第四十八話「ともに行く約束。」
しばらく考えて、三頭犬の名前は「ジャック」に決めた。
「クロちゃん」から「ブラック」、「ブラック」から「ブラックジャック」を連想し、「ジャック」なら名前っぽいかなーと考えた結果だ。
ちなみにあたしが思い出した「ブラックジャック」は、有名な漫画家が描いた無免許の名医ではなく、トランプの遊び。
トランプのカードを二枚以上引いて、描かれている数字の合計を二十一にするか、それに一番近い数にした人が勝つというゲームで、二十一を越えるとゲーム・オーバーになる。
トランプさえあれば簡単にできて、駆け引きがなかなか難しいというおもしろいゲームだったので、おとーさんに教えてもらってからよく遊んでいた。
遊ぶ相手はおとーさんか、家に遊びに来るおとーさんやおかーさんの友だちだったので、彼らがヒマな時だけだったけど。
(強運を持つおかーさんと天音は入ると圧勝してしまうので、料理を作るかカードを配ってくれてた。)
おかーさんが出してくれたお菓子や、手土産に持ってこられたお菓子、キーホルダーやストラップとかを賭けて、勝ったり負けたり。
最後は一番勝った人に拍手をして、お菓子はみんなで食べるんだけど、そうした終わり方もふくめて、とても楽しかった。
せっかく生まれたんだし、楽しくいこうね。
契約を結ぶのに邪魔にならないよう、まずは髪と目の色を変えている魔法を解除。
いろんな物を放り込んである亜空間から、てきとうなヒモを取り出し、背中に流してある髪をひとつに結んで、準備完了。
契約を交わすのは、[古語]でも[呪語]でも可能なので、使いやすい[古語]でケルベロスに問う。
「〈我、里桜の名において、ここに契約を求む。
汝、我が身の一部となり、ともに行くことを望むか?〉」
ウォン!と、地響きのような声が三重奏で応えた。
おおきな体でちょこんとお座りをして、ぱたぱたと上機嫌でしっぽを振るケルベロスに、にっこりと笑う。
「〈これより契約を交わす。我が身の一部となる汝が名は、ジャック。〉」
ひもで結んだ髪の毛の束をつかみ、“闇”の刃でスパッと切ると、真ん中の頭がおおきく開いた口に向かって放り投げた。
上手に受け取ってごくりとそれを丸飲みにした直後、ケルベロスの体から黒い炎が噴き出す。
熱のないそれは、全身をおおいつくすほど激しく燃えあがったが、数秒とかからず落ち着き、首筋に集まってひとつの物を形作った。
その形がはっきりとわかるようになると、黒い炎が散って、奥から銀色の輝きが現れる。
それは銀色の鎖の首輪と、「JACK」と刻まれた銀版の名札(裏側には「RIO」と刻まれている)。
あたしの使い魔であることを示す、印だ。
チェーンの太さやデザインが、鎖というよりネックレスのように見えるのにほっとして、まあ、いいかな、とうなずいた。
この契約の印、形が決まってなくて、魔法使いのイメージする形になるので、ちょっとしたセンスが問われる気がする。
うん。
そこで首輪と名札しか思いつかない程度のセンスですなー。
そうしてジャックの首輪が現れるのと同時に、あたしにも右の二の腕に、使い魔を得た印が現れる。
チリチリと熱い感じがしたので服のそでをまくってみると、肩からひじにかけて、炎をまとったケルベロスを思わせる黒い模様がくっきりと浮かびあがっていた。
かっこいいけど、なんかイレズミみたいだなー。
いや、タトゥーっていうのか?
・・・・・・何が違うのか、よーわからんけど。
ちょっと微妙な気分になりつつ、肩までまくった服を戻していると、右の頭と左の頭が「ぼくらには何かないの?」という顔で、じーっとあたしを見ているのに気づいた。
体は一つだが、口は三つあるから、三等分にしてあげなければならなかったらしい。
髪の毛なんてマズそーだし、そこまで考えてなかったけど。
右も左もなんだかちょっと不満顔で、真ん中の頭だけがきょとんとしている。
頭が三つある一頭じゃなくて、体が一つの三つ子と考えるべきなのか?
とりあえず契約は完了したので、もう髪の毛を切るつもりはないし。
短剣を取り出して痛い献血をするのも、ちょっと遠慮したいし。
ごめんねー、と笑ってごまかし、そばに行ってわしゃわしゃと首筋の毛並みを撫でてやると、ジャックは低くのどを鳴らした。
闇にとける漆黒の毛並みは、つやはないけど絹糸のようにさらさらで、とてもさわり心地が良い。
おおー。
久しぶりのもふもふー。
ふさふさした毛並みの手ざわりを楽しみながら、右の子と左の子のご機嫌をとっていると、[竜血珠]を完成させたらしいイールが来た。
あたしとケルベロスの様子を見て、うまくいったようだな、と満足げにうなずく。
「名前は何にしたんだ?」と訊かれたので、「ジャックにした」と答えた。
イールは[竜血珠]を持っていない方の手をのばし、ケルベロスに話しかけた。
「お前たちの誓約が、良き絆となることを願っている。
ジャック。わたしの名は、イールヴァリード。
お前の持つ火の力の、源となったものだ。覚えているか?」
ジャックはイールが近くにきても怒らず、逆に軽くしっぽを振って喜んだ。
真ん中の子が、差しのべられた手のにおいをクンクンとかぐ。
そして、イールの言葉を理解したのかどうかは不明だが、何かに納得したように鼻を鳴らした。
「そうか。覚えているか。」
うむ、と嬉しそうにうなずいたイールは、「中の精霊に呼びかけてみてくれ」と言ってあたしに[竜血珠]を渡すと、自分はジャックをかまいに行った。
ふたりの様子を見て、とくに険悪なことにはならないだろうと思ったので、あたしは渡された[竜血珠]の方へと視線を移した。
ハンドボールくらいの大きさで、色はとてもきれいな深紅の半透明。
イールは軽く片手で持ってたけど、見た目よりもずっしりと重いので、あたしは両手で持っている。
とりあえず中の精霊に呼びかけるべく、さわっているところから魔力を流し込んでみた。
すると、[精霊石]にいた子が半分眠っているような「うん・・・?」という反応だったのに対して、[竜血珠]の中にいる子は元気に「聞こえてるよー」という反応をくれた。
あたしはもうすこし魔力を流し込みながら、「よろしくね」と声には出さずにあいさつする。
精霊は「わかったー」という感じで楽しそうに応じてくれて、[竜血珠]の奥にぽうっと光がともり、ついでにジャックの首筋を撫でていたイールがふりむいた。
「今、お前の声が聞こえた。その精霊との相性は良いようだな。」
「ほんと? なら、良かったー。」
運が良かったらしい。
話せる相手はイール限定だけど、これでセキュリティと発信器付きの携帯電話を入手だ。
ほっとしてから、「イールも何かしゃべってー」と頼んでみた。
すると、イールは口を動かしていないのに、頭の中に「リオ。聞こえるか?」という声が響いてきて、びっくりした。
おおー。テレパシーだ。
おもしろいねー、と笑いながら話せるのを確認して、[竜血珠]をイールに返す。
イールはそれを、ケルベロスの真ん中の子のひたいに埋めこむというので、やりやすいよう「ジャック、伏せしてー」とお願いした。
お座りからすぐ伏せの体勢になったジャックは、どこまでわかっているのか。
真ん中の子はまぶたを閉じて、左右の子は横目でイールの動きを追いながら、静かに待つ。
いい子だねー、痛くないらしいからだいじょうぶだよー、と心の中で声をかけつつ、あたしは真ん中の子の首筋にぴたっとくっついて、イールが[竜血珠]をひたいに置くのを見守った。
イールは低く歌いながら、やわらかい砂のなかに石を埋めるように、ケルベロスのひたいへ[竜血珠]を埋めこんでゆく。
本当に痛みはないようで、あたしのジャックは何事もなく一つの頭だけ三ツ目になった。
ああー・・・
夜道で出くわしたくない感じに、強面度がレベルアップしました。
[竜血珠]がほんのり光ってるところがまた、よけい怖いような。
・・・・・・君の安住の地は、どこにあるんだろうかねー?
[竜血珠]を埋めこまれたジャックは、伏せをしたまま動かず、左右の子も眠るようにまぶたを閉じた。
その様子を見たイールから、「[竜血珠]が体になじむまで、しばらく休ませてやるといい」と言われたので、“闇”に戻って眠るようジャックに伝えた。
まぶたを開いてむっくりと起きあがった三ツ首の魔獣は、寝ぼけたような足取りで歩いてきて、あたしの足下の影から“闇”へもぐる。
自分の影からでも行けるのに、どうしてわざわざあたしの影からもぐるのかなー? と不思議に思いはしたが、なついてくれている感じがして嬉しかった。
目の前を通っていくおおきな体をそっと撫で、「おやすみー」と声をかけて“闇”へ視覚を向ける。
ジャックは“闇”の中に落ち着くと、ごろーんと寝そべってまぶたを閉じた。
だいじょうぶかな、と様子を見守っていると、ふと髪に何かがさわった。
意識を地上に戻すと、イールが短くなったあたしの髪に長い指をからめている。
『傭兵ギルド』に探されそうだったので、姿を変えなければと考えていたこともあり、肩のあたりでスパッと切ってしまった髪の毛。
「何かおかしい?」と訊くと、いや、と首を横に振ってやわらかく微笑み。
「お前は短い髪を自由にさせている方が、愛らしく見えるな。」
・・・・・・。
それはどーも、アリガトウ?
そんなセリフ、自分に言われるとは思いもしなかったので、一瞬固まった。
数秒かかって我に返り、お世辞にしてもよく平然とした顔で言えるなぁ、とむしろ感心して見あげる。
イールは苦笑して手をおろし、話を変えた。
「ところで、リオ。ジャックが今どこにいるのか、よくわからんのだが。」
「ジャックなら、“闇”のなかで寝てるけど。」
「ふむ・・・。己の[竜血珠]を持ったものを、竜人が見失うことはまず無いはずだが。わたしから見た今のジャックは、どこにでもいて、どこにもいない。」
「どこにでもいて、どこにもいない?」
「この世界に在ることはわかるが、位置がつかめない。お前の影にもぐるあたりでは、まだ感じ取れていたのだが。
・・・“闇”ではなく、影の中にいさせることはできないか?」
そういえば、シャドー・ハウンドは影にもぐれるんだっけ。
でも今は、“闇”の繭から孵化したケルベロスだからねー。
「影の中かー。んー・・・。ジャック、当たり前のように“闇”までもぐって寝たからね。たぶん、ムリだと思うよ。
なんて言うか、影は“闇”に通じるドアみたいなもので、すごく薄い空間なの。そんなトコに入ろうとしても、体がどこかはみ出るんじゃないかなー。」
ジャックがどうなのか、はっきりとはわからないが、あたしは影の中にとどまるどころか、影の中にはみ出さずに入ることさえできない。
たぶん体の大きさではなく、それぞれ生まれ持った属性というか、性質の問題だから、後付けでどうこうするのは難しいだろう。
“闇”の中にいても連絡は取れるみたいだし、位置が知りたい時は地上へ出てきてもらえばいいので、イールは「そうか」とうなずいて引いた。
必要なことも終わったし、そろそろバルドーの家へ戻ろうか。
イールは二人にあいさつをしたらすぐ国へ戻るというので、髪と目の色を変える魔法を自分にかけて、また手をつなぐ。
そうして頭の中で魔法を構築すると、あたしはだいぶ使い慣れてきた呪文を唱えた。
「〈空間転移〉」
もふもふとケータイ(通話相手は一人だけ)が手に入りましたー。ついでに髪が短くなってタトゥーも入っちゃいましたが。とりあえず、ようやくバルドーの家に戻れます。旅立ちまでもうちょっとー。
前回のお話の後書きを読んで、ケルベロスの名前を一緒に考えてくださった方々、アドバイスをしてくださった方々。ありがとうございました。いろいろ参考にさせていただいて、迷ったのですが、こんな理由で「ジャック」になりました。主人公の使い魔として、これからちょくちょく出てくるかと思いますので、どうぞよろしくお願いしますー。