かの方を取り戻されることを祈っております。」
「うむ」とイールが応じると、アデレイドは一礼して家を出ていった。
今のは何?
「先日受けた予言のひとつだ。わたしも、国へ戻って調べてみなければわからん。」
ふーん?
『星読みの魔女』の予言、妹さんの危機だけじゃなかったのか。
なら、早く戻らないとね。
あたしが“闇”を渡るみたいに、イールは火を渡ることができるという。
移動できる先は、彼と誓約してるレッド・ドラゴンのところか、彼の血から作られた[竜血珠]のところ(一個しか作ってないから、これはジャックのいるトコだけ)に限定されるみたいだけど。
とりあえず、火を使ってレッド・ドラゴンのところへ行くのだと理解したので、邪魔にならないよう離れようとすると、なぜか腕をつかまれてぐいっと引き寄せられた。
後ろへ下がろうとしたところを急に引っぱられたあたしは、バランスを崩してイールの方へ倒れこみ、その勢いのまま彼の鎧にガンッ!とおでこをぶつけた。
痛みにくわん、と頭がまわる。
当たり前だけど、鎧って堅いのよー・・・
よろけた体を支え、力かげんを間違えた、とあわてたイールが「すまん」と謝った。
ちょっと先のとがった爪をした長い指で、おろおろとあたしの頭をなでながら、心配そうに「大丈夫か?」と訊く。
だいじょうぶだけど、油断してるトコロを不意打ちするのはやめてねー。
痛みのせいでちょっと涙目になりながら、頭をなでている手をどかす。
それで君は、いったい何がしたかったのー?
イールはもう一度、丁寧な口調で「すまなかった」と謝ってから、ふんわりとあたしを抱きしめた。
「しばしの別れだ、リオ。
ジャックをそばから離さず、あの力を人前では使わず、気をつけて行くのだぞ。」
あいさつだったのか。
竜人は元の世界でいう西欧式のやり方なのね。
家はおとーさんと天音がスキンシップ大好きだから、あたしは日本人にしては慣れてる方だと思うよ。
「イールもムリしないで、気をつけてね。」
「ああ。何かあったらジャックの[竜血珠]で呼んでくれ。
何も無ければ、落ち着きしだいわたしの方から連絡する。」
「うん。」
イールに悪いことが起きませんように。
誰にともなくそんなことを祈りながら、鎧の上からぎゅっと抱きついて、そっと離れた。
視線が合うと、ふたりともにっこり笑う。
イールは家具やあたしからすこし離れると、低く歌をうたいはじめた。
中空でひろげた手のひらの上へ、声に応じてボウッとちいさな炎が現れる。
そうしてあたしは、イールの手の上で燃えるちいさな炎が、一瞬でおおきくなって彼の姿を飲みこみ、歌声とともに跡形もなく消えるのを見守った。
あたし以外誰もいなくなったちいさな家に、にぎやかな街の喧騒が響く。
テーブルに置かれた三つのカップを片づけて、ちょっとした好奇心でイールが立っていた床にも、近くにあったイスにもコゲた様子が無いのを見てまわってから、あたしは「うーん」と背伸びをした。
さて。
とりあえずお腹すいたから、ごはんでも食べに行くか。
それぞれの事情のため、別行動となりました。イールは一時退場で、リオちゃんは心配しつつもちょっと息をついてお食事タイム。自分で作る、なんていう発想は無いので、迷いなく外へ食べに行きますー。
あと今回、ちょこっとお知らせ。活動報告で今後の予定とか書きました。だいたいこんな感じー、というくらいなもので、余計なつぶやきもくっついてますが、よろしければどうぞー。